Project Case
2020.7.29
FabCafe編集部
(この記事は、FabCafe Hidaを運営する株式会社飛騨の森でクマは踊る(ヒダクマ)の掲載記事の転載です。)
小さな使われ方から、面の広い突板へ
今年3月に竣工となった新しい飛騨市役所応接室を柔らかな光で照らしているのが、天井に吊るされたブナシェードです。ブナは板材としてはその反りやすさから扱いにくいとされ、机や椅子の脚といった比較的小さな使われ方が一般的でした。応接室のブナシェードには、これまで表に出ることの少なかったブナの優しく豊かな表情が、大きな面となって現れています。製作協力を依頼したのは、建材や集成材などの加工・販売を手掛ける片桐銘木工業。ブナの原木をロータリー(かつら剥き式)加工して生まれた突板は、ベールのように柔らかく空間を覆い、見上げると視界に広がる木目が印象的です。ブナの突板をシェードとしてこのように吊るすことは、おそらく国内では初めての試み。新しい銘木といえるこのブナシェードの開発には、様々な課題がありました。本記事では、ブナシェードを生み出す技術やプロセス、開発の舞台裏をご紹介します。
浮かび上がるダイナミックな木目と柔らかな灯り
応接室の幅いっぱいに広がるブナシェードは、厚さ0.25mm、横幅3mの突板を計8枚つなげて完成しました。飛騨のブナからロータリー加工により取り出された突板は天井を広々と覆い、普段は見ることのないダイナミックな木目を浮かび上がらせています。風合いは柔らかな印象で、明るい色調は和風建築からオフィスや公共スペースといった幅広い空間と相性が良く、応接室を訪れる人々の目にも馴染みやすく映るでしょう。
〈仕様〉
材料:ブナ(突板加工)、強化和紙
サイズ:W3,000mm×L7,000mm×厚み 0.25mm
仕上げ:無塗装
シェードを透過するLED照明の光は、有機的で柔らかな「広葉樹の灯り」に変換され、空間全体を包み込むように照らします。突板は合板と張り合わせるケースが多いですが、今回のプロジェクトでは強化和紙と合わせることを選択。柔軟な和紙との掛け合わせにより、適度に強度を保ちつつ、自らの重みでたわむことで、自然そのものの姿を表しています。その丸みは、どこか大木の幹が描く曲線のようでもあります。
ブナは「飛騨市の木」に定められています。そのブナが、来訪者を迎える一室を照らすということは、どこか象徴的です。そしてこのシェードは、応接室だけを照らすのではなく、外に対しては、道をゆく人にも「広葉樹の灯り」を届けています。
原木調達から加工・施工まで、トレーサビリティは100%
ブナシェードの特徴は、原木の調達から加工・施工までを一貫してトレースできたプロセスにもあります。
2019年7月、応接室リニューアルを建築設計、ヒダクマと共同でプロジェクト統括を担当した矢野建築設計事務所の矢野さんに、飛騨市北部に位置する池ヶ原の飛騨市広葉樹モデル林で、どのような木がどのように生えているかを見て知ってもらい、それらの木々の活用を考えてもらいました。そして同年11月、モデル林で調達したのはブナの木でした。かつら剥きできるのはなるべく真っすぐな円柱状の木である必要があります。飛騨市森林組合がモデル林から伐り出したブナから、柳木材の協力のもと、加工ができる見込みがあるものを選定し、3本の原木を調達しました。
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柳木材で切った3本の原木
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3本の原木から、1本が加工に進んだ
原木を運び込んだのは、片桐銘木工業。モデル林からは約200kmの道のりです。原木の曲がりやねじれから、加工の段階に進める1本が決まり、国産のブナの木をロータリー加工するという片桐銘木にとっても初の試みが始まりました。
みずみずしく透き通ったブナの突板
原木から突板を生み出すロータリー加工は、かつら剥きと言ってしまえば単純に聞こえますが、実際には非常に繊細な技術が要求される手法です。原木をロータリー機にセットするだけでも樹皮を剥がしたりサンダーをかけたりといった作業があり、セット時に据える中心軸の位置だけで、出てくる木目には変化が現れます。木を触って確かめ、樹種や原木ごとに刃の当て方や回転スピードを緻密に調整し、機械を回した際の音にも耳をすませます。
さらに、本プロジェクトでは長さ3m、幅が原木1周以上の突板を求めていたため、加工を始める位置も考慮する必要がありました。原木のセット、稼働、突板の確認が丹念に繰り返され、綺麗な木目をした突板が出始めました。片桐銘木工業の片桐洋介さんによると、2.5m以上の原木を加工できるロータリー機は日本国内では少なくなってきており、それを扱える技術者もわずかだといいます。
今までにないブナの木目があらわになった突板には、美しい艶と透明感がありました。そのみずみずしさが示していたのは、飛騨に根付いた1本のブナが活発に土から水を吸い上げていたという自然史でした。見た目だけでなく素材としても繊細なブナの突板は裂けやすく、他の樹種と同じように扱うと破けてしまうこともあったそうです。さらに乾燥工程では、急激に乾かすことによる硬質化と強度の低下を避けるため、他の樹種よりも長時間で乾燥させました。
