Event report

2020.7.13

SFプロトタイピングで「まだ見ぬ海の世界」を拓け:「A.D.A.M.2 KICK OFF MEETING」レポート

地球の表面の7割を覆う海。人間が暮らすのは、残りの3割の陸にすぎず、そこに秘められた可能性は未知数といえます。FabCafe Tokyoでは、風力エネルギーで駆動する小型の自動操船モビリティ(ヨット)を開発するeverblue Technologiesとのコラボレーションのもと、新しいヨットのかたちを探るプロジェクト「A.D.A.M」を2019年から実施してきました。

2020年に実施する「A.D.A.M2」では、これまで取り組んできたAIを活用したジェネラティブデザインとは異なる新たなアプローチ「SFプロトタイピング」を通じて、想像力を活用しこれまでにないヨット・デザインを探求していきます。

6月17日に開催された、キックオフをかねる「A.D.A.M2」のDay1ではeverblue Technologies CEOの野間恒毅さん、SF作家の樋口恭介さんをお招きして、オンラインイベントを行ないました。現在と地続きでない未来を思索する「SFプロトタイピング」から、海という世界にどんな可能性を見いだせるのでしょう。

▲現代アーティスト・脇田玲さんの映像作品「NEW SYNERGETICS」。3分33秒ごろに登場する、帆船が移動する軌跡が描かれた地球に、everblue Technologies創業者の野間さんは大きな衝撃を受けたといいます。

テクノロジーで帆船の可能性を拡げる

「18世紀の人が帆船でできたことが、21世紀の我々ができないわけない」。イベントの冒頭、everblue Technologiesの創業者でCEOをつとめる野間恒毅さんは、現代アーティスト・脇田玲さんの作品『New Synergetics』のなかで18〜19世紀の航海日誌を元に可視化された航路を見て、こう思ったと語りました。産業革命以前の人類が蒸気機関や電力を使わずに、地球を自由に行き来していたことの衝撃、そしてそれを越えることは、環境問題に直面する人類にとって大きな価値をもつと確信したのです。

実は現代の船のテクノロジーは、化石燃料に大きく依存しています。たとえば、巨大貨物船の排気ガスは5,000万台の車と同じ量を排出、15艘で世界の全ての車の排出量に匹敵するといわれています(https://medium.com/@victoria27/heres-how-much-pollution-shipping-containers-and-freight-trucks-cause-b358cb034c70)。野間さんがeverblue Technologiesを立ち上げたのは、現在のテクノロジーとヨットを合体させることで、環境問題・エネルギー問題を解決するため。2018年の創業時から、燃料を必要としない自動操船ヨットで何ができるかを模索しています。

2019年にはFabCafeとのコラボレーションのもと、プロジェクト「A.D.A.M」をスタート。人類にとって新しい移動体のデザインをつくるというミッションのために、AutoDeskのCADソフト「Fusion360」をつかって、人工知能によって生成されたジェネレーティブデザインを取り入れたプロトタイピングを進めてきました。

プロジェクトには、隔週でクリエーターが集まり、スケッチなどを持ち寄りながら様々な可能性を議論しました。アメンボの形をモチーフにした有機的なデザインや、ロケットで射出して水上で展開される画期的な構造などを、有識者とのディスカッションも交えながら検討。さらに、3Dプリンターでの船体製造から実地でのテストまでを行なってきたのです。

A.D.A.Mのヨット

テクノロジーから離れて未来を考えるために

ただ「A.D.A.M」で設計されたヨットは2m前後のサイズだったため、人が乗ることは想定されていませんでした。海洋調査など、漁業などのためのデータ収集に活用され、「情報を運ぶ」ためにつくられてきたのです。今回のイベントでキックオフされた「A.D.A.M 2」では、旅客向けの自動操船ヨットへの取り組みがスタートします。

ただデータを扱うような産業用のヨットと、旅客向けのヨットでは、そこに関わる人、そして世界の構想が不可欠となります。無人のヨットが海のど真ん中でミッションを遂行するのとは異なり、人を運ぶヨットには乗り込むための桟橋や、人が乗りたいと思う動機が必要となってきます。そのためには、「自動操船ヨットのある未来」を考えることが重要になってくるのです。

「『海上の設備をデザインしてください』というお題からスタートしても、このままテクノロジーが進歩した先のことしか見えなかった」。こう語るFabCafe Tokyoディレクターの藤田健介は、プロジェクトにはSFプロトタイピングというアプローチが必要なのではないかと考えました。

SFプロトタイピングの例

SF作家・樋口恭介さんが今回のプロジェクトのために執筆した作品サンプル「ヤバルとユバル」冒頭。本テキストもふくむ、イベントで使用されたスライドはダウンロード可能です。

作品サンプル「ヤバルとユバル」スライドのダウンロードはこちら

「目をあけたまま、夢を見る」

FabCafeが可能性を見出した「SFプロトタイピング」とは、いかなるものなのでしょう。登壇したSF作家の樋口恭介さんは、それは「目をあけたまま夢を見るためのツール」なのだといいます。

