Column
2022.10.5
FabCafe編集部
人間中心主義的な環境問題への解決策として、またWell-beingに向けたソリューションとして「バイオフィリア*」という考え方への関心が高まっています。特に、自然を取り入れた空間デザイン(バイオフィリックデザイン)におけるさまざまな知見から、人々の幸福感を向上させるための手段として、建築環境と自然とのつながりの重要性が徐々に明らかとなってきました。
そこで、東レ株式会社はFabCafeと共催でオンラインイベント「東レ Ultrasuede®と考える ーバイオフィリア・マテリアルの現在地」を開催。7月20日にはFabCafe Tokyo、7月28日にはFabCafe Nagoyaと会場を移しながら、多彩なゲストとトークセッションを展開しました。
Vol.2は、インスタントハウス技術の考案者である名古屋工業大学大学院の北川啓介教授、国内外のプロダクトデザインで活躍するデザイナーの秋山かおりさんがゲスト。クロストークには今回も東レ株式会社 ウルトラスエード事業部の塚本 陽人担当課長が参加し、Ultrasuede®のユーザーでもあるお二人とともに、ものづくりの当事者として素材が持つ可能性やこれからの素材に求められる価値観について考えました。
イベントのアーカイブ動画はこちらから視聴いただけます。
*バイオフィリア(Biophilia)
人類を自然の一部として捉え、自然に触れたり自然を感じたりすることで幸せを感じるという考え方やその感性。人には自然とのつながりを求める本能的欲求があると考える。生命、生物、自然を意味する「バイオ(bio)」と愛好、趣味を意味する「フィリア(philia)」を掛け合わせた造語で、1984年にアメリカの生物研究者、エドワード・オズボーン・ウィルソンによって提唱された。
[登壇者]
北川 啓介(きたがわ・けいすけ) 名古屋工業大学大学院 建築・デザイン分野 教授
秋山 かおり(あきやま・かおり) STUDIO BYCOLOR Inc., 代表
塚本 陽人(つかもと・あきひと) 東レ株式会社 ウルトラスエード事業部 ウルトラスエード課 担当課長
居石 有未(すえいし・ゆみ) FabCafe Nagoya プロデューサー
Vol.1に続き今回も、前半は各登壇者によるプレゼンテーション、後半はプレゼンテーションから発展したクロストークという2部構成でイベントは進行しました。
国内外でさまざまなプロダクトデザインを手掛ける北川さん、秋山さんはUltrasuede®をどのような場面で活用しているのでしょうか。また、Ultrasuede®に対してどのようなイメージを抱いているのでしょうか。事例に紐づけてそれぞれの感想を伺うところからトークは始まりました。
これからの素材に求められる「身体との親和性」と「サーキュラーデザイン」
居石:北川さんはこれまで多くのインスタントハウスを作られていますが、Ultrasuede®を使った建物はありますか?
北川:先日、ちょうど「Ultrasuede®をまとった、インテリアになる小型のインスタントハウスを作ってほしい」というお話を頂き、1人がテレワークをするような円筒形のインスタントハウスを渋谷に納品する機会がありました。
実はこのとき、渋谷駅近くということもあり、配送のトラックが近くに停められなかったんです。3人ぐらいでバランスを取りながら休み休み運んでいたのですが、納品先のすぐ目の前が大きなビルの工事現場で、ガードフェンスの前にポンと置いてみても似合うし、リノベーション中の全部が剝き出しになったコンクリートの躯体のところに置いても似合う。どういったシーン、どういった風情の場所でも合うことにとても感動しました。
秋山:私もメーカーとの家具の開発の中で、Ultrasuede®のレベルのものを貼りたいと思うことは何度もあるんですが、予算的に合わず泣く泣く諦めることが多かったんです。今回、部分バイオマス由来のポリエステル、ポリウレタンを利用したUltrasuede®も商品展開されているということで、企業にも提案しやすくなりそうなので、今後はいろいろ盛り込んでいきたいなと思っているところです。
塚本:北川さんがUltrasuede®を扱っていただいているというのはうれしい驚きでした。秋山さんのおっしゃるとおり、今までは高級なプロダクトに採用されるケースが多かったんですが、これからは品質だけでなく、その背景や作り方といったストーリーも汲み取っていただいた上で選んでもらえるのではないかと期待しています。
居石:今のお話を受けて、バイオマス由来の素材や持続可能な素材など、北川さんはこれからの素材にどのような展開があると思われますか?
