Project Case
2026.5.19
小島 和人(ハモ)
株式会社ロフトワーク, プロデューサー / FabCafe Osaka 事業責任者
「感性」は都市開発の評価軸になるか。天満リサーチと「まち感性オークション」が示したもの
エリアマネジメントや都市開発の現場では、ある問いに必ず向き合うことになります。
「このまちの居心地の良さを、どう評価すればいいのか」
人流データ、滞在時間、売上、地価、回遊率。
数字として測れるものは、以前よりもずっと増えました。
けれど、なぜこの場所には人が集まるのか。
なぜ何度も訪れたくなるのか。
なぜこの路地には、目的がなくても足が向いてしまうのか。
そうした「なんかいい」「落ち着く」「また来たい」という感覚は、都市の価値を考えるうえで重要でありながら、既存の評価指標だけでは十分に捉えきれません。
2024年4月に国土交通省が公表したエリアマネジメントの評価ガイドラインでも、地域の特色に応じた魅力向上や独自性の強化の重要性が示されています。
一方で、その土地らしさや居心地のような感性的・定性的な価値を、どのように観察し、共有し、実務に接続していくのかは、まだ多くの余白が残されている領域です。
まち感性ラボ(Machi Sensibility Lab)は、その余白に向き合うための実験的なプラットフォームです。
今回は、2025年秋から2026年初頭にかけて大阪・天満で行った「天満リサーチ」と、その成果発表として開催した「天満まち感性オークション」の記録を通じて、都市の感性的価値をどのように見つけ、言葉にし、社会の判断へ接続できるのかを考えます。
まち感性ラボ Open Labページ
https://fabcafe.com/jp/labs/osaka/machi-sensibility-lab
まち感性ラボは、ロフトワークと読売広告社(YOMIKO)が共同で立ち上げた、都市の感性的価値を可視化し、社会実装していくためのプラットフォームです。

まち感性ラボは、都市の感性的価値を可視化し、社会実装へつなげるための実験的プラットフォームです。
FabCafe Osakaを実証フィールドに、エリアマネジメント、都市開発、公共空間設計、企業のR&D、教育・学術領域との接続を試みています。
背景にあるのは、都市を経済合理性だけでなく、人の感覚やふるまいから捉え直す視点です。
人口、地価、人流、売上といった指標は、都市を考えるうえで欠かせません。しかし、それだけでは、まちで生まれる記憶や気配、滞在したくなる感覚、人と人の距離感までは捉えきれません。
まち感性ラボでは、そうした感覚を「曖昧なもの」として切り捨てるのではなく、観察可能な兆候として扱います。
たとえば、
「つい座りたくなる場所」
「歩くテンポが変わる瞬間」
「声の大きさが自然と変わる路地」
「なぜか戻ってきたくなる店先」
こうした身体の反応や記憶の立ち上がりを、都市の価値を考えるための手がかりとして捉える。
それが、まち感性ラボの出発点です。
そして理論的な背景として参照しているのが、Sensibility Urbanism(感性都市論)です。
Sensibility Urbanismは、都市の価値を空間供給や人流だけでなく、人がその場所で経験する質から捉え直す都市実践思想です。身体感覚、記憶、文化、滞在体験といった見えにくい価値を、指標・設計・運営へ接続することを目指しています。
https://sensibility.city/
今回の実証フィールドとなった天満は、飲食店が密集し、路地が入り組み、昼と夜でまちの表情が大きく変わるエリアです。

天神橋筋商店街と大阪天満宮が重なる先にFabCafe Osakaがある
観光地として整備されすぎているわけではなく、生活、商い、飲食、移動、偶然の出会いが重なり合っている。
そこには、ひとことで説明しにくい独特の密度があります。
天満の魅力は、きれいに整理された景観の中にあるというより、むしろ少し雑多で、予定通りにいかない感覚の中にあります。
看板の重なり。
店先から漏れる声。
路地の湿度。
人の流れの速さ。
ふと立ち止まりたくなる余白。
そうした要素が層のように重なり合い、天満らしい感性をつくっています。
今回の天満リサーチは、近畿大学文芸学部・アサダワタル准教授のプロデュースゼミと連携した産学連携プロジェクトとして実施しました。学生6名が約3ヶ月にわたり天満エリアを歩き、観察し、記録し、まちの感性的価値を探っていきました。
このプロジェクトで学生たちが選んだアプローチは、一般的なまちづくりリサーチとは少し異なるものでした。
通常、リサーチでは対象を明確にし、情報を集め、分類し、分析していきます。
しかし今回のリサーチでは、最初から「正しく見る」ことを目指しませんでした。
まちの見方を変えるリサーチツール
むしろ、いったん解像度を下げる。
目的地を決めずに歩く。
うまく撮ろうとしない。
すぐに言語化しない。
身体が先に反応する状態をつくる。
そうすることで、普段なら見過ごしてしまうまちの気配や違和感に触れようとしました。
第1フェーズでは、「けもの道ウォーク」と呼ばれるフィールドワークを行いました。
これは、あらかじめ目的地や調査対象を決めず、身体の反応に従ってまちを歩く方法です。
使用したのは、ファインダーを覗かないレシートプリンターカメラ。
撮影者が構図を決めて「よい写真」を撮るのではなく、歩きながら、時間の流れとしてまちを記録していきます。

