Event report

2022.12.25

人と道の関係を考える。仮想道空想フィールドワーク「ミチノミチ in HIDA」

酒井 聡佑

国土交通政策研究所

2022年11月5日・6日の2日間、Metalium llc.の主催による、仮想道空想フィールドワーク「ミチノミチ in HIDA」が開催されました。飛騨の森でのフィールドワークを通じて、人々の交流の形や人と自然との共生など、人と道との関係性を探求しました。その模様をレポートします。

執筆: 酒井聡佑(国土交通政策研究所)

仮想道空想フィールドワーク「ミチノミチ」とは

日本の暮らし、それは自然と人との共生の歴史でもあります。

日本の国土の約7割を占める森林、日本人は古来より森の恵みを享受してきました。自然の恵みを享受するため、あるいはその恵みを他の誰かと分かち合うため、そこには自然と「道」が生まれます。そんな日本人にとっての原初的な「道」の成り立ちをヒントに、100年の視点で「道路」のあり方を考えます。

インフラの整った現代では玄関を出たら当たり前のように存在する「道」ですが、人の痕跡が何もない山の中で、人はどんなインスピレーションを得て「道」をつくってきたのか。「ヒダクマの森」に入り、地形、動物の痕跡、水の流れ、樹種の違い、様々な環境を読み解きながら「道(trail)」を探していきます。

▲「ヒダクマの森」への入口。柵が自然と人間との境界線を演出する。

▲はじめは何もないと思っていた所も、一度通ると道(trail)としてはっきりと感じ、記憶に残る場所となる

森の中で得られたインスピレーションを持ち帰り、自分の感じた「道(trail)」をメンバーに共有します。歩きやすかった道、愛着の湧いた道、クマの世界を感じた道。そんな各々の道(trail)を、森を通りがかった見ず知らずの人にも感じてもらえるような仕掛けを考え、実際に森の中で形にするのが今回のフィールドワークです。

▲森の様子を3Dスキャンして持って帰ることで、自分の考えを簡単に共有できる。

▲どうすれば他の人にも自分の「道」を共有できるか、アイデアを出し合う。

Day2、岐阜県森林公社で林道の測量設計や森林設備をされていた岡田善徳さんに「岡田さんの森」を案内してもらいました。岡田さんが自らつくり上げた林道を実際に歩いて、岡田さんの「道(path)」に込めた想いを感じます。林道はもともと山から木々を運ぶために切り開かれたものですが、日の光が差し込むきれいな広葉樹林が続く道はとても居心地がよく、岡田さんは単なる道具の枠を超えて「道それ自体を楽しむ」を実践されているのが伝わってきました。

▲岡田さんによる「道」の解説。景色の良い場所には腰掛けられる仕掛けがあったりと、楽しむための工夫が散りばめられている。

▲日光が入る美しい広葉樹林が続く林道、思わず長居してしまいたくなる。

自分が森の中で感じた道を、森を通りがかった見ず知らずの人にも感じてもらえるような仕掛けを、実際につくって設置します。3Dプリンターやレーザーカッター、レーザ光を使って物体の形や距離を測るLiDARスキャナなどの新しいツールを活用し、気軽にかつ楽しみながら、素早く形にしていきました。

▲FabCafe Hidaのツールを使って、アイデアをすぐにかつ高い精度で形にしていく。

▲森の中で作業をはじめると、滞留しやすい場所が自然と拠点になった。そこから作業場まで何度も通ううちに、自然と拠点間の「道」も出来上がっていく。

▲3Dスキャンした道のプロトタイピング

https://sketchfab.com/Mutsushi.Asai

ミチノミチのフィールドワークを重ねるうちに、「道」という言葉の中に、けもの道から高速道路まで様々な形が含まれていることを感じました。そこで、私たちが「道」という言葉に持つイメージをクリアにするため、「道」に含まれるものを整理してみました。

