Event report
2023.11.15
切江 志龍
ふたつ以上の異なる個体が結合し、ひとつの生命体となるー私たち人間のような動物では信じられないようなことが、ときに植物では可能です。それも、ある条件をみたせば種の壁はおろか「科」という大きなグループの違いさえ超えて繋ぐこと(異科接木)すら可能だというのです。2023年8月11日・12日に開催されたワークショップ「〈Earth Combinatoria〉結合合宿」では、接木研究の第一人者・京都大学の野田口理孝教授[1]に手ほどきを受けながら異科接木に挑戦しました。ワークショップには学生やアーティスト、編集者など、植物を用いた表現に関心をもつ15名が参加し、それぞれが接木のプロトタイプを制作しました。また、前半の講義パートではメディアアーティストの滝戸ドリタさんが植物を用いたメディア表現について紹介し、表現としての接木の可能性について議論が交わされました。成果はエッセーとしてまとめられ、2日間に考えたこと・感じたことを言語化しました。
[1] 野田口理孝教授の研究室HP https://bbc.agr.nagoya-u.ac.jp/~graft/
接木、その不思議な現象
「接木」は古来より実践されてきた園芸技術で、実は私たちの食卓に並んでいる野菜や果物のなかにも、接木技術を用いて生産されているものが少なくありません。接木の目的は様々ですが、例えば病原菌に強い品種の丈夫な根(台木側)に風味に優れた品種の枝(穂木側)を接ぐことで、丈夫さと食味を両立することができます。また、生育に時間のかかる果樹を栽培する時、すでにしっかりを根を貼っている台木に若い苗を接ぐことで、苗の育成を安定・促進させます。
このように接木は有用な技術ですが、一定の制約も存在しています。それは、進化の系統上近い関係の植物同士(同種間、または同属間)しか接ぐことができないということです。類縁関係の遠い植物同士では植物の傷を修復する仕組みが上手く働かず、異なる植物がつながることができません。
しかし、こうした定説を近年ある研究が覆すこととなりました。名古屋大学の野田口理孝准教授(当時。現京都大学教授)のチームが「タバコ」の仲間の植物は類縁関係の遠い植物とも接木することができ、さらにはタバコ組織を介することで台木と穂木にそれぞれ遠い系統の植物を接ぐことができること(異科接木)を発見しました。[2] これはタバコを「変換アダプター」のように挟むことで、類縁関係の制約を事実上大幅に緩和できることを意味します。この研究は植物学上極めて興味深い現象であるばかりではなく、実用的な農芸技術として接木を拡張する可能性をもたらすものでした。
私たち〈Earth Combinatoria〉プロジェクトは、こうした接木の新たな可能性を、実利的な栽培技術の延長にとどまらず、広く表現媒体として模索しています。
異科接木が植物の歴史をつなぐ
〈Earth Combinatoria〉は「Ars Combinatoria (結合術)」をもじった造語です。地球上の諸大陸や島々はプレートテクトニクスによりその歴史を通じて大規模に運動し、その相対的な位置どりを変化させてきました。植物は動物のような能動的な移動が困難なこともあり、陸地が海や山に隔てられることの影響を受けながら進化してきました。
一方で異科接木はこのように一度海や大地により隔てられそれぞれの系統として進化した植物たちが、ある象徴的な方法で「結び合わされる」ことを可能にするものです。そこで知識の順列組み合わせからまだ見ぬ叡智に到達しようとする結合術になぞらえて、「接木による結合により見出される地球のイメージ」を異科接木植物に透かし見ようという試みです。このイメージには地球史的な出来事だけでなく、この地球上に生きる私たちの社会や歴史も暗示しうるものです。なぜなら私たちの身近にいる植物それ自体が、アフリカや南米、ヨーロッパなどから意図的/偶発的に運び込まれた移住者であるからです。
異科接木に挑戦する2日間
今回の「結合合宿」ではそんな異科接木の可能性を開拓しようと、農学を専攻する学生やアーティスト、編集者など、植物を用いた表現に関心をもつ人々が集まりました。目標はそれぞれが異科接木のプロトタイプ作品を制作し、その中で感じたことや考えたことを自由形式のエッセーにまとめることです。
1日目は野田口教授の接木のレクチャーと滝戸ドリタさんの植物を扱ったメディアアートの作例紹介を聴講したのち、南青山にある観葉植物店Solso[3]で接木してみたい植物を探しました。また自己紹介を兼ねたアイスブレイクでは、「種」や「科」と言った生物学的な概念に慣れ親しんでもらうために、身近な植物の原産地や分類、人間との関わりを調べてもらうワークを実施しました。
[3] Solso HP https://solso.jp/
