Event report
2025.4.22
John Amari
Writer & Innovation consultant
crQlr Awardsは、循環型デザイン、サステナビリティ、再生的イノベーションの分野において、長年にわたり先進的なプロジェクトを称え、推進してきました。2025年、東京で開催されたcrQlrサミットもその志を引き継ぎ、より持続可能な世界に向けた対話とアクションを育む場となりました。主催の株式会社ロフトワークとFabCafeにより、自然の再生サイクルを活かす新たな可能性が探求されました。
今年のテーマ「Living Loops(生きている環)」は、ヒト中心の直線的なシステムを超えて、自然主導の循環型経済への転換を促すものでした。審査員にはデイビッド・ベンジャミン氏、アニー・コークマン氏、カラヤ・コヴィドヴィシット氏が参加し、特別賞には春日貴章氏、アーサー・ギレミノ氏、ローラ・ベネトン氏が選出されました。
The Livingの創設者であり、AutodeskのAEC(建築・エンジニアリング・建設)リサーチディレクター、またコロンビア大学建築学部の准教授でもあるデイビッド・ベンジャミン氏が基調講演を行い、「自然と建築の関係性の再考」を呼びかけました。彼が提唱する「リビング・アーキテクチャー」は、時間と共に変化し、生物的プロセスと融合する建築のあり方を示します。

The Living、Autodesk、コロンビア大学に所属するデイヴィッド・ベンジャミン氏は、リモートでcrQlrサミットに参加しました。写真:アイリーン・カオ
ベンジャミン氏が紹介した「The Phoenix Project」は、カリフォルニアでの住宅開発で、カーボンネガティブな菌糸体素材を活用した事例。コンクリートや断熱材に代わる菌糸体素材が、炭素を封じ込めながら環境に優しい設計を実現する可能性を提示しました。
また、ベンジャミン氏は既存インフラにスムーズに統合できる「ドロップイン技術」の重要性も強調しています。ラボの実験に留まらない、産業界が実装可能なスケーラブルな解決策が今求められています。

ケルシー・スチュワート氏は、FabCafe Tokyoのチーフ・コミュニティ・オフィサーであり、crQlr Awardsの審査委員長、そして本サミットのモデレーターを務めました。写真:アイリーン・カオ
FabCafe Tokyoのチーフ・コミュニティ・オフィサーであり、crQlr Awardsの審査委員長を務めるケルシー・スチュワート氏は、「従来型産業の抵抗にどう向き合いながら拡張していくか?」と問いかけ、ベンジャミン氏はこう答えました。
「完璧を待つのではなく、ハイブリッド型の導入から始めましょう。自然素材と従来技術を併用し、その有効性を少しずつ証明していくことが大切です。」
最後に彼は、「建築物を静的な存在ではなく、生き物のような存在として捉えよう」と語りかけました。
2024年で第4回を迎えたcrQlr Awardsには、47カ国から140件以上の応募が寄せられました。その中から、サーキュラーバイオエコノミー(循環型生物経済)の実現に向けた特に革新的な3つのプロジェクトが特別賞に選ばれました。
特別賞受賞者の一人、大阪大学の春日貴章准教授は、植物由来のセルロースナノファイバーで作られた「土に還る」センサを発表。これは、土壌の状態を監視しながら、使用後は自然分解して電子廃棄物を出さない技術です。

特別賞を受賞した大阪大学の春日貴章氏は、生分解性環境センサに関する先駆的な研究を発表しました。写真:アイリーン・カオ
春日は「スマート農業」や「災害予防」での応用例を紹介。センサは土壌の水分、温度、有害物質のデータをリアルタイムで取得し、環境配慮型の意思決定を支援します。
スチュワート氏の「開発のきっかけは?」という問いに、春日氏は次のように答えました。
「自然の観察がヒントでした。自然界では有機物が自然に分解され、環境を汚さずに循環します。その仕組みを模倣する技術を目指しました。」

