Event report
2021.5.12
FabCafe編集部
オムロン創業者・立石一真氏らが1970年の国際未来学会で発表した「SINIC理論」をきっかけに、2020年代の社会を考えるオンラインイベント 「Human Renaissance」。「これからの社会論」をテーマに議論をした「Human Renaissance vol.1」に続き、SINIC理論から未来の社会を考え、ひとり一人の行動につなげるためのワークショップ「Human Renaissance vol.2」を2回にわたり実施しました。
今回は、ワークショップでの議論を受け、未来予測理論による社会変化の捉え方、未来創造のあり方について探求した、2021年3月24日開催のシリーズ第三弾「Human Renaissance vol.3」の様子をお届けします。ゲストにメディアアーティストの市原えつこ氏、産業技術総合研究所 主任研究員および慶應義塾大学SFC 特別招聘教授でありメディアアーティストの江渡浩一郎氏をお招きし、未来への兆しや、創造したい「これからの社会像」、未来における人間のあり方などを議論しました。
SINIC理論とは?未来の描き方
まず、株式会社ヒューマンルネッサンス研究所主任研究員・田口智博氏が、SINIC理論の仕組みとそのユニークさについて、簡単に紹介を行いました。
「オムロン創業者・立石一真は、『経営とは、未来の展望である』と話しました。経営にあたり未来を予測することは大切ですが、それを理論としてまとめたのがSINIC理論です。」
科学・技術・社会を基本構造に、各要素が関わることで螺旋状に社会が発展していくSINIC理論。現在は、自律社会・自然社会に入る前の、最適化社会にあると言われています。
「SINIC理論は、人類史を俯瞰的に考察し、人間や技術の本質を踏まえた予測です」と田口氏。また、現状趨勢で予測する未来よりも、ありたい未来の姿を追求する理論でもあると強調します。
例えばオムロンの場合、体温計や血圧計は病気の時だけでなく、日常的な健康管理のために使うというコンセプト転換が、未来予測にもとづいでありました。この未来を実現するため、オムロンでは健康管理や病気診断のための基礎的測定の研究に早い時期から取り組み、使いやすく、素早く測れる電子体温計や血圧計の開発を進めました。未来を受動的に捉えるのではなく、ありたい未来の姿のために自ら能動的に働きかけ、未来を開発した結果です。
「原始社会から自律社会までの1周期を経て社会は変化します。これからは、生産性や効率性を追求する社会から、人間らしい生き方や自己実現が重視される社会への転換していくのではないでしょうか」と田口氏。そのためには、「未来を読み解き」「未来をつくる」ことが必要です。SINIC理論を活用し、未来に対する解像度を高めながら議論していく場にしたいと、トークを締め括りました。
ワークショップ:「SINIC理論」をきっかけに、未来への兆しや疑問を議論
ここで、モデレーターを努めたFabCafe Tokyo CTOの金岡は、2回にわたり開催されたワークショップの様子を振り返ります。参加者も巻き込んだワークショップでは、どうSNIC理論を日常の中で使っていくか、自身のキャリアにつなげられるかなど、いくつかの問いをつくり、参加者と議論しました。
様々な解釈が可能であり、横断的に分野をつなげることができるSINIC理論。様々な専門領域やバックグラウンドの参加者が集まるなか、それぞれの関心分野に沿って、次の社会を想起させる「出来事」や「兆し」について、参加者は意見を交換しました。
例えば、脳が認識している感情や認識を直接センシングしデータ化するブレインマシーン・インターフェースに関する議論や、 LGBTQに関する議論、若者が主体となり社会における潜在的な偏見に抗う社会運動、金銭的報酬ではなく内容や経験をベースに行われる新しい働き方など、来るべき次の社会の兆しとして他領域にわたるトピックがあげられました。
こうしてあげられたトピックをSINIC理論で予測されている自律社会と自然社会の状態に掛け合わせ、「進歩・進化・変容」した先に人間は何ができるようになるだろうか?についても議論がなされました。
「オムロンでは、別になんでも自動化する必要はなく、人間が喜びを感じる部分はそのまま残しておくべきと思っています」と田口氏。自然社会ではノーコントロール社会が始動すると予測されていますが、このノーコントロール社会では、人間の喜びが担保されながら社会が回っていくことになるだろうと話します。
このような事例に近い論点として、参加者からは、テレパシーや幽霊の出現や、人とものの関係性の変化、「祈り」など、今までは記録されてこなかった情報の記録や価値化などが議論されました。