ファインダーを覗かないことで、視線はカメラの中ではなく、まちそのものに向かいます。
きれいに撮ることから離れると、観察の焦点も少しずつ変わっていきます。
何気ない壁の質感。
看板の言葉遣い。
店先に置かれた椅子。
人が自然と立ち止まる場所。
路地に入るときの身体の緊張や緩み。
そうした小さな反応が、天満の感性を読み解く入口になっていきました。
第2フェーズでは、視覚だけに頼らない観察を行うために、味覚と嗅覚を使った実験を取り入れました。
学生たちは、天満の「ザラザラ感」をイメージした試作ドリンクを飲んでから、再びまちを歩きました。
抹茶ミルク、酒粕、ウイスキーを組み合わせたそのドリンクは、甘さ、苦味、発酵感、アルコールの余韻が重なった、少し複雑な味わいを持っています。

その感覚を身体に残したまま歩くと、同じ路地が少し違って見えてきます。
視覚だけで見ていたまちに、匂いや湿度、音、人の距離感が重なっていく。
「見る」よりも前に、「感じる」ことが立ち上がってくる。
感性をすぐに言葉にするのではなく、まず身体を開く。
そのうえで、何を感じたのかを記述していく。
このプロセスは、都市を分析対象としてだけでなく、体験されるものとして捉えるための重要なステップでした。
フィールドワークを通じて集まった観察や言葉は、最終的に3つのアウトプットへと展開されました。
ひとつ目は、まち感性辞書です。
これは、学生たちが天満で感じ取った感覚を言葉として集め、辞書のように編み直したものです。
個人の主観的な感覚をそのまま閉じたものにせず、他者も参照できる言葉として整理することで、まちの感性を共有するための共通言語をつくる試みです。
「にぎやか」「懐かしい」「雑多」といった一般的な形容だけでは捉えきれない、天満特有のニュアンス。
それを、観察と言葉のあいだで何度も行き来しながら探っていきました。
ふたつ目は、
狩都(かると)です。
狩都は、まちのムードを言葉で“狩る”カード型ゲームです。
参加者はカードを手がかりに、その場の空気や違和感、身体の反応を言葉にしていきます。

まちを感性で計り取るためのツール
ゲームという形式をとることで、専門家だけでなく、住民、学生、行政担当者、事業者など、異なる立場の人が同じテーブルにつきやすくなります。
感性を個人の内側に閉じ込めるのではなく、対話のための素材としてひらいていくツールです。
三つ目は、天満の感性ドリンクです。
これは、天満という場所の感触を飲み物として翻訳する試みです。
まちの感性を言葉だけで説明するのではなく、味覚や嗅覚を通じて身体で確かめる。
都市の価値を考えるとき、私たちはつい言語や数値に頼りがちです。
しかし、その前に身体が受け取っているものがある。
感性ドリンクは、その前言語的な感覚を共有するための実験的なメディアでした。
天満リサーチの成果は、「天満まち感性オークション」という形式で発表されました。
イベントページ
https://fabcafe.com/jp/events/osaka/20260219/sensibility_auction
これは、単なる成果発表会ではありません。
学生たちが見つけた天満の感性や、それをもとにした提案を、社会の判断にかける場として設計されました。
オークションという形式を用いることで、参加者は「面白かった」「よくできていた」という感想にとどまらず、
「この感性に投資できるか」
「まちづくりの判断材料として使えるか」
「どのような現場で活用できるか」
という視点から提案を見ることになります。
感性は、個人的で主観的なものです。
しかし、都市開発やエリアマネジメントの現場で扱うためには、それを他者と共有し、判断し、使えるかたちにしていく必要があります。
天満まち感性オークションは、感性を単なる印象として消費するのではなく、都市の未来を考えるための判断材料として扱う実験でした。
今回のリサーチから見えてきたことのひとつは、感性指標は「他地域と比較するためのランキング」ではなく、「自分たちのまちを調整するための軸」として設計する必要があるということです。
たとえば、「居心地がいいまち」を全国一律の尺度で点数化することはできるかもしれません。
しかし、それだけでは、その土地ならではの魅力はこぼれ落ちてしまいます。
天満には天満の心地よさがあります。
整然としていることよりも、雑多であることが魅力になる場合がある。
静けさよりも、声や音の重なりが安心感を生む場合がある。
清潔に整えすぎないことで、入り込みやすさが生まれることもある。
感性指標とは、そうした土地ごとの固有性を読み解き、関係者のあいだで共有し、次の判断につなげるためのものです。
それは、経済指標に置き換わるものではありません。
むしろ、人流や売上、滞在時間といったデータと並走しながら、数字だけでは見えない価値を補助線として浮かび上がらせるものです。
もうひとつ重要なのは、身体感覚とデータを切り離さないことです。
「座りたくなる」
「歩く速度が落ちる」
「声のトーンが変わる」
「匂いに誘われて曲がる」
「なんとなく戻ってきたくなる」
こうした反応は、一見すると曖昧です。
しかし、丁寧に観察し、記録し、複数人で照らし合わせていくことで、まちの価値を示す手がかりになります。
さらに、センサーデータ、AI解析、人流データ、滞在時間の計測などと組み合わせることで、感性の記述はより共有しやすくなります。
大切なのは、最初から感性を数値化しようとすることではありません。
まず身体の反応を見つける。
次に、それを言葉にする。
そして、必要に応じてデータと重ねていく。
その順番を間違えないことが、感性指標を実務に活かすうえで重要になります。
感性は、一人で見つけるものではありません。

