Event report

2026.5.21

「重い」とされる地域問題を、<わたし>の「想い」から編みなおす

<わたし>から編みなおす地域〜都市と地方がつながるまちづくりを、名古屋から考える〜イベントレポート

「こうすべき」の外に出たとき、何かが動きはじめる

「地方創生」「地域活性化」「まちづくり」——これらの言葉には、どこか重さがあります。

問題は常に複雑で、関係者も多く、すぐに成果が出ない。気がつけば議論だけが積み重なり、「誰かがやってくれれば」「なにもしないのが最善かもしれない」という空気に、場が染まっていく。そんな経験をしたことのある人は、少なくないのではないかと思います。

そんな時に出会ったのが、国際教養大学・工藤尚悟先生の著書『〈わたし〉からはじめる地方論』でした。「社会課題を、まず〈わたし〉がどう感じ、何をしたいかから始める」——その視点に触れたとき、義務感でかたく閉じていた何かが、ほどけた気がしました。

FabCafe Nagoyaでは、ふだんから、好奇心と想いを起点にしたものづくり・ことづくりを支援しています。この本のテーマをもとに対話の場をつくったら、多様な立場の人たちが「純粋な思い」をもちより、つながる時間になるのではないか——そんな確信のもと、このイベントを企画しました。

開催1週間前には満席となった本イベント。経営者、会社員、学生、行政職員、ソーシャルセクターで活動する方々。合計30名が一つのテーマをもとに集まりました。

「自分の地域」をとらえることから始めてみる

イベントは、小さなワークから始まりました。

参加者一人ひとりに白い紙が配られ、中心に「自分」を描き、その周りを「自分にとっての地域の大きさ」で囲んでみる。大きさも、形も、自由。

30人いれば、30通りの円がありました。町内だけをイメージして囲んだ人。ゆかりのある複数の地域をまたぐイメージで書いた人。その多様さそのものが、ふだん当たり前のように使っている「地域」という言葉のあいまいさをはっきりさせたように思います。

「6と読むか、9と読むか」——工藤尚悟先生の問い

はるばる秋田から名古屋に来てくださった工藤先生が、まず切り出したのは、人口減少という問題の「読み解き方」についてでした。

「同じ現象を見て、6と読むか9と読むかは、私たちの見方次第なんです。縮んでいく地域を嘆くのではなく、人や思いが外と内を行き来する『開放系』として街を捉えなおすことができないか」

人口が増えなくても元気なまちはある。これまでの仕組みを更新する機会として読むこともできる。先生の話は、「問題」を前にして立ちすくんでいた視点を、静かに、しかし確かに動かしていきました。

次に語られたのが、この本の核心ともいえる「風土」という概念です。
秋田のブナ林に入ると、深呼吸したくなる。湖畔に立つと、神秘的なものを感じる。田んぼに稲が揺れているのを見ると、ほっとする。

「風土をいちばんシンプルに表現すると、『何々せずにはいられない』ということです。このFabCafe Nagoyaに来ると、何かものづくりをしたくなる——その感覚は、その場所が人に与えてくれるものです」

「アフォーダンス」と先生は言いました。場所が人を動かす力。「こうすべき」という義務感ではなく、「何かそうせずにはいられない」という感覚の方が、ずっと深く、長く続く動機になる——と。

さらに工藤先生は、こんな言葉でプロジェクトが生まれる土壌を表現しました。

「誰かの『想い』が溢れると、同じことが気になっていた人を引っ張り寄せ、場に重力が生まれる。『想い』って、重い方の字と似てますよね。いかにカーペットをふかふかにするか——誰かが踊り出したとき、一緒に踊りたくなる土壌をどう作るか、が大事なんです」

「もり」と「まち」をつなぐ、流域コーディネーターの実践

続いて話してくださったのは、岡崎市で「もり」と「まち」をつなぐ実践を続ける加藤亮さん。市役所の職員でありながら、株式会社もりまちの共同創設者、一般社団法人アンドフォレストの理事でもあります。

加藤さんを動かしたのは、祖父から山を相続したことでした。幼い頃、山に連れて行ってくれた祖父の背中を思い出しながら、彼はこんなことに気づいた、と語ってくれました。

「人工林は、植えてから使えるようになるまで70年かかる。植えた人が、自分の代にそれが形になるのを見られることは、ほとんどない。それでも昔の人がそれをやっていたのは、次の世代のことを思ってくれていたから」

先代の「思い」が時間を超えて今の森になっている。だとしたら、自分たちが「何もしない」という合理的な判断をとることは、未来の世代への問題の先送りでしかない——そう感じたことが、活動の出発点でした。

岡崎市は人口38万人のうち、実に6割が森林。しかも市内で使われる水道水の4分の3以上が、岡崎の森から湧く水で賄われている。それなのに、ほとんどの市民はそれを知らない。加藤さんはこの現実に、「ストーリーを伝えること」で向き合っていると言います。

「岡崎の森から出た水は、岡崎の街を通り抜けて、海まで行っている。岡崎のことだけ考えていたら、嘘くさくなってしまう。本当に山のことを思ってほしいなら、下流の人まで同じ話を届けなければいけない。それが『流域コーディネーター』という仕事です」

川上・川中・川下という縦の流れだけでなく、工藤先生が提案した「川外(かわそと)」という視点も、会場に新鮮な響きをもたらしました。流域のどこにも直接属さないけれども、意識的に使い、関心を持っている人——その「川外」の存在も、大切なプレイヤーだと。

