Event Report

BioClub×ドミニク・チェン×小倉ヒラク 「謎発酵」発酵文化人類学&謎床出版記念イベント

去る7月21日、BioClubが主催するイベント『謎発酵』が渋谷FabCafe MTRLにて開催されました。BioClubとは、バイオテクノロジーの未来や新しい可能性について、研究者からアーティスト、一般市民までが分け隔てなく学び、議論できる場を目指す東京初のオープン・バイオ・コミュニティ。現在、週1回の定例ミーティングのほか、さまざまな領域のプロフェッショナルを招いたワークショップやMeetupイベント等、活動の場を広げています。

さて、そんなBioClubが今回のイベントのテーマに選んだのは「発酵」。もちろんそこには理由があります。まず、微生物による化学反応である「発酵」は、私たち人類にもっとも身近な「生命現象=バイオテクノロジーの原点」であること。そしてもう一つは、BioClub自身が「思考を発酵させるコミュニティであること」を活動のミッションに掲げているためです。

BioClubは、バイオテクノロジーの技術や知識を学ぶだけの場ではありません。バイオクラブでの活動を通じて、メンバーひとり一人が「生命のあり方」を問い直し、次世代の生命について思考を醸していく——言うなれば「甕」や「ぬか床」のようなスペースを目指しているのです。

そんなわけで開催へと至ったイベント『謎発酵』。当日は、新著『謎床 思考が発酵する編集術』を上梓したばかりの情報学者ドミニク・チェンさん、そして4月発売の著作『発酵文化人類学』が大好評の発酵デザイナー・小倉ヒラクさんをゲストに迎え、自由なトークセッションが行われました。ぬか床からウェルビーイングまで、さまざまな話題を横断しながら、二人の思考が発酵していく当日の様子をレポートします。

 

いつの時代も「発酵」は人間の暮らしや思考にインパクトを与えてきた。

イベントは、まず小倉ヒラクさんがドミニク・チェンさんの新著『謎床』を絶賛する、という展開からスタートしました。「何の本かと問われると答えに困るけれど、とにかく面白い!」と力説するヒラクさんの前振りに続き、ドミニクさん自身による『謎床』のプレゼンテーションが始まりました。

『謎床』は、ドミニクさんが抱き続けてきた「日本とは何か」という問いを、“知の巨人”と称される編集工学研究所所長・松岡正剛氏に投げかけ、その謎を対話によって解き明かそうとした試みの全記録です。日本型ポジティブコンピューティングに関する考察や、日本の真言密教の開祖・空海が探求したインドラ・ネットワーク(重々帝網)とインターネットを対比する思考的アプローチなど、二人の圧倒的な知から生まれる問いと発想の応酬が、余すことなく収められた一冊となっています。

ドミニクさんによれば、タイトルの「謎床」という言葉は、対談の最後に出てきた二人の造語だといいます。

ドミニク「必ずしも答えがあるわけではない、永遠のテーマとしての謎を、それぞれどのように育んできたのか。そのプロセスを開示しあい、お互いの謎に共通する糸を探り当てる——それを松岡さんは“まぜまぜ”し合う、と表現しましたが——要するに「謎床」とは、まるで「ぬか床」のように知識や情報を発酵させ、思考を加速する新たな謎が醸される器のようなものといえます」

『謎床』については、ヒラクさんも「対話の中で連鎖する謎がさらなる謎を呼び、それが次のページをめくらせる動機になる」と指摘。読み終えた後もさらに新しい謎が頭に浮かんでくる、そんな“思考が発酵する瞬間”を体感できるのが魅力だと語っていました。

一方、ヒラクさんの著作『発酵文化人類学』は、彼が大学時代に学んでいた文化人類学の手法を使い、人間と微生物とのかかわりや発酵文化を紐解きながら、我々の社会をミクロな視点から捉え直す意欲作です。本書を「発酵に興味を持つ人たちの新たなバイブル」と評したドミニクさんは、「人類を“ホモ・ファーメンタム”(ラテン語で“発酵するヒト”の意味)という存在に変換する発想に衝撃を受けた」と率直な感想を述べていました。

