Column

2025.1.18

ふと、言葉と出会う。一日限りのこども出版社

出張ワークショップ 「窓に質問を印刷してみる」 in TSURUMIこどもホスピス

株式会社ロフトワークが運営する「FabCafe Kyoto」は、大阪・鶴見緑地に開設された日本初のコミュニティ型こどもホスピス「TSURUMIこどもホスピス」(運営:公益社団法人こどものホスピスプロジェクト)との共同企画として、2023年よりデジタル工作機器を活用したワークショップを実施しています。「つくる」体験を通じて、身体的・精神的にさまざまな事情を持つ子どもたちの「できた!」を後押しすることを目指します。第2回となる本年は、施設を利用する中高生を主対象としてシルクスクリーンのプログラムを開催しました。

FabCafe Kyotoがどのような協働のもと、つくる手段へのアクセス経路を開くことに挑戦しているのか、また、何かを形づくることがいかに「人が深く生きること」に寄与しうるのか、昨年度に続くその実践の道のりをレポートします。

2016年に開設した日本初のコミュニティ型こどもホスピス「TSURUMIこどもホスピス」。小児がんや循環器疾患など、生命を脅かす病気(Life-threatening conditions=LTC)を抱える子どもたちが、たとえ辛い治療の最中にあっても本来享受すべきその子らしい時間を叶えられる環境づくりを推進しています。現在進行形で病気と戦う子、治療がひと段落したけれど、その辛い経験から自信を喪失してしまう子、またそのきょうだいなど、身体・精神面におけるさまざまな事情によって生活のための選択肢が制限されてしまう子どもたち。私たちは地域に開かれたメイカースペースとして、彼らに対しどのように「つくる」ための手段を開くことができるだろう、そんな問いを発端として、FabCafe Kyotoは2023年度よりTSURUMIこどもホスピスと共同で、デジタル工作機器を用いたワークショッププログラムを実施しています。


TSURUMIこどもホスピス外観。OsakaMetro長堀鶴見緑地線「鶴見緑地駅」から徒歩3分ほどに位置する

初年度に実施したプログラムでは、紙や布、アクリル板などさまざまな素材の切断や刻印加工が可能な「レーザーカッター」を使用。子どもたちの描いた手書きの線をもとに、自分だけの「水たまりの鏡」をつくるワークショップを開催しました。子どもたちが自ら引いた線が、レーザーカッターを通じて鏡の板を切り抜く力へと生まれ変わる不思議に、ホスピスに通うみんなは興味津々。デジタル工作機器を用いた「つくる」体験が、子どもたちの「できた!」を後押しできる可能性を感じることができました。

▶︎レーザーカッターを用いた昨年の実施内容についてはこちら

本年度は、子どもたちの「できた!」の実現に加え、ホスピスが抱える課題にもアプローチ。スタッフである川戸大智さん、青儀祐斗さんとの打ち合わせで伺った「利用する子どもたち同士の関係性の希薄さ」に着目し、個人で完結する内容ではない、子どもたち同士の関わりを促せるようなプログラムを設計することが決まりました。

また、本年FabCafe Kyotoに正式に導入された「デジタルスクリーン製版機」を用いたシルクスクリーンを体験の核とすることも決定。穴の開いた「版」をもとに、上からインクを押し出すことで布や紙などあらゆる物に印刷が施せるシルクスクリーンの楽しさをどうプログラムに織り交ぜられるか、アイデアを出しては試作を繰り返しながら、企画を進めました。

  • アイデアの一部。福笑いのように、幾つかのパーツを組み合わせて自分だけの模様を生み出す案

  • 透明な板にシルクスクリーンで雲を印刷。向こう側の景色と組み合わせてみる

  • 刷るための言葉を自分の感情から紡いでみる実験。小さな対話型ワークショップを何度も繰り返して企画の骨子を組み立てる


子どもたち同士の関わり合いを促すこと、また、残す・伝えるための印刷技法であるシルクスクリーンを主軸とすること、この2点をもとにFabCafe Kyotoが提案したのは、子どもたちの言葉が建物全体に点在する仕掛けづくり。子どもたちが「誰かへの質問」を施設内の各所に印刷し、施設を利用する他の子どもたちや多様な来訪者が空間を通して彼らの言葉と出会うことで、ワークショップの場だけに留まらない、継続的・偶発的なコミュニケーションが生み出せないかと考えました。

また、印刷するための言葉を考える「編集」や、他者に届けるための「印刷」のプロセスを、仮設的に「TSURUMIこども出版社」と総括することで、出版社のメンバーとしてひとつの読み物を立ち上げるべく、子どもたちが協働しながら関われる場づくりを目指しました。


シルクスクリーンで制作した出版社の看板

当日参加してくれたのは、書くことや作ることに関心のある中高生4名。大学でものづくりを学ぶボランティアメンバーの学生たちとグループになり、一日限りの出版社「TSURUMIこども出版社」のメンバーとして、施設に印刷するための質問を考えます。

大きく2つのプロセスで構成された今回のワークショップ。

質問を考える「編集」のプロセスでは、ワークシートを頼りに自分の個人的な体験から言葉を組み立てます。「あなたが心地よいと思う瞬間を一つ教えてください」「その理由を詳しく書いてください」などの設問を通して、他者に投げかけるための「問いの素材」を自分の内側から引き出すことを意識しました。「雲を眺めるのが好き」「デッサンしているとき」「AIに絵を描かせているとき」など、出てくるエピソードやその理由からその子の内面が垣間見える瞬間も。それらを単語に分解し、まるでカードゲームのように偶然の力を利用しながら自分の言葉を再構築してみることで、誰でも読む人に想像の余白を与える質問が考えられるプログラム設計を目指しました。

