Event report

2023.7.27

南ア・ケープタウンに学ぶ「デザイン都市」のポテンシャル

東海・名古屋から“デザイン思考”を実装するヒント

東 芽以子 / Meiko Higashi

FabCafe Nagoya PR

Nagoya

喜望峰で有名な南アフリカ第二の都市、ケープタウン。観光地として名高い反面、主要産業であるプラチナなどの鉱物資源開発では劣悪な労働環境の改善を求める鉱山ストライキが相次ぐ他、歴史を背景とする人種間での貧富格差、そしてインフラサービス不備による恒常的な水力・電力不足に至るまで、様々な社会問題を抱えています。

出口が見えない大きな課題にどう解決策を見出すか…。実は、ケープタウンは、UNESCOが認定する「ユネスコ創造都市ネットワーク(UCCN:the UNESCO Creative Cities Network)」に加盟しており、創造性を活かしたまちづくりを行っている代表的なデザイン都市。こうした課題に市民がポジティブに向き合うことができるよう、“思考を実装するデザイン”が積極的に導入されているんです。

東海の企業やクリエイターなどがオープンコラボレーションの可能性を探求する「名古屋共創会議 vol.9」では、東海・名古屋からも“デザインドリブン(デザインを原動力にした)”なムーブメントを起こすべく、ケープタウンの事例にそのマインドセットを学びました。

今回の名古屋共創会議も、自治体や地元企業などから多くの参加者が FabCafe Nagoyaに集まってくださいました。この日のテーマである南アフリカ・ケープタウンは、日本からのフライト時間がおよそ1日という物理的に遠くに位置する異国の地。参加者の中で現地を訪れたことのある人は誰もおらず、大きな関心が寄せられる中、デザインコンサルティングを行う「株式会社ロフトワークのクリエイティブディレクター・加藤修平さんが、現地でのアクションについてお話くださいました。加藤さんは、ケープタウン大学 Hasso Plattner Institute of Design Thinking (通称D-school)に通い、デザイン思考コーチとして、学生・社会人の指導経験があります。講演に先立って、加藤さんは、GDPなどの線形的な目標からだけでなく、社会や文化といった自分たちのルーツをも捉えて商品やサービスといった“デザイン”に落とし込んでいくことの重要性を現地で学んだことや、こうした経験が、現在、国内で伝統工芸を担う工房や企業などに「デザイン思考」や「デザイン経営」を指導する際に活きていることが説明されました。

株式会社ロフトワーク 加藤修平さん

“デザインの深い問い”に直面

加藤さんは講演冒頭、2012年にケープタウンで起こったプラチナ鉱山の労働者によるストライキについて説明。複数の労働組合が暴徒と化したため、地元警察による鎮圧で100人以上の死傷者を出す大惨事となったこの事件をきっかけに、加藤さんは先進国で先行する“工業デザイン”の責任について考えるようになったと言います。

プラチナなどのレアメタルはスマートフォンやEVといった先進国主導の工業製品に多く使われます。ここで、“デザインの深い問い”に直面しました。工業製品をデザインする時、その原料がどこで・どのように調達されて、その結果、どのような影響を及ぼすのか…というところまで思いを馳せると、本当にそれらの製品は正しくデザインされているのか?という問いが突きつけられた気がしたんです。『工業デザイン』はビジネスとして利益を上げる観点で追求されがちだけれど、大きな意味で捉えると社会的・文化的な価値を定義したり、他国の労働環境にまで影響する大きな影響力があります。(加藤さん)

先進国のしわ寄せとも言えるこうした課題のほかにも、歴史を背景に今も根強く残る人種間での貧富格差、恒常的な水力・電力不足など、山積する社会課題…。加藤さんは、ケープタウン大学でデザイン思考をテーマに学ぶ中、ケープタウン市民がこうした課題にどのように向き合っているのかを徹底的にリサーチ。今回は、そのうち二つの大きな事例を紹介してくれました。

CASE 1.  インフォーマルセクターをデザイン

整地もままならない丘の斜面にひしめくトタン屋根の民家。これは低所得者の住居、通称“shack(シャック)”です。1994年まで50年以上続いたアパルトヘイト(人種隔離政策)の弊害で、人種別の居住区が今も明確に別れているケープタウン。加藤さんによると、もともとは居住地でない土地を低所得者層が不法占拠し続けているため、行政が電力や上下水道の整備を行えず、現地では灯油を明かりや熱源に使用するため健康被害や火事にも繋がる劣悪な住環境が常態化していたと言います。

