Event report
2025.6.11
宮崎 真衣
株式会社ロフトワーク 広報
FabCafe Osakaのグランドオープン2日目に行われたトークイベント「身体性のアンフォルム ─ アートとテクノロジーがひらく身体体験」。このセッションでは、嗅覚や触覚を主題に創作・研究を行う2人のクリエイターを迎え、形にならない感覚や身体の曖昧さ、そして、それらをどのように創造や共有につなげられるのかが語られました。
五感をめぐる探究は、「アンフォルム」というFabCafe Osakaのコンセプトを体現する試みでもあります。本記事では、嗅覚アーティストの上田麻希さんと、Enhance Experience Inc. 花光宣尚さんの活動紹介とともに、クロストークから見えてきた感覚をひらく技術の可能性をレポートします。
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上田 麻希
アーティスト
嗅覚アーティスト。1974年東京生まれ。2000年よりオランダ在住。現在は石垣島に嗅覚アート研究所を構える。嗅覚とアートの融合を試みる先駆者的存在で、世界的な嗅覚アート・シーンを牽引する。ヴィラ・ロット・ミュージアム(ドイツ)、シンガポール国立美術館、台湾国立現代美術館などで展示を行い、2018年には清須市はるひ美術館にて大規模個展を開催。
慶應義塾大学でメディア・アートを学び、オランダ王立美術学校などで教鞭をとる。嗅覚アートの体系的な教育にも尽力し、多くのアーティストを輩出。匂いをデータ・情報としてニュートラルに、かつサイエンティフィックに扱うアプローチを特徴としている。近年は、空間、ムーブメント、そして嗅覚のクロスオーバーする領域においてインスタレーションを制作。代表作に「嗅覚のための迷路」シリーズ、「OLFACTOSCAPE」などがある。2022年アート・アンド・オルファクション・アワード最優秀賞受賞。2024年文化庁長官表彰。
嗅覚アーティスト。1974年東京生まれ。2000年よりオランダ在住。現在は石垣島に嗅覚アート研究所を構える。嗅覚とアートの融合を試みる先駆者的存在で、世界的な嗅覚アート・シーンを牽引する。ヴィラ・ロット・ミュージアム(ドイツ)、シンガポール国立美術館、台湾国立現代美術館などで展示を行い、2018年には清須市はるひ美術館にて大規模個展を開催。
慶應義塾大学でメディア・アートを学び、オランダ王立美術学校などで教鞭をとる。嗅覚アートの体系的な教育にも尽力し、多くのアーティストを輩出。匂いをデータ・情報としてニュートラルに、かつサイエンティフィックに扱うアプローチを特徴としている。近年は、空間、ムーブメント、そして嗅覚のクロスオーバーする領域においてインスタレーションを制作。代表作に「嗅覚のための迷路」シリーズ、「OLFACTOSCAPE」などがある。2022年アート・アンド・オルファクション・アワード最優秀賞受賞。2024年文化庁長官表彰。
「嗅覚アーティスト」という肩書をもつ上田さんは、嗅覚を視覚や聴覚と並ぶメディアとして扱う創作活動を続けています。香りの抽出や調香を通して、記憶や感情にアクセスする作品群を発表してきました。たとえば、コロナ禍に嵐山で制作した「エアロ・スカルプチャー」という香りのパフォーマンスでは、空気の彫刻をつくるかのように、見えない香りと音で場の空気を可視化。パリでは温感と冷感に作用する香りを開発し、嗅覚の触覚性を体感するインスタレーションを展開。他にも、土壌や焼け跡の香りを抽出するなど、香りを通じて社会課題にも向き合っています。
上田さんは「匂いは曖昧で解像度も低い。だからこそ、感情や記憶と結びつきやすいんです。言葉にならない体験だからこそ、深く刺さる。」と語ります。

