Project Case

2020.9.13

森と人とをつなぐ空間 ー小径広葉樹が大きく生まれ変わった日ー

FabCafe編集部

(この記事は、FabCafe Hidaを運営する株式会社飛騨の森でクマは踊る(ヒダクマ)の掲載記事の転載です。)

「象徴的な広葉樹の大きな面で、応接室と森とまちを繋ぐ」

飛騨の木を使って、飛騨市役所の応接室をリニューアルするーー。「広葉樹のまちづくり」を進める飛騨市の活動を、市内外の人々に広く発信すること目的に発足したプロジェクトです。プロポーザルを経て、矢野建築設計事務所とヒダクマは、共同でプロジェクトを統括しました。リニューアルのコンセプトは、「象徴的な広葉樹の大きな面で、応接室と森とまちを繋ぐ」。

新たな応接室を構成するのは、天井、ハイバックベンチ、テーブルの3つの面。それらは平均的に細い飛騨の広葉樹が、大きな存在に生まれ変われる可能性を提示しています。本記事では、空間を構成するプロダクトに着目し、応接室がどう生まれ変わったのかを、広葉樹活用を取り巻く背景とともに紹介します。

プロジェクト概要

クライアント:飛騨市
プロジェクト総括・プロデュース:岩岡孝太郎(ヒダクマ)
広葉樹コーディネーション:松本剛(ヒダクマ )
製作ディレクション:浅岡秀亮・飯山晃代 (ヒダクマ)
プロジェクト総括・建築設計:矢野泰司・矢野雄司(株式会社OFFICEYANO矢野建築設計 事務所)
建築設計:杉浦哲郎
広葉樹調達協力:飛騨市森林組合、株式会社柳木材広葉樹製材:株式会社西野製材所
工事管理、解体工事、内装工事、造作家具工事:田中建築
造作家具製作:ノナカ木工所
椅子製作:飛騨無垢屋
電気工事:株式会社MIYAJIMA
塗装:田中塗工
床施工(左官):有限会社丸藤工業
ブナシェード突板加工::片桐銘木工業株式会社

飛騨市は広大な広葉樹林を有するまちで、その森にひも付く林業をはじめとした産業が営まれています。一方で、飛騨の森の広葉樹は平均的に細いことから、90%以上はチップとして安価に取引されます(参照元:令和元年度森林・林業白書)。また、チップ以外に加工されたとしても小物や家具の脚といった小さな使い方が、これまでのスタンダードでした。

しかし、小径であることが小さなものづくりに向いている、あるいは大きな使い方ができない理由になるかといえば、違うでしょう。例えば木材利用の多くを占める建築においても、広葉樹ならではの生かし方があるはずです。そうした背景の中われわれは、樹種の特徴を体感できる大きな面で空間を構成し、広葉樹が秘める可能性を示すことで、まちの人々と森の接点を増やせないかと考えました。

空間のリニューアルは、「応接室」という言葉が持つ概念の刷新でもありました。明るく開放的で、どこかショールームのような応接室は本来の機能を備えつつ、これまでにない活用シーンが想像できる空間となっています。

その想像を掻き立てるのは、各プロダクトの設計・デザインが持つ多義性です。ハイバックベンチはスクリーンあるいはパネルでもあり、光量によって表情を変化させるブナシェードは社交の場だけでなくミーティングにも最適。建築物的なテーブルに配置するプレートは、様々なシーンで役立つツールで、木の特徴を手に取って知れるサンプルの役割も果たします。

床は左官仕上げを採用し、プロダクトそれぞれの存在感や樹種の表情を強調しました。多様な広葉樹の魅力を引き出したことで、来訪者がより飛騨の木や森を想起し、興味を傾けるような環境となっています。

材料には、飛騨とゆかりのある樹種を選択しました。天井とテーブルには飛騨地方で育ちやすく代表的な樹種であるブナとナラ。そして壁面のハイバックベンチには、朴葉味噌など飛騨の郷土料理に古くから使われ、地域の文化と関わりが深いホオノキを選んでいます。

天井から吊り下がるブナシェードは、突板と強化和紙を合わせて製作したもので、小物や家具の脚とはまた違う、ブナの躍動的な木目が表れています。自重でたわみ、天井を広々と覆う曲面は、ブナという自然が持つスケールの大きさを顕示しているかのよう。シェードが放つ優しい光は、空間を包み込み、夜間には町の灯りとして道ゆく人々に届きます。

