Event report
2023.9.27
FabCafe編集部
ロフトワーククリエイティブディレクターの村上航です。昨今、生物多様性の喪失、気候変動などの問題が無視できなくなっていますが、環境保護か経済かという二者択一ではなく、相互にとって良い帰着点を目指すことが求められています。一方で、環境や社会にとってよいビジネスが大事なのはわかっているけれど、対象が大きすぎていまいち実感が持てないという方も多いのではないでしょうか。
私は以前、地域おこし協力隊として、土地ならではの資源を活かした仕事づくりに取り組んでいました。その時に直面したのは、”よいこと”をしようとしてもビジネスとして成り立たなかったり、共感の輪が一定以上広がらないという課題でした。
そこで、株主や顧客だけでなく、はたらく人や地域社会、自然環境にとっても、よい会社であるとはどういうことか?を改めて考えるために、環境問題や社会問題に関わるあらゆる側面において高い基準を持って行動している企業に与えられる国際認証「B Corp」を切り口に、イベント「crQlr Meetup Kyoto B Corpから考える。人と人、自然と人のあいだのちょうどいい関係」を企画しました。
今回、ポイントにしたのは、『B Corp相互依存宣言』にある以下、2の項目です。
- 『すべてのビジネスが人間と風土に関係あるものとして営まれていること』
- 『自分たちが互いに依存関係にあり、それゆえにお互いと未来の世代に対して責任があるということを理解しながら全てを実行すること』
ゲストには、地域社会や自然環境と相互依存しながら事業を営む合同会社シーベジタブル友廣裕一さんと、2022年に日本のスタートアップ企業として初めてB Corpを取得した株式会社ファーメンステーション酒井里奈さんをお迎えし、サーキュラー・デザインを考えるためのグローバル・アワード「crQlr Awards」を手掛けるFabCafe ケルシー・スチュワートも交えたトークの様子をお届けします。
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村上 航
ロフトワーク クリエイティブディレクター / なはれ
大学在学中に「地域おこし協力隊」に着任し、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等に携わる。そのなかで出会った農林漁業やものづくりを生業とする人の知恵や語る言葉が強く印象に残り、見聞きしたことを伝える手段としてのデザインに興味を持つ。その後6年間、デザイン事務所で印刷物やWEBなどビジュアルデザインの経験を積む。日々伝えるためのデザインを制作する中で、目の前にある問題だけでなく、顕在化されていない課題にもアプローチしていきたいと考えるようになり、2022年7月ロフトワークに入社。
大学在学中に「地域おこし協力隊」に着任し、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等に携わる。そのなかで出会った農林漁業やものづくりを生業とする人の知恵や語る言葉が強く印象に残り、見聞きしたことを伝える手段としてのデザインに興味を持つ。その後6年間、デザイン事務所で印刷物やWEBなどビジュアルデザインの経験を積む。日々伝えるためのデザインを制作する中で、目の前にある問題だけでなく、顕在化されていない課題にもアプローチしていきたいと考えるようになり、2022年7月ロフトワークに入社。
執筆:新原 なりか
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酒井 里奈
株式会社ファーメンステーション
代表取締役 -
友廣 裕一
合同会社シーベジタブル
共同代表
最初のプレゼンターは、FabCafe チーフコミュニティオフィサーであり、crQlrコンソーシアムの立ち上げに関わったケルシー・スチュワート。「“よい会社(great company)” をどう定義し、どうやって測るか?」という問いを起点に、B Corpの機能について話してくれました。
「“よい会社” の条件には、社会的責任を果たすこと、従業員のウェルビーイング、コミュニケーションの透明性、顧客を満足させることなど、さまざまなものがあります。B Corpは、これらを実現するためのフレームワークを与えてくれる存在です。同時に、企業の持つ価値を世の中に向けて発信する方法のひとつでもあります。」(ケルシー)
それでは、価値を感情的かつ魅力的に伝えるにはどんな方法があるのか。ケルシーは「crQlr Awards」で受賞したプロジェクトを例に語ってくれました。
「ロンドンを拠点とするecoLogicStudioによる『AIRBUBBLE』は、子どもが飛んだり跳ねたりして遊ぶことでポンプが作動し、周囲の空気を浄化することができる施設です。これは、人間と環境がwin-winの関係を築くことができるという、企業や組織、アーティストのメッセージを効果的に伝えるコミュニケーションのひとつの形だと思います。」(ケルシー)
crQlr Awardsについて
