Column
2016.11.25
FabCafe Kyoto編集部
MTRL KYOTOでは、この秋、”クリエイターが素材と向き合い、新たな表現の可能性を思索/試作する”ことを目的とした短期滞在型レジデンスプログラム 『Kyoto Fabric Creator in Residence Autumn/Winter 2016』を実施しています。
第1期となる今回のテーマは、「インターフェースとしてのテキスタイル」。
東京で活躍するアーティスト、京都に滞在中の外国人ファッションデザイナー、大阪のアパレルメーカー、素材提案を得意とするデザイナーなど、「布」というテーマワードを切り口に、様々なクリエイターが参加しています。11月には、東京から刺繍アーティストの二宮佐和子さんが参加。5日間にわたり滞在し、制作を行いました。今回はそのレポートをお届けします。(text : MTRL KYOTO 木下浩佑)
- クリエイター本人によるアフターレポートもあわせてご覧ください
- 二宮佐和子さんが、自身のBLOGにてレポートを公開中。滞在中のテンションと制作の過程がパッケージされた濃密なレポートです。ぜひあわせてご覧ください。
参加クリエイター
二宮佐和子 Ninomiya Sawako
絵画、ファッション、インスタレーション、
平面、立体、空間、とあらゆるものを糸と針で、
縫い刺しする刺繍アーティスト。
SICF、シブカル祭。などのアートフェスティバルに参加の他、
ギャラリーやイベントで作品を発表、展示販売している。
素材と対話し新しい表現に挑戦した5日間
手刺繍による作品をふだんから制作している二宮さん。今回の滞在では、彼女にとって未知の素材や道具との出会いから、思索と試作の時間が始まりました。
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[実験1] 未知の素材「メルセット®」の加工と刺繍
滞在初日、到着後すぐに、MTRL KYOTOに常設される様々な「テキスタイル」素材を見て、触って、制作にインスピレーションを与えてくれる素材を探します。二宮さんが気になったのは、ユニチカ株式会社の「メルセット®」。熱処理によって織物を立体的に成形できるこのメルセット®を題材に決め、まずは加工の実験を行いました。
ちょうど先ほどまでコーヒーを飲んでいた紙コップを支持体に、MTRLにある他の素材を縫い付け、カップホルダーに。「まだ加工のコツがつかめず探り探り… でも、おもしろいことができそうな手ごたえは感じる!」
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[実験2] 3Dスキャナ & 3Dプリンターを初体験
次は、3Dプリンターの活用を検討。「手刺繍と3Dプリンター」という一見接点のなさそうな組み合わせに、新たな表現につながるにおいを感じます。
とはいえ、3Dデータをゼロから学んで作成するには時間も足りない… そんな中で登場したのが3Dスキャナー。二宮さん本人の上半身を3Dスキャンし、3Dプリンターで出力することにしました。結果、これが今回のメイン作品を支えるベースに。
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[実験3] 3Dプリントした自分の胸像を支持体に、立体刺繍を制作
出力した胸像を支持体にして、メルセット®を熱加工し、「胸像の形をした立体的な織物」を作成。ここに、刺繍を施していきます。メルセット®は熱加工により繊維の表層部分が融解して固まっていたり、織物の表面が立体的な形状をしていたりするため、普段の手法だとうまく縫うことが難しかったとのこと。実験を重ねるなかで、素材の特性や形状に適した刺繍のスタイルを掴んできました。
胸像以外にも、山のモチーフを紙粘土で作成し、「3Dスキャン&プリント → メルセット®で加工」という、同様の流れで作品化。「3D刺繍」のアイデアが、次々と形になりはじめました。
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[実験4] レーザーカッターを用いて、「針が通らない素材」も刺繍の土台に
「山」は二宮さんの作品によく登場するモチーフ。デジタルファブリケーションを活用することで、この「山の刺繍」に新しい表現方法をもたらすことができないか?そんなアイデアから、アクリル板とレーザーカッターをチョイスしました。透明のアクリル板にを三角形にカットし、板面にランダムな穴をデザイン。そこに糸を縫いこんでいくことで、透明な板ならではの表も裏もない(どちらにも糸が見える)刺繍作品が完成。「以前から刺繍の”裏側の部分”も好きで、それを作品に取り込むことができた」と二宮さんは言います。
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[実験5] MTRL KYOTOの空間をHACK
この滞在制作で、二宮さんは、もの単体で完結する表現だけではなく、MTRL KYOTOの空間(建物や環境)自体を素材にするチャレンジも行いました。刺繍で「縫う」ためには、糸を表から裏へ、また裏から表へ通す必要があります。それができる場所を探すなかで、MTRL KYOTOの壁面を覆うパンチングメタルボードに着目。壁面の一部を取り外し、刺繍して、再設置。まるでウォールペイントのような作品ができあがりました。糸だけではなく、MTRLにあったロープなども刺繍素材として用いられています。
出会った素材、生まれた作品
今回、「3D刺繍」作品が生まれるにあたって、なかでも特にフィーチャーされた素材は、ユニチカ株式会社の「メルセット®」。
