Event report
2023.4.28
FabCafe Tokyo
LIGHT UP SAKE – 2023 Spring
https://fabcafe.com/jp/events/tokyo/230215_lightupsake/
2023年2月15日 (水)、東京・渋谷のFabCafe Tokyoで「LIGHT UP SAKE」が開催されました。これは日本酒イベント「若手の夜明け」と、スペシャルティコーヒーを展開するLIGHT UP COFFEEの創業者である川野優馬との異色のコラボイベントです。一見すると縁遠いように感じられる日本酒とコーヒーですが、それぞれの思いを共有するうちに「農業」「ストーリー」「価値」など共通するキーワードが浮かび上がってきました。
三重県の中心部、伊勢に近い大台町に酒蔵を構える老舗・元坂酒造は、この30年間は酒造りに加えて稲作に取り組んでいます。お米は日本酒の主要な原料の一つですが、日本酒の世界では長らく、酒造と米作は分業が当たり前とされてきました。しかし元坂酒造7代目蔵元・元坂新平さんはむしろその「当たり前」に課題を感じているといいます。
たとえば、ワインは産地がブランドに直結することでその価値を高めますが、日本酒は米の産地とお酒が必ずしも直結しないため、土地を付加価値にしにくいという違いがあります。元坂酒造では、土地固有の在来種である伊勢錦にこだわり、蔵の周辺で自ら育てた米をお酒造りに使っています。伊勢錦は江戸時代から作られていた米ですが、保存する種籾が混ざって雑種の米が作られることが珍しくなかった当時において、伊勢では単一栽培で伊勢錦が作られていたと言われています。伊勢の人々がいかにこのお米を大切にしていたか、百数十年の昔と変わらぬ素材の味に思いを馳せる——土地に根ざしたストーリーには、他者にコピーすることのできない魅力があります。
創業者の名を冠し作られてきた人気銘柄「酒屋 八兵衛」は、「グラス一杯の驚きよりも一晩の安らぎ」をコンセプトに、日常に寄り添う日本酒として愛されてきました。一方、2021年に発表された新ブランド「KINO」は、元坂さんが「お酒で社会を変えられないか」という思いを込めて作ったお酒です。
全国各地で離農者が増えている状況は三重県も同様で、元坂酒造の周りでも1000年前から開墾していたといわれる圃場が一面のソーラーパネルに変えられようとしています。元坂さんは「再生可能エネルギーも大事だが、田んぼがなくなると酒造りも潰えてしまう」と危機感を顕わにします。米の価値があまりに低い現状に対して元坂酒造ができることは、米を日本酒にして付加価値を乗せ、農業に価値を還元していくこと。KINO=帰農が、そのための第一歩を担っています。
三重県の元坂さんと中継を繋ぎました
川野優馬さんが経営するLIGHT UP COFFEEは吉祥寺と下北沢に店舗を構え、シングルオリジンコーヒーを提供するコーヒーショップです。シングルオリジンコーヒーとは、一つの農園、一つの品種にこだわったコーヒーのこと。味や香りに表れる農園の個性を活かすため、浅煎りのフルーティーなコーヒーを提供しています。
ブラジル、インドネシア、コロンビアなど、コーヒーの違いはしばしば国名によって語られますが、実際にはその国に伝わってきた品種を指していることが一般的です。たとえば、ブラジルで穫れた豆でもエチオピアでよく育てられている品種なら、そのコーヒーはいわゆる「エチオピア」の味がします。その視点はワインに通じるものがあり、原料の品種や土地の味という視点に魅力を見出すファンはコーヒーにもワインにも少なくありません。
では、日本酒はどうでしょうか。川野さんは「日本酒の造り手に直接話が聞ける環境は羨ましい」と語ります。コーヒーの生産地は日本から遠く離れた地域ばかりなので、どういう思いで作っているのか、どういう味を目指しているのか、という話を生産者から直接聞くことは難しいのです。「日本酒もコーヒーも、互いの良さに学べることがあるのでは」と提案します。