そこで、大学や民間企業、NPO、そして、市民が連携し、太陽光パネルを民家に設置するプロジェクト(i Shack Project)を敢行。携帯電話のチャージャーやテレビを月額リースで使用できる仕組みにしたり、その支払いをスーパーやコンビニで安全に行えるようにするなど、犯罪に繋がりかねない金銭授受に関する環境も整備することで地域の治安が総じて改善したと言います。

画期的なのは、インフォーマルセクター(行政管理に基かない非公式な経済活動)としてNPO、大学、民間企業、市民が協力して課題解決に取り組んでいるということです。行政が法的に行えないような課題にも、アクションをどうデザインするかで解決策を提案できます。また、運営スタッフを市民から採用して、トレーニングするようデザインしていて、運営自体も継続可能な仕組みであるため、SDGsの課題に対するソリューションとなるような、現地を支えるインフラとして成立している点も素晴らしいと思います。(加藤さん)

CASE. 2  節水を楽しむデザイン

次に加藤さんが紹介してくれたのは、2018年、ケープタウンが異常気象などに伴う深刻な水不足に陥った時の事例です。ライフラインが機能しなくなるかもしれないという不安が募る中、ケープタウン市が導入した対策は、1日に使える水を市民1人当たり50リットルに制限すること。 心理的な不安感を煽ってしまいかねないネガティブな側面もある中、市がとった巧みなPRはというと…。

10リットルの水量をシャワーで使うと試算して、足元には“たらい”を用意しましょうとPRしたんです。たらいに洗濯物を入れれば、体を洗った水を捨てる前に再利用して洗濯ができますよね。次に、10リットルってどのくらいなの?と疑問に思うのが普通ですよね。シャワーの浴び始めからちょうど10リットルの水を使い終える目安となるのが2分間程度なので、今度は、現地アーティストの有名曲をそれぞれ2分程度に短縮したものをアルバムにして公開したんです。元々歌を歌うのが大好きな国民性で、電車に乗っていると誰かが突然歌を歌い出して、それに乗客みんなが“のっかって”一緒に歌う…みたいなのが日常だから、この戦略がうまくフィットしました。(加藤さん)

他にも、日用的な用水路を敢えて会場にした川下りを企画することで、市民が川の汚染状態などを“楽しみながら”気をつけることができるよう促すイベントを開催。また「Water is Life !」 をスローガンに水資源への公平なアクセスを確保することの重要性を謳ったことから市民の意識はさらに高まり、「民主的な社会を体現すること」が「ケープタウン市民のアイデンティティ」だという“マインドセット”が確立したと言います。

ビジネスの観点では意味がないかもしれないけれど、こうしたマインドセットによって、水資源に対する意識が高まって、そこから、格差問題や人権問題を再認識する機会が生まれたんです。問題が起きた初期に、貧困層が水を求めて店などで行列を作っている一方で、富裕層はまだ自宅のプールに水を張って遊んでいるような意識や状況の乖離がありました。市による意識改革で、水資源に対する市民の問題意識が変わったのと同時に、そもそもの社会構造の課題が明確化したこともあり、清潔な水へのアクセスを人権問題としてとらえ、日頃から存在している格差問題の解消に向けた議論にも繋がりました(加藤さん)

株式会社 COMULA  野口大輔さん

デザイン都市・名古屋から、どう実践する?

こうした「ユネスコ創造都市ネットワーク」に加盟するデザイン都市・ケープタウンの事例を受け、会場では「この地域から何ができるのか」についてのディスカッションがスタート。工業デザイナーで岐阜にデザイン事務所「株式会社 COMULA」を構える野口大輔さんも登壇しました。実は、名古屋市もケープタウンと同様のデザイン都市。ところが「デザイン=商品・ビジュアル・デザイナーだけがつくるもの」と捉えられてしまう傾向にあることが指摘されました。オリジナルの俳句関連グッズを商品化することで“俳句人口の増加をデザイン”する野口さんは「デザインは翻訳作業とも言える」と発言。「デザインする=課題解決の方法に知恵をしぼること」であるとしたら「デザインすることにチャレンジできる実験の場が少ないのでは?」と参加者から声が上がる中、野口さんと加藤さんからは、視野が広がるこんなメッセージが送られました。

まずは課題を組織で共有して、解決に向けてなるべく多くの共感者を集めることが大切。プロジェクトにする場合、0から1の初期のフェーズだとアウトソースしやすいので、外部の知恵に頼ることも選択肢になるのでは。(野口さん)

実験は楽しいというプロセスが大切。ケープタウンの事例を理解はしてもらえても、現実味を帯ない人が多いはず。FabCafe Nagoyaのような共創の場で、自社の課題解決のヒントを得たり、共通の興味を持った仲間と出会って実験を始めてみよう!と思うチャレンジ精神が大事。デザインは自発的なもので、まずは実験で、未完成でも形にして見ると、意外に見ていてくれる人がいて、仲間が確実に増えていきます。(加藤さん)

名古屋共創会議の次回の予定など

詳しく知りたい方は

こちらをチェックしてくださいね!