質問に答えることはあっても、自ら誰かへの「問い」を意識的に組み立てる機会は、子どもたちにとってそう多くはありません。あらかじめ決められた正解がなく、言葉を紡ぐことの難しさやうまくいかなさに戸惑う場面も見られましたが、それぞれがその子なりの表現にたどり着くことができました。

質問が形になったら、いよいよ「印刷」の行程です。
登場するのは「デジタルスクリーン製版機」という機械。薄いフィルムに、インクを押し出すための細かい穴を空けることで、任意の図案をあらゆる素材に印刷することが可能になります。
子どもたちの言葉をその場でデータ化し機械に送信、わずか2分ほどで印刷するための「版」ができあがりました。

みんなが考えた質問が一番映える場所はどこだろう?どんな時にこの質問を考えてほしいかな?など、言葉を受け取る人や、言葉が持つ意味と景色の関係性を考えながら、質問を配置する場所を探します。

ものづくりに関する質問はクラフト部屋の窓ガラスに、寝ることに関わる質問は宿泊部屋に、既に施工されていたピクトグラムに合わせて印刷される質問も。どの質問もぴったりの場所に印刷されていました。

質問を考えるのに苦労していた子が、今度は率先して印刷場所を探していたのも印象的。誰かが印刷するときには版を持ち合うなど、協力して一つのものを作り上げる風景が自発的に生まれていました。


「届くこと」の思いもよらなさを感じてみる

まるで一冊の詩集の中を歩いているように、この日参加したみんなの言葉が、空間のあちらこちらに潜みます。窓を開けて外に出るとき、日のあたる廊下をわたるとき、不意にだれかの言葉と出会う不思議。向こうの景色や、映る人、流れる雨粒のひとつずつ。自分の言葉が、窓や、窓を取り巻くいくつもの風景と連絡を取り合う時、そこには思いもよらない意味や空気が生まれます。

「言葉を誰かに届ける」ことは、その思いもよらなさを受け止め合うことといえるかもしれません。感動したり、疲れたり、勇気づけられたり、時に批判をもらったり。自分の言葉を発信したり、誰かの言葉を読んだり聞いたりすることは、そんな思いもよらないコミュニケーションの連続です。

この日、自分の言葉を誰かに届けることに挑戦し、その不思議さの糸口を全身で体感した子どもたち。大人も子どもも一緒になって机を囲んだこの日の経験が、彼らがこれから言葉を携える時、少しでも彼らを勇気づける記憶になれていたら嬉しく思います。


最後に、本プログラムの企画・実施にあたり、TSURUMIこどもホスピス職員の川戸大智さん、青儀祐斗さんをはじめ、たくさんの方々にご尽力をいただきました。FabCafe Kyotoへのデジタルスクリーン製版機導入から主にテクニカル面でのサポートをいただいている株式会社色素オオタ・オータスさん、昨年度に続いてのご協力となる京都産業大学情報理工学部の伊藤慎一郎教諭、そして京都市立芸術大学で教鞭を執るグラフィックデザイナーユニットKuwa.Kusuの桑田知明さん・楠麻耶さんと、両大学から参加を希望してくれた学生・卒業生の中村心音さん、高木佑輝さん、村上きららさん、小幡咲奈さんへ、この場を借りてお礼申し上げます。

本年度は、FabCafe Kyotoを通じて出会った上述の福祉・デジタルファブリケーションの領域で活動されている皆さまへ企画の立ち上がり段階からお声がけを行うことで、より多面的な視点からプログラムを設計することができました。また実施当日、子どもたちが主体的に場に関わるムードが醸成できたのは、学生メンバー皆さんの「つくることの楽しさ」に主軸を置いた、フラットな姿勢でのコミュニケーションがあったからこそでした。

ものづくりを志す学生や、機材のノウハウを持つメーカーなどの企業、そして福祉の現場であるTSURUMIこどもホスピス。私たちは、彼らがともに気づきや学びを共有しながら、「つくる」ためのより多様な機会の開き方を実践できる場へと、本取り組みが醸成されることを目指しています。

イベントレポートのご案内

TSURUMIこどもホスピスwebサイトにて、スタッフの川戸大智さんによる本イベントのレポート記事が公開されています。当日の工程やワークショップの意図など分かりやすくまとめていただいておりますので、ぜひこちらも併せてご一読ください。

活動レポート|「窓に質問を印刷してみる」シルクスクリーンワークショップ

Author

  • 山月 智浩

    FabCafe Kyoto

    京都芸術大学 空間演出デザイン学科卒業。通販会社で商品企画を経験し、2022年FabCafe Kyotoに入社。大学時代に出会った社会包摂的なデザインのあり方に影響を受け、生産や消費に性急な時代をやわらかくするための企画や記事を考え中。

    京都芸術大学 空間演出デザイン学科卒業。通販会社で商品企画を経験し、2022年FabCafe Kyotoに入社。大学時代に出会った社会包摂的なデザインのあり方に影響を受け、生産や消費に性急な時代をやわらかくするための企画や記事を考え中。

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