Project Case

2022.1.30

ふたつの森が丸ごと天板にお引越し。Forest Bankが示す環境の価値

志田 岳弥

Hidakuma 森のプロデューサー

この記事はFabCafe Hidaを運営する飛騨の森でクマは踊るWebサイトの転載記事です。

デザイン事務所「studio yumakano」が飛騨に滞在して制作したマテリアル「Forest Bank」を使ったテーブルが、2021年9月16日にリニューアル工事を終え竣工した淺沼組の名古屋支店を彩っています。社屋は同社が推進する「人間にも地球にもよい循環」をつくり上げる「GOOD CYCLE BUILDING(グッドサイクルビル)」の第1弾で、設計は川島範久建築設計事務所と淺沼組設計部の共同によるもの。資源の循環に配慮した素材や技術を各所に採用しています。

「Forest Bank」は板をはじめとした木質素材とは異なり、森を丸ごとマテリアル化して生かせる特徴を持っています。そこには、伐採現場に残されるいわゆる林地残材や、木の実や朽ち木、根といった森の要素も含まれています。ヒダクマはテーブル天板の製作にあたり、森林素材の調達からディテール設計、製作ディレクションを担当。飛騨の森、そして淺沼組名古屋支店のファサードで使用された吉野杉の伐採現場、これらふたつの森で集められた素材をものづくり拠点へ持ち込み、ヒダクマメンバー総出で狩野さんをはじめプロジェクト関係者とともに製作にあたりました。

「Forest Bank」関連記事:製材、色、多様性。3組のクリエイターが独自の視点で国産材活用を考え生み出したプロダクト

【プロジェクト概要】

  • 支援内容:
    • デザイン提案・製作・製作ディレクション・森林素材調達
    • 期間:2021年6月〜8月
  • 体制:
    • クライアント:studio yumakano|狩野 佑真
    • 製作ディレクション:門井 慈子(ヒダクマ)
    • 製作:studio yumakano|狩野 佑真、TAKT PROJECT、門井 慈子・志田 岳弥・浅岡 秀亮・黒田 晃佑・松本 剛・岩岡 孝太郎(ヒダクマ)、川島範久建築設計事務所、飛騨職人生活、アーティストリー
    • 協力:西野製材所、飛騨市森林組合、神岡林業協同組合、岡田 善徳氏

淺沼組が「人間にも地球にもよい循環」をコンセプトに立ち上げたリニューアル事業ブランド『ReQuality』を実現する、環境配慮型リニューアルに取り組んだプロジェクト。淺沼組名古屋支店改修プロジェクトはそのフラッグシップとなる第一弾。既存建物の躯体を活かしたリニューアルや環境に配慮した建材やマテリアル採用し、地球に良い循環をもたらす持続可能な建設業のあり方を提示しています。

GOOD CYCLE BUILDING 001 淺沼組名古屋支店改修プロジェクト

参考URL:https://www.goodcycle.pro/

Forest Bankは、大小の枝や葉っぱ、樹皮や木の実など、森が持つ様々な要素を内包するマテリアルです。有機溶剤フリーの水性アクリル樹脂「ジェスモナイト」に、森で採れた素材を骨材として混ぜ込み固めています。その造形の大きな特徴は、断面に現れる素材の輪郭です。無数の輪郭は、加工度合いに応じて変化。天板は必然的に、その時々でしか出会えない表情を持ちます。

日常生活にも溶け込んでいるからか、木板の断面はどこか身近な印象。一方で、枝や葉っぱ、松ぼっくりに対して様々な角度から与えられるユニークな断面は、想像力を刺激します。それら固有の輪郭を無数に含んだ天板は、森の水溜りなのか、表土あるいは土中なのか、森という“環境”のひと区画をそのまま持ってきたかのよう。天板という機能名より環境要素という呼び方が相応かもしれません。

<仕様>
材料:
骨材:森の要素(木片、枝、葉、樹木の種子、根、キハダなどの樹皮、吉野杉の端材、チップ、土、炭、淺沼組名古屋支店改修中に生じた天井材の端材など)
樹脂:ジェスモナイト
サイズ:φ800×1台 φ1200×7台 φ1500×1台
仕上げ:ウレタン艶消し塗装

今回のForest Bankに使用された素材は、飛騨の広葉樹の森で採れたものだけではありません。製作にあたり狩野さんが訪れたのは、淺沼組名古屋支店のファサードで使用された樹齢約130年の吉野杉の伐採現場。吉野杉の端材や枝木、土といった、建材や家具の材料としては通常使われない材料をテーブル天板に使用することを考えました。

