Event report
2025.6.8
宮崎 真衣
株式会社ロフトワーク 広報
2025年4月18日、大阪・天満にオープンしたFabCafe Osakaで開催されたオープニングイベントのトークセッション「都市の余白、地域の輪郭 ─ “アンフォルム”がもたらす新たな都市体験」。本セッションでは、株式会社LIFULL LIFULL HOME’S総研 所長の島原万丈さん、京都府立大学大学院 准教授の松田法子さん、そしてモデレーターを務めるFabCafe Osaka事業責任者の小島和人が登壇し、“かたちにできない都市の価値”をめぐって語り合いました。
FabCafe Osakaが掲げるコンセプト「アンフォルム(L’Informe)」は、「かたちのないもの=非定型の感性や情緒」を、創造の源泉として捉え直す試みです。香りや音、光や関係性のように、定量化しにくい要素を入り口に、都市や社会の在り方を再考していくこのカフェの姿勢を象徴するように、本セッションでは「センシュアス(官能的)な都市」や「感応的都市体験」という概念が提示されました。
このレポートでは、二人のゲストのプレゼンテーションとクロストークを通じて見えてきた、これからの都市像への視点を紹介します。
島原さんは、LIFULL HOME’S総研が2015年に発表した「センシュアス・シティ(官能都市)」というレポートをもとに、都市の魅力を定量的に捉える試みを紹介しました。この調査では、五感や身体感覚、あるいは人との関係性に基づく動詞で都市を評価するユニークな手法が取られています。
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島原 万丈
LIFULL HOME’S総研
1989年株式会社リクルート入社、2005年よりリクルート住宅総研。2013年3月リクルートを退社、同年7月、株式会社LIFULL(旧株式会社ネクスト)に設置された社内シンクタンクLIFULL HOME’S総研所長に就任し、独自の調査研究レポートを元に「住」領域の情報発信および提言活動に従事。一般社団法人リノベーション協議会設立発起人・エグゼクティブアドバイザー、東京大学非常勤講師、内閣府地方創生推進アドバイザーほか、国土交通省、地方自治体、業界団体のアドバイザー・委員を歴任。主な著書に『本当に住んで幸せな街 全国官能都市ランキング』(光文社新書)がある。
1989年株式会社リクルート入社、2005年よりリクルート住宅総研。2013年3月リクルートを退社、同年7月、株式会社LIFULL(旧株式会社ネクスト)に設置された社内シンクタンクLIFULL HOME’S総研所長に就任し、独自の調査研究レポートを元に「住」領域の情報発信および提言活動に従事。一般社団法人リノベーション協議会設立発起人・エグゼクティブアドバイザー、東京大学非常勤講師、内閣府地方創生推進アドバイザーほか、国土交通省、地方自治体、業界団体のアドバイザー・委員を歴任。主な著書に『本当に住んで幸せな街 全国官能都市ランキング』(光文社新書)がある。
たとえば「街を感じる」「ロマンスがある」「歩ける」といった行為を通じて、「この街、なんかいいよね」と感じる実感を可視化しようとするものです。
調査の結果、全国134都市中でFabCafeOsakaが位置する大阪市北区は総合2位を記録。とりわけ「ロマンス」「機会の多さ」では全国1位となりました。一方で、「自然」や「歩きやすさ」といった身体性の面には課題が見られるという分析も紹介されました。
「センシュアス・シティ(Sensuous City)」

都市の魅力や居住者の幸福感を、五感に訴える要素や日常の豊かさから評価する概念です。LIFULL HOME’S総研が提唱。都市の「感性価値」を定量化する試みがなされました。この概念は、従来の都市評価指標(利便性、経済性、安全性など)に加え「感性的な価値」を重視。
このような<官能>に基づく評価指標は、再開発によって均質化していく都市への一つのアンチテーゼでもあり、島原さんは「都市にはもっと官能が必要だ」と語ります。かつての横丁のような混沌や雑多さ、そして<形にならない魅力>こそが、都市体験の本質ではないかという問いかけが投げかけられました。
続いて登壇した松田さんは、建築史・都市史の視点から、「都市と大地」「水と人との関係」をテーマにした研究と実践を紹介。とりわけ、人が<感応する>都市体験の可能性について語りました。

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松田 法子
京都府立大学大学院 准教授
1978年生まれ。建築史・都市史。住まい・集落・まち・都市における、人と大地の関係に関心をもつ。近年は「領域史」や「都市と大地」、水際における人の営みを多面的に探る「汀の人文史」というテーマに基づくフィールドワークや、ヒトによる生存環境構築の長期的歴史とそのモードを探る「生環境構築史」に取り組む。単著に『絵はがきの別府』、共編著に『危機と都市』、『熱海温泉誌』、『東京水辺散歩』、共著に『変容する都市のゆくえ──複眼の都市論』、『渋谷の秘密』、『世界建築史15講』、『戦後空間史──都市・建築・人間』など。
1978年生まれ。建築史・都市史。住まい・集落・まち・都市における、人と大地の関係に関心をもつ。近年は「領域史」や「都市と大地」、水際における人の営みを多面的に探る「汀の人文史」というテーマに基づくフィールドワークや、ヒトによる生存環境構築の長期的歴史とそのモードを探る「生環境構築史」に取り組む。単著に『絵はがきの別府』、共編著に『危機と都市』、『熱海温泉誌』、『東京水辺散歩』、共著に『変容する都市のゆくえ──複眼の都市論』、『渋谷の秘密』、『世界建築史15講』、『戦後空間史──都市・建築・人間』など。
原初の都市は本来、湧水や川の流域、それに対応する地形をもとに、そこに寄り添って形成されてきたものです。松田さんは、東京を湧水地から歩き、記述するプロジェクト「湧出東京」をはじめ、古い地名や遺跡、人の長期的な居住地といった都市に潜む多様な痕跡のありかに着目し、人と非人間(自然・水・地霊)との関係性を丁寧にたどってきました。
都市の在り方を「デザインされたもの」ではなく、あらかじめそこに「埋め込まれているもの」との関係や「祀られたもの」、人以外の存在のありようから捉え直す視点。そこには、都市の底に息づく見えない力や不可知の領域と共に生きる感覚を取り戻すヒントが込められていました。

