Interview
2024.2.13
FabCafe編集部
ロフトワークが運営する「FabCafe Tokyo」は、日本のほかタイ、マレーシア、スペイン、フランス、メキシコなど世界中に拠点を広げるクリエイティブコミュニティ「FabCafe」の最初の拠点として誕生しました。
人が集うカフェに、レーザーカッターやUVプリンター、デジタル刺繍ミシン等のデジタルものづくりマシンが設置され、デジタルファブリケーション(デジタルデータをもとに創造物を制作する技術)を通じたワークショップやイベントが開催されています。また、バイオテクノロジーからミラーワールド、Web3といった先端的なテクノロジーをテーマにしたイベントやサステナビリティに関するコミュニティ活動なども広く行われている場です。
それらはロフトワークと密接な場合もあれば、独立したプロジェクトとして企画されることも。オープンからの10年間で、さまざまなプロジェクトを立ち上げてきました。
FabCafe Tokyoはロフトワークにとってどんな存在なのか。そして、社会におけるどのような立ち位置を目指すのか。
「FabCafe Tokyo」のスタート時期から運営に携わり、現在はCOOとCTOを兼務する金岡大輝さんに、FabCafe Tokyoのこれからについて話を聞きました。
企画・取材・編集:くいしん
取材・執筆:小原 光史
編集:小山内 彩希
撮影:村上 大輔
—— FabCafeには、3Dプリンターやレーザーカッターといったマシンが設備されるなど、ユニークな特徴があります。第1号店である「FabCafe Tokyo」の事業責任者を務める金岡さんは、「FabCafe Tokyo」をどのような存在だと考えていますか?
FabCafeには3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機械が設置されており、“デジタル”と“リアル”の壁を自由に横断して「未来のイノベーションを生み出す」というコンセプトはありますが、あくまで「ただのカフェ」だと思っています。
—— 「ただのカフェ」……?
デジタルファブリケーションを可能にする環境ではありますが、コーヒーを飲んで帰ってもいいし、カフェという空間を使ってイベントを開催してもいいんです。
「制約なく何をしてもいい」し、イノベーションというコンセプトがあっても敷居の高さを感じさせることがなく誰でも気軽に出入りできるという意味で、僕にとっては良い意味で「ただのカフェ」です。
—— 食、アート、バイオ、AIから教育まで、ものづくりの枠を超えたユニークなイベントが開催されていたり、クリエイティブカンパニーであるロフトワークと資本関係にあったりするので、「ただのカフェ」とは驚きです。
FabCafe Tokyoはロフトワークの一部と誤解されがちですが、「ロフトワークの持ち物」という使われ方はしていません。もっと出島的な存在で、開かれたみんなの場なんです。
もちろん、ロフトワークが新しい仕掛けをする場として活用することもありますが、ロフトワークに関係なく、FabCafe Tokyo独自でクリエイターやアーティストとコラボレーションすることも多々あります。
—— ロフトワークに関係なく、誰がどのような目的で利用してもいいという意味で、「ただのカフェ」。
そうです。でも、「ただのカフェ」の役割は年々変化していて……。「FabCafe Tokyo」の存在価値をあえて言葉にするなら、「個人の興味を増幅する場」とでも言いましょうか。
3Dプリンターやレーザーカッターなどは、かつては“先端マシン”としてしか見られていなかったかもしれませんが、新しい技術が浸透してきた結果、それを見て、「何かつくってみたい」と感じる方も増えました。
また、技術が社会に浸透した結果、デジタルファブリケーションそのものを目的にカフェを訪れる人も減ったんです。
—— ものづくりができるけれど、現在はそれ自体が目的ではなくなっている……?
2012年から10年間、「YouFab Global Creative Awards」という、世界のトップクリエイターがデジタルファブリケーションを使って作品やアクティビティを応募するアワードが続いてきました。
YouFab Global Creative Awardsは、最初の頃はレーザーカッターを使って制作した作品コンテストだったのですが、技術が社会に浸透した結果、技術そのものについて語る人はいなくなりました。次第に、技術を使って何をつくるか、その意義は何か……ということに焦点が当たるようになり、それと同様にFabCafeの提供価値も変化してきたんです。
技術をベースに、カフェをつかって、世の中で活動するクリエイターはもちろん、ロフトワークやFabCafeで働く人も自分の興味を思いきり形にする。そんな機会が増えてきたように思います。
—— たとえば、どんな事例があるんですか?
