Event report
2026.5.27
FabCafe編集部
どのクラフトコミュニティも、きっと同じ問いを抱えています。
受け継がれてきたものを大切にしながら、今の時代に通用するものを、どうつくるのか。
これは決して新しい問いではありません。そして、唯一の正解がある問いでもありません。けれども、この問いこそが「ISAN Value UP」の核心にあります。
「ISAN Value UP」は、FabCafe Bangkok が、タイの創造経済振興機構(CEA)、そしてスリン、シーサケート、ウボンラーチャターニーの TCDC センターとともに実施するプログラムです。5ヶ月間にわたり、タイ東北部・イサーン地域のデザイナーや職人たちが集まり、地域に根づくクラフトの知識とデザイン思考を結びつけながら、自分たちのアイデンティティを新たな市場へ届ける製品開発に取り組みます。
その議論の始まりとして、FabCafe Bangkok は日本から3つの FabCafe 拠点のオペレーターを招きました。京都、飛騨の山林、そして富士山の麓。それぞれの地域で、クラフトや素材、コミュニティと向き合ってきた3人が、自らのの経験を語りました。
それはイサーン地域に向けて「手本」を示すための時間ではありません。
むしろ、同じ問いに長い時間をかけて向き合ってきた別の土地から届く、並行する経験の記録です。
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FabCafe Kyoto

浦野なみは、FabCafe Kyoto およびロフトワークを代表して登壇。京都が 1000 年以上の工芸の伝統の上に築いてきたクリエイティブエコノミーを研究し続けてきた豊富な経験を持つ。

Photo credit: nosemono -
FabCafe Hida

岩岡孝太郎( Hidakuma および FabCafe Hida CEO )は、岐阜県の山間部に広がる飛騨の広大な未活用広葉樹林の可能性を引き出すために、チームがどのように取り組んできたかを語った。

Photo credit: RINN -
FabCafe Fuji

八木毅は、富士吉田で DOSO と FabCafe Fuji を運営。富士山の麓に位置するこの小さな繊維の街が、何年もかけて静かに問い続けてきた視点を持ち込んだ——「このような場所が、どうやって生き続けるか?」

Artist: 上條 陽斗 / Haruto KAMIJO

Credit: Kotaro Iwaoka/ FabCafe Hida/ Hidakuma
岩岡氏は、Hidakuma のプロジェクトを始めるとき、デザインに関する判断を下す前には、必ずステークホルダーを森へ連れていくといいます。
それは、材木を査定するためではありません。そこに何があるのかを理解するためです。どのような樹種があるのか。木はどのくらいの年月を生きてきたのか。地形は素材のあり方にどのような影響を与えているのか。
岩岡氏の姿勢は、「森は木材ではない」という言葉に凝縮されています。森は、まず理解すべき対象であり、ただ採取するための資源ではありません。
浦野氏は、FabCafe Kyoto の実践を通じて、別の角度から Hidakuma の実践と同じような考え方を語りました。「のせ物(Nosemono)」では、不規則な形をした自然石を3Dスキャンし、その表面にぴったり合う形を出力します。石をデザインの都合に合わせて加工するのではなく、石自身の個性が、それが何になるのかを決めていきます。
八木氏の仕事もまた、同じような姿勢から始まっています。DOSO のプロジェクトはいつも、本来の用途を終えた建物から始まります。問うべきことは「ここに何を建てるか」ではありません。
「このコミュニティに何が必要で、この場所にはすでに何があるのか」なのです。
出発点はその土地にすでに存在している伝統、素材、知識です。何をつくるかを決める前に、まずそれらを明確に理解すること。イサーンのデザイナーや職人にとっても、仕事はそこから始まります。

Credit: Kotaro Iwaoka/ FabCafe Hida/ Hidakuma
10年前、飛騨の林業組合、製材所、家具メーカーは、それぞれが個別に仕事をしていました。同じサプライチェーンの一部でありながら、互いの関係は決して強くありませんでした。
Hidakuma が最初に取り組んだのは、それらの事業者を同じ場に集めることでした。
地域の内側にあるチェーンがつながることで初めて、Hidakuma は地域外の建築家や企業を招き入れることが出来るようになりました。その頃には、外部のエネルギーを受け止めても揺らがない基盤が、地域の中に育っていました。
地域内のつながりや関係性が十分に育つ前に外部のコラボレーターを招くと、プロジェクトは地域コミュニティの上に一時的に乗るだけのものになりやすくなります。地域の内側から育っていく取り組みにするためには、まず地域内の関係性を育てることが大切です。
クリエイティブエコノミーを支えるつながりは、多くの場合、とてもローカルなところから始まります。外から見える成果になる前に、まず地域の中で少しずつ関係性が築かれていきます。

Credit: Kotaro Iwaoka/ FabCafe Hida/ Hidakuma
岩岡氏は、飛騨の現在の産業プロセスを「蒸留」と表現します。森の100%が投入されても、最終製品として残るのは約1%。その過程で出る木くず、端材、おがくず、葉、枝は、多くの場合「副産物」として扱われてきました。
Hidakuma の仕事は、それら一つひとつのプロセスが、何になり得るのかを問い続けることにあります。
Hidakuma の最新建築「森のはオフィス」は、その年の飛騨の森に実際に存在する樹種構成の比率に合わせ、地元の広葉樹だけを使って建てられました。何ひとつ、単純に切り捨てないための実践です。例えば、通常の加工には適さない不規則な形の木材は 3D スキャンされ、デザイナーや職人が直接利用できるデータへと変換されたり、おがくずは壁に敷き詰められ、壁面の断熱材として活用しました。
浦野氏も、FabCafe Kyoto の経験からこれに通じる視点を語りました。歴史的に閉じられていた知識のシステムが開かれ始めると、かつては見えなかったもの、あるいは価値が低いとされていたものが、新たな用途を見つけ始め、副産物が素材へと変わっていきます。
イサーンのクラフトコミュニティにとっても、問いはシンプルです。
自分たちの既存のプロセスや素材の中で、今「廃棄物」として扱われているものは何か。
そして、それを活かすようにデザインすれば、何になり得るのか。