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照明にサンプルを当ててテストする様子@矢野建築設計事務所
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照明メーカーにも協力を依頼し、照度を計算
ブナの突板を天井に吊るすと、乾燥と吸湿を繰り返すことにより、激しく波打ってしまうことが分かりました。それを解決するために、突板の厚さや、張り合わせる素材、塗料などのパターンを変えた試作と実験を重ねました。塗料はウレタン系など3種類を検討。結果的に採用したのは、最もブナの表情や形状に変化が現れにくい無垢仕上げでした。光の透過を確かめる実験も、様々な組み合わせや環境で実施。そのほか、強度実験や経年変化のチェック、照明メーカー協力のもと実施した照度計算などを行った末にたどり着いたのが、厚さ0.25mmの突板と強化和紙という組み合わせだったのです。
自然が100年かけてつくったものを、うまく取り出すということ
ヒダクマは、空間の素材の開発からプロジェクトに携わることがよくあります。今回の素材開発でパートナーとなった片桐銘木工業とは、ネオス株式会社の新オフィス開設以来の協働となりました。ロータリー加工を振り返っていただく取材の中で、片桐洋介さんはこんなことを話してくださいました。
「自然が60年、100年、200年かけてつくったものを、うまく取り出すということ。銘木というのはそういうことなのだと思う。クリエイティブな部分が分かりやすい家具などとは違うが、木材加工や銘木の文化は長い間、人の生活を支えてきた。その中で、さらに新しいものを生み出せるチャンスは必ずあると思っている。」(片桐洋介さん)
今回のプロジェクトで職人さんたちは、ブナが何十年もかけてつくりあげたその表情を、その手で魅力的に引き出しました。そしてその突板に、矢野建築設計事務所やヒダクマの試行が重なり、ブナシェードが生まれています。新たな応接室を覆うブナシェードは、伝統と挑戦による新しい銘木といえるはずです。
文:志田岳弥
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矢野 泰司|Taiji Yano
1983年、高知県生まれ。2007年、東京理科大学を卒業。2009年、東京理科大学大学院修士課程修了(小嶋一浩研究室)後、2010年から2013年にかけて長谷川逸子・建築計画工房に勤務する。2013年、矢野建築設計事務所設立。https://officeyano.co.jp/
1983年、高知県生まれ。2007年、東京理科大学を卒業。2009年、東京理科大学大学院修士課程修了(小嶋一浩研究室)後、2010年から2013年にかけて長谷川逸子・建築計画工房に勤務する。2013年、矢野建築設計事務所設立。https://officeyano.co.jp/
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矢野 雄司|Yuji Yano
1987年、高知県生まれ。2009年、横浜国立大学を卒業。2011、横浜国立大学大学院Y-GSA修了。2011年から 2014年にかけて、末光弘和+末光陽子 / SUEP.に勤務。同年、矢野建築設計事務所に参画。https://officeyano.co.jp/
1987年、高知県生まれ。2009年、横浜国立大学を卒業。2011、横浜国立大学大学院Y-GSA修了。2011年から 2014年にかけて、末光弘和+末光陽子 / SUEP.に勤務。同年、矢野建築設計事務所に参画。https://officeyano.co.jp/
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片桐洋介
片桐銘木工業株式会社 専務取締役
愛知県名古屋市出身。福井大学建築建設工学科卒 名古屋ビジュアルアーツ写真学科 夜間部卒。2016年入社。製造部、エンジニアードウッド事業部、単板部、営業部などの配属を経て現職。設計士、インテリアコーディネーターを中心に、床の間関係の和室材のコンサルタント、突板材無垢材に関しての情報提供を行っている。
愛知県名古屋市出身。福井大学建築建設工学科卒 名古屋ビジュアルアーツ写真学科 夜間部卒。2016年入社。製造部、エンジニアードウッド事業部、単板部、営業部などの配属を経て現職。設計士、インテリアコーディネーターを中心に、床の間関係の和室材のコンサルタント、突板材無垢材に関しての情報提供を行っている。
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松本 剛
株式会社飛騨の森でクマは踊る 代表取締役COO
環境事業会社勤務を経て、2009年、株式会社トビムシに参画。2015年、岐阜県飛騨市に飛騨市と株式会社トビムシと株式会社ロフトワークで官民共同事業体「株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)」を設立、取締役就任。2016年、古民家を改装した滞在型ものづくりカフェ「FabCafe Hida」をオープン。2019年より現職。筑波大学山岳科学学位プログラム非常勤講師。ブナ好き。
