Event report
2026.3.17
分野を越えて集う、思考の交差点

2026年3月、名古屋大学内の Common Nexus LOAM HALL にて、クリエイティブ・リンク・ナゴヤ主催のワークショップ&公開セミナー「問いから始まる未来の下書き ― アートと共創する社会 ―」が開催されました。
主催したクリエイティブ・リンク・ナゴヤは、2022年10月に名古屋市によって設立された文化芸術の中間支援組織(アーツカウンシル)です。「助成支援」「パイロット事業」「調査研究」を柱に、地域における文化芸術の基盤づくりに取り組んでいます。
今回の催しは、そのパイロット事業の一環として企画されたもの。アーティストに限らず、企業、地域活動、食、資源循環など、さまざまな分野で活動する実践者が集まり、アートを手がかりに社会との新しい関係性を探る場となりました。
第1部のワークショップはFabCafe Nagoyaが企画・運営を行いました。重要視したことは結論を出すことではなく、まだ言葉になりきらない違和感や問いを持ち寄ること。完成された計画を描くのではなく、参加者のみなさんとともに未来の「下書き」を描き始めるための対話の時間を過ごしました。
本稿では、その対話の中で立ち上がった視点や可能性を、プロセスとともに振り返ります。
EVENTINFO
つながる∽つなげるトークシリーズ“リンク・カフェ”「問いから始まる未来の下書き-アートと共創する社会」
第1部|ワークショップ 15:00~18:00
考えかけのアイデアを並べて、まだ消せる線で未来を描く
企画・進行:FabCafeNagoya
第2部|公開セミナー 19:00~19:45
『アートの力』でつながる
―アート思考でイノベーションを起こせるか?―
―新組織『VAUA』の挑戦―
登壇:白河宗利氏(愛知県立芸術大学学長)
時間:19:00–19:45
第二部レポート:https://fabcafe.com/jp/magazine/nagoya/260317_linkcafe-2
会場:CommonNexusLOAMHALL(名古屋大学内)
主催:クリエイティブ・リンク・ナゴヤ
5つのテーマから見える、社会の現在地
5つの領域で活動する担い手をテーマホストとして招き、具体的な課題や問いを起点に5つのテーブルを設けました。
- 産業・工業とクリエイティビティを結び付ける触媒としての素材(テーマホスト:株式会社ワーロン)
- ケとしての竹林との関わり方(テーマホスト:一般社団法人BUN-KAI)
- 伝統工芸×まちづくり×アート(テーマホスト:ありまつ中心家守会社)
- 顔の見える食品生産者をどうつくるか?(テーマホスト:糀屋三左衛門)
- 地域の資源循環を楽しくつくるには?(テーマホスト:中部リサイクル運動市民の会)
いずれも、現場で実際に活動している当事者だからこそ抱えている違和感や課題が持ち込まれ、参加者はそれに応答する形で対話を重ねていきました。
違和感から可能性へ — 対話がたどったプロセス

テーブルの参加者で協力してシーンを作り上げるボディワークを通じて一気に参加者の距離が縮みました
冒頭で今日のゴールは答えを出すことではなく、これから進む方向のスタートラインを見つけることだという考え方が司会進行のFabCafe Nagoya斎藤から共有されます。上手く話そうとしなくていい、自分の言葉で話す、正解を探さない——そんなルールが、安心して対話を行う空気を形成します。さらにアイスブレイクとしてインプロヴィゼーションのボディワークを2つ行い、柔らかい対話の姿勢をつくるために体と心をほぐすことからこの日のワークは始まりました。

