Project Case

2023.5.24

“個別解”を空間設計する建築家・デザイナーに学ぶ 「新規事業へのアプローチ」

小島組/新規事業創出のための人材育成「プロジェクトダヴィンチ」

見よ、これぞクリエイターの思考術

名古屋・繊維問屋街の再開発で竣工したタワーマンションの一角。通りすがりの人が思わず立ち寄ってしまうような外内がシームレスなカフェ。愛知・一宮市の古い商店街が立ち並ぶ駅前通りに、突如、子供の遊び部屋のような空間や、住宅の軒先を切り取ったようなベンチが…。

奇抜でありながら不思議と街にフィットし、人々の生活に活気を与えるような建築を手がけるのは、名古屋に拠点を置く建築設計事務所「ambientdesigns(アンビエントデザインズ)」です。それぞれのミッションに“個別解”を導くため、空間設計のプロフェッショナルがどのような姿勢で“新しいコト”に向き合っているのか…?新規事業を創出すべく人材育成に取り組む企業が参加し、FabCafe Nagoyaでその思考術を学びました。

この日集まったのは、名古屋に本社を置く株式会社小島組のメンバーです。特殊な港湾土木事業を専門とする小島組では、社会的ニーズの変動に伴い、次の100年に向けた新規事業創出のため「プロジェクトダヴィンチ」と銘打った人材育成に取り組んでいます。

今回は同プロジェクトの一環として、「ambientdesigns(アンビエントデザインズ)」の建築家・石黒 泰司さんとデザイナー・和 祐里さんをゲストスピーカーに迎え「新規事業をどうデザインするか」についてのインスピレーション・トークが開催されました。

「新規事業をデザインする」とは…

お願いするのは全体のストーリー。ネーミングやその他デザイン。カフェの空間設計などになろうかと思います」

インスピレーション・トークは、ambientdesignsが、ある時クライアントからもらった“漠然とした依頼文”の紹介でスタートしました。

写真/ ambientdesigns デザイナー・和 祐里さん(左)、建築家・石黒 泰司さん(右)

  • プロジェクトで完成した「喫茶七番」 写真提供/ ToLoLo studio

  • 再開発で解体されたビルの壁画はカウンターに使用した 写真提供/ ToLoLo studio

ファーストステップ / 外在的リサーチの有効性

石黒さんと和さんへの依頼内容は、名古屋・錦二丁目(長者町)の再開発でタワーマンションが建設されるのに伴い、その一角に設置予定の地域交流拠点の空間設計を任せたいというものでした。拠点にカフェを設けること以外、コンセプトは“真っ白”な状態からスタートしたこのプロジェクト。石黒さんと和さんが真っ先にとった行動は「リサーチ」だったと言います。

(再開発される)長者町を歩いて街をリサーチし始めました。コロナの影響で関係者に直接会えなかったのでSNSでメンバーに友達申請してコミュニケーションをとったり。長者町のことをあまりにも知らなすぎたので、とにかく雑談を重ねました。タワマンのショールームに購入者を装って(笑)見学しに行ったり、カフェを運営する予定のオーナーが経営する別の店舗を訪ねて、オーナーにとって使いやすい厨房や客席の寸法を調べたり。他にも再開発で解体されたビルの壁画を使ってほしいという要望があったので、壁画を作成したアーティストにも連絡をとって、描いた目的をインタビューしました。“コンセプトを描けない状態”って、“リサーチが足りない”ということなんです。街を深く理解するためリサーチに徹した結果、関係者だけでなく、周辺に住む新旧の住民からも再開発に対する期待や要望の声を集めることができました。(和さん)

“個別解”は、結果的に導かれるもの

しかし、徹底したリサーチを続けても、プロジェクトが立ち行かないタイミングが出てくることも。和さんと石黒さんは、関係者が共通のコンセプトを持っていないと気づき、次のステップとして「カフェ開店から5年後」をテーマにワークショップを企画しました。関係者全員で共通の未来の理想図を描いたことで、今やるべきことをバックキャスト(理想図から遡って現在の解決策を見出す)でき、結果的に、それぞれが担当すべき役割がクリアになったことで、プロジェクトが再びスムーズに進行し始めたと言います。

こうした紆余曲折を経て、2022年に「喫茶 七番」はオープンしました。100m四方の碁盤の目状の区画など現在も江戸の町づくりの名残を残す再開発地で、カフェは、かつての“会所”の現代版ともいうべき、人々の交流の場としての役割を担っています。

