Event report
2022.2.22
David Willoughby
ライター
crQlr Awardsはリニア(直線型)ではなくサーキュラー(循環型)であることを意図しています。他の多くのアワードが過去の功績を称えるものであるのに対し、crQlr Awardsはポジティブなフィードバックループを生み出すことを目的としており、その過程で循環型経済に関するケーススタディや学びを集めた世界的なアーカイブを構築します。その一環として、第一回目のcrQlr Awardの受賞者たちの代表が、2021年12月に2日間にわたって5都市で開催されたオンラインシンポジウムcrQlr Summitに参加しました。
このレポートでは、「スケーラブルなインパクトの創出」をテーマにしたFabCafe Bangkok主催のセッションのハイライトをお届けします。多くの循環型ビジネスは、地元での活動を外へと拡大する局面で、資金調達や物流、安価な大量生産品との競争など、スケールアップを阻むさまざまな障壁に直面しています。このセッションでは審査員と受賞者を代表するパネルメンバーが集い、いつどのように規模の拡大に取組むべきかという永遠の課題について議論しました。当日のメンバーをご紹介します。
2021年のcrQlr Awardsでは、19人のサステナビリティの専門家と実務家が審査を担当しました。うち数名の審査員がcrQlr Summitの各セッションに参加し、目に留まった応募作品について議論し、受賞者にフィードバックをおこないました。バンコクのセッションに参加した審査員は以下のとおりです。
カラヤ・コヴィドビシット
カラヤはFabCafe Bangkokの共同創設者であり、FABLAB Thailandのマネージングディレクターです。彼女の研究テーマは、デジタルファブリケーションとバイオテクノロジーがどのように産業を変革し、次世代のデザイナーのために新しいビジネスモデルを生み出すことができるかということです。
モハメド・ムセ・ハッサン
ソマリアから世界へ向けてイノベーション、テクノロジー、アントレプレナーシップ教育を提供している拠点、SIMAD大学にて、イノベーション・テクノロジー・アントレナーシップ研究所 (IITE Institute)の創業ディレクターを務めています。
ウィラメイン・デヨング
ウィラメインは、アムステルダムに拠点を置き、4 Returns approach(再生のための4つのアプローチ)を用いて、長期的かつ全体観のあるランドスケープの再生を促進している組織「Commonland」でランドスケープ・ファシリテーター兼コネクターを務めています。
Singh Intrachooto, PhD
シンは建築家としてキャリアをスタートし、現在はバンコクにあるカセサート大学で建築イノベーション分野の准教授を務めています。また、先駆的なアップサイクルデザインのベンチャー「OSISU」のデザイン責任者でもあり、タイにおけるサーキュラーデザインの先駆者と言われています。
ケルシー・スチュワート
ケルシーはFabCafe Globalネットワークのチーフコミュニティオフィサーです。今回のセッションでは、crQlrアワードの審査員兼共同開催者としてモデレーターも務めました。
2021年のcrQlr Awardsでは、200件以上の応募の中から63件の受賞プロジェクトが選ばれました。各セッションでは、受賞者数名が、プロジェクトの社会実装やスケールアップにおいて直面した(多くは現在も続く)課題について語りました。バンコクのセッションに受賞者を代表して参加したのは以下の各氏です:
SAWADEE(澤秀俊設計環境)は、人口の少ない飛騨高山で森林資源を活用した循環型経済モデルの実現に取り組んでいます。飛騨高山には豊かな森林があるにもかかわらず、エネルギーや建材のために中東産の化石燃料や外国産の木材を輸入しています。そこでSAWADEEはNPO法人を設立し、地域の森林から間伐材を集めて活用する物流システムと、地域の木材で地域通貨を造りました。このプロジェクトは、審査員のウィラメン・デヨング氏からSustainable Forests Prizeを受賞しました。以下は氏のコメントです。
「私がこのプロジェクトを高く評価しているのは、地域のために大局的な視点からアプローチし、世代を超えた連帯感やライフスタイルにもつなげている点です。グローバル化に伴い、私たちは地域の産業とのつながりを失いつつあり、輸出入と地産地消のバランスをとる必要がありますが、この取り組みはこれを非常にエレガントに実現しています」
