Event report

2022.3.28

OMRON Human Renaissance vol.07 「未来実践編 自律社会に向けて④『自然社会』を創造する~ノーコントロールな未来の可能性~」

FabCafe編集部

OMRON Human Renaissance vol.07
「未来実践編 自律社会に向けて④『自然社会』を創造する~ノーコントロールな未来の可能性~」

人の創造性・可能性を高める近未来社会を目指すオムロンのグループ内シンクタンク、ヒューマンルネッサンス研究所が主催する「OMRON  Human Renaissance」。オムロンの未来シナリオ「SINIC理論」と未来創造を実践するゲストとの共通認識をきっかけとしながら、これからの社会の「ありたい姿」を考えるオンラインイベントです。

7回目となる今回は、データ・アルゴリズム・AIの活用をご専門に、経済学者・実業家としてのみならず、様々なメディアのコメンテーターとしても幅広くご活躍をされているイェール大学助教授・成田悠輔さんがゲストです。

成田さんが捉える社会課題の本質や未来観とは、どのようなものなのでしょうか。「SINIC理論」の解釈にも触れながら、私たちが向かおうとしている未来社会の姿について議論しました。

SINIC理論について
https://sinic.media/

ゲストトーク:すべてが資本主義になる

まず、成田さんがゲストトークの導入として挙げたのは「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」というキーワード。昨今の日本ではDXの波が社会や産業に到来し、人間が介在しなくても社会が動くような状態へシフトすることが盛んに求められています。

DXの未来を展望するヒントが、仏教における人間の心理や意識作用を8つに分解した「八識(はっしき)」という概念にあります。人間の生命は、いわゆる五感に相当する「前五識」に加え、6つ目の知性や合理性のような考える力、7つ目の感情やプライドなどのエゴ的心理、そして8つ目の個人の意識を超越した生命や種全体を貫く大きな流れで構成されています。

 


これを近年のDXに照らし合わせると、人間を構成する八識のうち、目、耳、身体、知性においては、一部あるいは全部をデジタルデータで表現し機械で置き換えることに成功しています。工場などで活躍するロボットはその最たる例ですし、DeepLなどの機械翻訳を活用している人も多いはずです。となると、DXに展望されるのは残された4つの識のデジタル化と産業化になります。特に味覚、嗅覚のデジタル化が進めば、インターネットが網羅する領域はどんどん広がっていくことでしょう。

IoTという言葉に代表されるように、インターネットは情報やコンテンツに留まらず物を操るところまで拡張しており、今後、その領域が出来事やイベント、人間の身体、心にも及んでいくことは想像に難くありません。すでに「身体のインターネット」は始まっており、この5〜10年で私たちは、身体の表面をインターネットに譲り渡しつつあり、スマートグラスやスマートフォン、スマートウォッチなどから得た身体情報によって身体への介入を許し始めています。さらに、うつ病患者の脳波を読み取り、うつ傾向を感知すると電気刺激で症状を抑制するという実験が成功していることを鑑みるに、「コンピュータと脳が繋がり、行く行くは脳同士が繋がる『脳のインターネット』が生まれていくのではないか」と成田さんは予測します。

まるで数百年前からある過去のあらゆる出来事や痕跡が記録されているという概念、「アカシックレコード」が現実化するかのように、私たちが認知し得るあらゆるものがデジタル化され、データへと変換されていくのではないでしょうか。そして、一旦、データ化されたものは、NFTなどを通じてIDや権利が付与され、所有権が明確化し、あらゆるものが金融契約や経済取引の対象になると考えるのが自然な流れです。まさにタイトルのとおり「世界のすべてが市場経済に取り込まれ、資本主義になる」という未来予測を共有し、成田さんはクロストークへとバトンを渡しました。

クロストーク

成田さんのゲストトークを受けて、後半ではオムロンのグループ内シンクタンクである株式会社ヒューマンルネッサンス研究所・代表取締役社長の中間真一さんと、同社副主任研究員の小林勝司さんが合流。株式会社ロフトワーク / MTRLプロデューサーの小原和也がモデレーターとなり、デジタル化の先に待ち受けている自律社会、自然社会の姿について議論を展開しました。

「創造的な活動」は本当に必要か?

成田さんは、SINIC理論について、友人との雑談の中でその存在を知り、初めは訝しんだと打ち明けつつも「奇抜で創造力を駆り立てるだけの予測に抗い、確実に訪れるであろう現実をできるだけ高解像度で描くことに重きを置いている」と関心を示しました

その上で、オムロン創業者の「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである」との考え方について、「退屈な仕事は機械に任せ、人間は創造的な仕事に打ち込めとよく言われるが、果たして人間は主体的に創造的なことを営んでいるのだろうか。正確には機械や技術の進展に応じて『創造的』の定義が変化している」とコメント。かつての狩猟採集生活のように、日がな一日かけて行われていた生存のための様々な作業が道具や機械に委ねられるようになり、「結果的に暇が生じ、人間は、そこに割り当てられた新しい活動を『創造的』と呼び、受動的に時間を浪費しているだけではないか。機械に作業を奪われ、やるべきことが見つからず、暇を持て余している状況は危機的」と問題提起しました。

それに対し、中間さんは「脳神経科学が進歩し、データやアルゴリズムが発達した今となっては機械のほうが良い解を出す」と語り、機械に委ねることのポジティブな側面について言及。「人間のキャパシティは有限。人間に『あそび』が生まれるのはハッピーなことでもある」と自身の捉え方を示しました。

