Event report
2021.9.21
FabCafe編集部
シリーズ「Around The FabCafe World in 180 Days 」では、各FabCafeがそれぞれの地域のFabCafeの特徴や取り組んでいるプロジェクトを紹介し、その都市や地域が抱える課題にどのように対応しているかをお伝えしています。
Vol.2では、FabCafe BarcelonaのCEOであるDavid Tena Vicenteが、ヨーロッパで3番目に高齢化が進む町サモラで取り組みを始めた、高齢社会でテクノロジー活用の事例を紹介。さらに、ソニーコンピュータサイエンス研究所(以下、ソニーCSL)京都研究室所長の暦本純ー氏をお迎えして、ウェルビーイングという概念がどのように解釈されるのかについて言及。ゆたかな社会をデザインするためにテクノロジーをどう捉えるべきか、ディスカッションを展開しました。
FabCafe Barcelonaは、David Tena Vicenteを共同設立者の一人として、2013年にオープンしました。他のFabCafeと同様、カフェとファブリケーションスペースを備えています。Makers of Barcelona(MOB)という大きなコワーキングスペースの一部でもあり、モダンアートと建築の代名詞ともいえるこの街の中心部に位置しています。
FabCafe Barcelonaでは、主に技術トレーニングがビジネスの大きな部分を占めており、デジタルファブリケーションはもちろん、IoTなどの多種多様なプログラムを企画・実施しており、DavidはFabCafe内だけでなく、バルセロナ大学をはじめとした複数の教育機関でも教えているとのこと。また、カフェで出たコーヒー殻で車のサイドミラーを作るなど、サステナブルな素材を使った製品開発にも積極的に取り組んでいます。
DavidとFabCafe Barcelonaチームは、2020年のコロナ禍で、18,000枚のマスク、500枚の医療用ガウン、数百枚のバイザーを制作・配布するとともに、呼吸器とマスクのための2つのクラウドファンディングを主導しました。また、呼吸器、プロフューザー、挿管ボックス(上の写真)の設計・製作も実施。詳しくはForbesの記事をご覧ください。
FabCafe Barcelonaが目下取り組んでいるのは、スペイン北西部の小都市、サモラで始めたプロジェクト。サモラはヨーロッパで3番目に高齢化が進んでいる都市と言われており、このような人口動態の傾向はスペインの多くの地域で見られるとのこと。若者の大都市への移住が進み、実にスペインの87%が過疎化しているとDavidは説明します。
David スペインの農村部では、町がどんどん捨てられています。町に残っているのは、生まれ育った町を離れたくないお年寄りばかりです。なぜなら、若い世代は、より良い仕事を探したり、勉強したりするために大都市に出て行ってしまいます。高齢者施設のようなエッセンシャルワークにおいてすら、働き手となる若年層が不足している状況です。
興味深いのは、環境問題がグローバルなものとして広く理解されているのに対し、人口問題はまだ国単位で考えるべきものとして考えられていること。農村地域の急速な高齢化は、スペインだけでなく、南欧、東欧、そして日本を含む東アジアの多くの地域に共通した課題です。私たちは、海外の事例から互いに学び合うことができるのではないでしょうか?
サモラにおける高齢化には、シルバー社会の裏表が現れています。シルバー経済と呼ばれるものは、これまでも盛んに宣伝されてはいましたが、サモラでは市をあげて50代以上をターゲットにした製品やサービスの経済的な可能性を実現するために本腰を入れています。最近、テックパークをオープンし、FabCafe Barcelonaをと共にここにFabCafe Zamoraを設立しようとしています。このFabCafe Zamoraは、他のテックビジネスがZamoraでシルバーエコノミープロジェクトを立ち上げるためのハブとして機能させる予定です。
このプロジェクトではあらゆる施策が予定されています。たとえば、携帯電話やインターネットの普及、IoTの介入による家庭での生活の質の向上、すでにある農業などの産業支援、サモラと近隣の町との移動手段の向上、地域におけるデジタルファブリケーションネットワークの確立、そして、これから紹介する高齢者ケアのためのロボットソリューションのテストなどです。
ロボット分野では、FabCafe Barcelonaは2つのソリューションを企業と共同で開発しています。1つ目は、高齢者介護に欠かせないリフティングなどの身体作業ができるヒューマノイドロボットで、介護施設での活用を対象としています。2つ目は、健康測定はできるものの物理的なタスクはこなせない、より小型のロボットで、前者のものと比べてコストが10分の1になると予想されています。どちらのロボットも高齢者と対話することができますが、その方法は異なります。