〈仕様〉
 材料:ブナ(突板加工)、強化和紙
 サイズ:W3,000mm×L7,000mm×厚み 0.25mm
     仕上げ:無塗装

 関連記事:ブナシェード開発~森のブナの木が、まちの新たな灯りになるまで

壁面と一体化したホオノキハイバックベンチは、W50mm×L1800mm×厚み25mmの心材を104枚繋いで製作。それぞれの板は深緑色を呈したホオノキ特有のグラデーションを形成し、中央ほど淡色で、両サイドに向かって濃くなります。プロジェクターを投影することを想定したデザインですが、ホオノキが持つコントラストを再構築した拡大標本ということもできるでしょう。また、大きな面でありながら脚のないベンチは、部屋に軽快さを与えています。

〈仕様〉
 材料:ホオノキ
 サイズ:W5,200mm×D380mm×H1,845mm×SH520mm
 仕上げ:塗装仕上げ(ワンダークリア)

中央で存在感を放つナラテーブルは、木の塊感がありつつも、すっきりとした無駄のないデザインが特徴。その構造は、家屋でいうところの梁と桁、それを支える柱に似ています。天板に使ったのは、W110mm×L2,000mm×厚さ15mmのうす板。小径木で幅の広いテーブルを作ろうと思えば、その厚みは小さくなりますが、板を90度回転させてルーバー状にすることで、板幅を厚さに変えています。

天板を合わせる繋ぎ材(家屋でいうところの梁)も同じく110mmに設計し、細かな均衡を追究しました。繋材と26枚の板で作られた天板を支えるのは6本の脚のみで、12人が着席しても程よいパーソナルスペースの確保が可能。またこの脚の少なさは、テーブルや空間全体の印象に強く関わっています。

〈仕様〉
    材料:ミズナラ
    サイズ:W915mm×L4,000mm×H820mm
     仕上げ:塗装仕上げ(天然オイル)

ハイチェアの座面高は、老若男女、誰でも心地よく座れる高さを目指しました。当初600mmと計画していた座面高は、520mmというオリジナルの規格に調整。この高さは、有意義なコミュニケーションを30分程度の短い時間で取れる高さでもあります。

脚はテーブルのデザインに合わせた直角。適度なアールが心地よい背もたれも、テーブルの高さに合わせています。そのため、椅子をテーブル下に収めても整然とした状態が保たれます。

〈仕様〉
 材料:ミズナラ
 サイズ:W850mm×D310mm×H820mm
 仕上げ:塗装仕上げ(ウレタン)

テーブルに配置する天板には、ヤマザクラやクリなど10種類の樹種を使用しました。形状は2種類で、ティーカップを置くのにぴったりな丸型と、調印式や資料を用いた打ち合わせに適した四角のプレートを用意。ルーバー状のテーブルに合致する溝を設けています。これらプレートは応接室の用途を広げるだけでなく、たくさんの樹種に直接触れて飛騨の森の多様性を感じられる、欠かせない要素です。

リニューアルのコンセプトや設計を進めるにあたり、矢野建築設計事務所とヒダクマは、飛騨市北部に位置する池ヶ原の飛騨市広葉樹モデル林や、地元の製材所・木工所などを訪問森で湧いたアイデアや、広葉樹を扱う職人との対話から感じ取ったことから、プロジェクトにふさわしい木質化を検討しました。

そうして出来上がったのが、「象徴的な広葉樹の大きな面で、応接室と森とまちを繋ぐ」というコンセプト。応接室のリニューアルにあたり飛騨市が実施したプロポーザルでは、審査員を務めた建築の専門家、広葉樹の専門家、一般市民の計3人にわれわれの提案を高く評価していただき、製作が始まりました。

職人の技術と知恵

製作過程は試行錯誤の連続でした。広葉樹は樹種によって経年変化の度合いや固さに違いがあります。素材としての特性を考慮した安全性や品質、空間・プロダクトのデザイン、その両者の落とし所を見つけることに、様々な職人の技術や知恵が集められました。はじめての試みを多分に含む本プロジェクトをやり遂げられたのは、その場所が木材加工に精通した職人が多い飛騨だったからこそでしょう。

雇い実を入れながら、板材を1本1本丁寧に繋ぐ田中建築の方々

匠のディテール

空間と一体となったホオノキハイバックベンチは、広葉樹加工のプロである田中建築さんによる製作です。

全部で104箇所ある繋ぎ目には、反り防止と補強のために雇い実(やといざね)が施されています。座面には背面よりも分厚い実を入れ、人が安心して座れる強度を確保。いずれも施工後は隠れてしまう部分ですが、大工の職人技を感じます。