後半のクロストークでは、両者の視点が交差することで、「形にできない都市の価値」について多面的な議論が展開されました。

小島 セクシーな都市というのは、感じる力を指標にして捉えようとする島原さんの視点です。一方で、松田さんが語る感応的都市には、人ではないものへの共鳴が含まれているように思います。感応と官能、似ているようでいて、違うようにも感じました。
松田 そうですね。『感じて応じる』という意味での感応には、人間だけではない存在、たとえば植物や水といったものとの関係性が含まれます。都市には、黒っぽい場所や色々な歴史を吸い込んできたダークサイド、さらには人ならざるものや大地のような力強さが息づく場が必要だし、それはそもそも、既にそこにあるんだと思うんです。
島原 僕が大事にしたいのは都市における身体的な経験で、それが都市の価値を高めるという視点。そこを官能という言葉で捉え直したかった。確かに松田先生がおっしゃるように、都市には、身体をそこに置くことで初めて感じられる気配とか空気感のようなものがありますね。例えば神社の境内の厳かさとか。
松田 都市と文脈の根本的なものとして、実は湧水地も挙げられるんです。そしていまも東京の都心に残っている湧水池は、祈りや記憶の場であったから受け継がれていたりする。たとえば麻布のがま池は、江戸時代に武家屋敷を火災から救ったという大ガマガエルの伝説が伝わる水の場ですし、同じく麻布の柳の井は、関東大震災や第二次世界大戦という大災時に人々の命をつないだ。現代都市の中で見えづらくなっているけれど、過去から脈々と続いているこうした力、都市の大地と人間の関係性を感応的に捉え直すことで、都市体験の奥行きが回復するのではないでしょうか。

小島 その奥行きに、FabCafe Osakaとしてどう触れていけるかも大事だと思っています。たとえば香りを扱う蒸留器や、都市に息づく植物や水を起点にした活動など、かたちにならないものと関わる実験を、ここから始めたいですね。
島原 でも、香りって、都市計画には出てこないですよね(笑)。だけど、商店街のお惣菜屋さんや焼き鳥屋さんを思い出してもらえば分かりますが、においは人が街を好きになる理由の一つになるわけで。そういった要素を感性指標として取り込んでいけたら面白いと思う。
松田 Fabcafe Osakaで計画しておられる、定量的に測ることと、質的に感じることのリサーチや体験を、どうやってつないでいけるかがポイントになりそうですね。たとえば、鳥の鳴き声、水の音、土のにおい……。そうした感覚的な情報を手がかりに、都市の輪郭を再発見していく。それは私たちが都市における自分の感覚を更新していく過程でもあると思います。
都市をどう評価し、どう感じ直すのか——。
それぞれ異なるアプローチをする二人の視点は、「かたちにならない都市の価値」を捉えるための複眼的なフレームを提示してくれました。
小島は、こうした議論の実装先としてFabCafe Osakaが担う役割に言及します。
たとえば「香り」を媒介に人々の感性を刺激する蒸留器の導入や、「湧水」や「植物」との関係性に着目したリサーチ活動など、FabCafe Osakaでは都市の見えない価値を体験として捉え直す実験がすでに始まっています。さらに、都市の感性を測る新しい指標を企業や市民と共に開発・検証していく「感性評価ワーキンググループ」などの構想も語られました。

都市の魅力や関係性を可視化・共有するためのツールや方法論を、今後どのように育てていけるか。それはまさに、アンフォルム=「かたちにできないもの」に対するまなざしと技術をどう育むか、という挑戦でもあるのです。
「感応する都市体験」とは何か。都市の奥行きや記憶に触れ、「なんとなくいい」という感覚を尊重するために、どんな言葉や手法が必要なのか。この問いに、すぐに答えを出すのではなく、立ち止まりながら考える。FabCafe Osakaは、そうした問いの交差点として、新しい都市の輪郭を浮かび上がらせていく場であることを、今回のトークセッションは教えてくれました。
執筆:宮崎真衣(ロフトワーク)
撮影:上村典子
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宮崎 真衣
株式会社ロフトワーク 広報
広報の理論と実践を「Mie Institute of Communication」で学んだ後、アートやIT企業の広報・企画職などを経てロフトワークに入社。さまざまな場面でわきおこるコミュニケーションを、組織だけではなく暮らしや地域に還元していくために、cooperative(協同組合)やcollective(拘束力を持たない緩やかなネットワーク)に参画しながら学びを深めている。
広報の理論と実践を「Mie Institute of Communication」で学んだ後、アートやIT企業の広報・企画職などを経てロフトワークに入社。さまざまな場面でわきおこるコミュニケーションを、組織だけではなく暮らしや地域に還元していくために、cooperative(協同組合)やcollective(拘束力を持たない緩やかなネットワーク)に参画しながら学びを深めている。