ヒラク「じつは“ホモ・ファーメンタム”という言葉の意味については、僕自身も本の執筆時にはまだよくわかっていなかったんですよ。でも先日、京都で能楽師の安田登さん(※)と対談したとき、彼が『文字の発明によって人類はシンギュラリティを経験した』と言っていて。つまり、文字の登場によって人類は初めて”心“という概念を得て、社会に大きなパラダイムが起きた。それを聞いて、気づいたんです。人類は、発酵という現象を発見したときも同様に、シンギュラリティを迎えていたんだ、と」

発酵という自然現象に秩序を見出し、メソッド化して再現性を与えたことで、人類は腐敗によって食物を失うリスクを大幅に減らし、暮らしの選択肢を広げられるようになった。それこそが「ホモ・ファーメンタム(発酵するヒト)の起源だ」とヒラクさんは言います。

ヒラク「最初は、単なる閃きに近かった“”ホモ・ファーメンタム“というメタファーの謎が、すーっと解けていくような感覚を覚えました」

 

「ぬか床的な存在」としての日本文化

デザイナーとして活動する傍ら、微生物や発酵菌の魅力にハマり、「発酵デザイナー」を名乗るに至ったヒラクさん。2014年には、東京農業大学の研究生として醸造学科の穂坂賢教授に弟子入りし、微生物について本格的に学んだ経験も持っています。

ドミニク「発酵を単なる趣味にとどめず、大学に入って一から学ぼうとするところがヒラクさんのすごいところですよね」

ヒラク「ドミニクさんが発酵に興味を持ったきっかけは何だったんですか?」

ドミニク「僕の場合は、ネットの会社を起業した際、共同創業者が『一緒に会社を作るお前にこれを託す』と言って手渡してきたのが、彼の実家に伝わる50年もののぬか床だったんです」

ヒラク「それこそ、まさに謎床ではないですか?」

ドミニク「そのとおりです(笑)。しかも、彼がくれたぬか床で漬けた漬物が、めちゃくちゃ美味しかったんですよ。だから大事にぬか床を手入れしていたんですが、あるとき『この感覚ってインターネットのコミュニティを手入れしている感覚と似ているな』と気づいた。それが発酵にハマった最初のきっかけですね」

歴史や文化を醸成する場であるコミュニティとぬか床の類似性についてドミニクさんが示唆すると、ヒラクさんは『古事記』の世界観を引用しつつ、「カオスと秩序の共存を許す懐の広さが日本的コミュニティの背景にある」と言及。するとドミニクさんは、ユダヤ教を例に挙げ、なぜパレスチナでは多神教が否定され、人為的にデザインされた一神教に上書きされていったのかを、砂漠地帯という環境要因から解説する。それを受けたヒラクさんは、一神教と多神教の関係を日本酒になぞらえ、淡麗辛口の吟醸酒と一神教の類似性について仮説を唱える……。まるで謎が謎を呼ぶかのように、二人のメタファーの応酬が続きます。

ときに逸脱しながらも、二人が醸し合うエピソードから浮かび上がってくるのは、相対する価値観や矛盾をも包摂し、自由な文脈や発想を許容してきた「ぬか床的な日本文化」の姿です。

ドミニク「僕は高校卒業までフランスにいたのですが、フランスでは高校3年になると、徹底的に弁証法のメソッドを叩き込まれる。要するに、真実には論理性でたどり着くものだという文化が根付いている。それはある意味、論理のフレームを使えばどんなジャンルの人とも大きな話を共有できるわけで、すごく楽なんですね。でも一方で、思考がそこから先には広がっていかないという限界も感じていて」

ヒラク「それはドミニクさん自身が感じてきたこと?」

ドミニク「僕だけでなく、西洋の一部の哲学者やアーティストは、晩年になると東洋の思想に近づいていく傾向がありますよね。例えばジル・ドゥルーズは『関係性の中でしか現実は生成されない』と言っていますし、鈴木大拙の思想に傾倒していたジョン・ケージも、自分が介在しない作品のあり方に強い関心を示していました」

ヒラク「それこそ、まさに(自分の外部にある微生物の作用によって本体が醸される)“ぬか床理論”と言うべきものですよね」

ドミニク「論理が行き着く先には、結局、論理では語りつくせない何かが存在しているんじゃないか。そういう思いが常にある」

ヒラク「東洋に行き着いた西洋の偉い人たちというのは、もしかしたら答えらしきものの辺縁を迂回し続けることで生じる無駄を楽しんだり、そのプロセスの途上で生まれる関係性の変遷を愛で続けていたいのかもしれませんね」