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花光 宣尚
Enhance Experience Inc
一方の花光さんは、触覚を中心とした体験設計の専門家です。全身に触覚と音響刺激を与える装置「シナスタジアスーツ」や「シナスタジアX」は、音響や全身触覚表現と組み合わせることで、身体感覚の新たな地平を開いています。
「シナスタジアX」では、体験者は椅子に座って、目を閉じた状態で振動触覚・音・光を受け取ります。何を感じるかは人によってまったく異なり、「島で泳ぐ夢を見た」「沈み込むような体験だった」など、言語化しづらい感覚の断片が引き出されるのだとか。
花光さんは言います。「ただの楽しい、気持ちいいでは終わらない、意味のわからない何かを引き出す装置でありたい。それが人の想像力や記憶を刺激するんです。」
後半のクロストークでは、「身体性のアンフォルム」というテーマのもと、嗅覚や触覚といった、かたちにしづらい感覚がもたらす体験や記憶の特性について、登壇者とモデレーターが縦横に語り合いました。香りが記憶や感情を揺さぶる仕組み、感覚共有の可能性、そして五感を介した都市や社会との新たなつながり方。テクノロジーやアートの手法を通して、曖昧さや、曖昧さを受け入れることの価値に迫る問いが次々と交わされていきました。
太田 おふたりのプレゼンテーションを聞いて、「身体ってこんなにも曖昧で、同時に豊かなんだ」と改めて感じました。まず、匂いや触感が記憶と強く結びつくのはなぜなんでしょうか?
上田 嗅覚って、感覚器の中でも特に解像度が低いんですよね。だからこそ曖昧で、でもその分、記憶や感情とストレートに結びついてしまう。
花光 わかります。触覚も同じで、ある意味で野放しなんです。解像度が高くないからこそ、想像力をかき立てる。だから曖昧さを残しておく方が、豊かな体験になることが多い。
太田 面白いですね。曖昧だからこそ、人それぞれの解釈や物語が立ち上がってくる。
上田 香りって、そこにその人がいるという錯覚を引き起こすんですよ。それで感情が一気に湧き上がってくることがある。
花光 それを数値化したり再現したりするのって、逆に難しいですよね。だけど最近はデジタル技術を使えば、一定の条件で安定した刺激が出せるようになってきていて、そこに可能性があるなと。

共感覚体験装置「シナスタジア X1」。振動子を組み込んだ装置に身を委ねると、音と振動、光に全身が包み込まれていく|デザイン誌「AXIS」211号(2021年)掲載号より引用
太田 感性を測ることはできるのか?という視点は、昨日の都市スケールでの感性評価の話にもつながりますね。今日は身体スケールですが、何かデータとして取れて面白かったことはありますか?
花光 僕の装置では、体験者ごとに言語化されない反応がたくさん出てくるんです。それがバラバラなんだけど、全員にとって確かな実感がある。それって、ある意味とても面白いデータだと思っています。
上田 私の展示でも、香りの温感・冷感を感じた時の身体の反応が印象的でした。香りなのに、部屋に入った瞬間に「湿度を感じた」という人もいたりして。

太田 まさに、言語を超えた体験ですね。そんな感覚をどう共有可能にするかが、これからの問いかもしれません。
花光 僕は、その断片的な感覚の集合が、AIなどの技術と組み合わさって未来の新しい感性の可視化につながると信じています。
上田 きっと、私たちが思っている以上に、曖昧さのなかには多くの可能性がある。都市も人も、そうした余白をどう活かせるかが、これからの鍵になると思います。
最後にモデレーターの太田が語ったのは、こうした議論を実験として開いていくFabCafe Osakaの意志です。たとえば、香りや植物、水といった感覚的な要素を都市の体験価値として再編集していくプロジェクト構想や、企業・研究者との「感性評価の共同実験」などがすでに構想段階にあります。
「アンフォルム」、つまり定型化できないものへの想像力。それは、香りや触感といったからだの奥行きを通じて、都市と人の関係性を再定義する試みでもあります。

記憶や感情に触れる感覚を、どう捉え直すか。あるいは、自分の感じ方を、他者とどう共有するか。このセッションは、そんな根源的な問いに対し、技術とアートの交差点から豊かなヒントをもたらしてくれました。五感という最も個人的なレイヤーから、都市の未来を捉え直すプロジェクトが、まもなく、大阪から始まろうとしています。
執筆:宮崎真衣(ロフトワーク)
撮影:上村典子
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宮崎 真衣
株式会社ロフトワーク 広報
広報の理論と実践を「Mie Institute of Communication」で学んだ後、アートやIT企業の広報・企画職などを経てロフトワークに入社。さまざまな場面でわきおこるコミュニケーションを、組織だけではなく暮らしや地域に還元していくために、cooperative(協同組合)やcollective(拘束力を持たない緩やかなネットワーク)に参画しながら学びを深めている。
広報の理論と実践を「Mie Institute of Communication」で学んだ後、アートやIT企業の広報・企画職などを経てロフトワークに入社。さまざまな場面でわきおこるコミュニケーションを、組織だけではなく暮らしや地域に還元していくために、cooperative(協同組合)やcollective(拘束力を持たない緩やかなネットワーク)に参画しながら学びを深めている。