この日の目的は翌日の作業に向けて知識と材料(植物)を用意することだったのですが、ゲストの周りには常に人が溢れ、止むことなく質問や議論が繰り広げられて参加者間での能動的な情報共有がなされました。レクチャーパート終了後、植物を入手するためにSolsoに移動した後は「プラントハンティング」の時間となり、それぞれが接木のイメージを膨らませながら真剣に、しかし和やかに植物を選んでいきました。
2日目はいよいよ実践です。前日に用意した植物を、野田口教授にご用意いただいたタバコと運営で用意したペチュニア(タバコの仲間)を使って接いでいきます。まずは野田口教授に手解きとデモンストレーションを示していただきましたが、迷いないカミソリ捌きに歓声が漏れ出ました。
接木の基本的な作業は基本的に非常にシンプルです。カミソリで一方の植物を切り取り、縦に割いたもう一方の植物に挟み込み固定するだけです。出来上がったら、乾燥を防ぐために接いだ部分にビニール袋を被せます。しかしこれだけのことが案外難しく、参加者一同集中して取り組んでいました。運営メンバーも挑戦しましたが、しばし時間が経つのを忘れて黙々と作業に集中してしまいました。
それぞれの接木が完成したのち、ひとりひとりどんな植物をどんな意図で接いだのかを発表し、作品の撮影をして合宿のプログラムは完了しました。全てのプログラムが終わった後も参加者の多くは互いの植物を観察し合いながら接木談義に花を咲かせていました。
異科接木という表現の可能性
今回、「結合合宿」と銘打って接木について丸2日間考えるというイベントを実施しました。参加者が記したエッセーを読んでみると、生きた植物に刃物を当てる緊張感や、思いの外に肉感を感じることへの戸惑いなど、生命を扱うことへの発見が多く綴られていたように思います。普段料理する時には顕在化しない感覚を感じるということに新鮮な驚きがあったようです。
また、作業がシンプルであるが故に上手く接げているかの確信が得られにくいことに、強烈な偶然性を感じた人も多かったようです。接木そのものはもちろん科学技術に包含されるものですが、植物がつながるという現象の不思議さと、操作の偶然性や生々しい感覚から、まるで魔法使いになったようだ、という感想もいくつか見られました。
表現媒体としての接木の可能性については、編集者・詩人・メディアアーティスト・薬剤師・農学を専攻する博士の学生をはじめとする、参加者独自のバックグラウンドを起点としたエッセーやイラスト、詩などの多様な形式で記述が試みられました。最終的にあつまった10本以上のエッセーを読み解くと、今回の結合合宿の成果は大まかに「マテリアルとしての『植物の生々しさ』を再発見した」こととまとめられそうですが、年内発行にむけ編集中の<Earth Combinatoria>結合合宿エッセー集では、今回の体験を更なる考察とともにご報告できればと思います。
なにより、多様な属性と職能をもった参加者どうしが、野田口教授が紐解く異科接木のワンダーに鼓舞され、植物や接木に対するある種の世間的なリアリティを身体的な体験を通じて皆で塗り替えていく、大変充実した合宿となりました。FabCafe Tokyoを拠点とした、<Earth Combinatoria>プロジェクトの次回企画にご期待ください。
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切江 志龍
植物学者。美術作家。専門分野は生物測定学(形態測定、理論形態学、植物フェノミクス)。園芸植物の「美しい」とされる性質が、人間との関わりの中でどのように生み出されるかに関心を持っている。また生物にまつわる文化誌や、さまざまな社会における植物の利用にも興味があり、美術作品の制作も手掛ける。博士(農学)。metaPhorest メンバ。バイオ系企業の会社員。
植物学者。美術作家。専門分野は生物測定学(形態測定、理論形態学、植物フェノミクス)。園芸植物の「美しい」とされる性質が、人間との関わりの中でどのように生み出されるかに関心を持っている。また生物にまつわる文化誌や、さまざまな社会における植物の利用にも興味があり、美術作品の制作も手掛ける。博士(農学)。metaPhorest メンバ。バイオ系企業の会社員。
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石田 翔太
画家。滋賀県出身。京都市立芸術大学美術研究科絵画専攻修了。日本画の芸術資源を国際的な論点へ位置付けるために、国内外の学術研究者との学際を推し進める。近年は、日本画を人新世の議論と関係させて脱有史化し、文化や素材における非人為的観点の基盤創出に取り組む。いわゆる「伝統」を前向きな概念にすることが目標。昔と比べトマトが美味しくなったのは接木の進歩だと知り、感謝している。
画家。滋賀県出身。京都市立芸術大学美術研究科絵画専攻修了。日本画の芸術資源を国際的な論点へ位置付けるために、国内外の学術研究者との学際を推し進める。近年は、日本画を人新世の議論と関係させて脱有史化し、文化や素材における非人為的観点の基盤創出に取り組む。いわゆる「伝統」を前向きな概念にすることが目標。昔と比べトマトが美味しくなったのは接木の進歩だと知り、感謝している。