  • trail: 原義的には通った跡を指す。意訳してけもの道など。
  • track: 人が踏み慣らしはっきりと道と認められるもの。わだち。
  • path: 散歩道や散策道など、ある程度整備された道。車は通れない。
  • street: 通り、街中で人通りがあり賑やかなイメージ。
  • avenue: 大通り、市街地で街路樹が植わっている。
  • road: 一般的な道路。2地点間を結ぶもの。
  • highway: 高速道路。人は通れない。

今回のフィールドワークでは、日本人がこれまでどんなインスピレーションを得て「道」を作ってきたのか、原初的な「道(trail)」について考えを深めました。

日本へ最初に自動車が輸入されてからまだ120年ほど。江戸時代まで人が歩くためのものだった「道」は、いつしか自動車がスイスイ走るための「道」になり、人にとって危ないもの、近寄ってはいけないものになってしまいました。

近年になってサイクリングやフットパス、街中でマルシェを開催するなど、「道」を楽しむなんて考え方も出てきました。これからの日本人にとって「道」はどのような存在になり得るのか。100年の視点で「道路」を捉え直すと、私たちの暮らしが良くなるような、新しい価値が見えてくるかもしれません。

ミチノミチの記録:https://photos.app.goo.gl/teT3nXzjnEdmxhiz7

執筆:浅井 睦(Metalium llc.代表)

一般的に認知されている「道」とは公共空間や生活基盤としてのインフラ設備であり、原則として「安全」・「安心」・「不休」であることが常に求められる。これらの要件がしっかりと守られていることで、私達の生活は生命の安全を保証され、誰しもが快適で安全な生活が担保されている。これらを維持することは非常に重大な役務であり、陽の目が当たらない影の仕事であると言える。これも全ては日本国民全体の幸せのためである。

さて、この幸せの維持を追求している道であるが、我々の中にある時一つの疑念が湧き上がった。本当にこの眼の前に続く道が人々の生活に幸せをもたらしているのであろうか?経済的理由としては真っ当に正解であるだろう。

しかし、幸せという不確かなものは決して経済的な指標では測れないものであるはずである。どれだけお金があろうと、一人孤独に食事をする精神的な貧しさは経済的な観点では決して充足に至らない事実である。

公共空間やインフラを考える、デザインを行う上で全ての人々の意見を吸い上げることは、非常に困難を極める。パブリックデザインを語る上では公平性を抜きに考えることはご法度である。

しかし、ここで視点を大きく変えてみよう。

たった一人の希望や、祈り、その切実なニーズは社会を構成する人々の共感を生むことは不可能だろうか?

決してそうでは無いはずである。

パーソナルな観点から始まる道は、いつしか様々な人が通り、事象が生まれ、物語が語られる様になる。現在も道の名前に記された様々な名は、その昔知らぬ誰かの希望の名残であるだろう。私たちは、もう一度道を考えてみてもいいのかもしれない。それは幸せを追求するという人間本来の行動そのものだからである。

今回のワークによって、道と呼ばれる原型をいくつか山へと散りばめた。なんてことのない視点も、誰かが立ち寄り、歩き、物語を共有し、いつしか公共のものとして土着するかもしれない。それは、巻いた種が根を張り花を咲かせる花々の営みの様に時間をかけ、鮮やかに健やかにそして素朴な輝きを放つのである。

パーソナルな考えを体験を通じて緩やかにパブリックへとグラデーションをさせる流れの中に、現在の潮流とは別のアプローチとしてのパブリックデザインの形が見出される日も近いはずである。

引き続き我々は、種を巻きこのグラデーションの推移を見守り、育んでいきたい。

酒井 聡佑
国土交通政策研究所

1991年愛媛県生まれ。九州大学農学部卒。
京大大学院で都市政策・交通政策を学んだ後、2016年国土交通省入省。技官として全国の道路計画等に従事。現在は道路、河川、公園といった公共空間の新しい使われ方について研究している。

