2025年1月30日、FabCafe Nagoyaにて「FabMeetup Nagoya vol.13」が開催されました。今回のテーマは「食と農、都市と分解」です。食や農業、建築、微生物といった異なる分野の専門家が登壇し、「分解」という視点から都市の新たな可能性について語り合いました。
都市は発展の過程で「生産」と「消費」に最適化されてきましたが、その後の「分解」のプロセスは軽視されてきたのではないでしょうか。登壇者たちは、建築、デザイン、発酵、微生物といった多角的な切り口から、持続可能な都市の在り方を考えました。
関連企画
【名古屋巡回展】分解可能性都市 ー自然と共生する都市生活考
https://fabcafe.com/jp/events/nagoya/2025-decomposition-city-nagoya/
FabMeetup Nagoya vol.13「食と農、都市と分解」
https://fabcafe.com/jp/events/nagoya/250130-fmn-v13
Fab Meetup Nagoyaは多種多様なバックグラウンドの人たちが、アイデアやプロジェクトをシェアするミートアップイベント。様々な”つくる”に関わる方たちにご登壇いただきショートプレゼンテーションを行います。今回は「食と農、都市と分解」をテーマに、自然と調和し、循環を実現する新たな暮らしの可能性を探りました。
最初に登壇したのは、ロフトワークの岩沢エリさんです。ロフトワークは、クリエイティブを通じて社会のあり方を問い直し、新しい未来の可能性を形にすることをミッションとする企業で、FabCafe Nagoyaの運営にも関わっています。岩沢さん自身は、プロジェクトの企画・設計を手がけ、未来のあり方を言語化する仕事をしています。今回がFabMeetup Nagoyaでの初登壇となりました。
都市に欠けている「分解」の視点
岩沢さんが今回のテーマとして取り上げたのは、「分解可能性都市」。都市が「生産」と「消費」には最適化されている一方で、「分解」のプロセスが意識されていないことに課題を感じているといいます。
「都市では、常に同じ野菜がスーパーに並び、ものが使い捨てられ、壊された建築は廃材となる。日常の中で分解の過程が見えにくくなっていることに気づきました。」
自身が暮らす千葉市での生活を振り返る中で、都市における「分解不全」を実感したそうです。例えば、有機野菜を買おうとすると季節によって手に入るものが異なり、料理方法が分からず戸惑うこともあったとか。そうした経験を通じて、都市は「生産と消費のループ」に閉じ込められ、分解という視点が抜け落ちていることを痛感したと語ります。
「私たちは生産・消費のサイクルには慣れているけれど、その先にある“分解”のプロセスを忘れがちです。でも、持続可能な社会を考えるなら、分解が不可欠なのではないでしょうか。」
コンポストアドバイザーとしての経験
岩沢さんは「分解」をより深く学ぶために、三重県津市の有機農家・橋本匠さんのもとで1年間、月に2回通いながらコンポストの実践を学びました。その経験を通じて、生ごみが分解され、土へと還るプロセスを目の当たりにし、都市と自然の循環の違いを改めて実感したといいます。
「都市では“ゴミ”として捨てられるものが、農村では“資源”として活かされる。この感覚の違いに衝撃を受けました。」
この経験から、都市の循環型社会への移行において「分解の仕組みをどう組み込むか」が鍵になると考えるようになりました。
都市の分解力を高めるデザインとは?