プロジェクトを“着地”させるために、頼まれてもいないことを思いつくままやりました。“高さ80cmのテーブルを作って欲しい”というオーダーではなく“⚪︎⚪︎したい”というような『欲求』を引き出したかったんです。

カフェが完成するより前に、客と店主の隔たりがない”八百屋スタイル”の店構えの原型をつくって模擬的に営業して利用者のフィードバックを得たりもして、結果、知らないうちにプロトタイピング(試作)をしていたこともありました。リサーチを重ねると次の行動に導かれます。必要な行動を重ねると、それがプロジェクトの理想図に近づく。プロジェクトの“個別解”はそうやって出来上がるんだと思います。(和さん)

では、“個別解”は、必ず良いリサーチにのみ導かれるものなのか。その答えは残念ながらNOだという石黒さんは、次に「アイディアはリサーチに基づいてはいけない」という逆説を繰り広げました。

愛知・一宮市の真清田神社や七夕祭りなどに着想を得てambientdesignsが手がけたストリートファーニチャー 写真提供/ ambientdesigns

逆説 / 内在的アイディアの醸成法

2021年、愛知・一宮市が、JR尾張一宮駅を中心とした半径約1km圏内を、歩行者が過ごしやすいウォーカブルな空間へ変えるべく、路上にストリートファーニチャー(休憩施設)を設置する社会実験を行った時のこと。この社会実験に参画したambientdesignsの最初の提案は十分なリサーチに基づいた完璧なものであったにも関わらず、市や市民から「印象に残るものではない」という厳しいフィードバックを得たと言います。この言葉をきっかけに自問したのが「このプロジェクトで、自分たちがやらなければ止まってしまいことは?」という問いだったと石黒さんは話します。

結局、リサーチをして、条件にフィットする“既存のもの”を100点満点で提案しても誰の印象にも残らない。リサーチできる先例は大事だけど、先例がない方が新しい挑戦や新しい価値を生み出す可能性が生まれます。行政や商店街などが関係するこのプロジェクトで、自分たちがいないと止まってしまうのは『アーキテクチャー(建築)』。自分たちならではの建築アイディアを成立させるために、一宮の由来にもなった真清田神社に着想を得て二段構えの屋根を採用したり、市民の軒先での日常的なコミュニケーションをイメージした空間を設計して再提案しました。(石黒さん)

自律的対話から
新価値は創造される

「一宮の路上建築群」と名付けられたこのプロジェクトは、一宮市民に好評だったことから、当初は3週間限定だった設置期間を1年以上も延長する結果となりました。「路上の可能性を拡大した」と建築界からも高く評価され、常に新しい価値創造に貢献し続ける石黒さんと和さんは、最後に、新規事業創出に臨む際の“姿勢”について、参加者へこんなアドバイスを送りました。

プロジェクトとは対話であり、対話とは自律が条件。自分がやりたいこと、自分しかできないことを持った人たちがいかに集まるかがプロジェクトの対話の始まりだと思います。よく、対話は、コミュニケーションや人の意見を反映することと勘違いされてしまうけれど、そうではないんです。プロジェクトで起爆剤となるのは、それぞれの内在的で自律的なアイディア。その上で、外在的なリサーチを判断基準にしてプロジェクトを進めると、内在的なアイディアは形を変えていって、一見特殊でありながら社会に馴染む普遍的なものになる。単に我を通すのではなく、これだけは譲れないというアイディアと姿勢を持って対話に臨むと、人にも想いが伝わり、プロジェクト内で必要な議論が生まれ、いろんな意見を吸収した先に、まだ見ない新しい価値が生まれるのだと思っています。(石黒さん)

 


  • ambientdesigns

    アンビエントデザインズは場や空間の設計をおこなっている建築計事務所です。

    ambient(アンビエント)は直訳すると『環境』となりますが、
    語源として『取り巻くもの』という意味を持つ言葉です。

    わたしたちは、生活を取り巻く物質と出来事(モノとコト)を観察、設計することで、
    人々が生きるための多様な環境にそれぞれのあたりまえを発見することを目指しています。

    アンビエントデザインズは場や空間の設計をおこなっている建築計事務所です。

    ambient(アンビエント)は直訳すると『環境』となりますが、
    語源として『取り巻くもの』という意味を持つ言葉です。

    わたしたちは、生活を取り巻く物質と出来事(モノとコト)を観察、設計することで、
    人々が生きるための多様な環境にそれぞれのあたりまえを発見することを目指しています。