スペインのカナリア諸島を含む西アフリカ沿岸の島々であるマカロネシアで、サーキュラーエコノミーへの移行の一環として先進的なアクアポニックス(魚の養殖と植物の水耕栽培を組み合わせたもの)を導入しました。ラス・パルマス・デ・グラン・カナリア大学が主導するこのプロジェクトでは、欧州地域開発基金の助成を受け、サステナブルな水利用と食糧生産を促進するために、養殖、水耕栽培、微細藻類の研究開発をおこなっています。このプロジェクトは、審査員のシン・イントラチョート氏からHybrid Symbiosis Prizeを受賞しました。以下は氏のコメントです。
「アクアポニックのコンセプト自体は目新しいものではありませんが、このプロジェクトで示された地域間の協力関係の構築と、産業規模でこれを実現したことが印象的でした。このような事業を実りあるものにするためには、科学的、工学的、そして政治的な体力が必要だからです」
SOUJIは、使用済み料理油をわずか1分でエコロジーな洗剤に変身させる方法を開発したスペインのスタートアップです。1リットルの油は100万リットルの水を汚染すると言われており、スペインでは廃油の60%以上が下水道に流されています。SOUJIという名前は日本語の「掃除」から来ており、伝統的な石けん作りの原理を用いながら、脂肪酸を石けんに変えるために、苛性ソーダではなく別の新しい成分を使用しています。同社は、審査員のケルシー・スチュワートからLiquid Gold Prizeを受賞しました。以下は彼女のコメントです。
「使い終わった料理油の廃棄問題に対するSOUJIのイノベーティブなソリューションは、様々な観点から、WIN-WIN-WINであると言えます。SOUJIの革新的な廃油処理方法により、排水溝を塞ぎ、場合によっては発がん性もある廃油をどうするかという問題が解決する一方で、使い捨てのプラスティック容器に入れて出荷という通常の仕組みを経ずに顧客に洗剤を提供できます。このような科学的イノベーションと非常に賢い解決策の組み合わせがリニアエコノミーを崩し、地球にとってより良いソリューションを提供することになるのです」
セッションの前半では、審査員と受賞者がそれぞれのプロジェクトについて、業界や地域におけるサステナビリティの課題にどのように対応しているかを語りました。各プレゼンテーションは、記事末尾の動画でご覧いただけます。ここでは、フィードバックとディスカッションがおこなわれたセッション後半のハイライトをご紹介します。
ウィラメン: 製品やビジネス、コンセプトを考えるときに重要なのは、意図しない影響について考えることです。その製品の利用が拡大した場合、環境に対してどのようなプラスの影響、あるいはマイナスの影響を及ぼす可能性があるのか。私はSOUJIの製品を気に入っていますが、廃油を何と混ぜているのでしょうか?機密事項なので教えたくないとは思いますが、サステナブルなものなのでしょうか?
セルジオ:ありがとうございます。私たちの製品を気に入っていただいているようで嬉しいです。私たちは、3年かけて開発したサステナブルな処方を採用しています。最初のトライではサステナブルにできなかったので、さらに2年かけてサステナブルな処方を完成させました。動物実験はおこなわず、原料にはすべて植物性および鉱物性のものを使用しています。
ウィラメン:素晴らしいですね!最初の試作品が100%サステナイブルでなくてもいいんです。再生可能性やサステナビリティの到達度を50%、70%、100%と高めていく旅を通じ、自分自身と消費者に対して正直で透明性があれば問題ありません。始めから完璧なものを出さなければと思い込んでしまうと本当に苦労します。特に、古いシステムで回っている経済の中で生活していて、そこにない市場を作らなければならない場合はなおさらです。
モハメド:各チームの皆さん、おめでとうございます!とても刺激的なプレゼンテーションでしたね。ソマリアで見てきた問題の一つは、人々はこのようなプロジェクトに対していつもとてもポジティブですが、その規模を拡大するために必要な資金を提供してもらうために彼らにアプローチしても、実際にはプロジェクトを支援してくれません。このビジネスを継続するための展望はありますか?