では、都市に分解のプロセスを取り入れるためにどのようなデザインが可能なのでしょうか? そのヒントとなる事例として、岩沢さんは2つのプロジェクトを紹介しました。
- シモキタ園藝部(東京都・下北沢)
小田急線の地下化によって生まれた土地を、市民主体の緑地として活用するプロジェクト。従来の都市開発では行政や企業が緑地管理を行うことが一般的ですが、このプロジェクトでは市民が直接関わることで、植栽や手入れを「自分ごと化」し、継続的に維持していく仕組みが構築されています。 - 森の端オフィス(岐阜県・飛騨市)
地域の広葉樹を活用し、「分解」を前提に設計されたオフィス建築。通常、広葉樹は建築資材としての利用が難しいとされていますが、細かく分割してモジュール化することで活用を可能にしました。また、建物の役目を終えた際に廃材ではなく家具や別の建築資材として再利用できるよう設計されているのも特徴です。
「“分解可能性”を前提にしたデザインが増えれば、都市はもっと循環する仕組みを持つことができるはずです。」
都市の「分解力」を取り戻すために
岩沢さんは、都市の分解力を高めるために必要なのは「分解の文化」を再構築することだと強調しました。
「都市における“分解”とは、ただ壊すことではなく、新しい価値へとつなげるプロセスです。私たちが“分解者”としての視点を持つことで、より持続可能な都市が実現できるのではないでしょうか。」
そうした視点を広げるために、今回のイベントでは「分解可能性都市」をテーマにした展示も行われました。展示では、都市の分解力を高めるためのデザインのヒントとなる8つのプロジェクトが紹介されており、その中には、同じく登壇した伊藤光平さん(BIOTA)の MycoDarumaも含まれています。
「都市の“分解力”を高めるアイデアはすでにさまざまな形で生まれています。今回の展示を通じて、その可能性を少しでも感じてもらえたら嬉しいです。」
分解を前提とした未来へ
最後に、岩沢さんは「分解」を単なる後処理ではなく、デザインの起点にすることの重要性を述べました。
「素材を“壊す”のではなく“還す”、使い捨てるのではなく“活かす”。分解の視点を持つことで、都市のあり方も変わるはずです。」
都市の分解力を取り戻し、循環の中に「分解」を組み込む。岩沢さんの発表は、都市の未来を考えるうえで「分解」という視点が持つ可能性を改めて問い直すものとなりました。
続いて登壇したのは、糀屋三左衛門の29代目当主、村井裕一郎さんです。彼は、発酵を「微生物を使って物質を変化させる技術」として紹介し、その仕組みや日本独自の発酵文化について語りました。
「発酵食品は、人間が作っているのではなく、微生物が作っているのです。私たちができるのは、その環境を整えることだけなんですよ。」
発酵とは何か? 微生物による変化のプロセス
村井さんは、発酵を「微生物が関与する物質変化」と定義し、具体的な例を挙げました。
- 大豆 × 麹菌・乳酸菌・酵母 → 味噌・醤油
- お米 × 麹菌・酵母・酢酸菌 → 日本酒・酢
- 牛乳 × 乳酸菌 → ヨーグルト・チーズ
- 魚 × カビ → 鰹節
このように、発酵は「微生物が特定の環境下で活動し、食材を変化させるプロセス」であり、意図的に微生物を活用することで新たな価値を生み出しているのです。
日本の発酵食品の特徴:「カビ・酵母・細菌」を同時に使う文化
村井さんは、日本の発酵食品の特徴として、「カビ・酵母・細菌の3種類を意図的に組み合わせて活用する点が独特である」と述べました。
「例えば、醤油や味噌の発酵では、カビ(麹菌)・酵母・乳酸菌が一緒に働きます。これは世界的に見ても珍しい文化なんです。」
海外では、発酵食品に1〜2種類の微生物を使用する例が多く、例えばパンやビールには酵母、チーズには乳酸菌が用いられます。一方、日本では3種類の微生物が共存し、それぞれが役割を持ちながら発酵を進めるため、独自の複雑な風味や発酵技術が発展しました。
発酵は「飼育」「栽培」「調理」「製造」のどれに近い?
村井さんは、発酵食品を作る行為について「それは一体どんな行為なのか?」という問いを投げかけました。
「発酵は、微生物を飼育しているのか、栽培しているのか、調理なのか、製造なのか?」
実際に会場では、発酵を「微生物の飼育」に近いと考える人、「食材を変化させるから調理」と捉える人、「ものづくりに近い」と感じる人、それぞれの意見が分かれました。
この問いに明確な正解はありません。しかし、発酵が単なる「食品加工」ではなく、生命活動を利用した複雑なプロセスであることが伝わる場面でした。
発酵環境のコントロール:人間にできるのは「環境づくり」
村井さんは、発酵食品を作る際に重要なのは、「目的とする微生物が活躍しやすい環境を整えること」だと説明しました。
そのために調整すべきポイントとして、以下の5つを挙げました。
- pH(酸性・アルカリ性) – 酸性環境では乳酸菌が活性化し、アルカリ環境では納豆菌が優位になる。
- 温度・湿度 – 例えば、味噌の発酵では納豆菌が繁殖しないように湿度を管理する必要がある。
- 塩分濃度 – 醤油や味噌の発酵では、塩分が高い環境でも生育できる微生物を利用する。
- 糖分濃度 – 甘酒や日本酒の発酵では、糖分のバランスが微生物の働きを左右する。
- 酸素供給 – 酵母は酸素が必要な場合と不要な場合があり、その制御が発酵に影響を与える。
「人間は発酵食品を“作る”ことはできません。できるのは、微生物が働きやすい環境を整えることだけです。」
時間を味方につける都市の循環
村井さんの話を通じて、「発酵」が単なる食品加工の技術ではなく、微生物が時間をかけて環境を変化させ、新たな価値を生み出すプロセスであることが伝わりました。
「発酵には時間がかかります。でも、その時間があるからこそ、複雑な旨味や風味が生まれるんです。」
この考え方は、都市の循環にも応用できるのではないでしょうか?
