Column

2021.3.9

オードリー・タンに聞く台湾のシビックテックーコロナ禍における地方創生とデータ活用 #1 イベントレポート

内閣府と内閣官房が提供するオープンデータベース「V-RESAS」をご存じですか?新型コロナウイルス感染症が地域経済に与える影響を適時適切に把握することで、地域経済に次なるアクションを促すサイトです。

このイベントシリーズ「コロナ禍における地方創生とデータ活用~V-RESASで見るデータとケーススタディ~」では、デザインエンジニアの田川欣哉氏、統計家の西内啓氏をナビゲーターに、また記念すべき第1回にはゲストとして台湾のデジタル大臣 オードリー・タン氏、ロフトワーク代表 / FabCafe CEO 諏訪光洋を交えて、台湾のシビックテックと日本のデジタル化戦略について討論を繰り広げました。

執筆:吉澤 瑠美 / 編集:FabCafe編集チーム

「V-RESAS」とは?人流、消費、雇用……週次でわかる日本の今

 

まず、イベントシリーズのテーマに取り上げられている「V-RESAS」とは何でしょう。田川氏に解説していただきました。

田川欣哉氏

新型コロナウイルス感染症の波及によって全国的に経済がダメージを受けている昨今。しかしその一方で、実際にどのような影響が及んでいるのか、具体的な状況把握が進んでいないことが課題となっています。

そこで、内閣府地方創生推進室、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局が中心となり、「V-RESAS」というWebサイトを2020年6月に立ち上げました。日本各地のさまざまなデータを集約し、新型コロナウイルス感染症が私たちの生活、経済をどのように変えているのかを刻々と可視化するサイトです。

V-RESAS Webサイト

これまで、国における統計データの更新頻度は月次レベルが標準とされてきました。しかし、日々刻々と状況の変わる新型コロナウイルス感染症に行政や民間企業が対策を講じるには月次ペースの情報では間に合いません。そこで「V-RESAS」では週に1度、毎週火曜日にデータ更新が行われています。

V-RESAS 画面スクリーンショット

人流、消費、飲食、宿泊、イベント、興味・関心、雇用、企業財務という8つの領域で民間事業者からデータを集約し、グラフによって可視化しています。各グラフを画像やCSVファイルでダウンロードできる機能や、注目したいグラフをブックマークして定期的に観測できる機能も追加され、より柔軟に活用できるサイトへと進化しています。

地域経済を活性化する「地方創生」を考えるためには、正確な情報に触れ、現状を知ることが欠かせません。特に、コロナ禍と呼ばれる昨今においては、新型コロナウイルスによる影響を各地域で把握し、的確な対策を講じることは急務とされています。

「V-RESAS」は、地域経済の再活性化を目的にビッグデータを公開・可視化し、更新頻度を高めることでより実用的な情報を地方自治体や企業に提供しています。

続いて、「V-RESAS」の活用例を西内氏に解説していただきました。

西内啓氏

近年、地方創生は観光やイベントでの収益に依存していたため、コロナ禍によって壊滅的なダメージを受けていると報じられています。ではどのようなアクションが考えられるでしょうか。

V-RESAS 画面スクリーンショット

消費マップでは、全国のスーパーマーケットのレジで集計されたデータをもとに、品目ごとの売上高の推移を見ることができます。たとえば熊本の名産品である焼酎は、これまで飲食店への卸売という需要が存在していましたが、飲食店での消費は低迷しています。一時は「宅飲み需要」が噂されましたが、グラフを見る限り焼酎の消費は横ばいで、スーパーで販路を開拓するのはあまり現実的ではなさそうです。

一方、同じ酒類でも急成長しているのがスピリッツです。飲用ではなく、消毒剤の代用品として需要が高まっているのかもしれません。仮にそうだとしたら持ち前の技術や生産設備を活かし、飲食店や家飲み需要ではなく新しい領域での打ち出し方を検討しても良いでしょう。