*メルセット®とは
ユニチカ株式会社による、芯部(内側)に高粘度ポリエステル樹脂、鞘部(外側)に低融点の結晶性ポリエステル樹脂を配した、高強力タイプの芯鞘複合マルチフィラメント。熱処理加工を行うことにより、外側の樹脂だけが溶融、固化して、糸の特性・機能を保ったまま、立体的に成型したり強度を向上させたりすることができます。MTRL KYOTOでは「特別なマテリアル」のひとつとして、常設し、サンプルを実際に触って体験する機会を設けています。
https://mtrl.com/materials/melset/
3Dプリンターで出力した元型と、このメルセット®の組み合わせによる、「立体的な織物」は、今回の滞在制作から生まれた新しい表現のかたちとして、今後の展開が期待できそうです。
他にも、MTRL KYOTOに集まる様々な素材から、「金銀糸」や「京くみひも」、岡山県産デニムの端材など、いくつもの繊維素材が制作に使用されました。
今回の滞在制作を通して、“クリエイターと素材、ツールの出会いによる、「刺繍」表現のアップデート”の可能性が具現化しました。できあがった作品自体ももちろん魅力溢れるものですが、それ以上に、”素材やツールを、触って、向き合って、試してみる”ことによる発見やインスピレーションこそが価値になるのではと感じられた5日間でした。
また、“面や空間が「縫われる」ことで、目に見え手に触れられるものとして形作られていく”こと。「刺繍」は、世界と人間、あるいは物質の間をつなぐ「インターフェース」として、普遍的な力を持っていることに気づかされる時間でもありました。
滞在制作インタビュー
最終日の夜に、MTRL KYOTOスタッフが二宮さんへインタビュー。本レジデンスプログラムについて、また制作の拠点としてのMTRL KYOTOの環境についての感想を聞いてみました。
Q. どんな期待、あるいは不安をもってレジデンスに参加しましたか?
A. 参加を決めた当初は、あらかじめ題材を考えてこようと思っていましたが、最終的には、あえて何も用意してきませんでした。「何がつくれるか、残せるかわからない」という不安を感じつつも、それ以上に、「MTRL KYOTOに来たら、予想を超えた何か新しいことができそう!」というワクワク感が大きかった。
A. 快適! 制作作業も、寝るのも、気持ち良く過ごしました。せっかく京都に来ているんだからいろいろなところを見に行って旅先でのインスピレーションを受けられたらとも思っていたけれど、始めてみると、MTRL KYOTO自体がそんな場所だと感じられて、結局期間中ずっとMTRLで制作していました。
A. 制作しながら全体が見える。同時に、MTRLに来た人が自分の制作風景を見ることもできる。いろいろな人が実際に訪れ、それぞれが仕事をしている環境のなかで、「自分の空間なんだけど、完全にひとりにはならない」ことで、心地よい緊張感がありました。ふだんは自宅が制作場所でもあるので、今回のようなオープンな場での制作は新鮮でした。
Q. ものづくりの空間として、MTRL KYOTOはいかがでしたか?
A. 「道具があって / 素材があって / 場所もある」という環境は、理想的! 「普通のものはない」ので、逆に、どうしてやろうかとそそられる、挑戦したくなる。周辺の環境も、繁華街から近いながらも閑静で落ち着いた場所で、居心地良かったです。
Q. 霊的な体験はありませんでしたか? (註 : MTRL KYOTOは築約120年の古い木造建築。お寺に囲まれ、近所には墓地もあります)
A. 気配を感じるかなと思ったけど、大丈夫でした。
Q.今回いちばん面白いと感じた素材は?
A. ユニチカ株式会社の「メルセット®」。「3D刺繍」という、自分の新しい表現に気づくことができました。今後の制作でも使うことができたらよいなと思っています。
クリエイターインレジデンスは今後も続きます
『Kyoto Fabric Creator in Residence Autumn/Winter 2016』は2017年1月まで実施しています。また、その後も異なるテーマでクリエイターインレジデンスのプログラムは継続予定。個人だけでなく、チームでの参加も大歓迎です。
参加希望の方は、 公式ページよりお申し込みください。
▲ 11月後半からは、京都に滞在中の南アフリカ出身デザイナー Liancaさんが制作を開始しました。「新しいサイクルウェア」をテーマにプロトタイピング。どんな作品がうまれるのでしょうか?
(2016.12.5 追記)
今回の制作について、「メルセット®」提供元のユニチカ株式会社 繊維資材営業部の足立さまより、コメントをいただきました。
“このたびは、弊社素材「メルセット®」を使用して作品を作って頂き、誠に有難うございます。レポートを拝見させて頂き、「メルセット®」の新たな可能性を探って頂いたこと、また、すばらしい作品を作って頂いたことを、メーカーとして大変嬉しく思います。
「メルセット®」は弊社としましても戦略素材であり、様々な用途にご提案をさせて頂いたり、逆にお客様から、たくさんのアイデアを頂いておりますが、今回のような形でご使用頂いた事はなく、私どもにとりましても、新たな用途を検討するいい材料になると考えております。有難うございました。
今後とも、すばらしい作品をどんどん製作されることを祈念いたします。
また、このたびこのように弊社素材をご使用頂く機会を作って頂きました、MTRL KYOTO様にもお礼を申し上げたいと思います。有難うございました。今後とも宜しくお願い致します。”
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