まさに今、川野さんをはじめLIGHT UP COFFEEのスタッフの間で日本酒は空前のブームだそうで、「特にコーヒー業界の人には燗酒を薦めたい」と熱弁を振るいます。燗をつける温度の違いだけでも味や香りは大きく変わりますし、温度の上げ方も燗酒を楽しむための重要な要素です。
生産者から直接話を聞ける機会は貴重だと語る川野さん
クロストークでは「若手の夜明け」のカワナアキがモデレーターとなり、次々と質問をぶつけました。まずは私たちにも他人事ではない昨今の物価高を受け、価格設定や値上げについてどのように考えているか、元坂さんに尋ねました。
元坂さんはKINOのコンセプトにも触れながら「価値に対して対価を支払い、生産者に還元されることを重視している」と回答し、値段を上げていくことにも肯定的な考えを示しました。また、日本酒の価格の根拠となっている「精米歩合」にも言及し、KINOが単純に精米歩合によるランクで価格設定するのではなく、ランクにかかわらず圃場を維持するコストから価格を算出していることを明かしました。
一方、コーヒー業界ではどのような形で農家に価値を還元しているのか、川野さんにも尋ねました。私たちが飲むコーヒーの値段のほとんどは人件費で、原価は5〜6%と言われています。今は注文のたびに一杯ずつ個別抽出するのが当たり前になっていますが、「バッチブリュー」と呼ばれる新手法を取り入れると、これまでと同じ品質のコーヒーを一度に10杯単位で抽出することができます。「まとめて抽出すれば人件費が下がるので、コーヒーの仕入価格を上げて農家に還元することが可能になる」と川野さん。バッチブリューが次世代のトレンドになるのでは、と推察しつつ、「農家に継続して還元するには私たちが飲み続けてビジネスが循環していくことが重要」と語りました。
さまざまな質問や議論が交わされ、参加者は興味津々。日本酒やコーヒーを片手にスピーカーたちの話に耳を傾けます。最後に、元坂さんには日本酒の、川野さんにはコーヒーの「好きな一杯」の見つけ方について尋ねました。
元坂さんは、最初に「良いかも」と思った日本酒を深掘りすることを提案。2杯目、3杯目と飲み続けるうちにさまざまな味わいや感じ方が楽しめると補足しました。お酒によっては卸している店が限られている場合も多いので、「気になるお酒を見つけたら気軽に蔵に問い合わせてほしい」と呼びかけました。
また、川野さんは「好きなコーヒー屋さんを見つけるのが一番」と言います。コーヒー店のテイストはその店のロースターが左右するので、「一つ相性の良いコーヒーがあればきっとどのコーヒーでも合う」ということでした。「相性の良いコーヒー」と出会うまで、複数のお店で飲んでみてしっくり来るのを見つけるのが良さそうです。
トークセッションでは日本酒とコーヒー業界に共通する課題が浮き彫りに
トークセッション後は、「1.5日に一度は燗をつけている」と自負する川野さんがマイ酒燗器を持参。温度を細かくチェックしながら燗酒を提供してくれました。並んだ銘柄は、トークセッションでも話題に上った元坂酒造 (三重県)の「KINO」、蔵元がお燗を推奨する太田酒造場 (鳥取県)の「辨天娘」、前回のイベントでは蔵元も会場に駆けつけた伊東株式会社 (愛知県)の「冬椿」、冷やとお燗で違った爽やかさを楽しめる倉本酒造 (奈良県)の「KURAMOTO」という4銘柄。
自前の『かんすけ』をお燗でつける本日のお燗番の川野さん
川野さんは「燗酒は50〜60℃が一般的だが、実は70℃でおいしさが出るものもある。温度を上げる際の勢いでもおいしさは変わる」と語り、銅、錫のちろりと黒松剣菱のガラス瓶を器用に使い分けます。バリスタの性なのか、燗をつける姿もどこか楽しそう。ほかほかと湯気を立てるお酒に惹きつけられ、来場者も燗酒の飲み比べを楽しんでいました。
それぞれ別々の温度帯での燗がよく映えました
文章:吉澤 瑠美 / @madams_lunch
写真:根本佳代子 / @kayokonemoto
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