ルーバー状にした板を接合するノナカ木工所の野中さん

ナラテーブルのルーバー状天板は、ガタつきが少ない相欠きで繋ぎ材に固定。ルーバー状天板が合わさる中央の接合部は、スチールプレートとビス、木ダボでより強度を向上させました。そして6本の脚は、強度と耐久性に優れたホゾ組みで接合されています。いずれも、組んだときの見た目には現れないディテールです。

幾たびもの実験

様々な条件で強度や照度を確認したブナシェード。照明メーカーの実験施設を利用したテストを実施しましたほか、突板と張り合わせる素材、仕上げ方法も探りながら最適解を見出しました。

ホオノキハイバックベンチの美しいグラデーションは、色のバランスを考慮して選んだ木材を何度も入れ替え、より良い順序を検討した末に出来上がっています。

今年3月31日、この新しい応接室が竣工しました。小さな使われ方をしてきた小径広葉樹が、大きく生まれ変わった日です。来客に対し「飛騨市広葉樹のまちづくり」を伝えるきっかけになり、レクチャーなどにも利用されています。この一室を中心に、市産材の活用や森と人との関わりが広がりを見せていって欲しいと、期待しています。

矢野 泰司|Taiji Yano
1983年、高知県生まれ。2007年、東京理科大学を卒業。2009年、東京理科大学大学院修士課程修了(小嶋一浩研究室)後、2010年から2013年にかけて長谷川逸子・建築計画工房に勤務する。2013年、矢野建築設計事務所設立。
https://officeyano.co.jp/

矢野 雄司|Yuji Yano
1987年、高知県生まれ。2009年、横浜国立大学を卒業。2011、横浜国立大学大学院Y-GSA修了。2011年から 2014年にかけて、末光弘和+末光陽子 / SUEP.に勤務。同年、矢野建築設計事務所に参画。https://officeyano.co.jp/

田中 一也|Kazuya Tanaka
田中建築/代表
1981年、飛騨市古川町に生まれる。地元の高校を卒業後、岐阜県可児市の小林三之助商店を経て、父が創業した田中建築に入社。無垢の木と広葉樹を扱った一戸建て住宅を得意としている。「体に良い、長持ちする家」がモットー。ヒダクマ創業時より、数々のプロジェクトで共同。FabCafe Hidaの古民家改修工事も主に担当した。https://tanakakenchiku.com/

岩岡 孝太郎|Kotaro Iwaoka
ヒダクマ代表取締役社長 / CEO
1984年東京生まれ。千葉大学卒業後、建築設計事務所に入社し個人住宅や集合住宅の設計を担当。その後、慶應義塾大学大学院に進学しデジタルものづくりの研究制作に従事。2011年、クリエイティブな制作環境とカフェをひとつにする“FabCafe”構想を持って株式会社ロフトワークに入社。2012年、東京渋谷にオープンしたデジタルものづくりカフェFabCafeのディレクターとして企画・運営する。2015年、岐阜県飛騨市にて官民共同企業である株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)の立ち上げに参画し、2016年FabCafe Hidaをオープン、森林資源を起点とした新たなプロジェクトに挑戦する。2018年4月同取締役副社長、翌年より現職。

飯山 晃代|Teruyo Iiyama
多摩美術大学美術学部環境デザイン学科卒。飛騨の家具会社に入社し4年間家具製造に携わる。国産材と林業に興味を持ち、東京で1年間木工の学校に通った後ヒダクマに入社。2年間在籍しオフィスの木質化や製品開発などのプロダクションマネージャーを務める。出産のため2020年4月に退職。

私たちは今回の設計を進めていく中で、広葉樹の魅力を伝えるだけでなく、既存のRC建物が持つがらんどうな空気感や角部屋ならではの開放感を活かしながら、市民に開かれた応接空間にしたいと考えました。形式的な応接室としての利用だけにとどまらず、使い手の創意によって気軽に活用方法を考えることができるように、各々の造形にはおおらかなスケールと複数の意味や効果を与え、一義的に解釈が定まらないように検討を進めていきました。

