Event report
2026.3.17
FabCafe Nagoya 編集部
愛知県立芸術大学学長・白河宗利氏が語った、アート思考と新組織「VAUA」のはじまり
つながる∽つなげるトークシリーズ“リンク・カフェ”『問いから始まる未来の下書き―アートと共創する社会』の後半として行われた公開セミナーの様子をお届けします。
「アートは社会の役に立つのか?」
そんな、少し大きくて少し答えにくい問いから、この日のセミナーは始まりました。
公開セミナー第2部に登壇したのは、愛知県立芸術大学学長の白河宗利氏。テーマは「『アートの力』でつながる―アート思考でイノベーションを起こせるか?―新組織『VAUA』の挑戦―」です。
講演では、白河氏自身のアーティストとしての歩みを起点にしながら、「アート思考」とは何か、そして芸術大学がこれから社会とどうつながっていけるのかが語られました。後半では、今年立ち上がった新組織「VAUA(バウア)」の取り組みにも話が及び、大学の外へひらかれていく芸術の姿が、具体的な輪郭を帯びて見えてきました。
EVENTINFO
つながる∽つなげるトークシリーズ“リンク・カフェ”「問いから始まる未来の下書き-アートと共創する社会」
第1部|ワークショップ 15:00~18:00
考えかけのアイデアを並べて、まだ消せる線で未来を描く
企画・進行:FabCafeNagoya
https://fabcafe.com/jp/magazine/nagoya/260317_linkcafe-1
第2部|公開セミナー 19:00~19:45
『アートの力』でつながる
―アート思考でイノベーションを起こせるか?―
―新組織『VAUA』の挑戦―
登壇:白河宗利氏(愛知県立芸術大学学長)
時間:19:00–19:45
会場:CommonNexusLOAMHALL(名古屋大学内)
主催:クリエイティブ・リンク・ナゴヤ
ちょっと破天荒で、でもまっすぐな自己紹介から
講演の冒頭では、まず白河氏自身のこれまでについて紹介がありました。
受験期には海外を旅し、大学に入ってからは、授業だけでなく街の壁画制作などにも打ち込みながら、表現の現場を身体で知っていったという白河氏。大きな壁に絵を描く仕事で注目を集めた時期もあったそうですが、その先で「自分は本当に何を表現したいのか」と立ち止まり、アーティストとしての方向へあらためて舵を切ったといいます。
エピソードはどれもユーモラスで、会場の空気もぐっとやわらぎました。けれど、その根底には一貫して、「見えるとはどういうことか」「美しいとは何か」を考え続けてきた、ひとりの作り手としての視点が流れていました。
特に印象的だったのは、白河氏が「青」という色について語った場面です。青の見え方、発色、素材との関係。感覚だけでなく、技法や物質性への深い理解を通して表現を組み立てていることが伝わってきました。
アート思考は、ひらめきだけの話ではない
今回の講演の大きな軸になっていたのが、「アート思考」という言葉です。
白河氏はまず、企業や組織の中では一般的に「サイエンス思考」と「クラフト思考」が重視されてきたと整理します。
サイエンス思考は、データや数値に基づいて分析する考え方。
クラフト思考は、これまでの経験や成功事例をもとに判断する考え方です。
どちらもとても大事なものですが、それだけでは新しい価値をつくりにくい場面がある。変化が早く、正解が見えにくい今の時代には、既存の延長線上にない発想が必要になることもある——。そこで出てくるのが、アート思考です。
白河氏は、アート思考を「アーティストが作品を生み出すように、自分の感性を信じて意思決定すること」と捉えます。まだ世の中にないものを構想し、かたちにしていく。その起点になるのが、説明しきれない違和感や直感です。注目するべきは、白河氏がそれを“感覚だけの話”としては語らなかったことでした。
ゴッホもまた、積み重ねの上にいた
講演の中では、ゴッホを例にしながら、革新的な表現の裏側にも、たしかな研究と技術の蓄積があることが紹介されました。
ぱっと見れば、勢いよく絵具を重ねたように見える絵も、実際には下地づくりや構成、先人の技法への理解の上に成り立っている。大胆に見える表現ほど、じつはかなり丁寧につくられていることもある、と。
この話は、「アート思考=自由奔放な発想」と単純化しないための大事な補助線になっていたように思います。
直感は大切。でも、その直感を支える観察や技術、知識もまた大切。
アート思考は、サイエンス思考やクラフト思考と切り離されたものではなく、それらを含み込みながら最後の一歩を踏み出す力なのかもしれません。
組織の中で新しいものを生むには、何が必要なのか
企業の中で新しいアイデアが出ても、会議を重ねるうちに少しずつ角が取れ、気づけば“通しやすい案”に落ち着いてしまう。そんなことは、きっと多くの現場で起きているはずです。
白河氏は、そうした組織の力学に触れながら、イノベーションを起こすためには、最後は「勇気」が必要だと話しました。
それは、アーティストが「売れるかわからない」「理解されないかもしれない」と思いながらも、自分の表現を世に出す、その感覚にも近いものです。
