Event report
2025.3.18
2025年1月27日、OKB総研が主催する「新規事業開発に挑戦するための人材開発プログラム」の成果報告会が開催されました。本プログラムには10社が参加し、デザイン経営の視点を活用した新規事業の創出に取り組んできました。報告会では、各社が未来のプレスリリースという形で新規事業の構想を発表し、講師陣からのフィードバックを受けました。
本プログラムは単なる新規事業開発のための場ではなく、参加企業が「デザイン経営」を実践し、組織の文化や価値創造の視点を強化する機会として位置づけられています。これまでのビジネスモデルにとらわれず、新たなアプローチを取り入れ、社内外の関係者と協力しながら新しい価値を生み出すことが求められました。
OKB総研の成果報告会の前半では、「新しい価値を生み出す組織とは?」をテーマにトークセッションが行われました。デザイン経営の観点から、企業がどのようにして新規事業を生み出し、社員を巻き込みながら価値を創造していくのかについて議論が交わされました。
登壇者
- 稲波 伸行 氏(株式会社RW 代表取締役 デザイナー/クリエイティブディレクター)
- 近藤 泰祐 氏(一般社団法人日本知財学会デザイン分科会)
- 奥田 武夫 氏(一般社団法人日本知財学会デザイン分科会)
- 斎藤 健太郎 氏(株式会社FabCafe Nagoya コミュニティマネージャー)
稲波氏は、新規事業を進める際に「社内の熱狂をどう生み出すか」が重要なポイントであると指摘しました。その中で最も大きな阻害要因として、「それ儲かるの?」という問いかけがあると述べています。
「デザイン経営における新規事業の立ち上げでは、最初から確実に利益が見込めるかどうかは分かりません。なのに、最初の段階で『それ儲かるの?』と聞かれてしまうと、『知らんわ』としか答えられないんですよね。」
稲波氏は、この「分からない」状態を受け入れ、試行錯誤しながら事業を形にしていくことが、新規事業開発の本質だと述べました。「やっている本人は当然手探りで進めていくしかない。その中で自分なりのリアルな商売の感覚を持ちながら探っていくことが大事です」と強調しました。
また、社員を巻き込む際のポイントとして、「最初に熱狂を生み出すことが重要」とし、社員が自ら興味を持ち始めると、「めちゃくちゃ勝手にドライブがかかって、自分で盛り上がっていく」と語りました。そこで重要なのは、最初のアイデアが多少ずれていたとしても、まずは「お金のことを考えすぎずに進めること」であり、「最初から正解を求めすぎないこと」が新規事業開発では求められる姿勢だと述べました。
近藤氏は、デザイン経営と従来の経営の違いについて、「従来の経営は課題解決型であり、すでに明らかになっている問題に対して、分析をもとに確実なソリューションを導き出すことを前提としていた。しかし、デザイン経営は不確実な状況を受け入れながら、価値を創造していく手法である」と説明しました。
また、「経営者自身が対話の場を作り、組織内の関係性を変えていくことが、デザイン経営の実践において重要な役割を果たす」と指摘しました。特に、経営者がトップダウンで指示を出すだけではなく、社員とのコミュニケーションを通じて、新たなアイデアが生まれる環境を整えることが必要だと述べました。
近藤氏は、「従来の経営は数値でのコントロールを重視するが、新しい価値を生み出すためには、最初から数字ありきで考えすぎないことも重要だ」と語りました。特に、初期段階では試行錯誤を重ねながら方向性を探り、価値の種を育てることが、デザイン経営の成功につながると強調しました。
奥田氏は、新規事業を進める際に必ず社内からの反発が生じることを指摘し、「新しいことをやろうと思っている皆さんは、まずそれがあるという前提で考えるべき」と述べました。既存事業に従事する社員にとって、新規事業は「余分な仕事」に映ることが多く、表立った反発はなくとも、冷めた目や「どうせうまくいかない」といった正論で否定されるケースが少なくないと語りました。
また、「逆風を感じない程度の新しいことなら、やる価値はない」と強調し、社内で波風が立つほどの規模感やインパクトを持った取り組みこそが、本当の意味での新規事業といえると指摘しました。そのため、反発を恐れず、あえて挑戦的な取り組みを進める姿勢が重要だと述べました。
さらに、「社員を巻き込む」という表現について、「無理に巻き込もうとすると、対立を生んでしまう」との考えを示しました。「自分はこういうことをやりたい」とメッセージを発信し続けることで、徐々に周囲が協力してくれる状況を作ることが重要であり、「いつの間にか並んで走ってくれる」ような環境を目指すべきだと語りました。