都市は、効率的な生産と消費のシステムを優先するあまり、「分解」や「再生」のプロセスが軽視されがちです。しかし、発酵がゆっくりと時間をかけて食材を変化させるように、都市も時間を味方につけながら、持続可能な循環の仕組みを育てることができるのではないか。
- 建築や公共空間が、役目を終えたときに無駄なく再利用される仕組み
- 土壌や微生物を活かした自然な分解・再生のプロセス
- 短期的な効率ではなく、長期的な循環を前提としたデザイン
村井さんの発酵の視点は、「都市も時間を味方につけながら、自然な循環を取り戻せるのではないか?」という新たな問いを投げかけました。
発酵のように、都市もゆっくりと、しかし確実に変化し続ける。時間をかけることが、豊かな循環を生む鍵なのかもしれません。
続いて登壇したのは、名古屋芸術大学准教授の小粥千寿(おがい ちず)さん。彼女はデザインリサーチを専門とし、観察や記録を通じて「気づきを共有するデザイン」を探求しています。今回紹介されたのは、彼女が学生とともに進めている「Edible Classroom」というプロジェクトです。
「Edible Classroom」──食の循環をリサーチするプロジェクト
「Edible Classroom」は、食とローカルをテーマに、名古屋周辺の食の生産・流通・消費をリサーチし、その気づきをアーカイブしていく試みです。学生たちは有志プロジェクトとして参加し、映画『都市を耕す エディブルシティ』を視聴した後、「どんなリサーチをしたいか」を話し合いながら進めてきました。
小さな農の実践者たちへの取材
リサーチの一環として、小粥さんたちは名古屋周辺の小規模農家を訪れ、食の循環を考えるためのインタビューやフィールドワークを行いました。
- 石原農園(愛西市・トマト農家)
- 規模は大きくないが、多品種のトマトを栽培し、独自の農業スタイルを実践している。
- トマトの害虫対策として、天敵を呼び寄せる花を植えている。これも「道具」としての機能を持つのではないかと考えた。
- Bamboo Organic Farm(江南市・有機農家)
- 元自動車メーカーのエンジニアが転職して始めた有機農園。
- 竹を使った自作のハウスを建設し、持続可能な農業を実践。
- こうした「小さな道具」が、環境との関係性を変える鍵になるのではと考えた。
「小さな道具」の視点にたどり着く
取材を重ねる中で、小粥さんたちは「小さな道具」というキーワードにたどり着きました。農家が日々の実践で使っている道具は、単なるツールではなく、環境との関わり方を示すものでもあります。
例えば、ある農家は「絶対にこの草取り用の道具が必要」と語り、また別の農家は「種の収納ボックス」を大事にしていました。こうした小さな道具が、農の営みを支える重要な役割を果たしていることに気づいたのです。
また、技術的な道具だけでなく、生態系を利用する仕組みも道具として考えられるのではないか、という視点も生まれました。トマト農家が害虫対策として植える花や、竹で作ったハウスのように、人間と環境をつなぐものが「道具」になり得るのではないかという発見です。
道具と社会の関係──「小さな」が意味すること
ここでいう「小さな道具」とは、単に物理的に小さいという意味ではありません。小粥さんは、「人が自分で使いこなせる範囲のもの」「意思を持って扱えるもの」こそが、小さな道具であり、小さな循環を生む鍵になるのではないかと考えました。
この視点は、哲学者のイヴァン・イリイチが『コンヴィヴィアルな道具』で述べた「道具は社会関係にとって本質的である」という考えにも通じます。私たちは道具を通じて社会とつながり、それを積極的に使いこなすことで、環境との関係を築いているのです。
また、社会学者の岸政彦氏や政治学者の中島岳志氏らの議論を参考に、「道具を使うことが、どのように私たちの世界の捉え方を変えるのか」というテーマも浮かび上がりました。
小さな循環の実践:スローアートセンター名古屋での取り組み
小粥さんたちは、学びを実践に移す場として、スローアートセンター名古屋での展示や屋上菜園のプロジェクトを行いました。
- 展示を通じた共有:リサーチの成果を展示し、訪れた人たちと「小さな循環」について対話を行う。
- 屋上菜園での実験:学生たちとともに、都市の中で小さな食の循環を実践。
こうした取り組みを通じて、研究だけでなく、実際に手を動かして体験することの重要性を再確認しました。
「小さな道具」が生む、小さな循環
小粥さんの発表を通じて、道具が単なるツールではなく、人と環境をつなぐ役割を果たすことが見えてきました。
「小さな道具は、小さな循環を生み出します。それは、私たちがコントロールできる範囲の営みをつくることでもあります。」