  • 石黒 泰司 / TAIJI ISHIGURO

    建築家/アンビエントデザインズ代表

    1988年愛知県生まれ。2013-2016年株式会社久米設計。2017年ambientdesigns設立。現在、愛知県立芸術大学、名城大学、大同大学において非常勤講師。主な受賞歴に、一宮市ウォーカブル空間デザインプロジェクト(基本構想)プロポーザル、第30回愛知まちなみ建築賞、ウッドデザイン賞2022、第53回日本サインデザイン賞、第11回建築コンクール、日本空間デザイン賞2021、ソトノバ・アワード2022 大賞など。

    1988年愛知県生まれ。2013-2016年株式会社久米設計。2017年ambientdesigns設立。現在、愛知県立芸術大学、名城大学、大同大学において非常勤講師。主な受賞歴に、一宮市ウォーカブル空間デザインプロジェクト(基本構想)プロポーザル、第30回愛知まちなみ建築賞、ウッドデザイン賞2022、第53回日本サインデザイン賞、第11回建築コンクール、日本空間デザイン賞2021、ソトノバ・アワード2022 大賞など。

  • 和 祐里 / YURI YAMATO

    デザイナー/アンビエントデザインズ

    ビジュアルコミュニケーションデザインを軸に活動を行う。愛知県立芸術大学 美術学部 デザイン/工芸科 デザイン専攻の専任講師として和祐里研究室を主宰。名古屋学芸大学 メディア造形学部 デザイン学科 非常勤講師。

    ビジュアルコミュニケーションデザインを軸に活動を行う。愛知県立芸術大学 美術学部 デザイン/工芸科 デザイン専攻の専任講師として和祐里研究室を主宰。名古屋学芸大学 メディア造形学部 デザイン学科 非常勤講師。


  • 株式会社 小島組

    浚渫をはじめとする港湾土木事業を広く手がけるグローバルカンパニー。2019年に創立100周年を迎えた同社は、次の100年に向けた基礎を築いていくため、港湾土木事業とは別の事業を創出し次の柱としていくことを目指しています。
    そのためには指示命令型の組織運営から、社員による自発的発展型組織へ転換すること、新規事業を立ち上げ、牽引できる次世代のリーダーを輩出することが不可欠です。そこで、小島組とロフトワークは新規事業創出と人材輩出を目指す「プロジェクトダヴィンチ」を実施しています。

    浚渫をはじめとする港湾土木事業を広く手がけるグローバルカンパニー。2019年に創立100周年を迎えた同社は、次の100年に向けた基礎を築いていくため、港湾土木事業とは別の事業を創出し次の柱としていくことを目指しています。
    そのためには指示命令型の組織運営から、社員による自発的発展型組織へ転換すること、新規事業を立ち上げ、牽引できる次世代のリーダーを輩出することが不可欠です。そこで、小島組とロフトワークは新規事業創出と人材輩出を目指す「プロジェクトダヴィンチ」を実施しています。

 

 

小島組の新規事業創出・人材育成プロジェクトは
名古屋共創会議」をきっかけに生まれました。
次回、名古屋共創会議は2023年6月22日開催です。乞うご期待!

https://fabcafe.com/jp/events/Nagoya/230622-ncm-vol10/

Author

  • 東 芽以子 / Meiko Higashi

    FabCafe Nagoya PR

    新潟県出身、北海道育ち。仙台と名古屋のテレビ局でニュース番組の報道記者として働く。司法、行政、経済など幅広い分野で、取材、撮影、編集、リポートを担い、情報を「正しく」「迅速に」伝える技術を磨く。

    「美しい宇宙」という言葉から名付けた愛娘を教育する中で、環境問題に自ら一歩踏み出す必要性を感じ、FabCafeNagoyaにジョイン。「本質的×クリエイティブ」をテーマに、情報をローカライズして正しく言語化することの付加価値を追求していく。

    趣味はキャンプ、メディテーション、ボーダーコリーとの戯れ。



    新潟県出身、北海道育ち。仙台と名古屋のテレビ局でニュース番組の報道記者として働く。司法、行政、経済など幅広い分野で、取材、撮影、編集、リポートを担い、情報を「正しく」「迅速に」伝える技術を磨く。

    「美しい宇宙」という言葉から名付けた愛娘を教育する中で、環境問題に自ら一歩踏み出す必要性を感じ、FabCafeNagoyaにジョイン。「本質的×クリエイティブ」をテーマに、情報をローカライズして正しく言語化することの付加価値を追求していく。

    趣味はキャンプ、メディテーション、ボーダーコリーとの戯れ。



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