カルロス:私たちはEUから資金を得て、この分野の研究をおこなっています。そして、地元の交易商と協力して有機性廃棄物を活用したり、別の解決策を考えたりしています。また、ホテルとも協力して、循環型経済のために彼らが実施できる新しいアイデアを一緒に考えています。小さくても私たちの島には毎年1,400万人近くの観光客が訪れますので、すべての廃棄物を処理することはできません。
モハメド: 私たちがスタートアップ企業にビジネス戦略について教えるときに使うフレームワーク「Business Model Canvas」では、ビジネスの継続のためのお金は自分で作るしかありません。もちろん公的資金に頼って事業を立ち上げることもあるでしょうが、すべてをそこに頼ったままではいられません。その点、このプロジェクトではビジネスモデルを進化させようとしているのがいいですね。
セルジオ:SOUJIはプロトタイプの製造機を1台所有していますが、市場流通の拡大に必要な最低限の台数を作るためにはパートナーが必要で、それには手元の資金では足りません。現在、スペインの有名企業が独占権を求めてきているので、彼らと組むか、金融機関から融資を受けるかを考えています。
ウィラメン:ビジネスの立ち上げ期と成長期の間には、実際にビジネスを確立させるまでの過程の期間があります。この期間は、製品を作り、製品をテストし、市場をテストし、ブランディングをおこなうために多くの時間とエネルギーを必要とします。急激な成長や規模の拡大を目指すと、その旅路があっけなく終わってしまう危険があります。十分な知見を蓄えたと感じたときに、適切なタイミングでスケールアップすることが重要だと思います。
カラヤ:モハメドさん、私はサステナビリティを加速させる循環型スタートアップのアイデアが大好きです。次の世代が成長し、拡大していくためにどのようなサポートが必要だと思いますか?
モハメド:私たちは、循環型経済という考え方がほとんど存在しない環境で活動しています。私たちのようなイノベーションハブでは、循環型であるかどうかを中心に物事を考えたりしません。そこで私たちは、「社会起業家を目指すなら、解決すべき地元の社会的課題はこれですよ」と伝えるようにしています。あなたはどの課題に挑戦しますか、と。そうすることで、より多くの若者に循環型経済に参加してもらうことができるのです。自分の手で物事を進め、解決策を考え出すのは若者たちです。規模の拡大に関して言えば、その前段として彼らがすでに生み出したインパクトを測定しなければなりません。そして、そのインパクトを伝えるストーリーを用意し、ソーシャルメディアやテレビで公開することで、彼らの活動に共感を持ってもらう必要があります。
カラヤ:ウィラメンさん、私はCommonlandの大ファンで、タイでのプロジェクトをとても楽しみにしています。Commonlandの目標はとても明確でシンプルですが、その実行はとても複雑なはずです。さまざまなスキルや文化を持った多くのステークホルダーを相手にしなければなりません。彼らの合意と協力を得たうえで実現へのプロセスを進めていくためには何が必要ですか?