北川:Ultrasuede®は肌触り、手触りがとても良いので、普通のインスタントハウスよりもUltrasuede®をまとっている方をみんな触るんです。触りたくなるということは、身体との親和性が高いということです。Ultrasuede®にはすでに多彩なバリエーションがありますが、例えばダメージジーンズのように、エイジングによっても違う感覚を伝えてくれるのではないかと思います。シワがちょっと残ったり、使っていくうちに自然と風合いが変わったり、そうした、その素材ならではの奥深さが表出することは、活用法としても興味深いですね。
居石:お話を伺っていて、サステナブルデザイン、サーキュラーデザインというものには2パターンあるんじゃないかと思いました。1つは、身近なものから簡単に作って、また壊して循環させていくという、短いサイクルを回していくもの。もう1つはプラスチックやUltrasuede®といった素材を長く楽しむ循環を大きい輪で描いていくものです。秋山さんの取り組みは、後者に近いのかなと感じました。
秋山:今の時代は、使用期間に合わせて素材を選ぶべきだと思っています。例えば使い捨てビニール袋は、風で飛ばされた後、海に落ちて海洋問題になっていますよね。一度しか使わないのに長く使える素材で作ってしまったからああなっているのだと思います。今は土に還る素材のものも開発されていますが、使用期間とその物が形として残る時間の設計は、今後ますます大事になってくると思います。
塚本:どちらかというと、Ultrasuede®も長く使っていただくタイプの素材だと思いますが、いろいろな原料が混ざっているので、自然に還るとか、回収すれば100パーセント再利用できるかというと、今の技術では難しいんです。それができないからこそ、大元の原料に植物を使うとか、植物由来の中でも食べられない部分や遺伝子組み換えをしていないものを意識的に使うことで、少しでも安心感を持っていただけるようにしています。
また、Ultrasuede®を染めた後には多量の廃液が排出されるのですが、それを使ってまた染めてみるとどうなるのか、試したものも試作品として展示しています。基本は長く使えるものですが、「ここの部分ではこんなことできないかな」とか、複合的なアプローチで模索しているという点で、今のお話には共感しました。
Ultrasuede®の多様性の源は原料から一気通貫の製造体制、そして職人の技術と愛情
居石:実は私たちも東レUltrasuede®の工場見学をさせていただいたのですが、大企業の工場であるにもかかわらず、ある意味で職人的な、細部までこだわる丁寧で緻密なものづくりが感じられて感動しました。秋山さんは工場をご覧になっていかがでしたか。
秋山:仕事柄、よくいろいろな工場に伺いますが、この時代に糸1本から作っている工場は見たことがなかったので、かなり衝撃でしたね。
また、極細繊維から作られていらっしゃるのですが、肉眼では見えにくいレベルの繊維が何十本も束ねられているというのが本当に驚きでしたね。そういう背景を知ってから触ると、手もその感覚をキャッチしに行こうとするのか、ちょっと触り心地が違うように感じました。
北川:お好み焼きという料理がありますよね。お好み焼きというのは店によって本当に違うんですよ。クレープをひいて、そこに茹でた麺を置いて、それがちょっとふわふわ感を出しながら、その上にキャベツをのせて、そこにクレープをちょっとだけかけてひっくり返す。発案されて実用化された当初はそういう感じなんですが、その後、様々な柔らかさや舌ざわりや歯ごたえを追求した結果、店によって千差万別なんです。
Ultrasuede®も、原理は東レさんがお持ちですが、それに基づいて細い繊維から硬さ、柔らかさ、あるいは滑らかさを出していく。ちょうどお好み焼きがいろいろな展開を見せたように、Ultrasuede®にもまだまだ可能性があるのだろうと思います。
