Interview
2019.4.24
吉澤 瑠美
デジタル工作機械が身近になった昨今、ジャンルの垣根を飛び越えハイブリッドなものづくりを行う人が増えています。新しいムーブメントはユニークな活動や思いをもつクリエイターを続々と生み出し、そのうねりはまるで波のようにあらゆるものを吸収しながら大きさを増すばかりです。
FabCafe Tokyoでは「今、注目したいクリエイター」をキュレーションするプロジェクト「WAVE MONTHLY SHOWCASE」で毎月一組のクリエイターを迎え、展示やワークショップなどを通じて新たな表現や技術・アイデアを発表しています。
第三回は、アーティストの神楽岡久美さんによる展示「Study of Metamorphose – 美的身体のメタモルフォーゼ –」を開催。過去の文献や研究から人間の美意識を追究し、美を人体にインストールするためのギプスを開発する試みは、現代アートシーンのみならず企業からも注目を集めています。普段はFabCafe Tokyoのスタッフでもある神楽岡さんに、作品の解説と展示で行われた企業コラボレーションについてお話しいただきました。
インタビュー・文=吉澤瑠美
編集=鈴木真理子
コンプレックスから始まった、美意識の追究
基本的に最初はイメージドローイングをしてからものを作っています。FabCafe Tokyoで展示したのは「美的身体のメタモルフォーゼ」というシリーズで、鼻を高くするギプスや猫背を直すためのギプスというものを作って、現代の美意識を具現化するという作品です。
身体を拘束して、外的負荷をかけて身体を変形させる歴史というのは古く、分かりやすいところだとコルセットや纏足、首長族の真鍮リングなどがあります。では現代の美意識をそこに投影するとどうなるかな、というのを具現化したのがこのギプスですね。
「美的身体のメタモルフォーゼ」の出発点は「コンプレックス」にあります。顔や身体のスタイル、私自身がコンプレックスの塊でした。小さい頃は、セーラームーンのようにミニスカートを履き、脚が細く長くて十等身、という自分の体型とまったく違うものに憧れました。百貨店のショーウィンドウを見てもマネキンと自分のスタイルは全然違うじゃないですか。なぜ買う人と真逆のものが飾ってあるんだろうとか、そういったことに違和感や苛立ちを感じ始めたのがはじまりです。ファッション誌やメイク雑誌を開いても「モテメイク」という特集が組まれていて、モテって誰が決めとるんじゃ!って。怒ってますよ!(笑)。モテメイクにすれば正解かというと恋愛はそうもいかないし、「美」って何なんだろう、ともやもやした感情が生まれて、考えているだけでは答えが出ないのでリサーチを始めて、作品をつくり始めました。
神楽岡久美は、なぜギプスにこだわるのか
人類が身体を変形させてきた歴史を紐解くと、人間が美意識によって身体に起こすアクションには2種類あります。ひとつはギプスや纏足、コルセットのように骨格自体を変えてしまう「拘束」。もうひとつはファッションやメイク、美容整形のような「装飾」です。ファッションや装飾はすごく移り変わりが早い。でも拘束は時間をかけて少しずつ骨格を変えていくので時間がかかる分、ムーブメントとしての息も長いんですよね。結婚指輪をはめている薬指の付け根が窪んだり、女性の靴を見ても先がすぼまっていて外反母趾になったり。廃れることなくずっとありますよね。
骨格を変えるのはわりと命がけなことだし、時間がかかり面倒なはずなのに、あえてそれを選ぶ人間って面白いですよね。人間の機微みたいなものへの興味もあって、そこにフォーカスを当てました。
美の基準は移り変わるので、「これが美だ」というのは私も正直分からないです。今は流行の回転がすごく早いですが、ずっとサイクルしているだけでたぶん変わってはいないんですよ。ただ、下着メーカーのワコールの方と話したときは「もしかすると無意識のうちに目指しているものがあるのかもしれない」という話も出ました。20年ぐらい前に骨格の研究をされていた方が未来予想として発表した人類の顔の骨格を見ると、頭の方につれて大きく、顎が小さいんです。骨格の研究者たちは「柔らかいものを食べるから顎があまり発達しなくなって顎が細る」という食文化と環境からの推測から発表されていたんですが、まさに今の写真アプリの加工機能と一緒ですよね。意図せず、今の女の子たちが「かわいい」と感じているものと合致している。そういうところが面白いと思います。
原始人の行動から予測する、1000年後の美意識とは?