crQlr Awards(サーキュラー・アワード)は、循環型経済の実現に欠かせない「サーキュラー・デザイン」を実践するには、既存の産業における実践的なノウハウだけでなく、国内外の事例に触れて視野を広げ、起業家やアーティストなど幅広い分野のクリエイティビティを活用する総合力が必要という思いのもと、2021年にスタートしたアワードです。
続く合同会社シーベジタブル 共同代表の友廣裕一さんのプレゼンは、「みなさんは今まで何種類くらいの海藻を食べたことがありますか?」という質問からスタート。
「なかなかぱっと出てこないかもしれませんが、実は十数種類は食べているはずです。一方で、日本の沿岸海域に生えている海藻はなんと1500種類。しかもすべて毒がなくて食べられる “宝の山” なんです。日本は海藻の食文化では最先端で、今世界中から注目されています。」(友廣)
そんな宝の山も、実は今磯焼けにより減少が進んでいます。シーベジタブルは、さまざまな海藻から種を取り出し、環境負荷の少ない陸上栽培と海面栽培によって蘇らせています。
「数年前までは海底が見えないくらい海藻が生えていたところでも、今では1時間潜っても1本も海藻を見ないなんてこともあるんですよ。地上の山が一つ丸ごと禿山になったらみんなびっくりしてニュースにもなると思うんですが、海の中は見えないのでなかなかそうはならない。でも実は、海藻は “海のゆりかご” なので、なくなってしまうと魚が減るなど生態系への影響もすごく大きいんです。僕らは漁師さんに海藻の種を供給して、海に浮かべて育ててもらって、育った海藻を買い取るという方法で生態系の回復も目指しています。」(友廣)
従来はワカメや昆布など数種類しか種の供給元がなかったため、それらの海藻に適さない海域では栽培ができませんでしたが、シーベジタブルでは現在までに約30種類の海藻の栽培技術を確立。さまざまな環境に適した種が供給できるので、空いていた海域も有効活用できるのだそう。漁師さんとの協力による海面栽培のほか、水槽を使った陸上栽培も行っています。
「栽培拠点は全国各地にあり、障害を持つ人や高齢者など、さまざまな方が働いています。おいしい海藻をつくるためには、水槽が空いた時にピカピカに磨くことが重要なのですが、僕なんかがやると3日で心が折れてしまうんですね。そんな時にたまたま知的障害を持つ方で、ずっと水を触っていたいという方と出会って。その方に水槽の掃除をお願いしたらすごく上手で、しかも楽しそうで。僕らにとってベストなパートナーになりました。」(友廣)
シーベジタブルでは、海藻を栽培するだけでなく、新しい食べ方の提案も行っています。
「料理人たちがテストキッチンで毎日試作をしています。せっかくおいしい海藻がつくれても、売り先がなかったら漁師さんや働いてくれている人たちに還元することができない。今、海藻の食べ方って、ワカメだったら味噌汁、ひじきだったら煮物、みたいに固定されてしまっていますよね。僕らは、その他の料理に使うのはもちろん、発酵させて醤油やドリンクをつくるなど、新しい食べ方や保存方法を模索しています。海藻の食文化で関わる人や食べる人の生活を豊かにしながら、その結果海も豊かになっていく、という状態を目指しています。」(友廣)
会場ではシーベジタブルの「すじ青のり」を振りかけたポップコーンが配られました。一口食べた瞬間、「青のりってこんなにおいしいものだったの?!」と驚いてしまう豊かな香りと味でした。
シーベジタブルについて
磯焼けにより減少しつつある、日本各地の沿岸地域に生えている海藻から種を取り出し、環境負荷の少ない陸上栽培と海面栽培によって蘇らせ、海藻の新しい食べ方を提案する。
Webサイト:https://seaveges.com/
続いて、株式会社ファーメンステーション 代表の酒井里奈さんのプレゼン。ファーメンステーションは、発酵技術を軸とした「研究開発型バイオものづくりスタートアップ」。食品・飲料工場の製造工程で出る残渣(搾りかす)や流通規格外の農産物などの未利用バイオマスや、耕作放棄地や休耕地を活用してつくったお米を原料に、化粧品の材料に使われるエタノールや発酵原料を生産しています。
岩手県にある工場では、環境負荷を低減するためにさまざまな取り組みを行っています。
「自然エネルギーの利用、水の使用量の削減のほか、ゴミゼロも実現しています。エタノールをつくって残ったかすも化粧品の原料として使い、それでも残ったものは鶏や牛の餌に。その餌を食べて育った鶏はおいしい卵を産んで、それを利用して地元の人がクッキーなどの加工食品をつくったり、家畜から出る糞も良いものが出るので堆肥として活用しています。この循環事業は地元のみなさんと一緒に取り組んでいて、みなさんがいなければ全くもって成り立ちません。地域との協業なんていうレベルじゃなくて、本当にがっちりと組んで一緒にやっています。」(酒井)
酒井さんは、「起業する前から事業性と社会性を両立しないといけないという思いがあった」と言います。
「私はもともと金融業界で働いていたんですが、ゴミの問題をなんとかしたいとずっと思っていて。それで大学に入り直して発酵について学び、起業したんです。金融の仕事で行ったアメリカなどの海外で、社会課題を解決しながら軽やかにビジネスをやっている企業を目の当たりにしたことも大きかったと思います。昨年ヨーロッパに行った時も、商談の一番最初、製品の機能の話よりも先に『あなたの会社はどういうソーシャルインパクトを起こしてるの?』っていう質問がきたんです。みんながこういう視点をもったら世の中全然違うだろうなと思います。」(酒井)
