Event report

2020.12.3

香港と日本をカルチャーがつなぐ:「私たちは、マジで__が大好きなんだぜ!」展がFabCafeで開催された理由

月餅という中国の焼き菓子をご存知でしょうか。日本のコンビニでも見かける、干し柿の入った餡を小麦粉の皮で包んだ伝統的なスイーツで、中秋の名月とともに食べる習慣で知られています。

ただ、月餅というお菓子が、「革命」を象徴することを知る人は少ないかもしれません。中国語圏では、14世紀中頃、当時モンゴル人に征服されていた元で蜂起した朱元璋(のちの明初代皇帝)たちは、月餅のなかに手紙をいれ、情報の検閲から逃れたという逸話がよく知られています。「圧政への対抗」という意味が月餅というお菓子にはこもっているのです。

2020年10月4日(日)。中秋の名月にほど近いこの日、「香港のお菓子『氷皮月餅』づくりワークショップ」と題されたイベントがFabCafe Tokyoで開催されました。内容はタイトルの通り、月餅づくりを参加者と行なうお料理イベント。お餅の表面にレーザーカッターで自分の好きなメッセージを焼き入れることもできました。

ワークショップでつくった「氷皮月餅」

このイベントは、FabCafe Tokyoでの香港のデモとクリエィティブの関係を明らかにする展示「『私たちは、マジで__が大好きなんだぜ! 』展 」の関連イベントとして実施されました。2019年夏から香港で続いてきた大規模デモは、ポスターやメッセージ、3Dプリンティングでつくられた「香港民主の女神像」などのクリエイティブでも知られ、多くのクリエイターが活動に参加しています。

「『私たちは、マジで__が大好きなんだぜ! 』展 」開催中のFabCafe外観。道行く人にもポスターが見えるように展示されている Photo : Wanda Proft

展示とイベントを企画したのは「ActwithHK」。日本を拠点としながら、海外で香港民主化運動を支援する組織です。今回の展示とイベントにはいかなる背景があるのでしょう。組織のメンバーである、都内在住の香港人のウェイウェイ(仮名)さんと、FabCafeのCTOである金岡大輝さんに話を聞きました。

インタビュー・執筆:矢代 真也(SYYS LLC)、編集:FabCafe Tokyo編集チーム

ウェイウェイ(左)
香港出身のアーティストで、本展示の企画者。日本に10年以上在住しながら、クリエィティブディレクターとして働く。

金岡大輝(右)
FabCafe Tokyo CTO。2015年ロフトワーク入社。2019年よりCTOとしてFabCafe Tokyoのリーダーを務める。

伝えたかったのは「デザインの変化」

まず金岡さんによれば、展示物そのものがもっているメッセージを伝えることだけが今回の展示の目的ではなく、クリエィティブの背景にある「デザインの変化」に注目してほしかったといいます。「日本では政治とクリエィティブのつながりが薄いですが、香港では違います。若い世代が政治活動を行なうなかで、新しいデザインをどんどん生み出しています。最近タイのバンコクでも王政に関する若者のデモが起きていました。そういった世界の事象にも影響を起こしていく可能性がある。そんな世界のデザインの潮流のひとつとして、香港のデモを提示したかったのです」

Photo : Wanda Proft

確かに展示された作品を眺めていくと、展示全体から変化というキーワードが強く提示されていることがわかります。入り口の横には「あるデモ参加者の物語」というコーナーがあり、そこでは香港のデモの状況が個人の目線で追えるだけでなく、デモで使われたビジュアルの変化が添えられています。

「あるデモ参加者の物語」Photo : Wanda Proft

 

またメインの展示ともいえるポスターでも、デモのきっかけとなった逃亡犯条例撤回の主張から、検閲を逃れるために文字が抽象化したデザインまでを丁寧に追うことができます。

  • 香港デモのスローガン「光復香港 時代革命」

  • 「光復香港 時代革命」の検閲を避けるために抽象化されたデザイン

    Photo : Wanda Proft

ウェイウェイさんも、「見る人に、この運動の広義での参加者になってほしかった」と言葉を重ねます。実際に展示会場には、今回の展示のタイトルでもある「私たちは、マジで__が大好きなんだぜ!」という言葉を埋めるメッセージを貼るコーナーも。参加者それぞれが、思い思いのメッセージを寄せていました。