また、ワークショップのファシリテーターも務めた市原えつこ氏は、「精神・心理現象と科学・技術の接続」を率先して探求し、新時代のテクノロジーや生活のあり方を実現する「ハイパー原始社会」的なコミュニティや社会のあり方を模索したいと、参加者たちと共にこれからの意気込みを共有しました。
インスピレーショントーク:江渡浩一郎氏「未来予測と人間の役割」
SF小説で描かれる未来
ワークショップでの議論を経た「Human Renaissance vol.3」では、産業技術総合研究所主任研究員/慶應義塾大学SFC 特別招聘教授/メディアアーティストの江渡浩一郎氏に、SINIC理論を用いた未来予測について、お話頂きました。
子供の頃からSF小説が好きで、未来予測をすることが得意だったという江渡氏。「みなさん、未来予測してますか?」と呼びかけます。
特に、ロバート・A・ハインラインやウィリアム・ギブスンによる長編SF小説『ニューロマンサー』で描かれる未来の姿に興味をもったという江渡氏。「1984年出版の小説ですが、現在のインターネットの通信速度など非常に精度の高い予想がされています。」
1980年代に流行したSFのサブジャンル・思想・運動にサイバーパンク(cyberpunk)というものがあり、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』はその代表作。「SINIC理論の思想的背景でもあるサイバネティクス(cybernetics)理論は、生理学と機械工学、システム工学、情報工学を統合的に扱う学問領域で、1948年に生まれた当時は最先端の考え方。サイバーパンクは、このサイバネティクスに、パンクを組み合わせた言葉です」と江渡氏は続けます。
江渡氏が1996年に発表した「WebHopper」は、インターネットで人々が繋がる様子を表したメディアアート作品で『ニューロマンサー』で予測されていた未来の姿を、実際にビジュアライズしたものです。
未来予測の訓練
「未来予測は基本的に外れますし、それはSFも同じです」と江渡氏。未来は様々な要素が絡み合うことで形成されるため、予測が出来ない不確定要素が多いと説明します。だからこそ、未来予測の精度を高めるためには、何度も繰り返して慣れることが大切です。
「日常レベルで未来予測をすることで、良い練習ができます。」
不確定要素の多い未来予測を高い精度で行うのがSINIC理論の強み。SINIC理論を活用しながら、日常的に未来を考える訓練をするのが良さそうです。
人間社会を受け継いだ人工知能社会
また、近年一般的にも知られるようになったシンギュラリティについて、江渡氏は話題を向けます。
「2045年、人工知能が人の知恵の総体を上回るシンギュラリティがくると言われています。しかし、完全に発展しきった状態で誕生するわけではなく、最初は初歩的なものとして人工知能が誕生し、徐々に社会を形成しながら発展していくのではないか、と私は考えています。SINIC理論がいう新しい自然社会は、人間社会を受け継いだこの人工知能社会なのではないでしょうか?」
ここで、人工知能がどのように社会を形成するかについて「最終的に人工知能は家族を求めるのではないか?」という仮説を江渡氏は立てます。
「メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』では、怪物は最終的に家族を求めるようになりました。その願いが叶わない時に、生みの親を殺そうとするわけですが、これを、フランケンシュタイン・コンプレックスと言います」と江渡氏。
自分たちの生み出した創造物が自分たちを殺そうとするのでは?という恐れは、人工知能やシンギュラリティに対してもあり、これは、今後の社会の形成を考える時に重要なポイントだとトークを締め括りました。
パネルディスカッション:これからの人間社会と「ありたい姿」
パネルディスカッションでは、オーガナイザーの田口智博氏、中間真一氏に、ゲストの江渡浩一郎氏、市原えつこ氏を交え、SINIC理論をベースとしたこれからの人間社会と「ありたい姿」について議論がなされました。
ディスカッションポイント1:人工知能社会における人間の位置付け
江渡氏のトークに対し、まずゲストの市原氏は、「ディストピア的な世界観」について言及しました。「AIに人間が殺されるという恐怖は、特に西洋社会で強いのではと感じています」と市原氏。「日本人のビジョンは、もっと融合や共生に寄っているのではないでしょうか。」
この意見に対し、江渡氏も「東洋と西洋は違う。禅の考え方など、東洋だと違うビジョンもありうるのではないか。」と同意します。「シンギュラリティは、一般的には人間の役割が超えられてしまう未来。暗い未来に聞こえますが、私個人としては、機械や人工物が我々の面倒をみてくれる快適な未来になるのではとポジティブに捉えています。」