春日貴章氏の「土に還る」センサは、特にスマート農業や災害予防といった現実世界での応用が期待されています。写真:ラッセ・クスク
春日氏は、生分解性エレクトロニクスへの移行は、単なる環境的な必要性ではなく、「テクノロジーと自然の調和」に向けた本質的な一歩であると強調しました。彼のプロジェクトでは、センサーが数週間以内に土壌中で分解を始める様子が示されており、FabCafe Tokyoで開催されたのcrQlr Awardsの特別展示の一部として紹介されました。
アムステルダムを拠点とするアーティスト、アーサー・ギレミノ氏は、尿から石けんを作るプロジェクト「Piss Soap」で会場を驚かせました。尿に含まれるアンモニアを利用して石けんを生成するこのプロジェクトは、私たちの「汚物」に対するタブーと道徳観に切り込み、普段は無意識に捨てられる尿という存在が、有用で「衛生的な製品」へと変わり得ることを示しています。

特別賞を受賞した“エコ・デビアント”アーティストのアーサー・ギレミノ氏は、挑発的なプロジェクト「Piss Soap」で観客を魅了しました。写真:アイリーン・カオ
ギレミノ氏のプロジェクトは、浪費への大胆なアンチテーゼであり、豊富でまだ活用されていない資源である尿を使って天然石けんを生み出す取り組みです。彼は、尿に含まれるアンモニアが洗浄成分として働く「化学的鹸化(けんか)プロセス」について説明しました。彼の目的は、従来の石けんの代替品を作ることにとどまらず、資源の循環性や衛生・廃棄に関する社会的モラルについて議論を喚起することにもあります。
製品そのものを超えて、ギレミノ氏は「エコ・デビアンスの哲学」、すなわち従来のサステナビリティの語り方を覆す芸術的アプローチを探求しています。東京でのサミットに登壇した際には、環境問題への解決策には「消費と廃棄という行動を形作っている社会構造そのものに問いを投げかける必要がある」と強調しました。

アーサー・ギユミノ氏のプロジェクト「Piss Soap」は、嫌悪感にまつわる根深い文化的タブーに挑戦しています。写真:ラッセ・クスク
スチュワート氏が「このアイデアは常識外れと捉えられがちです。どう広めていきますか?」と問うと、ギレミノ氏は「教育と体験が鍵です。科学的な裏付けを知れば、先入観を乗り越えられる」と語りました。
展示では実際にトイレで試せるPiss Soapのサンプルも提供され、来場者に体験を促しました。
3人目の受賞者はロンドンを拠点とするマルチディシプリナリーアーティスト、ローラ・ベネトン氏。彼女は、生物発光する細菌を使ったインスタレーション「BIO-MOON LAB」を紹介しました。これは、人工照明に代わる生きた光源の可能性を探るアート&サイエンスの融合プロジェクトです。

特別賞を受賞したロンドン拠点のマルチディシプリナリー・アーティスト、ローラ・ベネトン氏が、自身のプロジェクト「BIO-MOON LAB」を発表しました。写真:アイリーン・カオ
シャーレでの初期培養から、長期間発光を維持できるバイオリアクターの開発まで、科学と芸術の融合を追求した彼女のプロジェクトは、「未来の都市は、生きた光で照らされるかもしれない」という新たな想像力をかきたてました。
課題について尋ねられたベネトン氏は、「安定した長期発光が難しい」と述べ、技術面でのブレイクスルーが必要と語りました。