David ユーザーと2台のロボットとの関係はそれぞれ異なりますし、求められる活動も全く異なります。よって、2つのプロジェクトを同時に進めることはできないので、どちらのロボットを先に開発するかを決めなければなりません。ですから、もっと多くのフィードバックを得て、決めていきたいです。皆さんの意見もぜひ聞かせてください。
この選択をするために大きなポイントとなるのは、どちらが人間の幸福に最も貢献できるかという視点です。身体的なニーズに応えてくれるロボットは、しかし同時にユーザーにとって威圧的な存在になってしまわないか?かといって、お年寄りのお世話をする際に、あまり邪魔にならないような役割を果たすロボットが良いのでしょうか?その答えは、私たちのウェルビーイングに対する理解にかかっているのかもしれません。
議論を進めるため、ソニーCSL京都研究室の暦本純ーディレクターに、ウェルビーイングについての見解を伺いました。日本は、スペインで見られるような高齢化社会の問題にいち早く取り組んできました。ソニーCSL京都研究室の主な目標は、技術や文化を生活体験に統合することで、生活の質を高める「ゆたかさ」の概念を追求することです。
暦本氏の説明によると、「ゆたかさ」とは、文字通り「富」も意味しますが、本当の意味では「心の豊かさ」を意味するとのこと。ゆたかさとは、私たちのウェルビーイングに対する理解を、満足感や心身の健康から、可能性を最大限に発揮すること、つまり人生を全うすることへと移行させるものだといいます。
暦本 ゆたかさとは、お金や物的資源の豊かさという意味だけではなく、ライフスタイルを選択したり、チャンスを追求したりする能力のことです。
年齢を重ねれば重ねるほど、このような自己実現を求めるようになるのではないでしょうか。だからこそ、高齢社会では、基本的な健康ニーズを満たすだけでなく、体験を提供することにも重点が置かれるべきなのです。こうした体験は、ますますバーチャルで提供されるようになり、地方のコミュニティでも利用できるようになるでしょう。そうした視点もあって、テレプレゼンス(遠隔で臨場感を共有できる技術)はソニーCSL京都研究室の重要な研究分野となっているようです。暦本氏は、実際に京都の中心部にある研究所と日本や世界の遠隔地をテクノロジーでつなぐ様子を見せてくれました。
しかし暦本氏は同時に、テクノロジー限界も指摘します。なぜなら、味覚をはじめとする物理的な体験を異なる場所に繋ぐということは、現在のテクノロジーでは難しいからです。
暦本 異空間につながるだけでもいいのですが、たとえば料理のようにバーチャルでは共有できないものもあります。将来的には、FabCafeでどんな場所のどんな料理でもデジタルファブリケーションで出力することができるようになるかもしれません。でも今は、バーチャルとフィジカルの両面を尊重したい。サイバーとフィジカルをアンバンドルして、いかに両方の価値を再構築できるかということが私たちが挑戦していることです。
ウェルビーイングのためのテクノロジーをデザインするとなると、いくつかの前提を捨てなければならないかもしれません。たとえば、ウェルビーイングは個人的な内的なものだという思い込み。暦本氏は、ウェルビーイングとは、人とのつながりや、人とのネットワークによって自分の視野や能力を広げることができるかどうかということであると指摘しました。
暦本氏とDavidは、いずれも「接続性」ということが重要なポイントだと話します。遠隔医療のような明確な目的を持った用途だけでなく、安全性の担保や社会的なつながりといった生活の上での細やかなニーズなど、さまざまなレベルで重要な視点なようです。暦本氏は、接続性とは、個人を念頭に置いたソリューションよりもはるかに大きな利益をもたらすと伝えました。
暦本 私は身体拡張を研究しています。たとえば、ロボットの腕を持ったサイボーグのようなものです。これは個人的な拡張ですが、私がより重要だと考えているのは、自分の能力が他の人の能力やロボットの能力、あるいはAIと結びつくようなネットワークを介した拡張です。
彼は、一方でテクノロジーの限界を考慮するよう念を押しています。
暦本 先ほど、バーチャルとフィジカルのバランスが重要だと言いましたが、たとえば最近の私はZoomを使いすぎています。つまり、体を動かさずに机に向かっているだけで、これは大きな問題です。私はフィジカルなことが1番大事だと思っています。歩き回るだけでもいい、バーチャルで完結させようとしてはいけません。フィジカルのどの部分が重要で、どの部分がバーチャルに移行できるかを考えることは非常に重要な問題です。
一方で、Davidは、ウェルビーイングのためのテクノロジーはいくつかの原則を採用すべきだと考えています。
David テクノロジーは体だけでなく、精神的にも健康と密接に関係していると思います。世代を超えて通用するものでなくてはいけませんし、ユーザーにとって侵襲的であったり、ストレスとなるようなものであってはなりません。それは逆に言えば、持っていない時にストレスを感じてはいけないということでもあります。豊かな生活のためのテクノロジーとは、そういうものだと思います」。
