Event report

2020.12.7

生物学者と僧侶に聞く「やさしさ」、500円玉で実践する「やさしさ」ーー「やさしさラボ」#2 レポート

「やさしさラボ」とは、パナソニック東京とFabCafe Tokyoが企画・運営を行うオンラインスタディプログラムです。フィールドリサーチやゲストトークなど、全4回のセッションを通じて「社会におけるやさしさとは何か、そして可能か」という命題に向き合います。

プログラム参加者は、一般公募から抽選により17名が決定。本記事では、第2回目のセッションの様子をライター吉澤さんの執筆によりお届けします。(FabCafe Tokyo 編集部)

第1回目のセッション(2020年11月3日開催)のレポートはこちら

フィールドリサーチやゲストトークなど、全4回のセッションを通じて「社会におけるやさしさとは何か、そして可能か」という命題に向き合うオンラインスタディプログラム、「やさしさラボ」。前回に続き「やさしさとは何か」を深堀りする第2回では、二人のゲストをお迎えし、日常と違った角度からやさしさについて考えてみました。また、ワークではやさしさの実践にチャレンジ。その難しさと多様なアイデアに触れました。

伊勢武史さん

一人目のゲストは生態学者の伊勢武史さんです。進化生物学によれば、生物は血縁関係もしくは仲間、友情関係に対して「やさしさ」を示すとされています。たとえば、プレーリードッグは天敵であるタカを見つけると、逃げるより先に甲高い警戒音を発します。これは同じコロニー(集団巣)に暮らす親族に危機を知らせ、共通したDNAを少しでも多く残すための行動だといわれています。

多様性を受け入れることもまた生物が遺伝子を残し生き長らえるには大切な要素です。兄弟姉妹で性格が真反対というエピソードをよく聞きますが、これも多様性を持つことで絶滅を回避し繁栄するための潜在的な工夫です。有性生殖するのも多様性のため、恋で悩むのも多様性のため。人間は違い、ずれを本質的に抱えていく生物なのかもしれません。

伊勢さんは生物学者として研究を重ねる傍ら、「地球にやさしい」市民プロジェクトも手掛けています。その一つが「外来種いけばな」プロジェクト。人間によって持ち込まれた外来種を生け花にするというプロジェクトです。元来の環境を守るためには外来種を駆除しなければなりませんが、外来種も命ある美しい植物。摘み取った外来種を愛でていると、どうすることが正しい「やさしさ」なのか、だんだん分からなくなってきます。

また、現在は人工知能で海ごみを調べるプロジェクトにも取り組んでいます。地元の浜に落ちているマイクロプラスチックを調査するため、額縁のような枠を市民に配布、枠を使って浜辺の砂を撮影しSNSでシェアすると人工知能が自動的にSNS上から画像を認識し、マイクロプラスチックを識別するというシステムです。

伊勢さんが心がけているのは、罪悪感や恐怖心で人を動かさないこと。「地球が泣いている」「動物が絶滅する」といった言葉で煽動するのではなく、無理せず楽しみながら行動を起こすことが大切だということでした。やさしさは強要するものではなく、各々が思いを馳せることで内面から生まれ出るものなのかもしれません。

近江正典さん

二人目のゲストは、雑司が谷の鬼子母神堂で知られる法明寺の住職、近江正典さん。長く日本の暮らしに根付く宗教の一つ、仏教の観点からお話しいただきました。

仏教では、絶えず揺れ動く自分自身の心をつぶさに観察し、仏陀(ブッダ:悟り、真理を知る者)になることを目指して修行を重ねます。仏教の根本にあるのは「ゆるし」という考えです。仏教の祖である釈迦は、すべての生物を仏陀にするという誓いを立てています。虫や植物、盗人も殺人者も、いかなる悪事を働いた者もゆるされ、彼らが仏陀になるまで根気強く釈迦が付き合い導くとされています。「ゆるし」は仏教における最大のやさしさではないだろうか、と近江さんは語ります。

やさしさの実践として、仏教には「布施(ふせ)」という修行があります。布施とは、相手を思いやること。自分のことよりも相手のことを優先する(利他)精神です。金品を渡すことだけが布施ではありません。資財や知識を持つ持たざるにかかわらず心の作用ひとつでできる「無財の七施」は、布施の中でももっとも尊い施しであるとされています。

無財の七施

前回から議題に上っている「やさしさのずれ」について、近江さんは「相手を理解せず、こちらが一方的に発信するからトンチンカンになるのでは」と指摘。相手がどうなることがもっとも良い道なのかを考えることが利他であり、やさしさの始まりなのではないかと話しました。

続いて近江さんは、先のプレーリードッグのエピソードに触れ、酒呑童子(しゅてんどうじ)の物語を紹介。酒呑童子は森で悟りの句を呟く鬼に出会い、「下の句まで聞かせてほしい」と頼みます。腹が減って教えられないと言う鬼に対し、童子は「(下の句を)聞いたら己の身を食わせてやる」と約束します。ついに悟りの句を聞くことができた童子は、その句を岩に刻んで命を鬼に捧げた、という逸話です。酒呑童子が悟りの句を岩に彫り込んだことで、後世の人々は鬼に食われなくても悟りの言葉を知ることができた。その姿勢は、逃げる間を惜しんで警戒音を発するプレーリードッグにも共通するものを感じます。