都市の暮らしの中で、どのように小さな循環を取り戻すことができるのか。そのヒントは、農家が日々使う「小さな道具」に隠されているのかもしれません。
続いて登壇したのは、株式会社BIOTAの伊藤光平さん。BIOTAは、「都市の微生物多様性を高めることで、人の健康と環境の質を向上させる」ことを目指す企業です。
「都市に生きる私たちは、微生物と共存していることを意識する機会が少ないですが、そのバランスが崩れると健康や環境に大きな影響を与える可能性があります。」
ニューヨークの微生物調査が示した都市の「見えない生態系」
伊藤さんが微生物研究の面白さを実感したきっかけのひとつが、2015年に発表されたニューヨーク市内の地下鉄の微生物調査でした。
「ニューヨークでは、450以上の駅からDNAを採取し、微生物の多様性を分析するプロジェクトがありました。すると、そのうち半分が未知の生き物だったのです。」
この研究結果に衝撃を受けた伊藤さんは、「都市には目に見えない多様な生態系が広がっている」と感じ、日本でも都市の微生物を調査し始めました。
しかし、調査を進めるうちに、都市の微生物多様性は極端に低くなっており、人の健康にも悪影響を及ぼしている可能性があることがわかってきました。
「都市は除菌や舗装によって微生物の多様性を失い、それが免疫疾患の増加などに関係しているのではないか?」
この問いに対する答えを探すことが、後にBIOTAを立ち上げるきっかけになりました。
都市の微生物をどうデザインするか?
伊藤さんは、都市の微生物環境を再構築するために「理解する」「評価する」「活用する」の3つのステップが重要だと述べました。
① 微生物を理解する:都市の見えない生態系を可視化
BIOTAでは、都市のさまざまな場所から微生物を採取し、DNA解析を行っています。地下鉄の駅ごとに異なる微生物が存在するなど、都市の使われ方によって多様性が変化することが明らかになりました。これらのデータをもとに、環境改善策を検討しています。
② 微生物を評価する:健康な都市の指標を作る
微生物の多様性が高い環境ほど病原菌の異常増殖が抑えられます。しかし、都市では除菌・殺菌の影響で微生物の多様性が低下し、一部の病原菌が増えやすい状況にあります。BIOTAはそのバランスを数値化し、都市の健康な微生物環境を評価する指標を開発しています。
③ 微生物を活用する:建築・ランドスケープ・プロダクトに応用
建築・インテリア:微生物が定着しやすい建材を開発し、空気の浄化に活用。菌糸を使ったアート作品も制作。
ランドスケープ:事務所周辺の植栽で微生物の多様性を100倍に増やし、公園や緑地の土壌改善にも応用。
食と発酵:都市の発酵文化を研究し、ぬか床や発酵食品を通じた微生物の循環を探求。
BIOTAは、都市の微生物環境を「見える化」「評価」「活用」することで、持続可能な都市デザインを実践しています。
微生物の多様性を活かす都市デザイン
また、BIOTAでは微生物の多様性を都市に取り入れるための具体的な方法を提案しています。
- 植栽による微生物の増加
- 事務所の植栽施工前後で、微生物の量が100倍、種数が5倍に増加。
- これにより、都市の微生物生態系がより豊かになり、環境が健全化する。
- 微生物が定着しやすい建材の開発
- 表面に微生物をとどめる素材を研究し、インテリアやアート作品としても展開。
- 菌糸ドームの制作
- パナソニックのパビリオンで菌糸ドームを制作し、イベント後には土壌改良に活用。
日本科学未来館での展示:微生物との共生を体験する空間
伊藤さんは日本科学未来館の「世界は微生物に満ちている」展を監修しました。
「館内に土や植物を持ち込み、微生物が生きる環境をそのまま体験できる空間を作りました。」
微生物は、決して目に見えない存在ではなく、都市のデザインにも組み込めるもの。「微生物を排除するのではなく、都市の一部として活かすことで、より健康的な環境が生まれる」と伊藤さんは強調しました。都市の微生物デザインは、単なる理論ではなく、すでにさまざまな形で実践が始まっています。
未来の都市と微生物の共生
伊藤さんは、微生物が都市の「分解力」を支える重要な存在であると強調しました。
「私たちの身の回りには、目に見えない無数の微生物が存在しています。これらを単なる“汚れ”と考えるのではなく、都市の一部として活かすことで、より健康で持続可能な未来が作れるのではないでしょうか。」
都市はこれまで、生産と消費に最適化される一方で、「分解」という視点が欠けていました。しかし、微生物は環境を健全に保つ重要な役割を担っています。
- 建築と微生物
- 壁や床に微生物を定着させる建材を活用することで、空気中の有害物質を分解し、健康的な室内環境を実現する。
