Interview

2022.12.20

未来に向けた、教育システムのリデザイン – 国立成功大学(NCKU)「Future Dynamic Program」を紐解く

FabCafe編集部

ロフトワークと国立成功大学(NCKU)は、9週間の実験プロジェクト「Future Dynamic Program」を共同で立ち上げました。 NCKUのイノベーション人材育成拠点「未來智慧工場(Atelier Future)」を舞台に実施されたこの短期プログラムでは、スキルの習得にとどまらず、「コミュニケーション」と「共創」が重要視されました。講師たちは、学生の思考力を刺激することで「課題の発見」を促し、実践的な演習を通じて「失敗経験と達成感をミックスして獲得する」ことに重点を置いたのです。
単位ゼロ(卒業のための単位取得の対象にならない)の授業だったにもかかわらず、学生と教師が声を揃えて「今後のコラボレーションの可能性を楽しみにしている」と言うのはいったいなぜでしょうか?主催メンバーと講師による振り返りインタビューから、プロジェクトを紐解きます。
※ メインビジュアル:未來智慧工場(Atelier Future)代表  Leslie Tsaiさん

▲未來智慧工場(Atelier Future)代表 Leslie Tsaiさん

Leslie Tsai (Atelier Future)  Atelier FutureはNCKUにおいて未来に向けた新しい価値の提案と実践をミッションとしていますが、既存の大学の教育システムの中に留まり続けていると、ステレオタイプから逃れられなくなってしまいます。私たちには明確なブレークスルーが必要でした。ロフトワークの「新しい視点や技術を提供し、パートナーと協力して問題への革新的な対応方法を見出す」という専門性は、Atelier Futureのビジョンや課題感とよく合致していたため、今回のコラボレーションに至りました。未来は複雑な生物であり、昔ながらの方法に固執していては前に進めません。ですから、教育システムの中で新しい可能性を生み出すには、従来の教育方法から脱却することが必要なのです。

Future Dynamic Programは2部構成で実施されました。第1部「Creative Leadership Deveropment(創造的リーダーシップ開発プログラム)」では、学生のソフトスキルを高め、質問力と批判的思考を身につけることに重点が置かれています。 第2部では、「CivicTech」「Circular & Generative Design」「XR」の3つのテーマに基づくワーキンググループに分かれて、国内外の講師とともに実習形式で課題に取り組みました。

Leslie   近年、さまざまな世代に向けたカリキュラムの再設計の必要性が高まるにつれ、教育システムの更新が不可避であると強く感じていたのですが、今回のプロジェクトでは、ポジティブな変化を目の当たりにすることができました。

Tim Wong (ロフトワーク台湾) 技術的な学習ももちろん大切ですが、なぜリーダーシップの育成にこだわるのか?それは、批判的に考える力を持ち、自分なりのリーダーシップのスタイルを見つけることこそが成長のために重要だからです。

Leslie   学生たちがプロジェクトについて考え、課題を解決し、助け合い、達成感を求めて進んでいく姿に、「共創」の魅力と可能性を感じました。大学の内側だけでなく外にいる人々とコミュニケーションすることで、将来のAtelier Futureが、大きな組織の一部としてではなく、真に独立したブランドとして外部からの注目をより多く集めるようになってゆくことを願っています。

▲写真左:Leslieさん / 写真右:ロフトワーク台湾 co-founder Tim Wong

従来の大学の教育プログラムにおいて、特にアジアでは、まるで「失敗が許されない」ように捉えられ、学生の積極性が発揮されない…ということがよくあります。 しかし、Future Dynamic Programでは、9週間という限られた時間と少人数のグループで、失敗や間違いといった「うまくいかなさ」に向き合うことで、自己学習する姿勢、スキルを身につけることができる機会になっています。

ロフトワークのメンバーで、今回の講師の一人であるPaulは、「目の前のハードルを越えて前に進む方法を自らで見出し獲得することで、それらが人生における経験値としてフィードバックされる」と言います。

また、このプロジェクトでは、講師は「問題を解決してくれる人」 ではなく、「ともに歩むパートナー」と位置付けられました。「講師が教える」という従来型のプロセスを「学生が自ら発想する」に置き換えることで、個々人が興味や好みを探求し始め、学生主体のコミュニティが自然に形成されてゆきます。

前述の通り、プロジェクトの第2部では、「CivicTech」「Circular & Generative Design」「XR」の3つのワーキンググループに分かれて演習課題に取り組みました。 国境を越えて学生と講師たちがコミュニケーションするためには、さまざまなオンラインツールを駆使して、「お互いの顔が見えない」困難を乗り越えなければなりませんでした。以下、 各ワークグループの講師からの声を一部引用します。

Kyle Li(XR Campus workgroup Instructor) 9週間にわたって、学生たちは新しいツールの習得に高い関心を示し、プレゼンテーションでは多くの興味深いアイデアを出すことができました。

Kelsie Stewart(Safecast workgroup Instructor / ロフトワーク) 学生たちは、短時間でkGeigieの組み立て方を学んだだけでなく、その過程でAirnotes(大気質モニター)も使用し、NCKUの地域活動に新しい世代の市民科学者が参加していることを実感しました。