ゲストのお話を受けて、参加者からも質問が多く飛び交いました。「仏陀を目指さずにありのままで居続けてはいけないのでしょうか?」という問いに対して、近江さんは改めて仏教の目指すものを解説。「人間である以上、死を乗り越えることはできない。死と向き合い、苦悩を抱えながら生きることになる」とし、人間の振る舞いを司る「心」の安定した状態(心の救済)を実感することに本質があると答えました。

人間の行動や振る舞いが心によって決まることは進化心理学でも言及されています。良くないことと分かっていても、食欲が勝って夜中にお菓子を食べてしまった経験はないでしょうか?生物の進化に重ね合わせると、生存や繁殖にプラスになること、そして自分が心地良いと思うこと、この2つに合致した行動が継承され残ると言われています。

自分の心に素直であること、己を責めないことという考えは、仏教で言うところの「ゆるし」にも通じます。生物学と仏教、言葉は違えど人の生き様を観察する二つの分野は、言葉や手法が異なるだけで考え方には通じ合うものがあるのだと知ることができました。

他にも参加者から大小さまざまな質問が投げかけられ、トークセッションは時間いっぱいまで盛り上がりました。前回の「やさしさとは」という問いから一階層上がって、人間の心と行動について先人の知恵や科学的見地から「ものさし」を得られたことは大きな収穫になったのではないでしょうか。

ゲストトークで濃密なインプットを受け、午後はアウトプットとしてやさしさを実践するフィールドワークに出てみました。参加者には500円硬貨1枚を配布。自分ではない「向こう側」の人に思いを馳せ、500円玉を有形無形問わず別の形(エネルギー)に変換してギフトを届ける、というワークです。

突然の雨や雪に降られるたび傘を買うことに辟易していたあきらさんが考えたのは、「循環する傘」を用意すること。喫茶店やレストランに置いていかれる新聞を、忘れ物やごみではなく「循環品」と捉えてヒントを得たそうです。ポイントは「循環」。100円ショップのビニール傘に「お持ちください」とラベルを貼って店先などに置くことで、悪天候に困った人が気兼ねなくそのやさしさを受け取り、また次の人へやさしさを循環させることができます。

「ギフトの主を名乗るべきか」で悩んだと語ったのはちーちゃん。ちーちゃんは近所の保育園に実名でのど飴やレターセットを贈ったのに対し、他のグループメンバーは名乗らず匿名で公園にスコップや石鹸などを設置したということでした。誰からのものか分からないと単なる備品だと思ってやさしさに気づいてもらえないのではないか、というのがちーちゃんの考え。分かったほうが感動が湧き、やさしさの連鎖を引き起こしやすいのではないか、とも語りました。

ちーちゃんから保育園の先生方へ贈った手紙とギフト

まめこさんは視点を変えて、橋の溝に溜まっていた落ち葉やごみを500円玉で掘ってきたとレポート。役に立つのか分からないまま始めたまめこさんでしたが、後で調べたところ橋の老朽化を防げる地域にやさしいアクションだと知ることができました。同じグループのみきてぃはファストフード店でハッピーセットを購入。購入金額のうち10円が福祉財団に寄付されるそうです。

橋の溝に500円玉の厚さはぴったりフィット!

おいしくて寄付もできる、けれどみきてぃはどこか後ろめたさを感じてしまったという

おいしいものが食べられて、福祉活動にも寄与できる、なんて良いアイデアなんだ!とまめこさんは感心したものの、みきてぃは「これで良かったんだろうか」と不安そう。「正しさ」「もっともらしさ」を求めてしまうことがやさしさのブレーキになっていることに気づき、同時に「やってみないと始まらない」とはじめの一歩を踏み出す大切さにも気づいたようでした。

500円硬貨1枚でも、さまざまなやさしさを形にできると知った今回のワーク。同時に、やさしさを実践するにあたっての障壁や苦悩にも触れた、学びの多いワークとなりました。次回のやさしさラボは11月29日、やさしさを実践する1か月間のワークを企画します。お楽しみに。

Author

  • 吉澤 瑠美

    1984年生まれ、千葉県出身。千葉大学文学部卒業。約10年間Webマーケティングに携わった後、人の話を聞くことと文字を書くことへの偏愛が高じてライターになる。職人、工場、アーティストなどものづくりに携わる人へのインタビューを多く手掛けている。末っ子長女、あだ名は「おちけん」。川が好き。

    1984年生まれ、千葉県出身。千葉大学文学部卒業。約10年間Webマーケティングに携わった後、人の話を聞くことと文字を書くことへの偏愛が高じてライターになる。職人、工場、アーティストなどものづくりに携わる人へのインタビューを多く手掛けている。末っ子長女、あだ名は「おちけん」。川が好き。

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