ウィラメン:ありがとうございます。テクノロジー、環境修復、アクアポニックス、林業など、異なる領域にはそれぞれ独自の知見が確立しています。しかし、いざコラボレーションしようとすると往々にしてうまく行かないのは、お互いを理解していなかったり、用語の捉え方が違ったりするのが理由です。そんなとき、Commonlandはお互いの世界を理解できるよう手助けします。具体的には、マルチステークホルダーパートナーシップを推進する「Theory U」という手法を使い、バックグラウンドが異なる人々の新しい種類の対話を促進します。重要なのは、お互いを尊重し、注意深く耳を傾け、自分の意見を捨てて、システムが全体として目指すところを理解しようと努力することです。
カラヤ:シンさん、あなたとは長い付き合いで、大学との共同研究からOSISUに至るまでの、この領域における情熱を感じますが、今後はどのような活動を予定していますか?
シン:これまでの活動で、循環型であるためにはコラボレーションが重要だということを学びました。ですから次の目標は、このプラットフォームに参加してくれそうな人たちすべてを、点と点とを結びつけることです。近々、タイでは循環型経済のハブが誕生するでしょう。今回のイベントに参加して感じたのは、crQlrがそのハブになる可能性があるということです。何百ものプロジェクトの審査を終えて、いま私は点と点をつなげたいと思っています。このプロジェクトとあのプロジェクトを結びつけたいのです。そうしないと、サーキュラーではなく、1つの閉鎖ループ内の活動にとどまってしまうでしょう。
カラヤ:受賞者の皆さんにお聞きします。皆さんの多くがビジネスの成長に取り組んでいるところだと思いますが、いま目の前にある重要な課題は何でしょうか?
澤:森の頂から下界の日々の生活に至るまでのグランドプランを常に考えています。林業の現場では、多くの人が違った仕事に従事していますが、すべてが関連しています。建築家やデザイナーのような人が、森の頂のような視座から最終的なアウトプット、製品、ライフスタイルまでの全体像を見る必要がある。そんなことを考えています。
カラヤ:なるほど、木材から通貨を造り、マーケットプレイスを作るというのもその一環で、基本的には昔のように生活の中に森を取り入れることを考えておられると。たしかに今、私たちは森から離れ、森を単なる素材として利用しています。澤さんは、私たちにとって森がいかに重要であるかを伝えようとされているのですね。
カルロス: 私たち当面の課題のひとつは、よりサステナブルな循環型経済の実現に向けてコラボレーションしてくれる地元企業の数を増やすことと、より多くの学生に働きかけて、循環型経済モデルへの転換の重要性を教えることです。特に島嶼部の廃棄物や水資源、エネルギー効率などの問題を共有したいと思っています。総じて、小さな島嶼部のサステナビリティを高めることが私たちの課題だと考えています。
セルジオ:SOUJIの重要な課題は、この新しい形態の製品を市場に訴求することです。スペインでは環境意識がなかなか高まらず、私たちの会社は規模が小さいので価格を高く設定せざるを得ません。現在、製品を販売しやすくするために、オペレーション、物流、マーケティングのコストを削減することに注力しています。大手の卸売業者は3万個以上の注文を求めてくるので、なかなか話に乗ってくれません。
以下の動画でバンコクのセッションすべてをご覧いただけます。
FabCafe Barcelonaが主催したcrQlr Summitセッション最終回では、スケーラブルなインパクトの創出において「システムデザインと天然資源」が果たす役割をテーマとして設定しています。こちらもぜひ、ご覧ください!
crQlrは、循環型経済に基づく新しい社会の実践者と未来の創造者を支援するグローバルなコンソーシアムです。アワードについてのお問い合わせや、ご自身の循環型プロジェクトへのサポートをご希望の方は、こちらまでご連絡ください。
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David Willoughby
ライター
サステナビリティ、テクノロジー、文化について考え、執筆しています。これまでに多くのハッカソン、講演、その他イベントをレポートしています。また、日本の企業と協力して、彼らのストーリーを世界に伝えるお手伝いをしています。
サステナビリティ、テクノロジー、文化について考え、執筆しています。これまでに多くのハッカソン、講演、その他イベントをレポートしています。また、日本の企業と協力して、彼らのストーリーを世界に伝えるお手伝いをしています。