斎藤氏は、共感を生むプロセスの重要性について触れ、「我々って何をできて何を持ってるんだっけということを考えることが大切だった」と述べました。つまり、自社の強みや資産を再認識し、それを活かしてどのように新しい価値を生み出せるのかを考えることが、事業開発の鍵になるという視点です。
また、ワークショップでは、「How Might We?」(私たちはどのようにして◯◯できるだろうか?)というフレームワークを活用し、課題を前向きに捉える手法が紹介されました。「なぜできないか」ではなく、「どうすれば実現できるか」と発想を転換することで、新しい視点やアイデアが生まれる可能性が広がると指摘されました。
登壇者の皆さんから、経営者の役割についてそれぞれの視点から未来のビジョンを示す重要性が語られました。
近藤氏は、「会社を作るのはアート作品を作るようなもの」と表現し、経営者自身が強い意志を持ち、主体的に未来を創造していくことが求められると指摘しました。ただし、一方的にビジョンを掲げるだけではなく、「対話の場を作ることで、経営層同士や従業員との関係性が変わり、共通理解が深まる」と述べ、対話の質を高めることの重要性を強調しました。
稲波氏は、経営者が未来のビジョンを示す際には、「最初から正解を求めるのではなく、試行錯誤しながら方向性を探ることが大切」と述べました。特に、収益を軸に考えすぎると新たな発想が生まれにくくなるため、ある程度の自由な探索のフェーズを設けることが、新規事業開発では欠かせないと語りました。
奥田氏は、「経営者はまず自社の強みを理解し、それを踏まえた上で、どんな価値を社会に提供したいのかを考えるべき」と指摘しました。さらに、「小さくまとまらず、社内で多少の摩擦が起きるくらいの挑戦こそが、社会に大きなインパクトを生み出すビジネスにつながる」と述べました。
斎藤氏は、「経営者がどのような軸を持ち、組織を導いていくかが重要」と述べ、組織の方向性を明確に示しながらも、社員とともにビジョンを育てていく姿勢が求められると指摘しました。特に、「経営者が発信するだけでなく、対話を通じて組織全体でビジョンを共有し、議論を重ねることが、実践に結びつく鍵となる」と語りました。
登壇者たちの発言からは、経営者が未来のビジョンを描くだけでなく、それを組織全体に浸透させるための対話や実践が、新規事業の成功において欠かせない要素であるという共通の認識が示されました。
トークセッションでは、新規事業を生み出す組織に必要な要素として、以下のポイントが共有されました。
- 「それ儲かるの?」は禁句 —— 新規事業の初期段階では、確実な収益を見込むのが難しく、最初から利益の話をすると挑戦が阻まれる。まずは、社員が興味を持ち、試行錯誤できる環境を作ることが重要。
- 不確実性を受け入れる —— 明確な答えがない中でも、探索を続けることが大切。経営者自身が完璧なプランを求めすぎず、試行錯誤しながら価値を生み出す姿勢を持つ。
- 社内の抵抗はあって当然 —— 新しい試みに対しては、必ず反発や懐疑的な意見が出る。むしろ、波風が立たないアイデアでは十分に挑戦的とはいえない。摩擦を乗り越えてこそ、組織に変革が生まれる。
- 共感を生むために、対話と現場理解を深める —— アイデアを押し付けるのではなく、社員や関係者が納得し、主体的に関わる仕組みが必要。How Might We?(私たちはどのようにして○○できるだろうか?)を活用し、前向きな課題設定を行う。
- 経営者はビジョンを示し、対話の場を作る —— 経営者が一方的に方向性を決めるのではなく、対話を通じて組織全体の共通理解を深める。社員とともにビジョンを育てることで、より強い組織を作ることができる。
経営者が「新規事業は儲かるのか?」という視点ではなく、「どうすれば組織に新たな価値創造の文化を根付かせるか?」という視点で考えることが、持続的なイノベーションを生むための鍵となるでしょう。
本プログラムに参加した10社は、それぞれが抱える課題や社会的なニーズに応えるべく、新たな事業の可能性を探求しました。環境問題や人材不足、地域活性化など、さまざまなテーマに取り組み、デザイン経営の手法を活かした革新的なアイデアを発表しました。以下、各社の挑戦を紹介します。
1.フタムラ化学「ECOtoプロジェクト」
2.由良海運「湾岸ベースプロジェクト」
3.長谷虎紡績「農Carpet 農Life」
4.美濃窯業「MINOオープン共創センター」