議論は自律社会の先に待ち受ける自然社会にも発展。成田さんは「この先、人類は植物のような存在に戻っていくのでは」と持論を展開しました。ここで言う「植物のよう」とは、ただ創造性という名の暇を消費していくために、負荷を最小限に抑え、無理なく生存する状態のこと。技術の発展によりあらゆる活動が機械に代替されることでやりたいこともなく、野心も持たず、生産性を気にすることなく、既存の技術の下で、満たされた生活を静かに過ごしていくのが「自然社会」なのではないか、と解説しました。

こうした意見に対し中間さんは、SINIC理論では、科学・技術・社会の円環の中心には人間の進歩思考意欲が位置づけられていますが、生産性を指標にした生産・消費活動が飽和状態に近づくにつれ、進歩志向意欲も低下していき、退屈な世の中になっていくという見方については同調。しかし人間は退屈なままではいられず、自然社会から始まる次のロジスティック曲線に向けて人間の進歩思考意欲が急速に変容していくのではないか、と希望を込めて異論を唱えます。

SINIC理論が終わる2033年、オムロンはどうなっているのか

続いて成田さんより、最適化社会までは、その社会に相当するサービス、製品をイメージがしやすいが、自律社会、自然社会において、オムロン社はどのようなサービス、製品を提供することが社会貢献につながると考えているのかという質問がありました。


中間さんは、旧来型の社会と新しい自律社会の間に生じる混乱状態を解消することにソーシャルニーズがあると説明。例としてSDGsによるアプローチを挙げ、「2030年に向けてマイナスをゼロにし、プラスにしていくことが最適化社会のビジネスドメインである」と語りました。そのためには、自律的な人間の変容を助けていく技術が必要であり、人と機械が融和することで自然な形でQOLを向上させる未来を示唆し、「負の遺産を片付けながら自律社会という世界観を人間の中に実装していく。これから10年はその両輪を回していくことがオムロンのビジネスの中核になる」と話しました。

これに対して成田さんは「センシングされたデータを活用して、人を正しい行動へと押し戻す発想は、最適化社会の範疇なのでは」と指摘します。その上で、自律社会らしい発想の例として、外界の情報を意識的にシャットアウトする瞑想系アプリの人気を例に挙げ、「これらは、むしろセンシングをしたり、データに基づいて介入し判断する行動から、人間の心と身体をいかに引き剥がすかということを目指しており、こういうのが自律社会に求められるプロダクトでは」と提案しました。

センシングに介入されず、心身ともに健やかで、自律的な人間による社会の状態、つまり「Well-Being」な社会が「自律社会」「自然社会」の姿だとしたら、それはある意味、オムロン社のヘルスケア製品を使わなくてもいい社会、と考えることもできます。では、SINIC理論は、オムロン社にとってこの先どのような意味を持つのでしょうか。

SINIC理論で描かれる1周期目が終わりを迎えるのは2033年です。オムロン社の創業が1933年であることを含めると、この理論は創業100年の計として構想されたものなのではないかとも考えられています。「もしそうだとすれば、オムロンの行き着く場所を示していると捉えることもできる。しかし、そこで終わりとするのではなく、2周期目が始まる再生のシナリオを考えるきっかけとしたい」と中間さんは語ります。

この考えを受け、成田さんは「これまで最適化社会で築き上げてきたビジネスを推進する組織と、自律社会に舵を切った組織、相対する2つの企業を立ち上げて、グループ企業同士で競い合ってはどうか。総和として必ず成長を生み、面白いことが起きるのでは」とユニークな案を持ちかけました。これには中間さんも興味深く賛同。SINIC理論の2周期目に希望を感じるアイデアに場が沸きました。

自然社会はディストピアか?幸せな未来の作り方を考える

ここまでの議論にたびたび深く頷いていた小原ですが、自律社会、自然社会における意識の持ちようの変化には不安も否めないと吐露。「執着や意識とどのように向き合い、何を頼りに生きていけばよいのか」とアイデアを求めました。

執着を減らした生き方をすでに実践し始めているという成田さんのアドバイスは、「その日に何をするか、どこへ行くかをサイコロで決めてみる」というもの。ハプニングもあるものの、乱数に全てを委ねることで意識や作為と無関係な行動が生み出せるといいます。学校や会社に属していると、根拠のない価値観に縛られ、逃れられない状況も少なくありません。興味、価値観の全く異なる空間に身を置くことで、既存の価値観から解放されるという体験は、実践によって得られるものも多そうです。

ディスカッションの最中、小林さんからは、チャット欄に寄せられた視聴者からのコメントが紹介されました。「機械のおかげで暇になったら何をするだろう」と自身の未来を想像する方や、「暇になったら何もしないのではなく、個々が価値と感じるものを追い始めるのでは?」と新たなモチベーションが生じる説を掲げる方もあり、社会や価値観の変化に多くの関心が集まっている様子がうかがえました。

最後に、詰まるところ、自然社会とは何か、自然社会における幸せとは何か、について成田さん、中間さんからそれぞれ伺いました。

中間さんは、「自然社会はディストピアではなく、変容を遂げた人間のスタートポイント」と定義。今の人間像と自律した人間像との間にはまだまだギャップがあり、今は自律力を高めていく時期にあるとしました。それが出来た暁には、前へ進もうとする動機、新たな進歩思考意欲が出て来るはずだとし、「SINIC2.0を通じて、人々が前を見るための眼差しを作っていきたい」と決意を新たにしました。

一方で、成田さんは対照的に「自然社会は滅亡につながっているのではという思いを強くした」とコメント。しかし悲観するのではなく、「指標やKPIに縛られた最適化社会から自律社会へ逸脱するためには、『明日、滅亡が訪れる』というイメージを具体的に持ち、指標やKPIから解放されること」とつなげ、確実に前進するための手段として冷静に未来を見据える姿勢を貫きました。

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