環境事業会社勤務を経て、2009年、株式会社トビムシに参画。2015年、岐阜県飛騨市に飛騨市と株式会社トビムシと株式会社ロフトワークで官民共同事業体「株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)」を設立、取締役就任。2016年、古民家を改装した滞在型ものづくりカフェ「FabCafe Hida」をオープン。2019年より現職。筑波大学山岳科学学位プログラム非常勤講師。ブナ好き。
本計画において、ブナシェードは部屋の内外からの印象を決める重要な要素でした。ロータリー加工によるブナの突板材はコントロールが難しく、特性とうまく付き合いながら形を決めていくプロセスは試行錯誤の連続でとても楽しい体験でした。
プロポーザルの時点では水平に吊る予定であったブナシェードは、本体の強度、製作サイズと割付、模様の繋がり方、目地の処理、照明の透過具合など、ヒダクマさんと手探りで実験をしていく中で、自重によって自然と生まれる柔らかい曲面形状に変化していきました。
完成時、ひとつながりの大きなブナの木目模様を通した柔らかい光が空間全体を包み込んでいる状態は今まで体験した事のないものでした。
今後、地元住人や利用者にとって、ブナシェードが日常の風景の一部として記憶に残ることを期待しています。
矢野建築設計事務所
矢野泰司/矢野雄司
初めてヒダクマ様からブナシェードのお話をいただいた時には、今まで考えたこともないような突板の使い方をされることに大変非常に驚きました。ランプシェードなど小さな光源用の製品で突板や木材を使用したものは見たことがありましたが、広いロータリー単板をシェードに使えるのか初めはイメージがつきませんでした。プロジェクトが進む中で新しい事に対して、ついできない理由をならべてしまっていたと反省しました。その中でヒダクマさんのアイディアをなんとか形にする手助けが出来、大変喜ばしく思っています。
今回の加工は普段扱わない小径木でしたので加工上の逃げが少なく加工軸を定めることが難しかったです。またブナはあてや乾燥後の収縮が大きい性質があるため和紙への貼り付けには慎重さを求められました。仕上がったブナの突板は色味が上品で主張しすぎず、ナチュラルで明るい色を求められる場所に使いやすいなと感じています。ヒダクマさんのアイディアを形にしようとする情熱と熱意は素晴らしいと思います。
今後の課題としては収縮や歩留まりの悪さなどの弱点をコントロールしながら、国産小径木ならではの使い方を考えていきたいと思っています。
片桐銘木工業株式会社 専務取締役
片桐洋介
2020年1月、片桐さんの工場で、僕らが飛騨の森から連れてきた一本のブナの木が剥かれていた。「森の女王」と言われる優雅なブナの丸太がくるくる回って剥かれ、突板と呼ばれる薄く大きな木のシートが次々と現れる。木から流れ出した水が大きな川になって流れていくみたいに。剥かれた木からはスイカやメロンのような甘く瑞々しい匂いがした。
ケルトの伝承では、ブナの木は未知なるものを意味するとともに、古いものの終焉と新しいものの開始を象徴している。片桐銘木の敬虔なる職人さんたちの手によって約70年積み重ねられてきたものが剥かれていく様は、時計の針を戻してブナの木が若返っているようにも、新しい命が生まれているようにも見えた。「木は二度生きる」という言葉を思い出す。寿命を迎えてまたは伐られて、これ以上「立木」としては生きられなくても、「木材」として(このブナの木は「新しいまちの灯り」として)生きることができる。
ロータリー加工が終わった後に片桐さんが「これからどうなるか楽しみですね」と、まるで生まれたての赤ちゃんのことを話すように笑っていたことが印象に残っている。
木を愛しその可能性を信じる矢野さんたちと片桐さんたちのおかげで、飛騨の森で育ったブナの新しい命の姿を飛騨のまちでたくさんの人々に見ていただけることを、僕らはとても嬉しく思います。
株式会社飛騨の森でクマは踊る 代表取締役COO
松本 剛
片桐銘木工業
1950年に岐阜の木曽檜の販売を主とした材木店として創業。1957年に尾州木材工業㈱、紅廣木材㈱と化粧貼り集成材を共同開発しJAS規格化に尽力。1985年より化粧用単板(突板)の製造、1986年に構造用大断面集成材の生産開始。更に2012年には愛西市に新工場を移転集約。現在は主として化粧貼り造作材製造事業、他に地域材を生かした構造用集成材事業や、日本では数少ないロータリー突板加工請負事業を中心に据えている。近年住まい方の変化や森林保護の観点から銘木に関する状況は厳しさを増す中、総合的な木質部材提案が必要と考え、原木から突板の加工、集成材や合板との張り合わせや削り加工、塗装までワンストップで行える体制を整えている。
関連イベントのお知らせ
9/3オンライン開催「木質化には針葉樹だけじゃない。建築空間をつくる広葉樹、その扱い方とは?」
「飛騨市役所応接室リニューアル」の事例から、
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