「反応する責任」——レスポンシビリティという概念

クロストークで、特に会場の反応が大きかったのが、工藤先生の「レスポンシビリティ(Responsibility)」についての話でした。
小豆島で出会った、平日は別の仕事をしながら、土日だけ営業している本屋さんオーナーのエピソードが語られました。

「なぜ、日本の本屋が次々となくなっていく中で、島の小さな本屋が機能しているのか。それは、そのオーナーの思いに気づいた周囲の人が、『いいね!』ときちんと反応する責任を果たしているから。レスポンシビリティとは、果たさなければならない義務ではなく、誰かの思いに『反応する能力』のこと。これが、コトを起こす上でとても大切なんです」

「普段フェリーで行っている買い物のついでに、慌ただしく選ばれる子どもへの本。通販でも購入できるけれども、手に取ってじっくり本を選ぶ時間こそ大切なのではないか?」
そんな一人の〈わたし〉の想いをもとに誰かが動き出した(踊り出した)とき、「一緒にやろう」と反応できる人が多い場所が、まさに「ふかふかのカーペット」なのかもしれません。これは、加藤さんが語っていた「余白」とも重なります。ガチガチに設計された場ではなく、誰かのアイデアが入り込める「余白」があることで、プロジェクトは育まれていくのだと思います。

「こうすべき」が「こうしたい」に変わった夜

最後は、参加者がグループに分かれ、「〈わたし〉と〈わたし〉の地域との関わり方」をシェアし合いました。冒頭に描いた「〈わたし〉の考える地域の円」を改めて見つめながら、その上に「〈わたし〉がやってみたいこと」を思いつくままに書き込んでいきます。

円が大きくなった人。複数になった人。境界がギザギザ(曖昧)になった人。「〈わたし〉はこんなことをやってみたい」「それ、一緒にできそうだね」という声が、部屋のあちこちから聞こえてきました。
「問題を解決しなければ」という義務感から始まるのではなく、「これをやってみたい」という好奇心から始まるアクションへ。イベントの前と後とで、部屋の空気が確かに変わっていました。

〈わたし〉の円の中に、何を描くか

冒頭で描いた「〈わたし〉を中心においた地域の円」。その大きさが30人で30通りだったように、「地域とは何か」の答えは、一人一人の内側にあります。

どこの出身か、どこに住んでいるか——それだけが地域を決めるのではない。「〈わたし〉がどこに想いを馳せるか」が、もうひとつの地域の輪郭になる。

そして、その地域で、誰かが想いを馳せていたとき、どう反応するか。その積み重ねが、まちを動かしていくのだと感じました。

地域が抱える課題は、依然として複雑で重いものばかりかもしれません。しかし、そこに「想い」が集まれば重力が生まれ、反応し合うたびにふかふかのカーペットがつくられ、さまざまな人が踊り出す。「せずにはいられない」風土がつくられていく。

まず、あなたが「してみたい」と感じることから。FabCafe Nagoyaは、そんな想いと想いが出会う場であり続けたいと思っています。

FabCafe Nagoyaでは、まちづくり・地域課題・コミュニティデザインをテーマにしたイベントや対話の場を、企業・行政・団体のみなさまと共に企画・実施しています。「こういう場をつくってみたい」「この問いを、一緒に考えてみたい」というご相談は、お気軽にお声がけください

Author

  • 伊藤 遥 / Haruka Ito

    FabCafe Nagoya コミュニティマネジャー、ディレクター

    大学卒業後、ReFaやSIXPADで知られる株式会社MTGで新卒採用・組織開発を担当。多くの学生との出会いを通して「早期に多様な大人・経験に触れる必要性」を感じ、2020年より約5年間、名古屋市キャリア・サポート事業に参画。高校に常駐するキャリアコンサルタントとして、外部人材を活かした探究プログラムの開発・運営や、課外活動の伴走を行う。現在はFabCafe Nagoya、東海国立大学機構CommonNexus(ComoNe)のコミュニティマネジャーとして人・場・経験をつなぎ、子どもから大人までの好奇心を起点とした探究活動支援や、産学官をまたいだコミュニティ作りを行う。また、小中高校へのSEL(Social Emotional Learning /社会性と情動の学び)導入支援、SELを元にしたキャリア教育支援にも取り組む。国家資格キャリアコンサルタント、キャリア教育コーディネーター、SELアドバイザー。愛知教育大学非常勤講師。1児の母。

    大学卒業後、ReFaやSIXPADで知られる株式会社MTGで新卒採用・組織開発を担当。多くの学生との出会いを通して「早期に多様な大人・経験に触れる必要性」を感じ、2020年より約5年間、名古屋市キャリア・サポート事業に参画。高校に常駐するキャリアコンサルタントとして、外部人材を活かした探究プログラムの開発・運営や、課外活動の伴走を行う。現在はFabCafe Nagoya、東海国立大学機構CommonNexus(ComoNe)のコミュニティマネジャーとして人・場・経験をつなぎ、子どもから大人までの好奇心を起点とした探究活動支援や、産学官をまたいだコミュニティ作りを行う。また、小中高校へのSEL(Social Emotional Learning /社会性と情動の学び)導入支援、SELを元にしたキャリア教育支援にも取り組む。国家資格キャリアコンサルタント、キャリア教育コーディネーター、SELアドバイザー。愛知教育大学非常勤講師。1児の母。

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