Column
2025.3.4
FabCafe編集部
2024年8月からの3か月、レジデンスプログラム『COUNTER POINT』14期のメンバーとして活動した安藤麻里亜さん。
京都芸術大学で主にアート領域のプロデュースを学ぶ傍ら、出身地の愛知県豊田市小原地区に伝わる「小原和紙」の制作に取り組んできました。和紙作家のもとに生まれ、幼少期より慣れ親しんだ和紙づくり。その成長の傍らには、移り変わる和紙づくりへの距離感や心の変化がありました。時に無邪気に、時に工芸の語り手として、和紙とその周縁で他者を巻き込みながら悩み育んだプロジェクトの一連をレポートします。
(執筆:山月智浩(FabCafe Kyoto) / 監修:安藤麻里亜)
COUNTER POINT|カウンターポイント
「COUNTER POINT」は、FabCafe Kyotoが提供するプロジェクト・イン・レジデンスのプログラムです。
「組織を頼らず自分たちの手で面白いことがしたい」「本業とは別に実現したいことがある」そんな好奇心と創造性に突き動かされたプロジェクトのための、3ヶ月限定の公開実験の場です。
流浪する河原者たちが新しいスタイルの芸能”歌舞伎”を生み出した京都・鴨川の近く、築120年を超える古民家をリノベーションしたFabCafe Kyotoを舞台に、個人の衝動をベースにした新たなエコシステムの構築にチャレンジしています。
▶︎COUNTER POINTの活動と詳しい情報はこちら
そもそも、小原和紙とは
一般的に「和紙」と聞いて思い浮かべるのは、便箋などの手触りがある描画用の紙。
ですが、安藤さんが取り組もうとしていたのは、そんな和紙のイメージとは一味違う、不思議な紙づくりでした。
「小原美術工芸和紙」とは、小原地区に伝わる伝統的な和紙のひとつ。カラフルに染色された楮(こうぞ)の繊維を用いて、一枚の和紙を多色的に絵画のように漉き上げることができます。刺繍のような凹凸を表現したり、滴る水滴の圧力で繊維を押し退け、疎密の差を用いてまるで泡のような表現を生み出したり、その自由度の高さは私たちの中にある和紙へのイメージを覆すほど。「和紙の中でも『溜め漉き』と『流し漉き』の中間にあり、これが小原和紙の一枚一枚の個性や製法の自由さにもつながっているのではないか。」と安藤さんは話します。
実用品としてではなく、アートピースとしての価値に重心を傾けることで発展してきた小原和紙は、その製作方法も独特。道具を作る支え手の減少に加え、それぞれの作家自らが、作品に合わせて和紙を漉くための道具や型紙を作ることも少なくありません。
隔たりとの通気孔を目指して
幼少期には、庭で遊ぶように工房へ行き、親子で遊ぶように和紙作家のお父さま、きょうだいと和紙を漉いていたという安藤さん。ワークショップや作品作りのために15年ぶりに再び和紙を漉くようになって感じたのは、懐かしさではなく、幼少期の記憶や周囲の和紙に対するイメージとの隔たりだったと言います。
「作品や和紙を漉くことを通して、自分や世界の持つ隔たりやそれらとの通気孔、膜となるようなものを考えたい。当時のように、ひたすらに和紙と遊び作品制作をしたい。」(応募資料より一部抜粋)
そんな思いをもとに、COUNTER POINTでの活動が始まりました。
他者を巻き込みながら、自分を見つめた3ヶ月
まず初めに取り組んだのは、和紙を制作するための道具づくりと、和紙漉き体験ができるワークショップでした。お父さまがしていたように、ホームセンターで手に入る道具や知人経由で収集した古材などを活用しながら、和紙漉きのための枠や道具を手作りします。
FabCafe Kyotoやロフトワーク京都オフィスのメンバーを対象に敢行した紙漉きワークショップでは、実際に手作りした道具を使用。紙の基礎として楮(こうぞ)の繊維を均一に漉いたあとは、それぞれが自分なりの表現を探求します。
和紙としての完成度はもちろんのこと、安藤さん自身が伝え手となりながら小原和紙の魅力に触れられることに重きを置いた体験設計に、参加したメンバーからは感嘆の声も。分かりやすい工程の解説にも、安藤さんが小原和紙と慣れ親しんできたことが伺えます。
それらの活動の集大成として、期間中に制作した和紙や道具たちを、自身の言葉とともに展示。展示企画「私と和紙のひとり展」では、幼少期の記憶を短い言葉や写真とともに綴りながら、会場各所に点在させます。
工芸をナラティブとして紐解くとき
和紙を漉いていた頃の幼い記憶と、周囲からの和紙に対するイメージとの隔たり。小原和紙に対し、時間的・社会的な距離感を感じていた安藤さん。地元から離れた地でワークショップを実施したり展示を行うことが、少しずつその膜に通気孔を開けることにつながったといいます。
「自分としても穴を空けようとする試みを具体的にしたのは初めて。当初の狙い通りかはわからないけど、今の自分としてはおもしろい表現に辿り着けた。」
安藤さんの柔和なコミュニケーションとともに提示される和紙の歴史や製法はもちろんのこと、ひとつの工芸とともに在った安藤さんの記憶を辿るようなワークショップ設計や展示の鑑賞体験には、誰しもが持つ郷愁や、素直に手を動かすことを楽しんでいた幼い頃の記憶を呼び起こす力があるように思います。そこに、京都で息づく継承プロセスとはまた違う、伝統工芸への応答の手つきを見てとることができたことも印象的です。
自分自身の幼少期をモチーフに描き、手漉き和紙を作品に取り入れた高校の卒業制作。初めて自分の作品を和紙作家である父親に見てもらった時の、「会場にある作品の中で一番おもしろかった」という言葉が今でも印象に残っているといいます。
「言葉ではうまく話せない。完璧には伝わらないけど、曖昧なままだから受け取ってもらえることもある。だからこそ、密に活動しているわけではないけど、和紙と関わることをやめてはいないんだろうな。」
和紙とともに過ごしたかつての幼い記憶と、京都の地で芸術を学び、他者と関わる現在地を繋いだ通気孔。この3ヶ月が、安藤さんやこのプロジェクトと関わった人々の中で、あたたかく灯り続けることを願います。
(執筆:山月智浩(FabCafe Kyoto) / 監修:安藤麻里亜)
-
FabCafe編集部
FabCafe PRチームを中心に作成した記事です。
この記事に関するご意見やご感想は、ぜひお気軽にこちらからお寄せください。
→ お問い合わせフォームFabCafe PRチームを中心に作成した記事です。
この記事に関するご意見やご感想は、ぜひお気軽にこちらからお寄せください。
→ お問い合わせフォーム