Event report

2019.8.19

フォレスターの目線でみる広葉樹にとっての良い森とは?「スイス・フォレスター研修」

堀之内 里奈

FabCafe Hida マネージャー・Fabディレクター
飛騨の森でクマは踊る 森で事業部

飛騨市が取り組む「広葉樹のまちづくり」の一環で、多様な価値を持つ森林づくりを考えることを目的に、7月18日、19日の2日間、飛騨市が主催し「スイス・フォレスター研修」が開催されました。
研修には全国各地から林業・行政関係者・木工作家など森づくりに関心のある方が30名集まり、あいにくの雨の中、参加者は熱心にフォレスターの話に耳をかたむけ、森づくりの知識を学ぶワークショップを体験しました。
また、夜にはヒダクマが主催で、FabCafe Hidaを会場に飛騨市の広葉樹のまちづくり事業やヒダクマの取り組みを紹介するセミナーと交流会を実施しました。
このブログでは、本研修に参加したFabCafe Hidaマネージャー・堀之内が当日の様子を紹介します。

森の万能家「フォレスター」とは?

スイスのフォレスターとは、森林作業員の国家資格を取得後、作業員としての実務経験、フォレスター学校を経てフォレスターの国家資格を取得した人がその職に就くことができる森のプロフェッショナル。

フォレスターは、それぞれの担当区の森林管理・林業経営の業務を行います。ひとりあたりの担当面積は数100から1,000ヘクタール程度までが一般的で、市町村や州が雇用する公務員の身分であることがほとんどです。(稀に森林所有者組合が雇用することもあります。)

スイスの全ての森林は私有林・公有林にかかわらずフォレスターの管理下にあり、フォレスターの仕事は多岐に渡ります。
例えば、州などが設定する森林のゾーニング(機能の優先順位)や現場の状況、およびフォレスター自身が目指す森づくりの方針に基づいて、伐採収穫のプランニング、伐採木のマーキング、作業の指示(直営の作業班を持つ場合)や発注(直営の作業班を持たない場合)、木材の販売と販路の開拓、森林所有者への精算、狩猟の管理、保安林機能の維持向上などを行い、私有林では森林所有者へのアドバイスや、林業経営の代行なども小規模所有者の多いスイスでは重要な役割となっています。

近年はエコロジーや市⺠の余暇利用に関するニーズが高まってきており、生物多様性の維持と促進、自然保護区の監督、森林内の小川や林道、遊歩道の管理なども業務に上げられ、森林が持つ防災、エコロジー、エコノミー、さらにはレクリエーション等の多面な機能と持続性に対して、森の万能家として総合的な管理を行っています。 フォレスターは基本的に担当地区から異動することはなく、地域の森林の将来について明確な責任を任されており、狩猟や木々を切る事は、森林の所有者であってもフォレスターの許可なしに木を伐ることはできないなどの相応の権限があります。

研修でのフィールドを紹介「岡田さんの森」

研修の会場は、市内にある岡田善徳さんの私有林。針葉樹の丘やコナラが並ぶ小道など森の多様性を見ることができます。
FabCafe Hidaでもお世話になっている岡田さんは、岐阜県の森林公社で、林道の測量設計や森林設備、森林管理、観光利用や環境教育などの森林多面的事業に従事された後、定年を機会に、代々受け継いできた森に道をつくり、市民の場として解放しています。

ヒダクマ・FabCafe Hidaからも近く、レクリエーションができる森としてイベントやツアーで活用させていただいている、岡田さんの森

価値の高い森林とは何だろう

飛騨市・広葉樹のまちづくりを支える価値の高い森林とはどの様な状態の森なのでしょうか。ロルフ氏と一緒に森に入って、岡田さんの森を見つめます。

森の方程式を解く

1日目は実際にフォレスターに必要な知識を得るために、ロルフ氏を先頭に森を散策しました。

まず、この森の木々のほとんどがひょろ長いという特徴がありました。ここからロルフ氏は自身の経験から身につけた森の知識をまるで方程式の様に当てはめ、この森の状況を紐解いて行きます。
今回ロルフ氏は木々がひょろ長い理由を、木々の生育環境が密すぎる為、つまり光が不足していると判断しました。
広葉樹は本来、名の通り横に枝を広げ太い幹をつくるという特徴があるため、今回密集した生育環境が木々の成長競争を助長し、光不足になった木々は幹が横に太くなっていくよりも早く上へ上へと向かってしまったとロルフ氏は解きます。このような木々は嵐や積雪に負けやすいのであまり良い森の状態とは言えないそうです。