- ランドスケープと微生物
- 公園や緑地に微生物が豊富な土壌を導入することで、生態系のバランスを整え、病原菌の異常増殖を防ぐ。
- 食と微生物
- 発酵技術を活用した食品廃棄物の処理システムを導入し、都市の循環を高める。
「都市の未来は、微生物との共生にかかっているのかもしれません。微生物をデザインすることで、より豊かで持続可能な都市が実現できるはずです。」
伊藤さんの発表は、微生物という小さな存在が、都市の大きな変革を生み出す可能性を示すものでした。
最後に登壇したのは、彼は「インスタントハウス」と呼ばれる仮設住宅を開発し、災害や紛争で住まいを失った人々に、すぐに建てられる家を届ける活動を続けています。
「能登半島地震の直後、現地へ入りました。寒さの中で生活する方々を見て、一日でも早く快適な空間を届けたいと思ったんです。」
この「すぐに建てられる家」というテーマに取り組むきっかけとなったのが、東日本大震災での避難所の視察でした。避難所の厳しい環境を目の当たりにし、小学生の男の子から「大学の先生なら、来週には家を建てられるよね?」と言われたことが、北川さんの考えを大きく変えました。
空気を使った建築──インスタントハウスの発想
避難所の課題を解決するために、北川さんは「すぐに建てられ、軽くて安価な建築」の可能性を模索。そこでたどり着いたのが、「空気を構造として利用する」というアイデアでした。
「ダウンジャケットが空気を含んで暖かいように、建築にも空気を使えば軽くて断熱性の高い構造が作れるのでは?」
実際に試作を重ね、誕生したのが「インスタントハウス」。気球のように膜を膨らませ、その内側に断熱材を固着させることで、軽量かつ高耐久な建築が完成します。体育館ほどの大きさの建物も短時間で設営でき、コストは従来の仮設住宅の約5分の1。
「これなら、災害時だけでなく、ウクライナやミャンマーなどの紛争地でも活用できると考え、現地に届けました。」
和菓子作りから生まれた「分解しやすい建築」
意外にも、この発想のルーツは北川さんの実家の和菓子屋にありました。
「小学生の頃から和菓子作りを手伝っていて、材料の配合や手の感覚で仕上がりが変わる面白さを学びました。建築も同じで、素材の組み合わせ方次第で全く違うものが生まれるんです。」
特に、和菓子の「泡立て」がインスタントハウスの発想につながりました。メレンゲのように空気を含ませることで軽くなり、断熱性も向上する。そのアイデアが、建築の構造設計に活かされているのです。
さらに、彼の建築は「分解して再利用できること」を前提に設計されています。「建築は完成した瞬間から古くなるのではなく、常に変化し続けるべきもの」という考え方のもと、簡単に解体・移動・再構築できる設計を取り入れています。
食べられる建築──未来の「分解」
北川さんは現在、「食べられる建築」の開発にも取り組んでいます。
「もしフードロスで家を作れたら、コストは0円になる。さらに、作る技術を伝えれば、それが仕事になり、住まいと生業の両方を提供できるんです。」
例えば、ポン菓子を圧縮成形した断熱材や、マシュマロのように空気を含んだ建材などを試作し、強度や耐久性を検証しています。
「食べられる家を作るなんて、和菓子屋で育った自分にとっては自然な発想でした。もしかしたら、僕は和菓子を作るように建築をデザインしているのかもしれません。」
都市の分解力を高めるために
「地球上には、住まいに困る人が増え続けています。このままでは、さらに格差が広がるでしょう。」
北川さんが目指すのは、「建築の分解力を高め、どこでもすぐに建てられ、必要なくなれば土に還るような家」を作ること。
建築も、都市も、完成したら終わりではない。変化し続けることで、新しい価値を生み出せる。彼の挑戦は、そんな未来の可能性を示していました。
未来の都市に必要な「分解可能な建築」
北川さんは、建築の「終わらせ方」を考えることが都市の持続可能性につながると強調しました。
「これからの都市には、変化に適応できる建築が必要です。建物が役目を終えても、分解され、新たな形で生まれ変わる──そんな建築の在り方を考えたいですね。」
東日本大震災の経験から生まれた「インスタントハウス」の構想は、単なる災害時の仮設住宅ではなく、都市の柔軟性を高める建築のあり方としても広がりを見せています。お菓子作りのように、「素材を無駄にせず、形を変えて活かし続ける」──この発想が、都市の未来を考える新たな視点を与えてくれるようなお話しでした。
登壇者5名によるクロストークでは、それぞれの専門分野の視点から「分解力のある都市をどのように実現できるのか」が議論されました。
都市の定義と微生物との接点