違和感や課題といったネガティブなテーマから始まったが会場では始終ポジティブな雰囲気の中未来に向けての対話が重ねられた
ワークショップは、いきなり解決策を考えるのではなく、「何が引っかかっているのか」を言葉にするところから始まりました。
各テーマホストの話を手がかりに、参加者は気になった言葉や違和感を付箋に書き出していきます。なぜ気になるのか、どんな背景があるのかを掘り下げていくことで、ぼんやりしていた問題の輪郭が少しずつ立ち上がっていきました。
価値があるのに伝わらない。
意味があるのに続かない。
資源があるのに活かしきれない。
関わる人がいるのに広がらない。
存在しているのに、見えにくくなっている。
こうした断片が並ぶにつれて、それぞれ別の問題に見えていたものが、どこかでつながっているようにも感じられてきました。廃材を新しい素材として捉え直すこと、日常の営みの魅力を言葉にすること、地域に眠る資源を別の形で活かすこと、見えない工程や背景を伝えること。具体的な解決策を導くというより、「こんな未来もあり得るかもしれない」と想像が少しずつ広がっていきます。
最後には、各テーブルで生まれた気づきやビジョンを持ち寄り、それぞれの現場に持ち帰れる次の一歩のヒントを探りました。明確な結論が出たわけではありませんが、物事の見え方が少し変わる。その変化こそが、この場の大きな手応えだったように感じられました。
各テーマで浮かび上がった問いと可能性
産業・工業とクリエイティビティを結び付ける触媒としての素材(テーマホスト:株式会社ワーロン)

実物のワーロンシートに触れることから対話がはじまった
—「ワーロンシート」から見えた、素材の可能性の再発見
高機能和紙素材「ワーロンシート」を起点に、産業と創造性の接点について議論が行われました。
ワーロンシートは、和紙の風合いを持ちながら耐久性や機能性を備えた素材で、建築やインテリア、業務用途などで広く採用されています。しかし、その技術的背景や素材としての魅力は、一般の生活者にはほとんど知られていません。
参加者との対話を通して浮かび上がったのは、「価値がない」のではなく、価値の見え方が限られているという状況でした。産業の文脈では性能や用途が明確に定義されるため、素材の潜在的な可能性が既存の使い方に閉じ込められてしまうことがあります。
議論では、ワーロンシートを単なる建材や工業製品としてではなく、空間や体験を生み出す要素として捉え直す視点が次々に提示されました。光の透過性を活かした照明やインスタレーション、仮設空間の構成要素、特別な用途の印刷物など、生活の中に新しい関係性をつくる素材としての可能性が語られます。
特に印象的だったのは、「できないこと」ではなく、できることが多すぎる素材であるという認識への転換でした。通常の製品開発では制約条件やコスト、性能要件が優先されますが、この場では逆に、用途が広すぎること自体が可能性の源として捉えられます。
その結果、既存の営業や製品開発の枠組みとは少し距離を置いた場所で、より自由に素材を試す必要があるのではないかという考えも共有されました。アートの領域は、そのような探索を可能にする実験場として機能し得ます。
高品質でありながら広く知られていないという状況は、新しい接続の余地が残されていることを示しています。
ワーロンシートをめぐる対話は、素材としてのあり方の再発見であると同時に、産業と社会の関係を再編するヒントを探る試みでもありました。
ケとしての竹林との関わり方(テーマホスト:一般社団法人BUN-KAI)

竹から作る猫砂の取り組みについて紹介するBUN-KAI代表 箕浦さん
—イベントではなく「日常」として続けるために
竹という素材の活用方法ではなく、竹林整備という営みそのものをどう社会に位置づけるかが議論の中心となりました。
テーマとして掲げられた「ケとしての関わり」とは、特別な行事(ハレ)ではなく、日常の中で持続的に行われる関係性を指しています。
テーマホストである箕浦さんは、竹灯りなどのイベントを行えば人は集まるものの、それが継続的な整備活動にはつながりにくいと実感を語りました。観光的な盛り上がりは生まれても、竹林を管理するという地道な作業は依然として限られた人に依存してしまう。結果として、準備を担う側の負担が大きくなり、活動の持続性が脅かされます。
一方で、実際に竹を切る作業には独特の爽快感があり、自分たちの手で地域環境を整えられるという実感も伴います。参加者の間では、このような身体的・感覚的な価値こそが活動の核心ではないかとも語られました。しかし、その魅力は外からは見えにくく、体験した人にしか伝わりにくいという問題があります。
議論では、こうした日常の営みの価値をどう可視化するかが大きな論点となり、単に「楽しい」と伝えるだけでなく、実際の体験や参加者の声を外部に共有すること、次世代が関われる入口を設けることなど、具体的な方策についても話されました。
また、組織運営の視点からは、リーダーがすべてを担うのではなく、あえて前に出過ぎないことで周囲の主体的な関与を促すという考え方も印象的でした。活動を広げるためには、中心人物の努力だけでなく、多様な人が関われる余白が必要であるのかもしれません。
地域に「何もない」と思われていた場所でも、継続的な取り組みを通じて新しい価値が生まれる可能性があります。このテーブルでの対話は、竹林整備という具体的な活動を超えて、日常的な市民参加のあり方やコミュニティの形成を問い直すものとなりました。
イベントの成功ではなく、静かに続く営みの価値をどう共有するか。
その難しさと可能性の両方が浮かび上がった議論となりました。
伝統工芸×まちづくり×アート(テーマホスト:ありまつ中心家守会社)