Slide Credit: Tsuyoshi Yagi/ FabCafe Fuji/ DOSO
DOSO における八木氏のミッションは、この言葉に集約されます。
「文化の土壌を耕す」。
文化は、無理やり生み出すことはできません。できるのは、それが育つための条件をつくることだけです。
富士吉田での実践は、時間をかけて相互につながるカフェ、ホステル、アーティスト・レジデンシー、プリントスタジオ、テキスタイルコラボレーションプロジェクト、そして日本唯一のテキスタイルアートフェスティバルといった、6つの事業を育てることでした。それぞれは、訪れる人と町との関係を少しずつ深めるように設計されています。
カフェに立ち寄るのは1時間。それは、町との最初の出会いになります。
ホステルに泊まるのは1日。それは、場所のリズムを感じる時間になります。
レジデンスに滞在するのは1ヶ月。そのとき初めて、本当の交流が生まれ始めます。
浦野氏も、FabCafe Kyoto の経験から似た視点を共有しました。触媒の役割は、何が起きるかをコントロールすることではありません。面白いことが起きやすい条件をつくることです。
閉じていたシステムを開く。
本来なら出会わなかった人々をつなぐ。
交流の敷居を下げる。
結果を予測することはできません。けれども、条件をデザインすることはできます。
両者が語ったのは、いずれも長期的な取り組みでした。長続きするクリエイティブコミュニティは、単発のプロジェクトの勢いや一時的な外部パートナーの関心だけでは築かれません。本物の関係と、ローカルな根を持つ実践によって少しずつ育っていきます。
両者はこれを長期的な取り組みとして語った。長続きするクリエイティブコミュニティは、単一プロジェクトの勢いや単一の外部パートナーの関心ではなく、本物の関係と本物のローカルな根を持つものによって築かれる。
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事前に寄せられた質問の中に、こんなものがありました。
地域の製品が、ローカルな個性を失わずに「現代的」に感じられるには、何が必要なのか。これは、クラフトコミュニティが新しい市場へ進出しようとするとき、ほとんどすべての課題の根底にある問いです。
タイに限らず、多くの国で「現代的」という言葉は、しばしばビジュアルの語彙として受け取られます。クリーンなライン、ミニマルな色使い、インターナショナルデザインの美的言語。けれども浦野氏は、その捉え方に異議を唱えました。
「現代的」とは、外から適用するスタイルではありません。
それは、本物の文化的な根づき、日常の中での使いやすさ、そして感情的な意味から生まれるものです。見た目を変えるだけでは、そこに近道はありません。岩岡氏の飛騨での仕事は、その具体例でした。Hidakuma のプロセスから生まれた製品が現代的なのは、そう見えるようにデザインされたからではありません。素材、場所、そして何世代にもわたってそれらと向き合ってきた人々への深い理解から生まれているからです。
飛騨の広葉樹材で作られたキャットタワーは、静かで、考え抜かれた佇まいを持っています。しかし、それに重みを与えているのは見た目だけではありません。その背景にある森、チェーン、職人技のすべても含まれています。
イサーンのデザイナーたちに向けられたメッセージは、シンプルでした。
目標は、伝統的な工芸を「現代的に見せる」ことではありません。
その伝統を深く理解し、そこから生まれるものが、今日において本当に有用で、意味のあるものになること。それこそが、目指すべき姿です。 -
Photo Credit: Kosuke Kinoshita | FabCafe Kyoto
Photo Credit: Kosuke Kinoshita | FabCafe Kyoto
ISAN Value UP オープントークは、5ヶ月にわたるプログラムの最初のイベントとして開催されました。これから数ヶ月にわたり、FabCafe Bangkok、CEA、スリン、シーサケート、ウボンラーチャターニーのTCDCセンターは、イサーン地域のデザイナーや職人たちとともに、地域がすでに持っているものを基盤とした製品と実践の開発に取り組んでいきます。
日本から来た3人の登壇者が共有したものは、テンプレートではありません。地域も、素材も、コミュニティも、それぞれ異なります。けれども彼らは、このような仕事が確かに可能であること、時間がかかること、そしてその始まりのほとんどの場合は、デザインの決定ではなく会話にあることを示していました。

開催概要
ISAN Value UP オープントーク(2026年3月13日開催時のものです。)
主催
FabCafe Bangkok、CEA、TCDC Surin、TCDC Sisaket、TCDC Ubon Ratchathani
登壇者
浦野奈美(FabCafe Kyoto / 株式会社ロフトワーク)
岩岡孝太郎(FabCafe Hida / Hidakuma(株式会社飛騨の森でクマは踊る))
八木毅(FabCafe Fuji / 株式会社DOSO)
対象者
起業家、家業後継者、クリエイティブコミュニティ、コミュニティデザイン、工芸、文化、テクノロジー、地域経済開発に関心のある方
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FabCafe編集部
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