Interview

2020.9.17

さまざまな「不平等への違和感」をリソグラフで表現-“Don’t Pay for Me”が問いかけるもの

FabCafe編集部

FabCafe Tokyo では、2020年8月22日〜9月12日まで、ジェンダーバイアスをはじめとした、「日常で感じる不平等」をテーマにしたリソグラフ作品展Don’t Pay for Me” を開催しました。
現在山梨県富士吉田市に位置するSARUYA HOSTELに巡回中のこの展示は、10月23日から10日間、FabCafe Kyotoに巡回されます。

リソグラフを手掛ける理想科学工業の協力のもと、国籍や年齢、性別もさまざまなアーティストたちとともに、不平等への違和感についての多様なメッセージを発信する本企画。目指したのは、誰もがアートを介して対話できる機会をつくることでした。

本インタビューでは、展示の企画を担当したFabCafe Tokyo ディレクター園部とプロデューサー野村が、コンセプトに込められたメッセージやリソグラフの魅力を語ります。

企画・執筆:岩崎 諒子(loftwork.com
写真:加藤 甫

2020年10月20日〜10月31日まで京都で巡回展を開催予定!
>>【京都開催】リソグラフ展示 ”Don’t Pay for Me”

園部 莉菜子(写真左) / FabCafe Tokyoディレクター。幼少期をニューヨーク州で過ごした経験を持つ。ウェルズリー大学とマサチューセッツ工科大学に在籍し、それぞれの大学で版画と建築を学んでいる。リソグラフは2019年夏、ニューヨークのRobert Blackburn Printing Workshopで働いていたときに習得。現在、休学して日本に一時帰国しており、2020年2月から現職。

野村 善文(右)/ FabCafe Tokyoプロデューサー。園部のメンターを担当。ペンシルベニア州ハバフォード大学在籍中にジェンダー学・クィア文化論に触れ、演劇学科を卒業後、舞台芸術家、インスタレーションアーティストとして活動する。日本に帰国後、ロフトワークに入社。

――まず、今回のコンセプトが決まった背景を教えてください。

園部:元々、FabCafeの中でリソグラフで展示企画をやってみようという話をしていて。今年の5月末頃、Black Lives Matter やコロナ禍がすでに問題となってる中で、社会的な問題に対して踏み込んだテーマにできないかと考えていました。

FabCafeのメンバーでブレストをして「男女の問題についてはどうだろう」という流れなり、今回のコンセプトの元になった体験のエピソードを話したんです。それが、FabCafeの男性メンバーからも「わかりやすいね」と言ってもらえたことが始まりでした。

知人と、またはパートナーとご飯を食べに行ったことを想像して下さい。

数日前の出来事の話で盛り上がり、相手の昨晩のゴキブリ退治の話を聞き、たくさん笑い、美味しいものでお腹いっぱいになり、さてお会計へ。

あなたは財布を探そうとポケットに、それと同時に相手もカバンに手を伸ばした。

あれ、どっちが払うの?

                                                                                                        ーDon’t Pay for Me ステートメントより

でも、フェミニズムだけに絞るのではなく、LGBTQや人種差別の問題にも通じるテーマにしたいと思ったんです。

コンセプトを決めるまでに、いろんな人たちと意見を交換しました。その中で、「そもそも、性別や人種、障害、貧富の差などを理由に、与えられる機会や環境に差が出てしまう状況がある。その中で、お互いに他者に対する想像力や思いやりが欠けてしまうことが、分断を深めているのではないか」という話を聞きました。

差別や分断を生んでいる状況には普遍的な共通点があるんじゃないかと思い、より広がりのあるテーマとして「日常の不平等」を描いてもらうことに決めたんです。

――ジェンダー以外のところでも、不平等を感じている人たちの視点や表現も含めたかった?

園部:そうですね。Don’t Pay for Meのエピソードはきっかけに過ぎません。「払う(Pay)」という行為にフォーカスしてもいいし、「誰が」という点でもいい。作家さんが解釈できるマージンを残しておきたくて。結果として、表現に幅が出たんじゃないかと思います。

――コンセプトに余白を持たせた結果、多様な立場からの「日常の不平等」にまつわるメッセージが浮き上がってきたんですね。

−−園部さん自身、幼少期をアメリカと日本の両方で過ごした経験があり、今もアメリカの大学で学んでいますよね。日本で過ごしていて違和感を感じることはありますか?