ロフトワークのSustainability Executiveを務めるケルシー・スチュワートは、現在さまざまなサステナビリティ関係のプロジェクトを手がけています。これらはもともと、「FabCafe Tokyo」で彼女が自らの関心から立ち上げたものでした。
ロフトワークはエージェンシーですから、一部の社内のプロジェクトをのぞいては、クライアントからの依頼があって初めてプロジェクトが立ち上がります。
しかし、FabCafeでは社内のメンバーが個人的に、あるいは外部のクリエイターやエンジニアなどと一緒に「これをやってみたい」という強い動機からプロジェクトをスタートすることが多いんです。
ケルシーもまた、「ただのカフェ」を利用しながら、ポップアップマーケットやデザイナソンといった活動を通して自分の興味を形にしていたんです。
—— 金岡さんは「FabCafe Tokyo」を、「興味を増幅する場」にしようと育ててきたのでしょうか。
自然とそうなっていった、というのが実際のところです。
“Fab”という言葉は“Fabrication”に由来していて、辞書的に言えばものづくりを意味しているのですが、その言葉の意味は変化しつつあります。
先ほど「YouFab Global Creative Awards」を引き合いに出しましたが、それと一緒です。“Fab”はもはや「ものづくり」を意味する言葉ではなく、つくることの意義や、その先にあるものを捉える言葉になってきています。
「FabCafe Tokyo」は、いわば変化する“Fab”を投影する場所です。“Fab”の変化によって存在意義が変化してきましたし、僕自身が手がける領域も広がっていきました。
—— 金岡さんは、どのような経緯で「FabCafe Tokyo」の立ち上げに参加したのでしょうか。
僕はもともと、イギリスで建築を学んでいたんです。
帰国後、地元の渋谷をいつものように散歩していたときのこと。オープンを目前に控えた「FabCafe Tokyo」が目に入ってきました。
ガラス張りなので店内がよく見え、のぞいてみたら、大学でよく使っていたレーザーカッターがあって。
当時はまだ、レーザーカッターを使ったものづくりが一般的ではなかったので、「渋谷にもこんな場所があるんだ」と興味を持ちました。そして、お店の入り口には“Coming Soon”と書いてある。
建築のデザインそのものよりも、その周辺の技術や、特に自分のデザインしたものがすぐに手にとることができるデジタルファブリケーションの世界に強く惹かれていたこともあり、とりあえずバイトしてみようと思いました。これが最初のきっかけです。
—— レーザーカッターがきっかけで、「FabCafe Tokyo」に?
建築学部の学生は、何かしらの建築物をデザインして、それを模型にして提出するんです。模型をつくるには、「モデルメイキングルーム」という部屋を利用するのですが、そこにレーザーカッターが置いてあって。
模型をつくるときは、例えばスチレンボードをカッターで切るとか、地道に手を動かす作業が必ずあるものだと思っていたのですが、レーザーカッターは違いました。つくりたかったものが、一瞬にして形になっていくんです。これに衝撃を受けました。
もちろん、その後に素材を磨いたり、組み立てたりという手作業の工程はありますが、ディスプレイ上でデータとして操作していたものが、そのまま形になって手元に現れたときの感動は忘れられません。
その衝撃が心に残ったまま、建築を続けるのか、あるいは違う方向性に進むのかを日本で考えているときに、FabCafeに出会ったわけです。
── FabCafe Tokyoで働きはじめてみて、これから進むべき道が明確になった?