森を判断する材料達

インジケーター植物。(その森の土壌を判断するための植物)今回の森はシダが生えていて弱酸性の土壌のようです。土壌は酸性度が上がると木の成長が妨げられるので注意が必要です。いたずらに針葉樹ばかりを植えすぎた森は酸性の地質になりやすいそうです。

地形、地質や方角を読み取る 例えば “斜度”を見れば、斜角がきつくなればなるほど水分・養分は谷底に集まっていることがわかります。 “斜面”の向きを見れば、岡田さんの森は南向きの斜面で、光が十分に届きやすいという特徴がありました。これは日光が十分に得られる一方で地面が乾燥しやすいという面を持ちます。

良い森の条件≒良い林業ができる森その中で、キーワードとなる「恒続林(こうぞくりん)」という言葉をロルフは何度も口にします。恒続林とは、“持続可能な森であること”

例えば定期的に価値のある木=売れる木を収穫することができる森です。
さらに、基本的に収穫する事が、手入れになるような状態の森を維持することが恒続林の考え方だと言います。
簡単に言えば売れる木を残す為に、周りに密集している木を伐る事で、密集状態を解放すれば、売れる木はより太く良い木材として育ちます。
これをゴールに定め、その副産物として森の状態を整える事ができたらば、もっともローコストでハイリターンな状態を継続的に維持することができます。
そのために、フォレスターは若木の時に木のポテンシャルを判断し、できるだけ早い段階で森に手を差し出して、恒続林へと誘導する必要があります。
放っておいては林業ができる森にはならないだけでなく、森の地盤が緩む原因をつくってしまいます。

参加者全員がフォレスター。森の中で実技演習

2日目は昨日学んだ事を生かして、各グループに別れて、今回のゴールである「恒続林」を作る事を目指して、「育成木・ライバル木」だと思う木にカラーテープでマーキングします。

ピンク色は「育成木」として伐らずに残すと決めた木、黄色は「ライバル木」として、育成木の育成を妨げるとして伐る事を決めた木。林道を外れて斜面を上り下りしながらグループごとにマーキングを施します。

私たちの目指すゴールとは?

育成木と判断するだけでも
太く成長しそうな木=価値が高く売れそうな木
珍しい樹=海外で流通が少なく、高値で売れそうな木
他にも土にしっかりと張っていて雨・雪崩を防ぎそうな木
など様々な視点で成長木にするか、しないかグループでディスカッションをしながらマーキングを施していきます。

雪の重さで、根曲りしたコシアブラの木


今回は様々な専門や職種の方々が集まりましたが、中でも普段森に入ることの少ない木工作家のグループがマーキングした育成木が話題になりました。

そのグループは、曲がってよじれるように育った木の部分には杢(もく)と呼ばれる、
通常の板目・柾まさ目とは異なる模様の入った美しい木材が取れるのではないか。
また、土が露出した歩道のすぐ横ある木のため
今は、地盤を補強する木として残し、
ゆくゆくは成長させて美しい杢のある木にしたいと
あえて根がまがった木(根曲り)にマーキングを施しました。

普段、フォレスターとして木々の価値を判断しているロルフ氏はこの意見はとても面白いと言いました。
流通を考えると、この木材が製材所に行った場合、根が曲がったところを切る際はまっすぐな木と比べて切ることが難しく・危険も伴う恐れがある為、特別な処置を施す必要になってくる、そうすると様々な団体が介入する林業の側面ではコストがかかりやすく、この木を育成木として残すという意見は珍しい…
恒続林の考え方に当てはめると育成木として残す選択は難しい木ではあるが、
実際に現在も個人で活動をする木工作家とも連携があるロルフ氏にとっても、このような木に木工作家たちの視点が集まったことは、ひとつの森の多様性の在り方として面白い意見だとお話がありました。

夜はFabCafe Hidaで交流会

夜はFabCafe HIdaでロルフ達と参加者をあつめて、交流会を開催。
お食事は、飛騨古川でゲストハウスMOTHER’S HOUSE を営む小倉夕子さんによる心が温まるご飯をみんなでいただきます。飛騨の旬の野菜やお米を使ったお料理とお酒を交えながら、参加者は地域によってそれぞれ違う森やまちづくりについてざっくばらんに語り合い、交流を深めました。