2022年に日本のスタートアップ企業として初めてB Corpを取得したファーメンステーション。
「ファーメンステーションが何を目指しているのかを改めて経営のメンバーとディスカッションをする中で『社会性と事業性の両立を目指していることをもっと打ち出すべきだ』と言われ、それならB Corpが便利そうだということで、認証取得にチャレンジすることになりました。B Corpは、自分たちを律する手段のひとつだと思っています。見張ってもらうことで踏ん張れる。もうひとつ、B Corpを取得してよかったなと思うのは、メンバー同士のコミュニティに入れたこと。本気の勉強会があったり、みんなで政策提言をしたり、力を合わせて世の中を変えていこうとする仲間がいるということに、いつも勇気づけられています。」(酒井)
ファーメンステーションについて
独自の発酵・蒸留技術で未利用資源に新たな価値を見出し、再生・循環させる社会を構築する研究開発型スタートアップ。ファーメンステーションはどのような社会課題に取り組み、仕組みを構築しアクションを行い、成果を出したのかを定量的に可視化する「インパクトレポート」を公開しています。(インパクトレポートはこちら>>)
Webサイト:https://fermenstation.co.jp/
イベント後半は登壇者によるクロストーク。ケルシーの質問からトークがスタートしました。
ケルシー みなさんの会社が、利益だけでなく、自然や社会にとっても良い会社であることを、誰かが心から理解してくれたと感じた瞬間はいつでしょうか?
酒井 今関わってくださっている人たちは、ほとんどみなさん心から理解してくれていると思います。ただ、私たちがやっていることをわかってもらうには、少し想像力がいるんです。例えば、りんごの搾りかすの処理という社会課題を、誰もがいきなりシリアスに捉えられるかというと難しくて、いろいろなことを想像しないとわからないんですよね。その想像を手助けする説明をしたり、現場を見てもらうことで、通じていっているんじゃないかなと思います。
友廣 僕らにとっては、お客さんももちろんですが、働いてくれている人がすごく大事な存在なんです。シーベジタブルの生産拠点はどこも辺鄙な場所にあって、特に障害がある人や高齢者は働き先に困っていました。その中で、シーベジタブルの仕事を通じて彼らがその場所で健やかに働いて暮らせるということが、僕らはすごく大事だと思っています。大変な仕事をしてもらって僕らも感謝しているし、彼らも僕らに感謝してくれている。その感謝しあっている関係性ができているということが、理解してくれているということかもしれません。
ケルシー 事業を行う上で、ステークホルダーをどのように捉えていらっしゃるのか、お聞きしたいです。
酒井 ファーメンステーションにとってステークホルダーは本当にめちゃめちゃ広いです。人だけでなく、循環の端から端まで全部が事業に関わっていて、全員が存在しないと回らない。地球環境自体がステークホルダーと言えるかもしれないです。関わる人も本当に多様で、例えば農家の人と化粧品のメーカーの人だと使っている “言語” も違う。そんな多様な人たちと関わることがファーメンステーションの仕事をしている醍醐味だなと思います。
友廣 僕らも、「海」もステークホルダーなのかもなと思ったりしますね。ビジネスのことだけ考えるなら、陸上栽培だけやっていた方がリスクもないし安全なんです。でも、なんで海面栽培もやるのかというと、僕らが培ってきたものでなにか社会に対して貢献できるなら、しかも誰も傷つかないでみんながポジティブに関わっていけるなら、それはやるでしょう、という感じ。僕はもともと社会課題については、頭ではわかっているけれど、なかなか行動が起こせないタイプだったんです。だから、まだ知らないおいしい海藻を食べてみたい、日常の食卓に出してみたい、そういう積み重ねの先に状況が変わっていくことを目指しています。
ケルシー ステークホルダーをとても広く捉えてますね。そして、友廣さんが「おいしい」を大事にしているように、感情的な反応(emotional response)へのアプローチはとても重要ですね。B Corpにも、認証マークを見た人に「この商品は私の価値観と合っている」という感情的な反応を起こす、コミュニケーションツールとしての側面があります。私たちが行っているcrQlr Awardsでも、感情的な面にアプローチしていくために、プロダクト、テクノロジー、マテリアルなどジャンルを問わず作品を募集しています。感情的な反応が高まることで、顧客はコミュニティの一員であると感じられるようになります。都会で自然にあまり触れない生活を送っている人でも、自分は自然の一部だという感覚はなにかしら持っているものだと思います。そこにビジネスを通してアプローチしていくことが、これからますます重要になっていくでしょう。
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