V-RESAS 画面スクリーンショット

悲観的な情報にばかり目が向きがちですが、データ活用により戦略を見極めたり、新たなアイデアが得られたりするポジティブな側面は見逃せません。新しいことにチャレンジし地方経済を支えるための情報基盤として、「V-RESAS」に大きな期待が寄せられます。

世界的なコロナ禍において、日本以外でもビッグデータの活用が進んでいます。台湾における積極的なデータ活用体制の事例をオードリー氏に伺いました。

オードリー・タン氏

シビックテックが盛んな台湾では、2012年より「G0v(ガブゼロ)」という市民組織が立ち上がり、協力して地域の情報を集めています。参加方法は至って簡単で、GitHubにログインするだけ。PM2.5による大気汚染のデータ収集など、その活動に参加したい人は誰でも参加することができます。

また、台湾では中央政府と地方行政の情報の連携が上手く行っていて、なおかつシビックテックのコミュニティとも密接に連携しているので、データを集めたいというニーズが出た場合にスムーズにコラボレーションができています。

プレゼンテーション画面のスクリーンショット

例えば、民間だけで大気汚染状況を計測するには限界があるのも事実です。立入禁止区域など、市民による計測が難しいエリアは自治体が代わりに測定し、データを補完します。民間と行政の連携が信頼のもとに成り立っていることが重要なポイントと言えるでしょう。

この体制は新型コロナウイルス感染症が拡大した際も大きな活躍を果たし、台南市でシビックテックに参加する開発者がマスクの入手可能マップアプリをほんの数日で開発しました。マスクの在庫がある薬局をほぼリアルタイムで確認でき、スワイプするだけで配給完了が把握できます。政府は開発を支援し、何か問題が発生した際には市民が電話でフィードバックできる体制も整えました。

とはいえ、公開当初は決して良い話ばかりではなく、むしろシステムは崩壊の危機にありました。薬局では、朝に整理番号と引き換えに保険証カードを預け、夕方にマスクを受け取るという独自のシステムですでにマスクの提供体制を築いていたため、アプリに対し反発運動が起きたのです。

そこで開発者は既存のシステムを尊重し、マスクの引き換えで慌ただしい時間帯は該当の薬局をマップ上で自動的にグレーアウトするよう変更しました。それでも薬局には「アプリは要らない」という横断幕が張られたままでした。

ある日、薬局から横断幕が突然消えました。話を聞くと、薬局が登録すべきマスクの在庫数に−500などあり得ない数を入力すると、自身の薬局を必要なタイミングでマップから除外できることがわかったので不自由がなくなった、とのこと。

薬局には正確なデータを報告してもらうことが運用には欠かせません。最終的に、システムには薬局側のタイミングでマスクマップから除外できるボタンを追加することで解決しました。

オープンイノベーションからニーズやアイデアが生まれ、実装されたことがマスクマップ成功の秘訣だったと言えるのではないでしょうか。

最後に、今回の登壇者にロフトワーク・諏訪が加わり、パネルディスカッションを展開しました。

イベント風景

西内氏は冒頭、最近データサイエンスの世界でも「シチズンデータサイエンス」という考え方が注目されている。V-RESASもそういった発想の中で作っていて、様々な方に活用してもらおうと考えている。台湾ではさらに開発自体もコミュニティが行っているということに驚いたと語り、そのコミュニティがどのように作られたのか、またそれらが健全に維持されるためにどういったことが行われているのかについて尋ねました。

オードリー氏は、ソーシャルイノベーションの推進に重要なこととして「エモーション(感情)の尊重」を挙げ、2つの事例を紹介しました。台湾では、政府主催の総統杯ハッカソンを開催しオープンイノベーションの重要性を伝えています。

受賞者には総統からトロフィーが手渡され、金銭ではなく栄誉が与えられます。また、採用された案は政府が1年以内に組み入れるといった約束がなされるため、政府と市民のもとに相互の信頼が生まれることも大きな要素です。