園部:日本では、個人の意見や感情、スタンスを表に出さない人や場面が多いと感じます。「本音と建前」とは言いますが、普段の会話の中でも空気を読んだり、相手の様子を察したりすることを求められますよね。

−−アメリカだと、はっきりと物を言うのが普通?

園部:はっきり言うのもそうですが、自分が考えていることや自分のスタンスを示している人が多い印象です。例えば、自分はアライ(ally:LGBTを支援するストレートという意味)だということを、Tシャツやピンバッジで示す人たちがたくさんいます。

自分が受けてきた教育もそうですが、日本で最近見るジェンダー論や人種差別においての本や論文は欧米のアカデミアに拠るものが中心です。なので、日本社会特有のジェンダーの問題点について、まだ話し合われていないところが多く、私も整理できていないところが多いです。でも、今回の展示に参加する作家の皆さんには、普段は口にできない「ふとした日常に感じるモヤモヤ」を作品に込めることでこの話し合われていないところをアウトプットしてもらいたいと考えました。

野村:ジェンダーや差別に対する意識は、育った世代や環境が違うとコンテクストが大きく違ってきます。そういうものに正面から向き合いながら、全然違う場所に向かって話しつづけると、疲弊してしまいますよね。

だからこそ、今回のように作品を介してさまざまな立場からの「差別への違和感」に触れてもらうのは、いいアプローチだなと思います。企画者である、園部さんの優しさを感じますね。

――表現手法としてのリソグラフの魅力について教えてください。

園部:リソグラフの印刷工程はシルクスクリーンとほとんど同じものです。欧米では版画の意として使われる“Printmaking”にリソグラフもシルクスクリーンも含まれます。孔版印刷ならではの作品や制作プロセスも試せるし、「印刷」や「複製」について考えることが多いんです。

でも、日本ではリソグラフは「版画」ではなく「商用印刷」扱いになってしまいます。だから生まれる印刷物を作品として扱いづらく、美術教育の現場にもほとんど置いていません。私自身、ニューヨークの版画のスタジオで働いていた頃に初めてこの存在を知りました。

最初にFabCafeとしてリソグラフの企画をやると決めた時は、コロナ禍においても自分の目で見なければわからないタンジブルなものを作って展示したいという意図がありました。でも、個人的な思いはもっとシンプルで、日本でリソグラフの魅力をもっと広めたいです。

――海外のクリエイターの間では、リソグラフが表現ツールとして確立されているんですね。

園部:そうですね。海外の印刷スタジオで使われているリソグラフは、ほとんどが中古市場で出回っているマシンをクリエイターがハックしたものです。

本来は、教育機関や役所などで使われている、最も安い単色刷りの印刷手段でした。それが今や、世界中で珍しい色のインクが高値で取引されていて、こうして1枚5,000円の作品も生まれている。その状況がおもしろいですよね。

――実際に制作しているところを見ていると、リソグラフ作品の制作プロセスは複製なのにすごく手間がかかっていますよね。アート作品としては、写真に近い印象です。

園部:リソグラフは、良くも悪くも人が印刷したことがわかるんですよ。分版(ぶんぱん)といって、1色ずつ版を分けて色を刷るんですけれど。版を重ねれば重なるほどズレが出てきてしまう。だから、毎回製版するときに手で印刷位置をちょっとずつ調整する必要があるんです。

――複製しているのに唯一性があるんですね。

園部:石版画など、機械に頼らない他の版画手法の方が、かえってきれいに印刷できますよ。リソグラフは機械やインクの都合など、人間のコントロールが完全には及ばない部分があるんですよね。なので、こちらのできることはやった上で、「あとは任せたぞ!」という感じです。

制作していると、できるだけぴったり合わせたいという作家さんもいますが、版ズレがいいという人も多いです。中には、ミリ単位のズレを「あり」だとする作品もあります。ぴったり合わせたら「あと1.5mmほどズラせますか?」と言われたり。作品を見るときに、どれだけズレているのかを確認するとおもしろいですよ。

――今回の企画では、国内外から40名もの作家とコラボレーションしました。彼らとの制作を通じて、なにを感じましたか?