Photo : Wanda Proft

デモクラシーとテクノロジー

しかし、一般的にFabCafeと香港デモという組み合わせが意外に思える人が少なくないのもまた事実です。ただ、金岡さんとウェイウェイさんによれば、そこには必然性があったのだといいます。金岡さんは、「この展示が『ホワイトキューブ』と呼ばれる白い壁に囲まれた展示専用の空間ではなく、FabCafeというカフェ、そしてファブスペースとしてとしても運用されている場所で開催されたことが大きかった」と語ります。展示を知らないでFabCafeに足を運んでくれた人の目にも入るからです。

さらに、世界12ヶ国に広がるFabCafeは香港にも店舗があるのです。また、ウェイウェイさんとも、2012年に香港に関する展示を行なったことがあるそうです。これは、2014年に日本国内でも話題になった「雨傘革命」と呼ばれるデモより前のことです。

香港民主の女神像 Photo : Wanda Proft

さらにウェイウェイさんは、香港のオルタナティブスペース「openground」 の存在も念頭にあったといいます。同スペースはデザインポータルとして3Dプリンターなどの設備を備え、今回の展示にも協力してくれた匿名のアーティスト16名によるプロテストアート・プロジェクト「A Yellow Object」の展示が行なわれたことでも知られています。「FabCafeの入り口に展示した『香港民主の女神像』は、デジタルファブリケーションの技術がなければ生まれませんでした。10〜20年前だと大きな像を資本がない運動家たちがつくるのは難しかったのです。それがいまはクラウドファンディングでお金が賄われ、オンラインでデザインデータが配布されるようになり、様々な人の家で部品がつくられ組み合わされるようになりました。デジタルデモクラシーがインターネット以外の領域にも拡がってきているのです」

実際に、FabCafeの展示でも小型に3Dプリントされた「香港民主の女神像」のフィギュアや、「光復香港、時代革命(香港を取り戻せ、時代の革命だ、の意)」というメッセージが記されたピンバッジなどの商品が購入可能に。コストを除いた売り上げは、在日香港団体への支援金となりました。

店頭で販売された、メッセージ入りのピンバッジ Photo : Wanda Proft

カルチャーは文脈のなかにある

ウェイウェイさんは、日本にアーティストとして10年以上暮らした経験から、金岡さんも指摘したように日本ではアートと政治の繋がりが弱いと語ります。

「社会問題を主眼にしたアートは増えましたが、日本において政治とのつながりはほとんどないと言っていいでしょう。今回の展示に関連して開催したパネルディスカッションで、チン↑ポムの卯城竜太さんや、加藤翼さんといった社会に対する意識がある人と話せたこと、そしてFabCafeコミュニティーにいる人々とアイデアソンができたことは大きかったです。アーティストは目の前で起きている政治的な課題に応答すべきだと、改めて思えたからです。もちろん、誰でも参加しやすいイベントとして開催した月餅づくりも、ほのぼのとできました。ソフトな入り口として大成功でした」

Photo : Wanda Proft

世界を見渡してみると、アジアだけでなくアメリカやヨーロッパでも、クリエイティブと政治がつながっていることはむしろ当たり前のことです。今回展示された、政治的弾圧に立ち向かうアートワークを眺めていると、デザインという行為は制約のなかで何かを伝えることなのだということに改めて気づかされます。本質的に、表現するということは声をあげることであり、作品とは政治もふくめた社会への応答にほかならないのです。

そして、月餅の例を出すまでもなく、あらゆるモチーフ、カルチャーは様々な文脈のなかにあります。今回の展示のなかにも、日本のマンガに影響を受けたアートワークがありました。香港の若い人々のなかでマンガやアニメは共通言語になっているからだ、とウェイウェイさんは言います。

グローバルにみれば「デジタルファブリケーション」というカルチャーも、「デジタルものづくり」という訳語以上に複雑かつ豊かな文脈のなかに位置しています。デジタルとリアルをかけ合わせながら歩みを進めてきたFabCafeは、そんなファブカルチャーを通じて世界とつながることができる場所。香港のデモに関するクリエィティブがひも解かれた今回の展示では、それが改めて明らかになったのです。

Photo : Wanda Proft

Author

  • 矢代真也

    SYYS LLC.

    1990年、京都生まれ。株式会社コルク、『WIRED』日本版編集部を経て、2017年に独立。国際マンガ・アニメ祭 REIWA TOSHIMAで開催されたマンガミライハッカソンにて、編集を担当した「Her Tastes」が大賞・太田垣康男賞をW受賞。(写真:西田香織)

    1990年、京都生まれ。株式会社コルク、『WIRED』日本版編集部を経て、2017年に独立。国際マンガ・アニメ祭 REIWA TOSHIMAで開催されたマンガミライハッカソンにて、編集を担当した「Her Tastes」が大賞・太田垣康男賞をW受賞。(写真:西田香織)

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