木下浩佑(Circular workgroup Instructor / ロフトワーク) それぞれ専門領域やスキルセットの異なる学生が、オンラインとオフラインのハイブリッドで先進的なテーマについて学ぶ、非常に意欲的な挑戦だったと私は捉えています。初心者にとってはとっつきにくく感じられる場合もあるソフトウェアなど、複雑で困難な面もあったかもしれません。ですが、新しい手段に対して試行錯誤しながら自らの手と知恵を総動員してプロトタイピングすることは実践的な学びのためにとても有効であると感じています。

水野大二郎(Circular workgroup Instructor / 京都工芸繊維大学) ポジティブな面だと考えられるのは、やはり、場所を超越して、様々な学生と日本にいながらにして教育を提供できることにあると思います。 学生らと直接台湾で会わなくても、あるいは日本に来てもらわなくても、授業を運営できる事は非常に魅力的な機会です。 オンラインでは講義をする事は誰に向けても非常に容易になりました。同様の事業が地球規模で、同じ程度の時間帯(時差が+ー1〜2時間)で暮らす人々とコラボレーションできるようになっているのではないか、 と感じました。

堀川淳一郎(Circular workgroup Instructor) リモート作業用のツールの発展のおかげで、一昔前よりも海外とのコラボレーションが容易になったと感じた。また、専門の異なる人の意見を聞ける機会があると自分の考えを自分の考えていなかった方向へ拡張するいいきっかけになるかと思う。それぞれの専攻で考えるべき解像度が異なるので、その違いを見れるのは多様な分野で働く上で重要かと思う。

ローカルな話題にせよ、グローバルな問題にせよ、いずれを扱うにしても、Future Dynamic Programの各ワークグループは、「社会的交流」と「実践的経験」という同じコアバリューを共有しています。 参加する学生と講師の間で共通理解が得られれば、限られた時間の中で大きなエネルギーが生まれ、チームを信頼して協力することができるようになる。国際的なコラボレーションのもと先進的なテーマに対して学ぶ機会、その可能性の拡がりを確認できるプロジェクトでもありました。

「特に感じたのは、お互いにフィードバックし合い、学び合い、バックアップし合う雰囲気ができていることです。」 とLeslieは言います。

従来の学習モデルでは、私たちはしばしば競争することに慣れており、コースの最後には何らかの報酬があるかもしれません。 しかし、Future Dynamic Programでは技術的な学習だけでなく、「いかに成果を人にもたらすか」という創造的なリーダーシップも重要視されました。

「よい共創関係を実現するためには、『アイデアの共有方法を学ぶ』ことが不可欠であり、従来のグループワークの問題は、責任の引き渡しにあることを学びました。 学校の外、つまり社会では、『競争』と 『協調』は常に隣り合わせです。このプロジェクトでは、その2つのバランスを取ることを学んでいるのです」とPaulは言います。

このプロジェクトに参加した学生がそれぞれ異なる学部・専攻であることも、分野横断的なコミュニケーションという点でポイントとなっています。 異なる分野の人たちの視点を通して、自分の考えを広げ、異なる相手と協働する力を養うことができるのです。

また、SAFECASTの主任研究員であるAzby Brownさんは、「プロジェクト終了直後、台南で学生たちがあっという間にSAFECASTのボランティアの拠り所になったことに驚いた。お互いに仲良くする技術をよく理解したのだと思います。」と話し、人間性を信じ、困っている人を助け、人生を変えることができる人になるよう、学生たちにエールを送りました。

▲SAFECAST 主任研究員 Azby Brownさん

 

Atelier Futureは、学生たちが自分のアイデアを試して、いろいろなことに挑戦できるような、新しい視点のキャンパスを提供することを目的としています。 そこで、この「Future Dynamic Program」では、学生たちがキャンパスで改善できる問題を考え、未来への提案を行い、実際に行動に移していくことを期待しています。 プロジェクト終了後、XR ワークグループの講師を務めた小林茂さん(情報科学芸術大学院大学 [IAMAS])は「今後は、自分たちが考えた仮説やアイデアを検証するために時間をかけ、より深く研究してほしい」と呼びかけました。

▲情報科学芸術大学院大学 [IAMAS] 小林茂さん

9週間の実験的プログラムを終えて、参加した学生からは、「国や分野を超えたアプローチに感銘を受けた」「ゼロから何かが起こるのを体感できたことが最もやりがいのある経験だった」などの声が寄せられました。 単位の対象にならないコースなので、一見してわかる報酬はないように思われるかもしれませんが、参加者全員が情熱を持って取り組むためには、それが良い効果をもたらすこともあります。コースの後半になってから「単位が取れないのに、なぜ自分はこんなにがんばるのか?」と自問自答し始める人もいて、そこであらためてプロジェクトの意義が明確になった、という一面もありました。9週間という長いようで短い期間、毎週の積み重ねと、そこで受ける刺激から実感する成長について熱っぽく語り合う姿が見られました。

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