プロダクトを企画するときに、プロダクトそのものだけではなくて、それが置かれている状況、文脈、風景、物語、あるいはそのプロダクトを使っている人間を考えるのが、「SFプロトタイピング」の効用。つまり、それはプロダクトの設計を、製品という単一な「点」から捉えるだけではなく、人間が過ごす時間のなかでの連続的な「線」、そして世界と製品の関係を立体的な構造として考えるための「遊び」といえるものです。

「SFプロトタイピング」という言葉を聞くと、フィクションという言葉が含まれているため、「物語をつくらないといけない」と思いこみがちです。ただ、そんなに緊張する必要はないと樋口さんはいいます。自分の欲望のままに考え、己に正直になり自由にしゃべるための叩き台をつくればいいのだと。「SF」によって論理に縛られた現状分析を突破し、「夢を見る」ことが大切なのです。

樋口恭平

プロジェクト「A.D.A.M」に参加するSF作家の樋口恭介。第5回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞した『構造素子』の文庫版が、2020年6月18日に発売された。

世界観をアイデアとデザインから妄想する

では、実際に「A.D.A.M2」では、いかにしてプロジェクトが進められていくのでしょう。樋口さんのプレゼンテーションのなかでは、今回のプロジェクトのために執筆した1,500字程度の作品サンプル「ヤバルとユバル」が朗読されました。そこで提示されたのは、200年後、世界が海に沈み人類全員が海上に住む世界観と、ブレイン・マシン・インターフェースによって身体と一体化した船、そして”海”上都市にすむ「ヤバル」と”船”上都市に住む「ユバル」というキャラクターです。

7月8日に実施されるDay2のワークショップと、Day3は公募したクリエイターに参加してもらう予定です。まずDay2では、この物語をベースに「自動操船ヨットのある未来」について、アイデアを出すワークショップを実施。提示された「ヤバルとユバル」に続くストーリーを妄想しながら、そこに必要なヨットや施設、さらには現代の「スマホ」のようなデバイスを想像しながら、キャラクターが生きる実際の海での生活について思いを巡らせていきます。

さらに、Day3ではそこに登場したプロダクトのデザインを考え、スケッチやCGを活用しながら実際のデザインのプロトタイピングを行なう予定です。最終回となるDay4は、2日間のワークショップで出てきたアイデアをまとめ、一般の参加者に向けて「SFプロトタイピング」によって生み出された世界観を発表します。

キックオフイベントでも参照された、建築家のビャルケ・インゲルスが構想する海上都市。フラクタル状に拡張していく構造が採用されています。

プロトタイプに興味津々な子どもたち

プロジェクト「A.D.A.M」で、フィールドテストをした際、プロトタイプに興味津々な子どもたち。様々な立場の人々が議論に参加することで、プロトタイピングがもつ可能性は大きく拡がる。

物語が刺激する議論

樋口さんの「ヤバルとユバル」は、イベント後半に行われたクロストークでも大きな反響を呼んでいました。自身もヨットに乗る野間さんは、実経験から、風を使った移動は同じ距離でも天気によって所要時間が大きく変わることを指摘。そんな世界では、地理感覚や時間に関する捉え方も大きく変わっているのではと、未来の価値観を想像していました。

また、横浜国立大学で海洋空間の活用について研究する村井基彦准教授も、「物語のなかの海上都市が、いつの時代に開発された技術をつかっているのかはを考えてみると面白い」と語っていました。村井さんによれば、いま海に関連した最も開発が盛んな領域は石油開発なのだといいます。確実に利益が上がるだけに、船とは比較にならないほど投資が行なわれ新しい技術が投入されているのです。もしかしたら、海上油田のために開発された技術が継承されて、物語のなかの海上都市の基盤になっているのかもしれない、と村井さんも仮説を立てていました。

樋口さんによって開かれた作品世界は、人々の妄想を刺激し、それぞれの頭のなかで誰も想像しなかった世界が展開していました。「プロトタイピング」は、物語が朗読された瞬間から始まっていたのです。

「開かれたSF」に参加せよ

「自動操船ヨットのある未来」をつむぐためのSFプロトタイピングは、こうして幕を開けました。7月8日からスタートするワークショップでは、様々な領域から参加者が集まり、それぞれの妄想が新しい海の世界を拡張していくはずです。

ものづくりが好き、プロダクトデザインや建築の領域で活動している、ただ誰も想像しなかったような未来像を考えてみたい、ヨットや船が好きだ……。そんなみなさまの応募を募集しています。

樋口さんが「ヤバルとユバル」で描いた物語は、こう結ばれています「しばらくのあいだ、ヤバルは目を閉じたまま遠視を続けていたが、やがてあきらめ、それから目を開いた。」ヤバルが開いた目が目撃する世界をつくるのは、あなたなのです。

Author

  • 矢代真也

    SYYS LLC.

    1990年、京都生まれ。株式会社コルク、『WIRED』日本版編集部を経て、2017年に独立。国際マンガ・アニメ祭 REIWA TOSHIMAで開催されたマンガミライハッカソンにて、編集を担当した「Her Tastes」が大賞・太田垣康男賞をW受賞。(写真:西田香織)

    1990年、京都生まれ。株式会社コルク、『WIRED』日本版編集部を経て、2017年に独立。国際マンガ・アニメ祭 REIWA TOSHIMAで開催されたマンガミライハッカソンにて、編集を担当した「Her Tastes」が大賞・太田垣康男賞をW受賞。(写真:西田香織)

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