5.インフォファーム「自動巡回メディカルバス」
6.大起産業「Solwind B.」
7.ダイキャスト東和産業「サーキュるんっ♪」
8.文溪堂「YUME Mikke」
9.関ケ原製作所「ものづくりの未来を創出する街・関ケ原」
10.三重精機「医療機器部品開発事業」
セッションの最後には、講師陣からのメッセージが贈られ、参加企業に向けたエールが送られました。
稲波氏は、デザイン経営の本質について改めて言及し、「価値創造とは単なる新規事業やサービスを生み出すことではない」と強調しました。企業が社会の課題を見つめ、それに対してどのようなアプローチを取るかを考え続けることが、本質的な価値創造につながると述べました。「社会に存在する穴をどう埋めていくか、それを考え続けることが重要です。今日の発表で新しい事業の種が生まれたかもしれませんが、これは終わりではなく始まりです。長い時間をかけて、その価値を確立してください」と、参加者にエールを送りました。
近藤氏は、各社の発表を振り返りながら、「機能的価値だけでなく、情緒的価値にも目を向けてほしい」と指摘しました。「多くの企業が、ビジネスとして成立させることを優先しすぎているように感じました。しかし、顧客が本当に求めるのは、単なる機能だけではなく、そこに込められた想いやストーリーです」と述べ、企業が社会に選ばれるためには、独自の価値を言語化し、強く打ち出していくことが重要であるとアドバイスしました。
奥田氏は、「社内で波風が立つようなアイデアこそ、挑戦する価値がある」と述べ、参加企業がより大胆な発想で事業を進めるべきだと語りました。「社内で『それは面白い、ぜひやるべきだ』とすぐに受け入れられるアイデアなら、それは十分に挑戦的とは言えないかもしれません。新規事業とは、少しの違和感や衝突を生みながら、それを乗り越えて価値を創造していくものです」とし、「ぜひ、小さくまとまらずに、社会に大きなインパクトを与える事業を目指してください」と激励しました。
斎藤氏は、「今日がゴールではなくスタート」と述べ、これからの実践が重要であることを強調しました。「今回のプログラムは、いわば新しい靴を履いた段階です。ここから、実際に走り出すために何をすべきかを考えていくフェーズです」とし、プログラム終了後も継続的に支援が行われることを伝えました。「もし社内で行き詰まったり、新しいアイデアを試したくなったら、いつでも相談してください」と、企業同士のネットワークを活かすことの重要性を呼びかけました。
会場にいた経済産業省の岩崎氏も、参加企業の発表を興味深く聞いていたと述べ、海外の企業事例を交えながら「徹底的に理想を語り、それを現実に落とし込む発想を持つべき」と語りました。特に、「シリコンバレーの企業では、新製品を開発する際、まずプレスリリースを書く」という手法を紹介し、「なぜこの商品を出すのか、なぜ今なのかを明確にすることで、開発の方向性が定まる」と指摘しました。「今日の発表は素晴らしかったですが、これを単なる理想に終わらせるのではなく、実際に社会に価値を生み出すものへと進化させていってください」とエールを送りました。
このプログラムは、今後2年間のフォローアップ支援を通じて、各社の事業化を後押ししていきます。デザイン経営の視点を取り入れ、地域に新たな価値を生み出していく10社の挑戦は、これからどのように実を結んでいくのでしょうか。未来の展開が楽しみです。
本プログラムは、OKB総研が主催し、特許庁「デザイン経営コンパス」活用ガイドに基づく人材育成・事業開発支援プログラムとして実施されました。
参加企業(五十音順):株式会社インフォファーム、株式会社関ケ原製作所/関ケ原ゼネラル・サービス株式会社、大起産業株式会社、ダイキャスト東和産業株式会社、長谷虎紡績株式会社、フタムラ化学株式会社、株式会社文溪堂、三重精機株式会社、美濃窯業株式会社、由良海運株式会社
登壇講師:稲波 伸行 氏(株式会社RW 代表取締役/デザイナー・クリエイティブディレクター)、近藤 泰祐 氏(一般社団法人日本知財学会デザイン分科会)、奥田 武夫 氏(一般社団法人日本知財学会デザイン分科会)、斎藤 健太郎 氏(株式会社FabCafe Nagoya コミュニティマネージャー)
企画協力:FabCafe Nagoya
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FabCafe Nagoya 編集部
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