塚本:ありがとうございます。弊社の素材をお好み焼きに例えていただいたのは初めてです(笑)。
秋山:建築でも同様ですが、もう少し薄くとか、もう少し柔らかくとか、そういう依頼が世界中のデザイナーからあると思うんですが、それに一から応えられるのは、糸1本から作られているからなんですね。逆戻りして、「ここから変えればこう広げられるかも」というアプローチができるんだろうな、と工場に行って感じました。
塚本:まさにおっしゃるとおりで、大元の原料から国内の工場で一貫して作ることでバリエーションが実現できているというのは、弊社の強みだと思います。ファッション用なら、より着心地が良いものという意味でより細い繊維を選びます。逆に自動車の内装だったら、耐久性や色あせの少なさなど、スペック的な部分ともバランスがとれるような程度の細さにします。同じスエード素材でも、そういった調整は行っていますね。
居石:高温をかける工程でも、一気に温度を上げるのではなく、少しずつ、10段階以上に分けて加熱しているというお話を現場の職人さんから伺いました。こういうプロセスやこだわりを知ると、素材への愛着や信頼が生まれて、長く大切に使いたいという気持ちになりますね。サーキュラーデザインやバイオフィリアのように、素材や植物、自然を身近に感じるというのは、実はそういう裏側の作り方を身近に感じるところから始まるのではないかと思いました。
世界的に発信が必須となりつつある「サステナブルなものづくり」への向き合い方
居石:秋山さんは先日ミラノに行かれたということですが、今、世界のトレンドとして「サステナブル」や「エシカル」はどのように捉えられているのでしょうか。
秋山:コロナが後押しになって、各社の発信するメッセージが今まで以上に注目されています。一番インパクトが強かったのは、プラスチック製の美観性の高い家具を世界へ発信するイタリアを代表する家具メーカーであるKartell(カルテル)が、脱プラスチックを求める市場の声に応え、再生材の使用率や具体的なプラスチック材の明記を積極的に行っていたことです。コンセプチュアルなプロダクトとしては、illy(イリー)というイタリアを代表するコーヒーブランドと協働し、廃棄カプセルをリサイクルしチェアへと昇華していた取り組みは興味深かったです。
また、バイオフィリアというテーマにすごく近しいものを感じたのは、フロスというイタリアの照明メーカーです。都市部は夜でも街頭など照明のおかげで当たり前のように明るく不自由なく過ごせますよね。それがあくまで人間の都合であり、動物へ与える影響を自分たちはもう一度考え直さないといけない、というメッセージを製品を通して発信していました。各社がサステナブルなものづくりに対してどう向き合っているのかという発信が必須になっているのを感じました。
居石:東レさんとしては、Ultrasuede®の今後のビジョンをどのようにお考えですか。
塚本:今日ご紹介した植物由来のUltrasuede®は植物由来比率30%とまだ部分的でしたが、将来的に100パーセント植物由来ポリエステルを使用したUltrasuede®を目指して挑戦しているところです。基本技術はできあがっていますので、あとは実際の量産化に向けて、2020年代に達成するビジョンを持って進めています。
居石:100パーセントとなると、本当に植物を身につけているような気持ちになりますね。服というプロダクトに対しても、無機質の人工物とは違った愛着が湧くかもしれないし、そういう関係性を育てていけると、最初のテーマであるWell-being、私たちの本当の幸せは何だろうということにも結びついて面白いだろうなと思いました。皮革製品にも、時間の経過によって「育てていく」という表現がありますよね。人工皮革にもそういう未来が来るのかな、と思いました。
塚本:先ほど北川さんからもエイジングに関するヒントを頂きましたので、今後トライしてみたいと思います。