「スイス・フォレスター研修」を終えて

林業家や行政で働く人、木工作家、木育関係者、地域のまちづくり団体など、様々な分野の人が集まったスイス・フォレスター研修。
ヒダクマに入社してから森について興味が沸き、今回参加させていただいた私は「恒続林」の考え方についてはじめて体験しながら知ることができました。
また、様々な立場の多様な意見を受け入れる姿勢を持ち、森と人を繋ぐ方法を探るロルフ氏に感銘を受けました。
大工さんや木工職人、建築家・デザイナーとともに飛騨の広葉樹で新しいプロダクトの開発を推進するヒダクマとしても、この地ならではの恒続林を考える良い機会となりました。

Comment

飛騨市役所林業振興課 |竹田 慎二 さん

竹田 慎二 さん

まず最初に今回のフォレスター研修が無事に終了できましたこと、関係者の皆さんのご協力によるものと厚く感謝申し上げます。
飛騨市でのフォレスター研修は今年で8回目となりますが、今回は広く全国に参加の呼びかけをさせていただきました。これは、広葉樹のまちづくりに取り組む飛騨市をより多くの方に知っていただきたいこと、また、今後一緒に広葉樹の活用に取り組む新たな仲間とのつながりづくりを意図したからです。その結果、市内をはじめ、遠くは福島県や島根県から定員いっぱいの30名の皆様にご参加いただき、2日間の研修を終えることができました。また、初日の夜に参加者有志により開催された交流会では、全国の森林・広葉樹活用に関する活発な意見交換を行うことができ、全国で飛騨市同様に広葉樹活用に取り組む皆様がいらっしゃることも分かりました。
昨今の広葉樹を取り巻く世界的な状況や、国産広葉樹の価格の推移などから見ても、国産広葉樹の価値が大きく見直される時は遠くはないと信じています。来るべきその時に向け、今回の研修で新しくつながった人や地域との関わりを大事にしながら、飛騨市はこれからも全力で広葉樹のまちづくりに取り組んでいきます。

飛騨市が取り組む「飛騨市・広葉樹のまちづくり」について詳しくはこちら


「飛騨市広葉樹まちづくりツアー2019」FabCafe Hida特別宿泊プラン

飛騨市及び㈱飛騨の森でクマは踊るでは、みなさまに広葉樹のまちづくりについてより詳しく知っていただくため、実際に飛騨市にお越しいただき、取り組みを体感いただくとともに、広葉樹活用について意見交換を行う「広葉樹のまちづくりツアー2019」を開催します。
ツアーでは、広葉樹の森、製材所、飛騨古川の町を巡ります。ものづくりカフェ「FabCafe Hida」での木工体験と宿泊付きのプランもございますので、ぜひご興味のある方はご参加くださいませ。

▪️お申し込み・ツアーの詳細はこちら


ヒダクマ ロゴ

Our company | 株式会社 飛騨の森でクマは踊る

FabCafe Hidaを運営。木の可能性、森の可能性、地域の可能性、
脈々と継承されてきた日本人の暮らしの可能性。
“ヒダクマ”はそんなありふれた日常に潜む大きな可能性から、新しい価値を生み出すことを日々探求しています。

Author

  • 堀之内 里奈

    FabCafe Hida マネージャー・Fabディレクター
    飛騨の森でクマは踊る 森で事業部

    飛騨古川出身。飛騨市内の飲食店や奥飛騨温泉郷で仲居の経験があり、接客を活かしながら飛騨とものづくりに関わる仕事がしたいと2016年11月にFabCafe Hidaにジョイン。仕事を通して木工やFabを経験。地域に寄り添いながら、FabCafe Hidaを訪れる方々に飛騨のさまざまな魅力を楽しく、わかりやすく伝えることを目指しています。Diversity on the Arts Project 5期生。京都芸術大学 通信教育部 洋画コースに在学中。森の地衣類の色が好き。

    飛騨古川出身。飛騨市内の飲食店や奥飛騨温泉郷で仲居の経験があり、接客を活かしながら飛騨とものづくりに関わる仕事がしたいと2016年11月にFabCafe Hidaにジョイン。仕事を通して木工やFabを経験。地域に寄り添いながら、FabCafe Hidaを訪れる方々に飛騨のさまざまな魅力を楽しく、わかりやすく伝えることを目指しています。Diversity on the Arts Project 5期生。京都芸術大学 通信教育部 洋画コースに在学中。森の地衣類の色が好き。

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