司会の森田が「分解可能な都市とはどんな姿か?」と問いかけると、村井さんが「そもそも都市とは何か?」という視点から議論を展開しました。「都市と地方の境界は曖昧で、微生物との関わりも環境によって異なる」と指摘します。
伊藤さんは「都市における微生物の役割」について、「日常生活の中で微生物に触れていると感じる瞬間は?」と参加者に問いかけました。参加者からは「畑作業」「公園の散歩」「ペットとの生活」などの具体例が挙がり、微生物との接点が多様であることが浮かび上がりました。
微生物の多様性と都市の分解力
伊藤さんは「分解の力は微生物の多様性に支えられている」とし、「都市環境では殺菌・除菌によって微生物の多様性が失われがちですが、それが免疫力の低下や病原菌の増殖につながる」と説明します。
これに対し、村井さんは「発酵食品も微生物のコントロール技術の一つ」とし、日本とヨーロッパの発酵文化の違いに触れながら、「日本では変わらぬ味を守ることが重視され、多様性より安定性が求められている」と指摘しました。
分解可能な都市のデザインとは
岩沢さんは「都市では、手を入れていいものとダメなものの境界がはっきりしている」とし、「公園の木に手を加えていいのか? 建築は専門家が作るものなのか?」と問いを投げかけます。
北川さんは「社会のルールが都市の分解性を阻害している」と述べ、災害時のコミュニティ形成が一時的に社会の枠組みを崩し、人々が能動的に動く例を紹介しました。
森田は「リペアカフェのような概念が都市の分解力を高める鍵かもしれない」と述べ、「壊れた家電を直せない、都市のシステムが大きすぎて手を入れられない」といったジレンマを指摘しました。
都市を小さな単位で捉える
小粥さんは「都市を行政区ではなく流域などの環境単位で捉える視点が必要」と提案し、「小さな単位で考えれば、関わる機会が増え、手を加えられる余地も広がる」と述べました。
北川さんは「建築でも、地元の木材を使えば長持ちし、カビにくい」とし、地域の素材や微生物との共生が持続可能な建築につながることを示唆しました。
未来の都市と分解可能性
伊藤さんは「人間が自然にもっと積極的に関与し、微生物の多様性を活かすことで、都市の分解力を高めることができる」と強調します。
森田は「都市にはまだハックできる余地があるのでは?」と提案し、違法に生えた木の例を挙げながら「管理されていない自然の存在が、都市の柔軟性を示しているのかもしれません」と締めくくりました。
ライトニングトークでは、ガチャガチャクリエイターのtanjiさんに、関西を中心に取り組んでいる「街中に遊び場をつくる」活動について紹介していただきました。
「木を使ってエアホッケーや卓球台を作ったり、みんなでゲームセンターを作って街に設置しよう、ということをやっています。その一環でガチャガチャを作って、今回はここに持ってきました。」
もともと「DIYでガチャガチャって作れるのかな?」という発想から制作を始めたそうですが、試行錯誤の末、無人で運用しても問題なく動作するようになったとのこと。外側の機械を先に作り、「さて、中に何を入れよう?」と考える流れだったというのも、ものづくりならではのエピソードです。
今回設置されたガチャガチャは、1回300円で回せる仕組みになっており、最後のカプセルを引いた際には「売り切れ」表示が出るようになっている拘り仕様です。FabCafe Nagoya店頭に設置中ですのでぜひチェックしにきてください。
今回のFabMeetup Nagoyaでは、「分解」という視点から都市の未来について多様な議論が展開されました。建築、発酵、微生物、道具、デザインといった異なる分野の専門家が集まり、それぞれの視点から「分解力のある都市」を考えることで、新たなアイデアが生まれました。
印象的だったのは、分解が単なる「壊すこと」ではなく、次の循環へとつなげる創造的なプロセスであるという共通認識です。建築を分解可能にすること、微生物の力を都市に活かすこと、発酵を通じた価値の再構築、小さな道具を介した食の循環──それぞれのアプローチは異なりながらも、「分解が新たな未来を生み出す鍵になる」という点で交わっていました。
都市の「分解力」を高めることは、持続可能な社会を実現するために不可欠な視点です。作ること、消費することだけでなく、「どう分解し、次につなげるか」を考えることが、これからの都市づくりには求められています。
FabMeetup Nagoyaは、異なる分野の人々が交わり、新しい視点を共有する場として今後も続いていきます。次回の開催情報はFabCafe NagoyaのウェブサイトやSNSでチェックしてみてください。都市の「分解力」を考えるこの対話が、どのように発展していくのか、引き続き注目していきたいと思います。