居石:楽しみにしております。北川さんも、Ultrasuede®の活用について今後考えている展開はありますか。
北川:工業的なものがたくさん作られた後の時代として、これからはバイオフィリアならではのプロダクトが反動的にいろいろ出てくるはずなので、それをちょっと見てみたいですね。スーパーやコンビニで買うような工業製品は、例えば同じシュークリームでも硬さや、甘さの偏差が小さいんですよ。だけど職人さんが作ったものは、例えば天ぷらなら、揚げる温度や作る人によって、単品の天ぷらとして衣がカリッとするように揚げることもあれば、天どん用に意図的に全体をシナっとした感触となるように揚げることもある。Ultrasuede®も、素材の原理がとても根源的であることから、素材の性状の応用においても、プロダクトとしての利活用においても、偏差をまだまだ高められ、今後も幅を持たせやすいのではないかと思っています。
居石:そういう研究を今後、東レさんと一緒にやっていけると良いのかなと感じますね。
塚本:そうですね。ぜひ北川さんのアイデアと、秋山さんのデザインで、素材起点の新しいものを考えられたらいいなと思います。
自然とともに生きることで得られる安心感を大切に、まだまだ広がるUltrasuede®の可能性
居石:最後に、登壇者の皆さんから今回のイベントの総括として一言ずつ頂けたらと思います。北川さん、いかがでしょうか。
北川:今日お話をさせていただく間にも想像が膨らんで、「こういうものができたらいいな」と、いくつか頭に浮かんでいたところです。機能性も高いので、ファッションだけではなく、温度や湿度や蓄熱などの環境性能が求められる農業施設などの生産施設の素材でも使えそうですよね。他の素材では考えもつかなかったようなことができるんだろうなと思いました。
居石:ありがとうございます。秋山さん、いかがですか。
秋山:日本は朽ちていくものに侘び寂びの美しさを感じる文化を育んできたので、自然を取り入れるのが上手ですよね。住宅や庭園の作り方にしても、日本人は、バイオフィリアという言葉が生まれるよりずっと前から「自然とともに生きる」ということをやってきたのだと感じます。今はライフスタイルも変わりましたが、元来持っている感覚にもう一度耳をすませてものづくりをしていくのが大事なのだと改めて思いました。
工業製品でありながら手仕事のプロセスを踏まれているUltrasuede®は、スエードに近しいものとして作られたと思いますが、今やスエードを超えた魅力がありますよね。スエードや皮革と比べるのではなく、Ultrasuede®というものとしてどこまでいけるかというのが楽しみです。
塚本:人間が感じる安心感というものは、ある程度共通している部分があるのではないかと思うので、「安心感」というのが今回のテーマである「バイオフィリア」の1つのキーワードになっているのかもしれない、と改めて思いました。ありがとうございました。
Vol.2では、触り心地を「身体との親和性」と言い換えたことで、Vol.1で言及された「素材が人類の感性を刺激する」という指摘を、違った角度からより深めることができました。また、サーキュラーデザインが理想像から社会の必須要件へと変わりつつあるという秋山さんのレポートも印象的でした。
今回、題材としてフォーカスしたUltrasuede®は、細部まで徹底されたこだわりとさまざまな挑戦によって、素材が持つ従来のイメージを刷新しました。これまで機能や構成要素として脇を固めてきた素材は、今後さらにものづくりの可能性を広げる要となるでしょう。同時に、環境問題とWell-beingのハブとなり得る「バイオフィリア・マテリアル」は今後ますます重要なキーワードになりそうです。
東レ Ultrasuede®と考える ーバイオフィリア・マテリアルの現在地レポート vol.1はこちらからご覧ください
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