集まる人達やプレートの並べ方、自然光や照明の調光具合、季節によって部屋の様相は変化し、それに応答するように使い方が発見される事を期待しています。

矢野建築設計事務所
矢野泰司/矢野雄司

ホオノキハイバックベンチとブナシェードの施工が終わり、真っ暗な外から応接室を見ました。まだテーブルなどは入っていませんでしたが、ブナシェードの灯りがベンチを照らし、一体に浮かび上がった空間を初めて見て抱いた印象は、「格好いい」の一言。外から見るのと、中から見るのでは全く印象が異なり、どちらも何となく抱いていたイメージを遥かに上回っていました。すごく木が映えている応接室です。

解体工事から家具施工までの中で、ハイバックベンチは特に誤差が許されない製作でした。0.0何mmという目で見て分からない世界の誤差であっても、104枚もつなげば1mm、2mmと誤差を生みます。応接室のベンチということで、不特定多数の人が座ったり、もしかすると立ったりすると考え、耐久性を高めるためにそれぞれの板の間に実を入れました。今は黄緑色のような色ですが、日に当たるとどんどん色が濃くなっていき、緑が強くなります。部屋を頻繁に使う人は気付かないかもしれませんが、ホオノキがすごく引き立てられているので、そうした変化も魅力だと思います。

普段作っている家も同じ気持ちでやっていますが、多くの人に木に触れて欲しいです。目で見て、手で触ってみて、その空間にいないことには、木の価値は分かりません。なので応接室を訪れる人たちには実際に木を体感して、木は良いなだとか、木の何かが欲しいなと、思って欲しいです。

田中建築/代表
田中一也

これが矢野さん達と協同した初めてのプロジェクトでした。2019年7月25日、初めての飛騨ツアーは池ヶ原の広葉樹の施業計画対象の森に入るところからスタート。夏らしい気持ちの良い日、葉を通して降り注ぐ緑の光に包まれた美しい森の中だったことを良く覚えてます。翌朝にはプロポーザルの大方針となる「ドーン、バーン、シャー」がもう矢野さん達から示されました。ちなみに、ドーンは「テーブル」、バーンは「壁」、シャーは「天井の幕」、広葉樹の大きな面を表す擬音語です(笑)。市の応接用途でだけではなく、空間的にも機能的にも広く市民へと開放される場所を目指したのはもちろんのこと、「飛騨市の小径木は小さくない、大きくなれるんだ!」が合言葉になりました。

新しい応接室を訪れる機会があればぜひ体験して欲しいのが、ホオノキのハイバックベンチに座ることです。520mmの座面高は、矢野オフィスとヒダクマオフィスでそれぞれシミュレーションして最後まで悩んで導き出した高さです。ちょっとした浮遊感があり、それでいて大きな木に背中を預けるような安心感もあり、背筋が伸びて自然と視線が上がります。すると(意外にも荒々しい)ブナの木目が目の前に広がり、徐々に目線を落とすと、窓の外の空・家並み・行き交う人に古川の町の日常の穏やかさを感じ、そして、テーブルに並べられたプレート一枚一枚の広葉樹の個性が鮮明になってきて、あの夏の日の緑の光に包まれる美しい森のイメージが蘇ってきます。森の中から応接室へ。心身ともに広葉樹で満たされるととのいルートの完成です。

ヒダクマ
岩岡 孝太郎

今回のプロジェクトでは矢野さん達と打ち合わせが重ねられ、空間を構成する要素それぞれに飛騨の森と小径広葉樹の特徴が反映されました。近くで経過観察できるからこその挑戦的な試みも含め、木をふんだんに使いながらも圧迫感を感じさせない木質空間は、矢野さん達の設計と職人さん達の技術あってこそのものと思います。

また、今回個人的に注目していただきたいと考えているのは、「この飛騨市庁舎応接室が飛騨市の人達の手よって作られた」という点です。木の伐採から製材はもちろん、オリジナルの椅子や机などの家具、大工工事から電気・塗装・左官までほぼ全てを地元企業の方々に製作していただきました。

コンソーシアムでも表明されているように、飛騨は広葉樹が多く、山に囲まれた土地です。山から下ろされた原木を加工し製品にするまでの工程(川上〜川下)をほとんど地域内で行うことができ、豊富な知見や技術を持った方々が集まっていることは大きな魅力のひとつだと感じています。

ここを訪れた方々に「飛騨市って良いね」と感じてもらえること、そして、ここからさらに広葉樹や飛騨の人々の魅力が発信されていくことを願います。

ヒダクマ
飯山晃代

写真(竣工写真のみ)長谷川健太

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ヒダクマでは、木の空間や建材、家具の提案から設計、設置など、みなさまのアイデアを具現化するため、専門スタッフがトータルにサポートします。お問い合わせはこちら

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