有松絞りのくくり糸について手触りや色合いの豊かさなど参加者それぞれの観点からの興味深い点が話し合われた
—廃材がひらく、地域の新しい接点
有松絞りの町が直面している変化と、その中で生まれる新しい可能性について議論が行われました。職人の高齢化や事業者の減少が進む一方、住宅地として新たに移り住む人は増えています。しかし多くは昼間に地域外へ働きに出て夜に戻る生活で、旧来の住民との間に交流が生まれにくく、地域の中に静かな断絶が生じているという現状が共有されました。
その課題を考える手がかりとして今回提示されたのが、絞りの工程で生まれる「括り糸」の廃材です。布を染める際に使用された糸は製品完成後に廃棄されてきました。独特の柔らかさと触感を持つこの素材の活用方法を探りました。
議論では、壁材としての既存の利用例に加え、新しい素材としての展開や立体的な表現への応用、人が思わず触れたくなる感覚的な価値など、多様なアイデアが提示されました。単なる再利用の方法を探るというより、この素材をきっかけに新しい活動や関係性を生み出せないかという方向へ思考が広がりました。
特に印象的だったのは、「今いる人」だけでなく「まだ来ていない人」に届く仕掛けが必要だという認識でした。地域内部の課題を解決するだけでなく、外部の関心を引き寄せる新しいコンテンツが求められている。そのようなフックを生み出す力としてのアートの役割も垣間見えました。
また、他地域でのコミュニティ化へつながる事例があることから、有松でも新しい形の活動を創出できるのではないかという前向きな意見も生まれました。重要なのは、伝統をそのまま保存することだけではなく、地域の現在の状況に応じて新しい姿を描くことでした。
括り糸という一見小さな素材を起点に、地域の未来像まで議論が広がったこの対話は、伝統工芸の再生を単なる産業振興ではなく、人と人との関係を再編するプロセスとして捉える可能性を示唆していました。
廃材の再利用という枠を超え、地域の新しい接点を生み出す媒介としての可能性が見えてきた時間でした。
顔の見える食品生産者をどうつくるか?(テーマホスト:糀屋三左衛門)

糀屋三左衛門の製造現場で実際に使われている作業着に身を包むことから対話が始まった
—見えない中間工程をどう社会にひらくか
食品の生産から消費に至るまでの過程の中で、特に「見えにくい部分」に焦点が当てられました。
農業や漁業といった一次産業、あるいは家庭や飲食店での調理は比較的イメージしやすい一方で、その間に存在する加工・製造の工程は、社会の中でほとんど認識されていません。
味噌や醤油、酒、麹といった食品は日常的に使われているにもかかわらず、それがどのように作られ、どんな人が関わっているのかを具体的に想像できる人はどれだけいるでしょうか。食育やメディアでも生産者や料理人には光が当たりやすいものの、食品製造の現場は取り上げられる機会は多くありません。
こうした中間工程の不可視性が産業の理解や価値の共有を難しくしているのではないかという見方が議論の中で示されました。原料をつくる人と食卓に届ける人のあいだにも、専門的な技術や知識を持つ多くの担い手が存在しています。その存在をどのように社会に伝えていくかが、大きなテーマとなりました。
一方で、外部への発信だけでなく、内部の環境にも目が向けられます。働く人が自らの仕事に誇りややりがいを感じられるかどうかも、産業の持続性に深く関わります。議論の中では、ユニフォームのデザインを見直すというような身近な工夫が、仕事の見え方や意識を変える可能性についても触れられました。
また、業界全体の成長が個々の企業の将来を左右するという構造的な課題も共有されました。原料供給に近い立場では、取引先の市場が縮小すれば自社も影響を受けるため、単独では解決できない問題が多く存在します。その意味で、個別の企業活動にとどまらず、社会全体の理解や関心を高めていく必要があるのかもしれません。
この対話を通して見えてきたのは、食品製造の現場を単に「見せる」こと以上に、その仕事の意味をどう社会と分かち合うかという視点です。 身近でありながら想像しにくい領域をどのようにひらくか——その問いは、食に限らず多くの産業に共通するテーマでもあることが印象づけられました。
地域の資源循環を楽しくつくるには?(テーマホスト:中部リサイクル運動市民の会)