製作現場となる飛騨では、6月に森をリサーチ。「岡田さんの森」の愛称で親しまれる、飛騨古川の里山を訪れました。季節ごとで採取できる森の要素が異なるため、改めて狩野さんとともに森を散策し、骨材になる素材をハンティング。

関連記事:家具づくりの現場から① 吉野と飛騨の森の材料を集めて

骨材の量を検討する狩野さんとヒダクマ門井

「岡田さんの森」から持ち帰った素材を使って、FabCafe Hidaで製作について検討。調達した素材を自由にカットしたり、浮かんだアイデアをその場で実験できるのが、FabCafe Hidaのいいところ。

仕上げの方法などで液染みの程度が変わるか否かを検証

同時に、目指す骨材の密度、それに必要な骨材の量、理想的と思われる仕上がりに必要な型枠の深さ、仕上げの塗装なども検証。型枠は製作で発生する様々なシーンを想定し、安全や効率を考慮した形に設計。ジェスモナイトを流し込み硬化させると、天板一枚あたりの重量は切削前で100kgに及びます。フォークリフトで運搬するため、フォークが入る隙間を設けたり、場面によって人力でも移動しやすいよう、御神輿のように梁を通しました。

骨材は西野製材所の乾燥促進スペースで製作まで保管

骨材の量が定まったのち、ヒダクマでは本格的な素材調達に着手。地元の森林組合や木材事業者の方々の協力も受け、多彩な素材の調達が実現しました。

いつもお世話になっている柳木材のスペースにて製作

ここからは製作の山場。ジェスモナイトと骨材を混ぜ、型枠に流し込み硬化させ、CNC加工により天板に仕上げる、という順序で製作を進めました。実施したのは暑さが増す7月。期間はおよそ1週間で、丸太が集まる土場(どば)を持つ柳木材の製作スペースで行いました。FabCafe Hidaに滞在した狩野さんとともにヒダクマメンバー総出となって、毎日、材料を混ぜては流し込む作業を繰り返しました。

ジェスモナイトと骨材を混ぜ合わせる。硬化が進むのでスピード勝負

慎重かつ大胆に流し込み

骨材の配置を調整する。表情のポイントになる骨材はあとから配置していった

中の気泡を抜くため型枠を叩く。ここも仕上がりに影響する気の抜けない工程

重しを乗せる。ジェスモナイトが硬化時に発する熱を感じる

みんなで仕上がりを確認。ほんのり温かいForest Bankを愛でる

流し込み時、骨材自体はジェスモナイトが纏わり付き白色になります。何がなんだか分からなくなりますが、手触りを当てにしながら骨材の配置をコントロール。一見、誰がやっても同じ結果を生む作業に思えますが、狩野さんによる骨材の配置や混ぜる土の量などの細やかな調整が仕上がりに大きく影響しています。

一連の作業にはときに地域の職人が加わり、地元の木材事業者の方も作業を覗き見。淺沼組や建築家の川島さん、ジェスモナイト輸入総代理店の方など、プロジェクト関係者も応援に駆けつけてくださいました。

仕上がりを確認する川島さん

硬化した天板のうち、ひとつは飛騨の職人の元で試験加工を実施。大きな直径の天板を一気にCNC加工できるアーティストリーに依頼する前に、検討事項を洗い出すためです。Forest Bankは変数の多さや新しさから完成度が測りにくいマテリアルですが、試験加工にプロジェクト関係者が参加するなどして、認識をすり合わせました。

Forest Bankはマテリアルとしての柔軟性が高く、木加工と同じ工法や機械での加工が可能です。そう考えたとき、Forest Bankが様々な人の手に渡って加工されること、つまりこのプロジェクトにおいて手加工の実績をもとにCNC加工を試みたことは、Forest Bankが持つマテリアルとしての可能性を示すチャレンジでもありました。

アーティストリーにて

生まれ変わった淺沼組名古屋支店を彩る計9台のForest Bankテーブル。そこに現れる飛騨と吉野、ふたつの森の姿は、席に着いた方それぞれの想像力や好奇心をくすぐるものであるはずです。そこが人にとっても地球にとってもより良い循環の始まりになることを願っています。

狩野 佑真|Yuma Kano
studio yumakano Design Director / Designer

1988年栃木県生まれ。東京造形大学デザイン学科室内建築専攻卒業。アーティスト鈴木康広氏のアシスタントを経て2012年にデザイン事務所「studio yumakano」を設立。ネジ1本からプロダクト・インテリア・マテリアルリサーチまで、実験的なアプローチとプロトタイピングを重視したプロセスを組み合わせて、様々な物事をデザインの対象として活動している。主な受賞にグッドデザイン賞、IFFT ヤングデザイナーアワード、German Design Award、Maison&Objet Rising Talent Awardなど。https://yumakano.com/