また、オードリー氏は、ソーシャルイノベーションを社会に実装するには、単なる政府からのトップダウンではなく、一般の人々の参加が重要であると語りました。「Humor over Rumor(噂ではなくユーモアを)」というプロジェクトでは、感染症への標準予防策やソーシャルディスタンスの目安を愛らしい柴犬で示すなど表現を工夫することで誤った情報や不正な噂に対抗しました。

田川氏は、総統杯ハッカソンで、異なる目線を持つ人同士がチームを組みアイデアを実装することを重視している点、また市民の参加度を観察する指標として「codeweaver index(コード、プログラムを書く人の数)」「storyweaver index(物語を紡ぐ人の数)」の2つを設定している点から、テクノロジーと人との組み合わせについて非常に丁寧に考えていることがうかがえると指摘。それを踏まえてオードリー氏に、仕事の上で大切にしている思想を尋ねました。

オードリー氏は「技術による進化は時に対立や緊張を生む」とした上で、異なる立場の中で共通する理解は何か、共有できる価値はどこにあるのかを見出す努力をしていると回答。異なる価値観においても合意できる地点があるという前提のもと、それを実現するにあたり、誰も除け者にすることなく実現できるイノベーションを検討していると話しました。

プレゼンテーション画面のスクリーンショット

ソフトウェアエンジニアからデジタル大臣への大抜擢で、まったく異なる畑に移ることとなったオードリー氏。どのような工夫、順応によって困難を乗り越えているのでしょうか。

オードリー氏はどこかの省庁配下に雇われているのではなく、内閣と対等の関係にあります。内閣と省庁、内閣と企業の間で連携や調整を行うのがオードリー氏の役割です。アップル社の顧問に就任した際、台湾のコミュニティとの間でリエゾンとして立ち回ったように、現在はシビックテックやオープンソースコミュニティといった組織と内閣との間を取り持っています。

このイベントの中でも「ラジカルトランスペアレンシー(徹底した透明性)」という言葉が繰り返し使われましたが、すべて公開することを必ずしも好まない人もいます。その場合は「私を通して市民と、あるいは政府と接すればいい」とオードリー氏は提案します。オードリー氏自身が透明性を完遂しながら人々の間に立つことで、市民と政府の議論が成立するのです。

諏訪はこの話題がV-RESASにも共通すると指摘。「どのように透明性を作り出すのかという議論は興味深い。サイト然り、人と人との関係性然り、デザインをしていくことが重要」と付け加えました。オードリー氏もそれに賛同し、「誰がどの役割でどのようにデータと関わり合うのか、人のあり方や位置づけのデザインでもある。自分をその中に含めない形でデザインをしている」と自身の取り組みを内省しました。

あっという間に時間が過ぎ、名残惜しくも第1回のディスカッションは終演を迎えました。

最後にオードリー氏からは「V-RESASも我々のシステムも、地方再生という共通のゴールがあり、あらゆる部分で共通の価値観を持っていると思っています。是非今後も日本の皆さんとお仕事を一緒にしたいですね」とのメッセージがありました。

[参考文献]
オードリー・タン『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社、2020年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4833423995/

Author

  • 吉澤 瑠美

    1984年生まれ、千葉県出身。千葉大学文学部卒業。約10年間Webマーケティングに携わった後、人の話を聞くことと文字を書くことへの偏愛が高じてライターになる。職人、工場、アーティストなどものづくりに携わる人へのインタビューを多く手掛けている。末っ子長女、あだ名は「おちけん」。川が好き。

    1984年生まれ、千葉県出身。千葉大学文学部卒業。約10年間Webマーケティングに携わった後、人の話を聞くことと文字を書くことへの偏愛が高じてライターになる。職人、工場、アーティストなどものづくりに携わる人へのインタビューを多く手掛けている。末っ子長女、あだ名は「おちけん」。川が好き。

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