循環をつくる活動に若者や新たな仲間をどう巻き込むか様々なアイデアが交わされた
—物の先にある「物語」をどう巡らせるか
このテーブルでは、地域の中で不要になったものをどのように活かし、循環させていくかがテーマとなりました。
とくに焦点が当てられたのは、ブランド価値が高くない品物や、まだ使えるにもかかわらず行き場を失いがちなものです。
リユース活動の現場では、価値が分かりやすい品は民間の流通に乗りやすい一方、そうでないものは「ゴミ」として扱われてしまうことも少なくありません。地域の中でそれらをどう受け止め、再び使われる状態へと戻していくかが大きな課題として語られました。
議論の中で印象的だったのは、物そのものの価値だけでなく、その背景にあるストーリーに目を向ける視点です。不要になった理由や持ち主の思い、これまでの使われ方など、目には見えない情報が、その品物に新しい意味を与える可能性があります。
たとえば、和服のように個人的な記憶や時間を伴うものは、単なる中古品としてではなく、物語とともに提示することで別の価値が立ち上がるかもしれません。展示や共有の場を通して、それらのストーリーを可視化できれば、新しい関係性やコミュニティのきっかけにもなり得ます。
一方で、活動を続けるための現実的な問題も避けて通れません。イベントの開催や運営、継続には資金や協力者が必要になります。社会的に意義のある取り組みと、持続可能な仕組みとのバランスをどう取るかは、この分野に共通する悩みでもあります。
対話を通して見えてきたのは、単に物を再利用するだけではなく、人と人との関係や場をつくることが循環の核心にあるという考え方でした。
地域の中で物が巡るということは、同時に思いや経験が巡ることでもあります。
価値が低いと見なされがちなものの中にも、新しい出会いや活動の種が眠っている。
その可能性をどう引き出し、楽しく続けられる形にしていくか——地域資源の循環は、環境問題にとどまらず、コミュニティのあり方そのものを問い直すテーマであることが感じられました。
答えではなく、スタートラインを持ち帰る

糀屋三左衛門 村井さんの呼びかけで作業着をかっこよくするチャレンジが参加アーティストを中心に行われた

その場で作業着に加えられたグラフィティ
このワークショップで共有されたのは、完成された解決策というより、それぞれの現場にある問いを言葉にし直していく過程でした。
分野は異なっていても、多くの議論の底にあったのは、「価値は確かにあるのに、社会の中では見えにくくなっている」という感覚です。そして、その価値をどうひらき、誰と分かち合えるのかという問いが、さまざまな形で浮かび上がっていました。
印象的だったのは、大きな問題を一度に解こうとするのではなく、「どんな一歩なら踏み出せるか」を探していたことです。どれも劇的な変化ではありませんが、未来の向きを静かに変えていく力を持っています。
この日生まれたのは、いくつもの小さなスタートラインでした。
まだ消せる線だからこそ、何度でも描き直すことができます。ここで始まった対話が、それぞれの場所でどのように育っていくのか。その続きが気になる、そんな余韻を残してワークショップは幕を閉じました。
そして同時に、この問いは会場の中だけにとどまるものではありません。私たちの身の回りにも、まだ言葉になっていない違和感や、見えにくくなっている価値がきっとあるはずです。それを誰かと共有し、小さな線として描き始めることができるかどうか。その最初の一歩は、特別な場ではなく、日常の中から生まれるのかもしれません。
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FabCafe Nagoya 編集部
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