そもそもは”森の豊かさ美しさ”をそのまま表現したいというコンセプトから生まれたForestBankマテリアル。今回のプロジェクトでは森の素材のみならず、建設現場の端材や残土まで混ぜ込み有効活用しました。完成した天板には”森の生の素材”と”現場で人工加工された木材”が混ざり合った完全オリジナルの模様が表れました。森林や現場の素材だけでなく、このプロジェクトに関わった様々な”記憶”までもがこのマテリアルに封入されていると思います。

木材は人々の生活には欠かせない素材。今後、様々なプロジェクトを通して、また新たなForestBankが生まれることを楽しみにしています。

大西 功起|Atsuki Ohnishi
株式会社アーティストリー
営業開発部長
クリエイティブディレクター/5軸CNCオペレーター

1985年伊勢市生まれ。名古屋芸術大学卒業後、柏木工にて木工を学び、2015年アーティストリーへ入社。家具職人、5軸オペレーターを経て営業職に。多数の挑戦的なPJを手掛ける。「木に関わる仕事を憧れの職業Best10に入れる」を人生テーマにし、モノづくりの魅力を発信し続けている。http://www.artistry.co.jp/

今回のプロジェクトは、狩野さん・門井さんがアーティストリーの工場に数日滞在していただき、共にセッションしながら作らせていただきました。

少しずつ表面を削っては、森の記憶を探るお2人は真剣でありながら、子どもがカブトムシを探すようなワクワクした表情を常にしておられたのが印象です。僕達もそれにつられて笑顔になり、本来のモノづくりの楽しさって、こういうことなんだよなーと改めて実感しました。

私たちにとってもForest Bankは未知の素材でしたが、おふたりと挑戦できたことはとても価値ある時間となりました。ありがとうございます。

門井 慈子|Chikako Kadoi
株式会社飛騨の森でクマは踊る
森のクリエイティブディレクター

東京藝術大学 美術研究科先端芸術表現専攻修了。空間デザイン会社にてイベント装飾や店舗内装の空間デザイン・コミュニケーション設計を複数経験。人と森の関係性という、時間軸の長いコミュニケーションやそこに生じるコミュニティ創り・価値創造に心を惹かれ、2020年「クマが喜んで踊り出すくらい豊かな森」を目指すヒダクマに入社。クマと一緒に踊るのが夢。

Forest Bank はその時々の森の水たまりのように、その地域の森や採取する季節がそのまま表れてきます。今回みんなで岡田さんの森に入って、自由に森の素材を拾わさせてもらいました。森と人との関係を近づけてくれてる人が居て、スタートできるマテリアルだと思います。

また、製作工程は切削を除けば比較的誰もが「作り手」として参加できるものでした。「作り手」として関わったプロダクトの「使い手」にもなれるのは大切なことだと思いました。

これからもいろんな森のForest Bankが誕生していくことを想像するとワクワクします。

竣工写真:長谷川健太

ヒダクマでは、森の循環と建築家をはじめとしたクリエイターをつなぐシーズン限定ツアー企画「未来の建築プロジェクト向け特注広葉樹2021-2022」を開催中です。ものづくりに使う木材を丸太の状態から、飛騨でお選びいただきます(オーダーメイドの製材も可能)。トレーサビリティーが確保された飛騨の広葉樹をものづくりに活かしてみませんか?

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Author

  • 志田 岳弥

    Hidakuma 森のプロデューサー

    1991年東京生まれ。琉球大学農学部を卒業後、国際協力機構(JICA)青年海外協力隊としてペルー共和国に赴任し、国家自然保護区管理事務局(SERNANP)ピウラ事務所にて環境教育に従事。流通業界紙記者、チリ共和国でのサーモン養殖産業についての取材活動を経て、2020年6月よりヒダクマに所属。マーケティングや滞在型プログラムの企画・運営などを担当している。地元漁業組合でも活動中。北アルプスや周辺エリアを源流とする高原川流域にて、渓流魚を対象としたフィールドワークを展開している。

    1991年東京生まれ。琉球大学農学部を卒業後、国際協力機構(JICA)青年海外協力隊としてペルー共和国に赴任し、国家自然保護区管理事務局(SERNANP)ピウラ事務所にて環境教育に従事。流通業界紙記者、チリ共和国でのサーモン養殖産業についての取材活動を経て、2020年6月よりヒダクマに所属。マーケティングや滞在型プログラムの企画・運営などを担当している。地元漁業組合でも活動中。北アルプスや周辺エリアを源流とする高原川流域にて、渓流魚を対象としたフィールドワークを展開している。

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