浅井 睦
Metalium llc.代表/コンセプトデザイナー / 知覚材料研究者

1991年大阪府生まれ。舞鶴工業高等専門学校機械工学科修了。まだ手に触れることのできない未知の素材をメタ思考から生まれ出るこの世の存在する全てを材料として取り扱い、素材としてすべての人が触れるようにプロトタイピングを通して素材を提供する事業を展開するMetalium llc.を創業。代表的な事業として、メタ思考から発生する事象を素材として捉え、活用技術の探求を行うオープンラボ高次素材設計技術研究舎 Melt.の運営を行う。

尾崎 光政

1992年北海道生まれ。大学院で地域公共交通政策を学んだ後、2016年国土交通省入省。現在は研究機関で川を舞台に人と自然の新しい関係づくりを探求している。好きな道は熊野古道。

斎藤 健太郎
FabCafe Nagoya コミュニティマネージャー

名古屋における人ベースのクリエイティブの土壌を育むためにコミュニティマネージャーとしてFabCafe Nagoyaに立ち上げから携わる。東山動物園くらぶ 理事、 Prime numbers syndicate Fiction implementorも兼任。電子工学をバックボーンに持ち科学技術への造詣が深い他、デジタルテクノロジー、UXデザインや舞台設計、楽器制作、伝統工芸、果ては動物の生態まで幅広い知見で枠にとらわれない「真面目に遊ぶ」体験づくりを軸とした多様なプロジェクトに携わる。インドカレーと猫が好き。アンラーニングを大切にして生きています。

岡田 善徳
「岡田さんの森」管理人

岐阜県の森林公社で、林道の測量設計や森林設備、森林管理、観光利用や環境教育などの森林多面的事業に従事したのち、定年を機会に、代々受け継いできた森に道をつくり、「岡田さんの森」として市民の場として解放している。千本桜夢公園整備委員会 会長としても活動。

志田 岳弥
Hidakuma 森のプロデューサー

1991年東京生まれ。琉球大学農学部を卒業後、国際協力機構(JICA)青年海外協力隊としてペルー共和国に赴任し、国家自然保護区管理事務局(SERNANP)ピウラ事務所にて環境教育に従事。流通業界紙記者、チリ共和国でのサーモン養殖産業についての取材活動を経て、2020年6月よりヒダクマに所属。マーケティングや滞在型プログラムの企画・運営などを担当している。地元漁業組合でも活動中。北アルプスや周辺エリアを源流とする高原川流域にて、渓流魚を対象としたフィールドワークを展開している。

【主催】

■Metalium llc.
「Metalium」

それは、まだ手に触れることのできない未知の素材たち。

メタ思考から生まれ出るこの世の存在する全てを材料として取り扱い、素材としてすべての人が触れるようにデザインエンジニアリングの手法を活用し世の中へ新たなる素材を提供します。

「これMetaliumにならないですか?」

自分だけが発見したり感じた様々なモノゴトをお持ち込みください。

我々はそんなMetaliumの原石をお待ちしております。
https://scrapbox.io/mutti624/Metalium_llc

■飛騨の森でクマは踊る / FabCafe Hida
https://hidakuma.com/
https://fabcafe.com/jp/hida

【協力】

岡田善徳 

【お問い合わせ】
飛騨の森でクマは踊る / FabCafe Hida
info@hidakuma.com
0577-57-7686

Author

  • 酒井 聡佑

    国土交通政策研究所

    1991年愛媛県生まれ。九州大学農学部卒。
    京大大学院で都市政策・交通政策を学んだ後、2016年国土交通省入省。技官として全国の道路計画等に従事。現在は道路、河川、公園といった公共空間の新しい使われ方について研究している。

    1991年愛媛県生まれ。九州大学農学部卒。
    京大大学院で都市政策・交通政策を学んだ後、2016年国土交通省入省。技官として全国の道路計画等に従事。現在は道路、河川、公園といった公共空間の新しい使われ方について研究している。

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