しかし、ユーザーを広げていくことには限界があるとも考えています。
David テクノロジーを導入する際の課題のひとつは、テクノロジーがあまりにも先行しているために、ユーザーがそれを理解できず、完全に信頼できないことがあるということです。人は理解できないものを信用できませんから。サモラのインタビュー対象者の中には、たとえ録画しないとしても、自宅にカメラを置くことに抵抗を感じる人がいました。さらに言えば、カメラに限らず、どんな種類のセンサーに対しても不信感を抱いていました。
また、高齢者介護の専門家が最新の技術を身につけているかどうかという問題もあります。Davidは、これは組織の義務だと考えています。
David スペインでは、企業の中に、社員全員が自分の使っているツールを理解しているかどうかを確認する役割がすでに作られています。つまり、ある介護支援の会社があるとして、50-60人の社員がそれぞれが担当する個人宅で在宅介助をしていたとして、携帯電話のアプリが変更になった場合、その会社の誰かが社員が全員使えるか確認するといった具合です。
さらに暦本氏は、人々がテクノロジーに「追いつく」という視点だけでなく、テクノロジー側も、ユーザーにとってそのテクノロジー自体を魅力的に見せることも大切だといいます。
暦本 そもそもすべての技術を追いかける必要なんてないんです。新しい技術であっても、役に立たなければ自然に消えていくものです。すべてに追いついている必要はありません。待っていれば、技術はあなたに追いついてきますよ。
テクノロジーは、若い人たちが最初に採用し、年配の人たちが後から「追いつく」ことを前提に作られています。しかし、もしも年配のユーザーの視点でテクノロジーをデザインしたらどうでしょうか。高齢者はテクノロジーを最大限に活用するための時間とリソースを持っているかもしれないという、まったく異なる前提です。メタバースの到来とともに、Davidや暦本氏のような技術者や研究者がもっと増えて、ウェルビーイングとインクルーシブを製品デザインの中核的な機能にしていく必要があるでしょう。
ZamoraでのシルバーエコノミープロジェクトでFabCafeとのコラボレーションに興味のある方は、こちらからお問い合わせください。
以上がバルセロナ編「Around the FabCafe World in 180 Days」でした。トークの様子を見たい方はぜひこちらの動画をご覧ください。
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David Willoughby
ライター
サステナビリティ、テクノロジー、文化について考え、執筆しています。これまでに多くのハッカソン、講演、その他イベントをレポートしています。また、日本の企業と協力して、彼らのストーリーを世界に伝えるお手伝いをしています。
サステナビリティ、テクノロジー、文化について考え、執筆しています。これまでに多くのハッカソン、講演、その他イベントをレポートしています。また、日本の企業と協力して、彼らのストーリーを世界に伝えるお手伝いをしています。
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浦野 奈美
SPCS / FabCafe Kyoto
大学卒業後ロフトワークに入社。渋谷オフィスにてビジネスイベントの企画運営や日本企業と海外大学の産学連携のコミュニティ運営を担当。2020年にはFabCafe Kyotoのレジデンスプログラム「COUNTERPOINT」の立ち上げと運営に従事。また、FabCafeのグローバルネットワークの活動の言語化や他拠点連携の土壌醸成にも奔走中。2022年からは、自然のアンコントローラビリティを探究するコミュニティ「SPCS」の立ち上げと企画運営を担当。大学で学んだ社会保障やデンマークのフォルケホイスコーレ、イスラエルのキブツでの生活、そして、かつて料理家の森本桃世さんと共催していた発酵部活などが原体験となって、場の中にカオスをつくることに興味がある。
大学卒業後ロフトワークに入社。渋谷オフィスにてビジネスイベントの企画運営や日本企業と海外大学の産学連携のコミュニティ運営を担当。2020年にはFabCafe Kyotoのレジデンスプログラム「COUNTERPOINT」の立ち上げと運営に従事。また、FabCafeのグローバルネットワークの活動の言語化や他拠点連携の土壌醸成にも奔走中。2022年からは、自然のアンコントローラビリティを探究するコミュニティ「SPCS」の立ち上げと企画運営を担当。大学で学んだ社会保障やデンマークのフォルケホイスコーレ、イスラエルのキブツでの生活、そして、かつて料理家の森本桃世さんと共催していた発酵部活などが原体験となって、場の中にカオスをつくることに興味がある。
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