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丸田 大貴
経営コンサルタント。「枠に当てはめない柔軟性・自由な思考力」の素養を理解するため、マネジメント担当としてアートプロジェクトへ参画。発想を飛ばすことで、蓄積した思考×知識×技術が作品に昇華するプロセスを観察中(このプロセスをうまく言語化することが直近の目標)。長崎大学薬創薬科学科修了。本業で企業の新規事業創出を推進。副業で地域の活性化プロジェクトを支援。趣味で小さな社会人劇団の座長を担当。
経営コンサルタント。「枠に当てはめない柔軟性・自由な思考力」の素養を理解するため、マネジメント担当としてアートプロジェクトへ参画。発想を飛ばすことで、蓄積した思考×知識×技術が作品に昇華するプロセスを観察中(このプロセスをうまく言語化することが直近の目標)。長崎大学薬創薬科学科修了。本業で企業の新規事業創出を推進。副業で地域の活性化プロジェクトを支援。趣味で小さな社会人劇団の座長を担当。
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細谷 祥央
サイエンス・パブリシスト / クリエイティブディレクター
北海道大学理学院自然史科学専攻 修士課程修了。専門分野は食肉目の分子系統地理学。自然科学の学術研究をそこなったり、おとしめたりすることなく、学術的概念や研究成果、複雑なデータや難解なメッセージをこねこねして、人間的な興味やストーリーを見出し、だれもが活力みなぎる明日のヘッドラインを考えて生きている。怪獣が好き。映画館のない街で、特撮怪獣映画祭のディレクターをしている。
北海道大学理学院自然史科学専攻 修士課程修了。専門分野は食肉目の分子系統地理学。自然科学の学術研究をそこなったり、おとしめたりすることなく、学術的概念や研究成果、複雑なデータや難解なメッセージをこねこねして、人間的な興味やストーリーを見出し、だれもが活力みなぎる明日のヘッドラインを考えて生きている。怪獣が好き。映画館のない街で、特撮怪獣映画祭のディレクターをしている。
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土田 直矢
株式会社ロフトワーク テクニカルグループ テクニカルディレクター
大学では農学部にて果樹蔬菜園芸学について学び、毎日梨を食べる生活を送る。大学卒業後、組み込みソフトウェアエンジニアとして次世代車載システムのスマートフォン連携機能、車載ソフトウェアプラットフォームの製品開発に従事。ロフトワークでは、技術的知見を用いたサービス・プロダクトの開発支援プロジェクトを担当し、様々なプロトタイプを制作。プロジェクトマネジメントだけではなく、自分で手を動かしながらアイデアを形にしていくことを大切にしている。社外活動としてCalm Technologyの思想を土台としたプロダクト開発チームを運営。「まずは試してみる」をモットーに日々ものづくりの楽しさを探求している。
大学では農学部にて果樹蔬菜園芸学について学び、毎日梨を食べる生活を送る。大学卒業後、組み込みソフトウェアエンジニアとして次世代車載システムのスマートフォン連携機能、車載ソフトウェアプラットフォームの製品開発に従事。ロフトワークでは、技術的知見を用いたサービス・プロダクトの開発支援プロジェクトを担当し、様々なプロトタイプを制作。プロジェクトマネジメントだけではなく、自分で手を動かしながらアイデアを形にしていくことを大切にしている。社外活動としてCalm Technologyの思想を土台としたプロダクト開発チームを運営。「まずは試してみる」をモットーに日々ものづくりの楽しさを探求している。
<PJについてはこちら>
結合合宿【Earth Combinatoria Project】
異種間結合テクノロジー「接木」のメディア的可能性を探る
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切江 志龍
植物学者。美術作家。専門分野は生物測定学(形態測定、理論形態学、植物フェノミクス)。園芸植物の「美しい」とされる性質が、人間との関わりの中でどのように生み出されるかに関心を持っている。また生物にまつわる文化誌や、さまざまな社会における植物の利用にも興味があり、美術作品の制作も手掛ける。博士(農学)。metaPhorest メンバ。バイオ系企業の会社員。
植物学者。美術作家。専門分野は生物測定学(形態測定、理論形態学、植物フェノミクス)。園芸植物の「美しい」とされる性質が、人間との関わりの中でどのように生み出されるかに関心を持っている。また生物にまつわる文化誌や、さまざまな社会における植物の利用にも興味があり、美術作品の制作も手掛ける。博士(農学)。metaPhorest メンバ。バイオ系企業の会社員。