  • 加藤 修平

    株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター

    ケープタウン大学サステナビリティ学修士。アフリカ地域での鉱物資源開発に伴う、周辺コミュニティへの影響調査をエスノグラフィ調査手法によって実施。また、同大学内Hasso Plattner Institute of Design Thinking (通称d-school)において、デザイン思考コーチとして学生、社会人の指導を行う。過去に携わった案件は、民間金融機関内にて、多部署横断型のチームを率いて新サービスの開発及び、デザイン思考の社内への浸透を促すためのプロジェクト等多数。

    ケープタウン大学サステナビリティ学修士。アフリカ地域での鉱物資源開発に伴う、周辺コミュニティへの影響調査をエスノグラフィ調査手法によって実施。また、同大学内Hasso Plattner Institute of Design Thinking (通称d-school)において、デザイン思考コーチとして学生、社会人の指導を行う。過去に携わった案件は、民間金融機関内にて、多部署横断型のチームを率いて新サービスの開発及び、デザイン思考の社内への浸透を促すためのプロジェクト等多数。

  • 野口 大輔

    株式会社COMULA 工業デザイナー/代表取締役

    1983年岐阜生まれ。2006年名古屋市立大学芸術工学部を卒業。インハウスデザイナーを経て、2013年に独立、同年12月に株式会社COMULAを設立。意匠的なデザインはもちろん、それだけでなく、クライアントの経営状況を把握した製造計画、工程のロスを最小限に抑える製造条件など、製品をかたちにするまでに発生する様々な複雑な問題を事前に想定。それらを合理的に解決しながらプロジェクトを進める複眼的な提案を得意とする。様々なものづくりの工場が集まっている岐阜をベースに活動。 公益社団法人日本インダストリアルデザイナー協会正会員

    https://comula-inc.com/

    1983年岐阜生まれ。2006年名古屋市立大学芸術工学部を卒業。インハウスデザイナーを経て、2013年に独立、同年12月に株式会社COMULAを設立。意匠的なデザインはもちろん、それだけでなく、クライアントの経営状況を把握した製造計画、工程のロスを最小限に抑える製造条件など、製品をかたちにするまでに発生する様々な複雑な問題を事前に想定。それらを合理的に解決しながらプロジェクトを進める複眼的な提案を得意とする。様々なものづくりの工場が集まっている岐阜をベースに活動。 公益社団法人日本インダストリアルデザイナー協会正会員

    https://comula-inc.com/

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  • 東 芽以子 / Meiko Higashi

    FabCafe Nagoya PR

    新潟県出身、北海道育ち。仙台と名古屋のテレビ局でニュース番組の報道記者として働く。司法、行政、経済など幅広い分野で、取材、撮影、編集、リポートを担い、情報を「正しく」「迅速に」伝える技術を磨く。

    「美しい宇宙」という言葉から名付けた愛娘を教育する中で、環境問題に自ら一歩踏み出す必要性を感じ、FabCafeNagoyaにジョイン。「本質的×クリエイティブ」をテーマに、情報をローカライズして正しく言語化することの付加価値を追求していく。

    趣味はキャンプ、メディテーション、ボーダーコリーとの戯れ。



    新潟県出身、北海道育ち。仙台と名古屋のテレビ局でニュース番組の報道記者として働く。司法、行政、経済など幅広い分野で、取材、撮影、編集、リポートを担い、情報を「正しく」「迅速に」伝える技術を磨く。

    「美しい宇宙」という言葉から名付けた愛娘を教育する中で、環境問題に自ら一歩踏み出す必要性を感じ、FabCafeNagoyaにジョイン。「本質的×クリエイティブ」をテーマに、情報をローカライズして正しく言語化することの付加価値を追求していく。

    趣味はキャンプ、メディテーション、ボーダーコリーとの戯れ。



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