開催後記
企画を担当したディレクター森田の完走した感想も公開中。興味があればチェックしてみてください。
手触りのある分解可能な未来を探して ── FabMeetup Nagoya vol.13開催後記
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岩沢 エリ
株式会社ロフトワーク Culture Executive/マーケティング リーダー
東京都出身、千葉市在住。大学でコミュニケーション論を学んだ後、マーケティングリサーチ会社、不動産管理会社の新規事業・経営企画室を経て、2015年ロフトワークに入社。マーケティングチームのリーダーとして、ロフトワークのコミュニケーションデザイン・マーケティング戦略設計、チームマネジメントを担う。2022年4月からCulture Executiveを兼任し、未来探索と多様性を創造力に変えるカルチャー醸成に取り組む。最近では、「分解可能性都市」をテーマに、生産・消費に加えて分解活動が当たり前となる都市生活へシステムチェンジするためのデザインアプローチを探究している。1児の母。
東京都出身、千葉市在住。大学でコミュニケーション論を学んだ後、マーケティングリサーチ会社、不動産管理会社の新規事業・経営企画室を経て、2015年ロフトワークに入社。マーケティングチームのリーダーとして、ロフトワークのコミュニケーションデザイン・マーケティング戦略設計、チームマネジメントを担う。2022年4月からCulture Executiveを兼任し、未来探索と多様性を創造力に変えるカルチャー醸成に取り組む。最近では、「分解可能性都市」をテーマに、生産・消費に加えて分解活動が当たり前となる都市生活へシステムチェンジするためのデザインアプローチを探究している。1児の母。
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村井 裕一郎
糀屋三左衛門 種麹屋29代当主
1979年生まれ。慶應義塾大学卒業後渡米し、国際経営学修士(MBA in Global Management) を取得。帰国後すぐに家業に入り、現場での経験を積んだのち2016年糀屋三左衛門第二十九代当主となる。新しい発酵文化の創造をめざし、世界的に有名なレストランを始め海外取引など、種麹の市場を拡大する新規事業に取り組んでいる。種麹メーカーの経営者として国内外に麹を伝える講演活動をおこなう傍ら、2022年京都芸術大学大学院修了(芸術学修士)、伝統とデザイン思考について研究を開始している。
1979年生まれ。慶應義塾大学卒業後渡米し、国際経営学修士(MBA in Global Management) を取得。帰国後すぐに家業に入り、現場での経験を積んだのち2016年糀屋三左衛門第二十九代当主となる。新しい発酵文化の創造をめざし、世界的に有名なレストランを始め海外取引など、種麹の市場を拡大する新規事業に取り組んでいる。種麹メーカーの経営者として国内外に麹を伝える講演活動をおこなう傍ら、2022年京都芸術大学大学院修了(芸術学修士)、伝統とデザイン思考について研究を開始している。
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小粥千寿
デザイナー
名古屋芸術大学芸術学部デザイン領域准教授専門はコンセプチュアル・デザイン/地理学。地理学及び考現学的視点や手法から都市空間と人間生活の関わりについてリサーチし、展示や書籍、プロダクトなどの形で作品を制作。2023年より「食における生産・流通・消費のあり方」をテーマに、フィールドサーベイを行う「Edible Classroomプロジェクト」を、名古屋芸術大学の学生とともに展開している。静岡県浜松市在住。
専門はコンセプチュアル・デザイン/地理学。地理学及び考現学的視点や手法から都市空間と人間生活の関わりについてリサーチし、展示や書籍、プロダクトなどの形で作品を制作。2023年より「食における生産・流通・消費のあり方」をテーマに、フィールドサーベイを行う「Edible Classroomプロジェクト」を、名古屋芸術大学の学生とともに展開している。静岡県浜松市在住。
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伊藤 光平
株式会社BIOTA 代表取締役
慶應義塾大学卒業。高校時代から慶應義塾大学先端生命科学研究所にて特別研究生としてヒト常在菌のゲノム解析に従事。学部生時代には都市の微生物コミュニティのメタゲノム解析に従事。大学卒業後、株式会社BIOTAを創業し、微生物研究を主軸に建築・ランドスケープデザイン、素材開発によって微生物多様性を高める都市デザイン事業を行っている。個人では循環をテーマとしたスペキュラティブデザイン作品を制作・展示している。