また、市原氏が予測するこれから起こりうる「ハイパー原始社会」においては、個人から集団への価値転換が起きると予想されていますが、ここでいう「集団」は人間だけではなく、地球環境や他の生物、機械やAIなども含むのでは、と市原氏は意見を述べます。「ここでは、必ずしも人間が駆逐されるわけではありません。むしろ人間は進化して、枠組みや規制、資本主義の経済合理性などに入ることなく、自由な状態になっていくのではないでしょうか。」
人工知能の発展した社会は、人間とテクノロジーが融和した社会であると、中間氏は話します。「生態系の中に機械が入るという意味で、来るべき原始社会では、テクノアミニズム的なものが生まれてくるのではないでしょうか。」
ただし、テクノロジやー機械には欲望がありません。「欲がなければ社会が成り立たない」と中間氏は続けます。「ゲームAI開発の第一人者である三宅陽一郎氏は、人工知能には煩悩を持たせる必要がある、と話していました。仏教は、人間から煩悩を開放するものですが、人工知能はその逆で欲望や煩悩を取り入れる必要があるようです。テクノロジーとの融合社会は、それがブレイクスルーした時なのではないでしょうか。」
ディスカッションポイント2:未来予測の読み手になるために、意識すること
ここで、モデレーターを務める金岡は、実際にSINIC理論を活用し、未来の読み手になるために意識的にしていること、コツについて、ゲストに質問を投げかけました。
「SNSは、新しい世界観を読み解くヒントになります。新しいサービスを使用しながら、その誕生背景やデザイナー・経営者の想い描く未来を、普段から読み解こうと意識しています」と江渡氏。新しいテクノロジーやサービスを、とにかく遊び、感じ尽くし、自分の身体感覚を信じることが大切だと話します。
市原氏は、「前回のWSに参加してくださっていた美術大学で教鞭をとっておられる先生が”アーティストはシグナルをどんどんキャッチする”と仰っており、共感しました」と続けます。「『アーティストは未来市民だ』という言葉をアルスエレクトロニカ・フューチャーラボの小川秀明さんが提唱しており、非常に自分はこの概念に影響を受けています。アーティストは直感を発端に、未来社会の欲望・問題をプロトタイプ化して世に出すことが得意です。」
ただし、なんのインプットもなければオリジナルな発想はなかなか生まれないとも市原氏は話します。そうした意味で、未来の作り手になるためには、まずは未来の読み手になる必要があるのではと、金岡は気づきを共有しました。
ディスカッションポイント3:これからのSINIC理論に必要な、アートという観点
日常的に未来予測の練習をする必要があるなか、単なるインプットとして情報を受け取ると、そこで思考がとまってしまいがちです。ここにアートの視点を入れることで、可能性が広がるのではと、田口氏は話します。
「SINIC理論を考えたのは技術者なので、社会の変化は技術によってもたらされる、という考え方が中心にあります。一方で、今後の自律社会や自然社会の拠り所として、アートという観点が必要になるのではないでしょうか。」
メディアアーティストであり、個人の研究者でもある江渡氏のように、「個人の情熱」といったものも未来をつくるために大切だと、市原氏は話します。「SINIC理論でも、社会・技術・科学の相互作用には、人間の進歩意欲と欲求が大切とありますね。」
まとめ:創造的な分野での活動を楽しむ人間
SINIC理論に関するこれまでの議論は、最適化社会や、その次の自律社会くらいまでの未来論としてなされることが中心でした。しかし本イベントでは、さまざまな専門領域やバックグラウンドのゲストや参加者との対話のなかで、自律社会の次にくる自然社会やハイパー原始社会に興味がある人が多いことも分かりました。
「機械に任せることは機械に任せ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむことが今後の要」であると中間さんはまとめます。「そのためには、未来予測を通して、共感を持てる人々と共にムーブメントを作っていくことが大切なのではないでしょうか。」
そのムーブメントを起こすためにも、SINIC理論をオムロンだけで抱え込んでいるのでなく、オープンソースとして社会に広く開放しながら、多くの人々と対話やコラボレーションを起こしていく。本イベント「Human Renaissance」シリーズは、そのきっかけをつくる場となりました。
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