ドミニク「なるほど。あえて答えを求めるのではなく、プロセスそのものに価値を見出していた、と」

思考や文化を醸成する場としての「床」には、東洋と西洋で大きな差異があるとの認識を新たにしたところで、ドミニクさんから「日本型ウェルビーイング(well-being)」についての話題提起が。

身体的、精神的、社会的に良好な状態、つまり幸福度を表す最新のフレームワークであるウェルビーイングにも、欧米と日本の解釈には大きな乖離がある、とドミニクさんは指摘します。

ドミニク「欧米では常に個人主義がベースにあるので、社会もそういった個人の価値に合わせて最適化されている。でもその考え方は、日本人には必ずしもフィットしない。日本ではもっと、他者との関連性や相互作用にも注目してウェルビーイングを定義すべきなんです」

ドミニクさんが投げた日本型ウェルビーイングというお題に対し、「ここは、やはりぬか床で答えるしかないでしょう」とヒラクさん。

ヒラク「じつはぬか床の中で何が起きているかについては、まだほとんど解明されていないんです。これだけ日進月歩のバイオテクノロジーですら、まだぬか床にすら追いついていない(笑)。ぬか床には何種類もの乳酸菌のほか、納豆菌やら酵母菌やら、とにかくいろいろな菌が共生しています。で、菌たちはそこで何をしているかというと、おそらく“協議”してるんだと思うんですよ」


ドミニク「協議ですか?」

ヒラク「そう。時間をかけてコミュニケーションを取り合い、ぬか床の中をそれぞれが快適に共生できる環境へ近づけていくわけです」

ドミニク「なるほど。支配や排除ではなく、協議しながら菌にとってのウェルビーイングを目指しているわけですね」

ヒラク「日本の発酵食品って、カビをスターターに使うことが多いんです。そうするとシンプルな材料が複雑なものに変わり、多様な菌が共生できるようになる。だから日本には、一種類の菌で完結する発酵食品はほとんどありません。常に多様な菌が、複雑な関係性を保ちながら共存している」

ドミニク「お味噌やぬか床は、まさにそれを象徴する存在ですね」

ヒラク「デザイナーに成りたての頃、田んぼでいろいろな微生物をフィールドワークする機会があって。そこでわかったことは、微生物の数が多ければ多いほど、その環境は最終的にはいい方向に向かう、ということだった。それって、すごく日本的なウェルビーイングの感覚に近いと思うんです」


アナザーワールドをハプティックに感じられる、デザインインターフェースとしての「ぬか床」

ウェルビーイングの議論に関連して、ドミニクさんはこの日、とあるデバイスを会場に持ち込んでいました。その名も「心臓ピクニック」。これはドミニクさんが現在、共同研究を行なっている大阪大学の研究チームが作ったもので、センサーで繋がった聴診器を心臓に当てると、手に乗せた箱が同期して鼓動を打ち始め、心臓の動きそのものを体験することができる、という装置です。

ドミニク「これは、言うなれば外在化した心臓なんです。心臓という臓器は、自分の意思で繊細にコントロールすることはできません。つまり、心臓には我々の無意識が顕在化しているという見方もできるわけで、僕たちが意識的には気づくことができない情動を体現している可能性もある」

ドミニクさんによれば、実際この「心臓ピクニック」を体験した人々の多くが、その“手の上で鼓動する箱”に対し、直感的に生命性を感じていたといいます。そのため、自律神経失調症や原因不明の胃けいれんなど、医学だけでは対処できない病気の治療にこの心臓ピクニックを使う、というアイディアも出てきているそうです。

ドミニク「頭で記号的に考える前に、刺激をハプティック(触覚的)に受容し、無意識下で処理することで、我々の体に(たとえ本人は気づいてなかったとしても)ダイレクトに作用するものがあるかもしれない」