学生が見る天満。
地域で働く人が見る天満。
デベロッパーが見る天満。
行政担当者が見る天満。
初めて訪れた人が見る天満。
長く暮らしている人が見る天満。
それぞれの視点は異なります。
だからこそ、同じ場所を歩き、異なる感覚を持ち寄ることに意味があります。
専門家だけで考えると、まちは計画や制度の言葉に寄りすぎてしまうかもしれません。
住民だけで考えると、日常に埋もれた価値に気づきにくいこともあります。
学生や外部者の視点は、当たり前になっていた風景をもう一度見直すきっかけになります。
まち感性ラボが目指しているのは、そうした異なる視点が交わる場をつくることです。
感性を個人の感想で終わらせず、対話のなかで都市の共有財へと育てていくことです。
FabCafe Osakaは、天満という土地に根ざしながら、都市や社会にまだ言葉になっていない感覚をすくいあげる場を目指しています。
FabCafe Osaka
https://fabcafe.com/jp/osaka/
食べる、つくる、遊ぶ、話す、歩く。
そうした身近な行為の中に、まだ見えていない価値を見つける。
まち感性ラボの取り組みは、FabCafe Osakaが大切にしているこの姿勢とも深くつながっています。
都市を完成されたものとして見るのではなく、未完で、曖昧で、変化し続けるものとして捉える。
きれいに整理された答えではなく、まだ形になる前の感覚に目を向ける。
そして、それを人と共有できる体験や言葉へと変換していく。
天満リサーチは、そのためのひとつの実践でした。
今回の天満リサーチで試みたフレームワークは、天満だけに閉じたものではありません。
エリアマネジメント。
公共空間設計。
都市開発の初期調査。
商業施設や地域拠点のコンセプト設計。
企業のR&D。
教育・学術との連携。
さまざまな文脈で応用できる可能性があります。
「このまちには何かある」
多くの人がそう感じていても、その感覚はなかなか事業や政策の言葉にはなりません。
まち感性ラボは、そのまだ言葉になっていない感覚を、観察し、味わい、対話し、設計や事業判断に接続していくための実験を続けています。
都市の価値は、数字だけで決まるものではありません。
けれど、感覚だけで語り続けることにも限界があります。
だからこそ、感性をひらき、見えない価値に眼差しを向け、異なる人や領域が交わりながら、都市の未来を考えるための新しい評価軸をつくっていく。
まち感性ラボは、都市の中に眠る感性を、社会で使えるかたちへ翻訳するプラットフォームです。

アサダワタルと小島和人ハモ
連携・活用のご相談は、まち感性ラボのOpen Labページよりお問い合わせください。
https://fabcafe.com/jp/labs/osaka/machi-sensibility-lab
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小島 和人(ハモ)
株式会社ロフトワーク, プロデューサー / FabCafe Osaka 事業責任者
都市と社会のあいだで「感性」を手がかりに、都市や組織の関わり方を探るプロデューサー/アーティスト。株式会社ロフトワーク所属、FabCafe Osaka事業責任者。
自身の思想である Harmonism(ハモニズム) を背景に、都市体験を感性から読み解く Sensibility Urbanism(感性都市論) を提唱。さらに、都市の体験価値を可視化する指標として まち感性指標(Machi Sensibility Index) の研究と実践を行っている。
企業・自治体・大学などと協働しながら、都市開発や文化プロジェクトを多数プロデュース。FabCafe Osakaを拠点に、都市と創造性の新しい関係を探る活動を続けている。都市と社会のあいだで「感性」を手がかりに、都市や組織の関わり方を探るプロデューサー/アーティスト。株式会社ロフトワーク所属、FabCafe Osaka事業責任者。
自身の思想である Harmonism(ハモニズム) を背景に、都市体験を感性から読み解く Sensibility Urbanism(感性都市論) を提唱。さらに、都市の体験価値を可視化する指標として まち感性指標(Machi Sensibility Index) の研究と実践を行っている。
企業・自治体・大学などと協働しながら、都市開発や文化プロジェクトを多数プロデュース。FabCafe Osakaを拠点に、都市と創造性の新しい関係を探る活動を続けている。