ローラ・ベネトン氏のプロジェクト「BIO-MOON LAB」は、発光性バクテリアと現代アートを融合させた作品です。写真:ラッセ・クスク
ベネトン氏は、分野横断的な協働の重要性を強調し、自身のプロジェクトはロンドン芸術大学・セントラル・セント・マーチンズ美術大学の出身校における生物学者、素材科学者、環境工学者たちの支援なしには実現しなかったと述べました。
サミットでは、FabCafeおよびロフトワークのスチュワート氏がモデレーターを務める「クロストーク」が複数開催され、持続可能なデザインの拡張、循環型経済への移行について、芸術、科学、ビジネスの視点から活発な議論が交わされました。
1つ目のクロストークではベンジャミン氏とコヴィドヴィシット氏が登壇し、サーキュラーエコノミーのスケーリングについて意見を交わしました。2つ目のクロストークではコークマン氏、ギレミノ氏、ベネトン氏が、「創造性がいかにして自然中心の思考へと人々を導くか」について議論をしました。コークマン氏は、「循環性は“義務”ではなく、“憧れ”として語られるべき」とし、ストーリーテリングの力を強調しました。
FabCafe Bangkokの共同設立者であるコヴィドヴィシット氏は、サーキュラーバイオエコノミーの導入における経済的・文化的課題について語りました。彼女は、再生型テクノロジーが急速に進化している一方で、多くの企業がサステナビリティを「中核的な経営理念」ではなく「マーケティング戦略」としてしか捉えていない現状を指摘しました。

写真左:FabCafe Bangkokの共同設立者であるカラヤ・コヴィドヴィシット氏は、サーキュラーバイオエコノミーの導入に伴う経済的・文化的な課題について語りました。写真:アイリーン・カオ
ベンジャミン氏は、「真の循環型社会への転換には、緊急性と実用性の両方が不可欠だ」と強調しました。未来的素材である「菌糸体ブロック」などが大きな可能性を秘めている一方で、自然素材に最小限の合成素材を組み合わせた「ハイブリッドな解決策」が、完全な導入への橋渡しになると述べました。
また、ヘルシンキ・デザイン・ウィークのプログラムディレクターであるアニー・コークマン氏は、「サステナビリティにおけるストーリーテリングの役割」の重要性を強調しました。東京のサミットに現地参加した彼女は、「人々が循環性を“必要性”としてだけでなく、“憧れ”として捉えることが重要です」と述べ、サステナビリティを魅力的なものにするうえで「デザイナーやアーティストが果たす役割は極めて大きい」と再認識を促しました。

写真左端:ヘルシンキ・デザイン・ウィークのプログラムディレクターであるアニー・コークマン氏は、サステナビリティにおけるストーリーテリングの役割の重要性を強調しました。写真:アイリーン・カオ
特別賞受賞者のギレミノ氏とベネトン氏は、「芸術表現がどのようにしてサステナビリティへの意識を喚起できるか」を探求しました。ギレミノ氏は、「認識を変えるうえでの攪乱の力」について語り、ベネトン氏は、「生物発光アートがもたらす感情的なインパクト」によって、人と環境とのより深いつながりが生まれることを強調しました。
モデレーターのケルシー・スチュワート氏は、サミットの締めくくりにあたり、今回の議論とイノベーションの意義について力強いメッセージを発信しました。
「今日私たちが目にしたのは、単なる創造的な解決策ではなく、人間が自然と対立するのではなく、ともに生きていく未来の一端です。ここで共有されたプロジェクトは、循環性を“例外”ではなく“常識”とする世界へ向けた、大胆な一歩です。」

FabCafe Tokyoのケルシー・スチュワート氏(写真右)は、サミットの締めくくりに、今回の議論と紹介されたイノベーションの意義について力強く振り返りました。写真:アイリーン・カオ
スチュワート氏は、サミット参加者に向けてこう呼びかけました。
「本当の変革は、アイデアが会議室を出て現実の世界へと持ち込まれたときに起こるのです。あなたがアーティストであれ、科学者であれ、起業家であれ、政策立案者であれ、この再生的ムーブメントに貢献する力があります。」
crQlrサミット2025は、サーキュラーバイオエコノミーへの移行の緊急性を改めて浮き彫りにし、素材・製品・廃棄物の捉え方そのものを変えるパラダイムシフトの必要性を示しました。ここでの議論とプロジェクト群は、再生的デザインが実験ではなく「標準」となる未来に向けた道筋を描き出しています。crQlr Awardsは、生物・デザイン・テクノロジーを融合させることで、循環性を“目標”ではなく“生き方”として実装する未来を切り開いています。
crQlr Awards Summit 2024の録画映像はこちら
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John Amari
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