Event report

2023.11.24

山肌を手で翻訳する。 ─SHIGOTABI「妄想山づくりワークショップ」レポート

山月 智浩

FabCafe Kyoto

さまざまなクリエイターと共に新たな視点で街を捉え直すことで、地域の価値を育むことを目的とするプロジェクト「SHIGOTABI」。そのプログラムのひとつである「山と私と向き合う時間 〜妄想山づくりワークショップ〜」に、FabCafe Kyotoスタッフが参加。黙々と木を彫刻し山を形づくる本企画、特筆すべきは日本一の名山・富士山の麓で開催されるというそのロケーション。大きな山に抱かれながら、手のひらサイズの山を彫り起こす、その道のりで見つけた「全身を使って表現に取り組むことの豊かさ」に迫ります。

さまざまなクリエイターと共に新たな視点で街を捉え直すことで、地域の価値を育むことを目的とするプロジェクト「SHIGOTABI。株式会社ロフトワークと富士吉田市によって共同開催される。富士吉田の魅力を発掘する探究型プログラムとして、イラストレーターやデザイナーなど各回多様なゲストクリエイターを招聘し、独自の視点で街を切り取るワークショップが展開される。

その一つのプログラムである「山と私と向き合う時間 〜妄想山づくりワークショップ〜」に参加した。

「富士吉田で木彫りの山づくり」と銘打たれたこの企画は、「Atelier Bond」を主宰する木工作家・野田沙織さんが講師を務める。自然と向き合った時の感動を生活に取り入れられるような家具や生活の道具を制作している野田さん。「自然と触れ合う感動を体験してほしい」という思いがこのプログラムにも込められている。山を登り、全身で山を体感したあと、思い思いの山を彫る。一言一句にときめきを隠せず、京都から参加してみることにした。

富士に分け入って見えたもの

ワークショップ中以外にも、その街の営みや地元の人たちの声に触れられるのが、このプログラムの魅力の一つと言える。富士吉田に到着してから、ワークショップが終わるまでの間にも、たくさんの出会いに恵まれることができた。そのうちのいくつかを紹介しながら、レポートを書き進めたい。

京都から、夜行バスを乗り継いで一晩。途中、名古屋での乗り換えを挟み、富士吉田市に到着したのは朝7時頃。集合時間の10時まではまだ少し時間があったため、富士山駅から南に下り15分ほどのFabCafe Fujiで朝食をとる。

その土地の地場産業や地域の特色と強く結びつくFabCafeは、富士吉田の地にも展開している。富士山がドカンと拝める大通り沿いに面して、ガラス張りのFabCafe Fujiはあった。カーペット敷の店内には、丸太の形を活かした机や佇まいの良い調度品が設えられ、穏やかな朝の光が入り込む。朝早くにもかかわらず、店内はコーヒーを楽しむ観光客で賑わいを見せていた。カフェスペースと、奥に小さな小部屋がふたつあり、片方は展示スペース、もう片方はリソグラフの印刷機を設えたアトリエとして使用されているようだった。

FabCafe Kyotoには朝営業用のサービスがなく、メニュー表に並ぶ「モーニングプレート」の文字が新鮮に映る。提携先のSARUYA HOSTELに宿泊する人たちの朝ごはんに対応できるように、との意向があるようだった。パンに目玉焼き、ベーコンと美味しそうな野菜のプレート、金木犀のハーブティーを選んだ。

道すがらに生まれる会話

FabCafe Fujiで朝食を済ませ、集合場所の富士山駅まで向かう。大きな赤鳥居の前で集合し、会場へ。道中、工房まで車を運転してくれた市職員の方は、少しだけ遠回りし富士山の方向へ車を走らせてくれた。富士山へ向かう登山道は全部で4つ、うち山梨県側にあるのが私たちが通った「吉田口登山道」と呼ばれる入り口で、あとの3つは全て静岡県側にあることを教えてくれた。大きな鳥居を隔ててあちら側とこちら側、神聖な富士山へ足を踏み入れる緊張感。

溶岩地形のため富士山麓一帯では稲作が行えず、代わりに布で年貢を納めることで機織りの文化が発生したこと。空き家の改修費用負担や事業支援が豊富で、街づくりに参画しやすいことや移住のための奨励金があることなど、街の歴史や取り組みについて教えてくれる。その姿勢からも、街が市民の方を向いていることがよく伺えた。

会場に到着し、ワークショップの説明を受ける。
あらかじめ台形にカットされた木片がひとり一つ配られ、彫刻刀で彫り目を重ねることで稜線や山肌を表現する。「自分の感情、山や自然への想いと向き合い、思い出の景色や理想の山を「妄想」しながら木彫りに没頭してほしい。」木の種類や加工方法などの解説も受けながら、講師である野田沙織さんのお話を聞く。

山を歩く

ガイダンスを受け、いざ山づくり!の前に、実際に山を登るところがこのワークショップの醍醐味。車で10分ほど揺られた先の低山を1時間程度ハイキングする。

木の葉の揺れる音や靴底を通して感じる細かな石の凹凸、拾った木の実の鮮やかさ、開けた高台からは雲に隠れた富士山の麓が見下ろせる。ゆるやかにせりあがる大地からその全体を想像しては、その大きさに改めて圧倒されて息をのむ。束の間、雲間から指す光にススキの平野が照らされる黄金色を、今でもはっきりと思い出せる。

山を彫る

会場に戻り、いよいよ木彫りを行う。四方から見た時のバランスに気を配りつつ、理想の山を思い描く。丁寧にスケッチを描く人もいれば、準備もそこそこにいきなり木を削りはじめる人もいる。進め方も理想とする山並みも人それぞれ。ヤカン職人が板金に槌目をつけるように、彫刻刀を刻みつけながら、徐々に山肌が現れる。

彫るピッチやストロークの長短によって、木片が山ひとつ分になったり、連峰になる。スケールを行ったり来たりしながら、参加者それぞれの山ができあがる。ふと、自分の心の中の稜線を追いかけるうちに、彫刻刀を通して伝わるザクザクとした感覚がさっきまでの記憶とリンクしてくる感覚が芽生えた。枝葉や石をかき分けて山肌を歩いた足の裏の感覚を、手で翻訳しているような感覚。きっとそれは、山に登らなくては得られない五感の接続だった。

 

山を歩いて、感じたことを木に込めて。手元にぽつねんと置かれた木片──それもかつて山の一部だったかもしれない──に、壮大な山のスケールを彫り込んでいくプロセスがとにかく楽しく、夢中になった。自分の足で山に立つことの豊かさや清々しさを原体験として彫った山は、どれも魅力的に見えた。彫刻刀の彫りの跡さえ残せたら誰でも山が作れる、という気軽さの中に、数えきれない豊かさが詰まったワークショップだった。「道具や素材に触れる。どう形がつくれるかを考える。人間にできることが全て詰まった時間になったのではないか。」という野田さんの言葉が、京都に帰った今も心に残っている。

Author

  • 山月 智浩

    FabCafe Kyoto

    京都芸術大学 空間演出デザイン学科卒業。通販会社で商品企画を経験し、2022年FabCafe Kyotoに入社。大学時代に出会った社会包摂的なデザインのあり方に影響を受け、生産や消費に性急な時代をやわらかくするための企画や記事を考え中。

    京都芸術大学 空間演出デザイン学科卒業。通販会社で商品企画を経験し、2022年FabCafe Kyotoに入社。大学時代に出会った社会包摂的なデザインのあり方に影響を受け、生産や消費に性急な時代をやわらかくするための企画や記事を考え中。

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