たとえば今から1200年前の平安時代、記録によれば当時の美意識は「うりざね顔」のような、今の私たちとまったく真逆の美があった。であれば今度は逆に1000年後を考えてみよう、というのが今回の作品の趣旨です。1000年後の美意識がどんなものか、仮説を立てるために条件をひとつずつ考えていきました。重力がない宇宙と重力がある地球とでは価値観も変わってくると思うので、その地球上の環境はどうなっているかリサーチすると、地球温暖化は免れられないということも分かってきます。そうなると乾燥地帯も増えてくる、そこで美しいとされるものは何かなと考えていくんです。環境によって食事も変わりますし。
もう一つ、その時代には美がどういった位置付けにあるか、美という価値は何に重きをおいているか、何が美しいとされているか、という仮説がとても重要です。芸術の発祥は洞窟の壁画だという話がありますが、もっと古い美の生まれた起源を調べていくと、ホモ・エレクトスという種族にたどり着きます。
彼らはハンドアックスという石でできた道具をただの石の状態で使っていたものから徐々に左右対称の安定した美しい涙形にしはじめたと考えられていますが、なぜ彼らはそんなものを作ったのかというと、オスがメスにそうした高度な技術を見せることで、自分の種族を残していこうとしたんじゃないかという見解があります。生き抜く力が美の価値に繋がってくるとしたら、環境が厳しく、乾燥地帯で温暖化した1000年後にはアフリカの種族と同じように生命体としての強さが美的価値として生まれるだろうという仮説を立てたんです。
強い者はずっとその地で過ごしていくだろうし、弱いものがより新しく美しいものを生み出していく可能性はあるなとか、逆に弱いままだと死んでしまうから、生きようという力のほうが美を生み出す力に近いかもしれないなと思っています。
FabCafeを通じて企業コラボが実現、作品もバージョンアップ
今回、1000年後の美を追求するスタディシリーズを展示しましたが、手の部分のプロットはFabCafeで知り合った企業の方々とコラボレーションで制作させていただきました。まずは自分が紙とレーザーカッターでつくったプロットを企業に見ていただいて、「未来のボディフォルムを作るギプス」というコンセプトをお伝えしました。そして紙のプロットをもとに、各企業の技術を使うとどんなものが生まれるかというのを作ってもらいました。自分ではできない技術なので、サポートしていただくことでデザイン的や機能性がブラッシュアップできればという点で期待していました。
株式会社クリエイティブボックスの西川 満生さんは3Dデザイン。プロットを見てもらって、イメージを伝えた上で3Dデザインをしてもらって、Formlabs株式会社の新井原 慶一郎さんがそれを3Dで出力してくれました。そして株式会社ラヤマパックの羅山 能弘さんがバキュームフォームで真空成形をしてくれたものをプロットとして展示しました。技術協力があったおかげで、「こうしたほうがいい」と提案を頂いたり相談をしたりしながらプロットを一段階上にブラッシュアップできたと思っています。技術提供があったからこそ省けた部品もありました。面白い素材を持つ企業が集まる「MTRL Meetup」を見ていてもそうですが、FabCafeを通してさまざまな技術や企業を知れるのは刺激になりますね。
「美」をテーマにしてる企業は意外と多くて、FabCafeでの展示をきっかけに大手化粧品メーカーの方とも新しいプロジェクトのお話をさせていただいているところです。以前京都で展示をさせていただいたワコールさんも然り、「美」というのは誰もが関わりをもつテーマとして注目されているんだなと感じます。
「刺激を受け、作品で還元する」FabCafeスタッフとアーティストの兼業生活
FabCafeのスタッフは、自分でも絵を描いたり物を作ったりするのが好きな人が多い印象です。Fabスタッフの駒野さんは木工作家としても活躍していますよね。私もこうしてアーティスト活動をしているので、ものづくりに近いところで働きたいと思い、1年ほどスタッフとして在籍しています。
個人的には、今度は大きな作品を作ってみたいです。いつも3Dでものを作っているので、平面でも図面やイメージドローイングを大きいキャンバスに広げてみたいですね。また今回は手の部分のプロットを展示しましたが、今は足のプロットを作っているところです。顔と、ボディと、肩から肘までと、という感じでフルボディのセットを今年か来年頭までにすべて作りたいと思っています。
FabCafeは今後も新たな波を余すことなく紹介します。そして、ユニークな波が出会いぶつかる場として、さらに大きなうねりを生み出していきます。次回の「WAVE MONTHLY SHOWCASE」もどうぞお楽しみに。
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吉澤 瑠美
1984年生まれ、千葉県出身。千葉大学文学部卒業。約10年間Webマーケティングに携わった後、人の話を聞くことと文字を書くことへの偏愛が高じてライターになる。職人、工場、アーティストなどものづくりに携わる人へのインタビューを多く手掛けている。末っ子長女、あだ名は「おちけん」。川が好き。
1984年生まれ、千葉県出身。千葉大学文学部卒業。約10年間Webマーケティングに携わった後、人の話を聞くことと文字を書くことへの偏愛が高じてライターになる。職人、工場、アーティストなどものづくりに携わる人へのインタビューを多く手掛けている。末っ子長女、あだ名は「おちけん」。川が好き。