働き始めて、気づいたんです。たしかに建築には興味があり、ものづくりが好きだったけれど、デザインをしたりつくる行為そのものよりも、どうやってそれらのものごとを実現するか、プロセスを考えるほうが好きなタイプなのだと。
デザインすることが得意な人がいるのであれば、その人に任せたほうがいい。むしろ、狭義のデザインではなく、その作り方やマテリアルまで含めた、デザインしたものをどのように実現するのかというプロセスまでを含めたデザインに興味がありました。自分のやりたいことが実現できる場所を考えた結果、「FabCafe Tokyo」にたどり着いたということです。
—— 「FabCafe Tokyo」では、どのような仕事をされてきたのでしょうか。
入社して間もなくは、テクニカルなワークショップや建築にまつわる企画を運営する、なんでも屋として働いていました。僕にとって、「FabCafe Tokyo」での仕事は、そのすべてが常にワクワクするような時間だったように思います。
デジタルファブリケーションという、僕のルーツにある技術が、さまざまな領域のクリエイターたちに活用されていく様を見るのが楽しかったんですよね。
デジタルファブリケーション自体は技術に過ぎませんが、それを介して世界との接点が増えていく日常は、入社前からおぼろげに抱いていた「つくるプロセスを開拓すること」へのワクワク感そのものでした。
—— 「誰がどのような目的で利用してもいい」からこそ、領域を越えたコラボレーションが生まれてきたのだと思います。その前提に立った上で、金岡さんご自身がこれから実現したいことってあるのでしょうか。
うーん……。
世の中が変わり続ける中で、「FabCafe Tokyo」としての存在意義を果たし続けたいと思っています。それは、どんなときもカフェをオープンすることから始まると思います。
コロナが日本に上陸したときも、店を閉じませんでした。自作でマスクをつくったり、フェイスガードをつくる実験をする人がいたからです。状況が変わっても、それに合わせて何かをつくって試行錯誤をすることは、人間の根源的な強さだと考えています。
何かアイデアがある人だったりつくりたいものがある人なら、どんな人でも迎え続けて、仲間とつながる場所であり続けたいと思っています。
先ほど、10年間でFabCafeの提供価値が変化したと言いましたが、「FabCafe Tokyo」が誕生した頃と現在では、社会の空気感も大きく変わりました。企業にとっては、自分たちが生み出したサービスが社会にどのような影響を及ぼすのか、もしくは、どのような影響を及ぼすためにサービスをつくっていくのか、その意義が問われる時代になっていますよね。
すると、以前にも増して「実験する場」が求められるようになります。時代の先を行くトピックが生まれたときに、それを社会に問う機会や、新しいサービスが社会にどのような影響を及ぼすのか、それを試す場所が必要です。
僕はFabCafe Tokyoが、その受け皿になれる場所だと思っています。
—— 金岡さんはこれから、FabCafe Tokyoをどのような存在にしていきたいと考えているのでしょうか。
新たに「こうしていきたい」というよりは、今の状態を保っていきたい、という思いでいます。「とりあえずFabCafe Tokyoに来たら、なんとかなるかも?」という期待感を持ってもらえ続けたら、それでいい。
この場所はとにかく、器が広い場所なんです。
ここに集う人は、バックグラウンドもさまざま。起業したり、オリジナルのブランドをつくったり、イベントでつながった人の会社に就職したりと、僕らが意図していないところで出会いと化学反応が起きているんです。働いているスタッフも、フルタイムの人がいれば週2日だけ出勤している人もいて、生物学研究のバックグラウンドを持つ人もいればダンサーもいる。
このカオスを維持しなければ、文字通りの意味で「ただのカフェ」になってしまう可能性があります。
“Fab”の意味は可変ですが、その頭文字が存在する意味は失ってはいけない。そのためにも、もっといろいろなまちに拠点と仲間を増やしていくべきだし、多様なクリエイターとコラボレーションしていかなければいけません。僕の役割があるとすれば、常に新たなコラボレーターを探し、移り変わる流れそのものを止めないことですかね。
—— ちなみに、これから“Fab”が持つ意味は、どのようなものになっていくと思いますか?
あえて僕なりの言葉を使えば、社会にいろんな分断が起きているなかで、「つくる」という行為を共通言語にして、人とつながっていけることが“Fab”です。
ただ、難しいですよね。FabCafe Tokyoは「ただのカフェ」であり、「つながりの拠点」であり、「実験の場」でもあります。来る人によって、存在価値がいかようにも変わるんです。
僕の話を聞いて、「FabCafe Tokyoって結局、なんなんですか?」と思う人もいると思います。だから、ぜひ一度足を運んでみてほしいです。きっと「ただのカフェ」なんですが、「ただのカフェ」が持つ可能性に気づいてもらえるはずです。
カフェのルーツをたどると、そこは文化人が集まる「サロン」のような役割を持つ場所であり、かつては社交の場として栄えたそうです。
金岡さんに話を伺ってみると、道玄坂のてっぺんにお店を構える「ただのカフェ」にも、カフェのルーツに近い文化があることに気づかされます。
言語の壁を、思想の違いを、社会の停滞を、人間の根源的な行為である「つくる」を共通言語にして越えていく。
閉塞的な話題が絶えない社会でも、息苦しさを抱えて生きていても、「ただのカフェ」を訪れることで、開ける未来があるのかもしれません。
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