慶應義塾大学卒業。高校時代から慶應義塾大学先端生命科学研究所にて特別研究生としてヒト常在菌のゲノム解析に従事。学部生時代には都市の微生物コミュニティのメタゲノム解析に従事。大学卒業後、株式会社BIOTAを創業し、微生物研究を主軸に建築・ランドスケープデザイン、素材開発によって微生物多様性を高める都市デザイン事業を行っている。個人では循環をテーマとしたスペキュラティブデザイン作品を制作・展示している。
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北川 啓介
名古屋工業大学教授|建築活動家
愛知県生まれ。2017年米国プリンストン大学客員研究員を経て、2018年から現職。2019年大学発ベンチャーの株式会社LIFULL ArchiTech代表取締役社長兼CEO。建築構造物領域のプロフェッショナルであり、インスタントハウス技術の考案者。国内外での建築設計や建築教育の経験を経て、知財をもとにした未来志向の建築や都市を考案し、実用化した上での事業化を推進。
愛知県生まれ。2017年米国プリンストン大学客員研究員を経て、2018年から現職。2019年大学発ベンチャーの株式会社LIFULL ArchiTech代表取締役社長兼CEO。建築構造物領域のプロフェッショナルであり、インスタントハウス技術の考案者。国内外での建築設計や建築教育の経験を経て、知財をもとにした未来志向の建築や都市を考案し、実用化した上での事業化を推進。
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森田 湧登 / Yuto Morita
FabCafe Nagoya ディレクター
愛知で育まれた人間。名古屋大学大学院工学研究科物質プロセス工学専攻修了。
人々の心がうねる瞬間が好きで、学問やデザイン、音楽やパフォーマンスなど物事をつくることに広く興味を抱く。在学時代、野良で見境なく学問やデザインに取り組む中で「はじまり」のデザインを実験したいと思い、FabCafe Nagoyaに参加。
エレクトーンとアイスクリームが好き。コール&レスポンスは世界を救うと思っているし、実はアイスクリーム屋さんでもある。
愛知で育まれた人間。名古屋大学大学院工学研究科物質プロセス工学専攻修了。
人々の心がうねる瞬間が好きで、学問やデザイン、音楽やパフォーマンスなど物事をつくることに広く興味を抱く。在学時代、野良で見境なく学問やデザインに取り組む中で「はじまり」のデザインを実験したいと思い、FabCafe Nagoyaに参加。
エレクトーンとアイスクリームが好き。コール&レスポンスは世界を救うと思っているし、実はアイスクリーム屋さんでもある。
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FabCafe Nagoya
ものづくりカフェ&クリエイティブコミュニティ
デジタルファブリケーションマシンと制作スペースを常設した、グローバルに展開するカフェ&クリエイティブコミュニティ。
カフェという”共創の場”でのオープンコラボレーションを通じて、東海エリアで活動するクリエイター、エンジニア、研究者、企業、自治体、教育機関のみなさまとともに、社会課題の解決を目指すプロジェクトや、手を動かし楽しみながら実践するクリエイティブ・プログラムなどを実施。
店頭では、農場、生産者、品種や精製方法などの単位で一銘柄とした『シングルオリジン』などスペシャリティコーヒーをご提供。こだわり抜いたメニューをお楽しみいただけます。デジタルファブリケーションマシンと制作スペースを常設した、グローバルに展開するカフェ&クリエイティブコミュニティ。
カフェという”共創の場”でのオープンコラボレーションを通じて、東海エリアで活動するクリエイター、エンジニア、研究者、企業、自治体、教育機関のみなさまとともに、社会課題の解決を目指すプロジェクトや、手を動かし楽しみながら実践するクリエイティブ・プログラムなどを実施。
店頭では、農場、生産者、品種や精製方法などの単位で一銘柄とした『シングルオリジン』などスペシャリティコーヒーをご提供。こだわり抜いたメニューをお楽しみいただけます。
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FabCafe Nagoya 編集部
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