ヒラク「それこそ、近年注目されるようになった腸内の微生物叢(マイクロバイオーム)も、僕たちの意識が及ばないところで僕らの細胞とやり取りしたり、体の機能をコントロールしているわけです。言うなれば、マイクロバイオームは僕たちの体内に存在するぬか床なんですよね」
ドミニク「逆を言えば、ぬか床というのは、我々のマイクロバイオームの外在化でもある。だからぬか床を触っていると、自分の体内のマイクロバイオームの存在をハプティックに感じるというか、なんとなく理解できるような錯覚を覚えるんですよね」

ヒラク「僕のワークショップに来る人の中には、たいてい『人生観が変わりました』と言ってくれる人がいるんですよ。それはいわゆるスピリチュアル系の話ではなくて、目にみえない菌の存在をたしかに感じたり、信じることができた、という意味なんですよね」

ドミニク「わかります。理屈ではなく、手でぬか床に触れながら、時間をかけて菌と対話すると、ふとしたときに存在を実感できる瞬間がある」

ヒラク「ぬか床って、目に見えなかったり僕らの意識下では捕捉できなかったりするアナザーワールドを、ハプティックに感じるための装置なのかもしれない。つまり、デザイン・インターフェイスとしてのぬか床」

ドミニク「外部化されたお互いのぬか床を“まぜまぜ”しているうちに、いつのまにかお互いを理解しあえる感覚というか」

ヒラク「相手のことを直接、幸せにしようとするんじゃなくて、ぬか床をいっしょに愛でているうちに、お互いがハッピーになる。それが最も豊かな発酵的なウェルビーイングの形だと、僕は思います」

2時間にわたったクロストークのあとは、発酵研究を行う有志グループ「渋谷菌友会」のメンバーでプロの料理家でもある森本桃世さんから、こだわりの発酵フードが振舞われました。


まずは、鎌倉の有名ベーカリー「パラダイスアレイ」に特注したという巨大な「謎パン」。森本さんが発酵させたマッシュルームから作ったという発酵バターでいただきました。発酵バターの濃厚でコクのある味わいは、想像を絶する美味しさでした。


そのほかにも、やさしい甘みとチーズ風の味わいが特徴の「木曽味噌 鶏スパイス焼き」、乳酸菌を使ったザワークラウト、そして甘酒ヨーグルトなど、ふだん食することのない発酵メニューがずらりと並んでいました。


「家庭でも工夫次第で、いろいろな発酵メニューを楽しむことができるんですよ」。そう話す森本さんの元には、発酵フードに関心の
高い大勢の参加者が集まり、作り方や温度調節のポイントなどを真剣に聞き入っていました。



濃密なトークと発酵フード体験を存分に楽しみ、無事にイベントはお開きに。しかし、興奮冷めやらぬ会場では、多くの人々がドミニクさんとヒラクさんを囲み、時間を惜しむように語り合う姿が見られました。



揺らぎ、逸脱しながら発酵し合う二人の思考に、会場の人々の脳も醸されつづけた今回のイベント。どこまでも広がる巨大な謎床に分け入り、類い稀なる知の力で“答えらしきもの”を探ろうとする二人によって、参加者自身もさまざまな気づきを得られる、そんな一夜となりました。

TEXT BY 庄司里紗(http://risashoji.net/

登壇者PROFILE

ドミニク・チェン/情報学研究者 
1981年、東京生まれ。早稲田大学文学学術院・准教授。NPOコモンスフィア(クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事/株式会社ディヴィデュアル共同創業者。フランス国籍。カリフォルニア大学ロサンゼルス校卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。主な著書に『謎床:思考が発酵する編集術』(晶文社、松岡正剛との共著)、『電脳のレリギオ』『インターネットを生命化する プロクロニズムの思想と実践』など多数。

小倉ヒラク/発酵デザイナー
1983年、東京生まれ。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボをつくり、日々菌を育てながら微生物の世界を探求している。著書に『てまえみそのうた』『おうちでかんたん こうじづくり』。http://hirakuogura.com/

 

(新刊情報)

『謎床: 思考が発酵する編集術』松岡正剛/ドミニク・チェン 著
2017年7月10日 発売
定価 1800円(税別)
発行 晶文社

『発酵文化人類学』小倉ヒラク 著
2017年5月1日 発売
定価 1600円(税別)
発行 木楽社

BioClub
BioClubは研究者、クリエイター、企業、ホビイストなど、サイエンスに興味を持つ様々な分野の人々が集う場を提供し、新たな視点を生み出すプラットフォームです。

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