自分の感性を信じること。
まだ見たことのないものに賭けてみること。
そして、それを受け止められる環境をつくること。
アート思考を組織に取り入れるというのは、単に“変わった人を入れる”ことではなく、そうした余白や対話の場をどう育てるか、という話でもあるのだと感じました。
愛知県立芸術大学から生まれた、新組織「VAUA」
講演後半で紹介されたのが、新組織「VAUA(バウア)」です。
これは、愛知県立芸術大学と社会をつなぐ一般社団法人として立ち上がった新しい取り組みです。
その背景には、いま大学が向き合っている現実があります。
物価上昇による予算の圧迫。少子化による受験人口の減少。公立大学として、これからどう存在感を示していくのかという課題。特に2040年に向けて大学進学年齢人口が減っていくなかで、大学の魅力をどう社会に伝えていくかは、かなり切実なテーマです。
そんな状況の中で白河氏が考えたのは、大学の中にある資産を、もっと外へひらいていくことでした。
教員、学生、卒業生、作品、研究、ネットワーク。
芸術大学には、すでにたくさんの可能性がある。ならばそれを、社会とつなぐ回路をつくればいい。VAUAは、そのための実践の場として構想されています。
アートを社会の中で、もっと自然に動かしていく
VAUAの取り組みは、かなり幅広いものです。
たとえば、若手作家の作品を企業空間などに届ける「アートボックス」のような試み。ひとつの大作をどんと置くのではなく、複数の作家の作品をコンパクトなボックスに収めて展示することで、アートとの距離を少し近づけていくアイデアです。
また、卒業後の若手アーティストを支援する仕組みづくりも進められています。芸大を出てからの数年間は、制作を続けるにも発表の機会を得るにも、なかなか厳しい時期。だからこそ、そのタイミングで支援者や企業とつながる場をつくることには大きな意味があります。
さらに、企業向けの研修や講演、芸術系学生のキャリア支援、文化財や修復に関する取り組みなど、VAUAは芸術大学の持つ力をいろいろなかたちで社会につないでいこうとしています。
ここで印象的だったのは、「大学のため」だけではなく、「社会のため」に動こうとしている点でした。大学の価値を高めることと、社会に新しい価値を返していくこと。その二つを両立させようとしているところに、この組織のおもしろさがあります。
ケアの現場に届くアートの力
もうひとつ心に残ったのが、病院や高齢者施設などでの実践についての話です。
学生や卒業生が演奏やアートのワークショップを行うと、場の空気がふっと変わることがある。表情の少なかった人が拍手をしたり、昔の記憶がよみがえったように目を輝かせたりする。そうしたエピソードが紹介され、アートの力は“わかりやすい成果”だけでは測れないのだとあらためて感じさせられました。
数値化しにくいけれど、たしかにそこにある変化。
芸術が触れているのは、そういう領域なのだと思います。
アートの力を、きれいごとで終わらせないために
今回の講演が印象的だったのは、「アートの力」という言葉をふんわりした理想論のままにしなかったことです。
アート思考が必要だと言うだけでなく、それをどう社会の中で動かしていくのか。大学という制度の中で、どんな壁があるのか。お金のこと、仕組みのこと、スピードのこと。そうした現実をきちんと見据えながら、それでも前に進もうとする姿勢がありました。
アートは、すぐに役に立つかどうかだけで測れるものではありません。
でも、まだ名前のついていない価値を見つけたり、今ある枠組みを少しずらしてみたりする力を持っています。だからこそ、社会とつながる余地があり、むしろ今の時代ほど必要とされているのかもしれません。
愛知県立芸術大学の新組織「VAUA」がこれからどんな回路を育てていくのか。
その挑戦は、芸術大学のひとつの事例であると同時に、アートと社会の新しい関係を考えるヒントにもなっていました。
あなたなら、この「アートの力」をどこで使ってみたいでしょうか。
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白河宗利(しらかわ・のりより)
画家/西洋画における技法材料の研究者
東京都出身、1993 年 東京藝術大学 油画専攻卒業(平山郁夫賞、サロンドプランタン賞)、1995 年 東京藝術大学大学院(油画技法材料研究室)修了。東京藝術大学非常勤講師等を経て愛知県立芸術大学に赴任し現職に至る。画家としての作品発表活動の他に西洋画の技法と材料の研究をおこなっている。2024年 第12代学長に就任。
東京都出身、1993 年 東京藝術大学 油画専攻卒業(平山郁夫賞、サロンドプランタン賞)、1995 年 東京藝術大学大学院(油画技法材料研究室)修了。東京藝術大学非常勤講師等を経て愛知県立芸術大学に赴任し現職に至る。画家としての作品発表活動の他に西洋画の技法と材料の研究をおこなっている。2024年 第12代学長に就任。
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