園部:作品にはそれぞれメッセージが込められていますが、海外の作家さんはより明確にスタンスを示しているなと感じます。日本の作家さんは、作品の中にメッセージが隠れている感じで、表現の仕方に文化の違いを感じました。

野村:園部さんのコンセプト「Don’t Pay for Me / Why Not Pay?」は、スタンスを明確に示しているなと感じますね。「今からこの話しますよ」という感じ。

園部:でも、私自身がどういうスタンスでこの企画に向き合っているのかは、明確に打ち出せていなかったんじゃないかなと感じています。

版画家、アーティストとして活動しながら、同時に建築の視点からアーティストを受け容れる立場でもある。印刷している時はアーティストとして、展示の設営や情報発信のことを考えている時はディレクターとしての脳を使っています。両者を行き来していると、だんだん混乱してきてしまいますね。自分がまだ学生だからでしょうか。

でも、Don’t Pay for Meというテーマは、個展のような形では絶対に広がらない。いろんな人がいろんな視点を持っているということを伝えたいので。

――キュレーター自身がプリンター(版画家)っていうのは、確かに不思議ですよね。

園部:そもそも、版画自体が工房やスタジオに行って、マスタープリンターと話しながら作るものなんです。今回は、FabCafeでオープンなワークショップ(工房)という形で制作してましたが、その間もお客さんが「何をやっているんですか」と声をかけてくれて。自分にとっては、アートは部屋にこもって作るものではないということを、改めて実感できる機会になりましたね。

――オープンな場所でリソグラフ作品を制作するのは、作家さんたちにとっても刺激的な機会だったのではないでしょうか。この展示をきっかけに、いろいろな場所で対話が生まれていくといいですね。今日はありがとうございました。

――展示する37点のリソグラフ作品は、全て50部のエディションを制作し、FabCafe Tokyoと富士吉田にあるSARUYA HOSTELで展示販売するんですよね?

園部:はい。この企画は「対話を生みだすこと」が目的ですが、そのためには家に持って帰ってもらうことが大切なんです。日常の中の不平等を扱った作品だからこそ、日常の一部になって欲しい。これらの作品がプライベートの空間に存在すると、建築的にもすごくおもしろいんです。

作品を販売するのは、私たちにとって大きなチャレンジです。欧米だと、一定の年齢を超えると絵を買うことが一般的ですが、日本ではそのような習慣のある人が少ないので。

野村:FabCafeにふらっとコーヒーを飲みにきた人が作品を購入してくれて、その後パートナーとデートをしたときに「これ何?」「実は、こういうメッセージがあってね…」みたいな会話が自然に生まれたら、すごくいいですよね。

――カフェの展示からはじまったコミュニケーションが、家の中などのパーソナルスペースでも続いていくというのは、リソグラフ作品だからできることかもしれませんね。

園部:もし、作品を持ち帰った人が、その後どういう会話をしたのかをフォローできたら、すごくおもしろいと思います。お客さんに、Don’t Pay for Meの意図がどれだけ伝わっているのか、未知数ではありますが。

アメリカでは友達の部屋に遊びに行くと、だいたい壁一面にポスターやポストカードが貼られているんです。この人はこういう映画が好きなんだとか、あそこに行ったことがあるんだとか、相手の趣味を垣間見られる。今回のリソグラフ作品もそのようなイメージで、持ち主のことを表すものの一部になってくれたら嬉しいですね。

リソグラフ展示 Don’t Pay for Me

スクリーンを介してものを見ることが多くなってきた今、実際に自分の目で見て、触ることに価値があるリソグラフの展示を、FabCafe Tokyoで開催。性差や立場のちがいによる社会的な固定観念、ジェンダーバイアスに焦点を当てた40名のアーティストによるリソグラフ作品が、一同に会します。

会期2020年8月22日〜9月27日

会場
8.22-9.12: FabCafe Tokyo(渋谷)
9.12-9.27: SARUYA HOSTEL(富士吉田)

入場料:無料

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