Interview

2020.5.18

400年続く飛騨の伝統工芸「春慶塗」とは?今のライフスタイルに合う漆器を提案する塗師・鈴木隆司さんのお話。

堀之内 里奈

FabCafe Hida ものづくりディレクター/マネージャー

いつもcafeで、地域内外のお客様をお迎えする私たちが、FabCafe Hidaを飛び出して、飛騨で活躍される様々な人と出会い、まだ知らない飛騨の魅力を知り、訪れる方にその魅力を伝えたい。そんな思いを持って以前ご紹介した飛騨北部にある河合町の伝統工芸品「山中和紙」に続き、同日訪問したのは隣町の飛騨神岡町。飛騨に伝わる伝統工芸「春慶塗(しゅんけいぬり)」という漆器の魅力に出会いました。

今回は地元の人も意外に知らない「春慶塗」のこと。若くしてUターンでその後継者となった塗師・鈴木隆司さんのお話。そして鈴木さんのアトリエがあるお店で、物が持つストーリーとライフスタイルを発信されている『ICHI MARU ICHI』さんについてFabCafe Hidaものづくりディレクターの堀之内がご紹介します。

神岡でひとりしかいない神岡春慶塗の職人さんから教わった技術

鈴木さんと出会ったきっかけは、まだ「ICHI MARU ICHI」ができる前、そのお店の看板をFabCafe HidaのFabマシンで作りに来てくださったことから。看板の作成中に鈴木さんのお話を聞くと、神岡でひとりしかいない神岡春慶塗の職人さんからそのノウハウを教わったこと。また当時、お店の中にご自身のアトリエを作っているところだとお聞きし、以前から訪れてみたいと思っていました。その念願かなって、FabCafe Hidaのメンバーで鈴木さんのアトリエにてお話をうかがうことができました。

  • ICHI MARU ICHIの店内にある鈴木さんのアトリエ。

    ICHI MARU ICHIの店内にある鈴木さんのアトリエ。

鈴木さんは飛騨の春慶塗の中でも飛騨神岡町で独自に変化した「神岡春慶」を専門としていてます。
神岡春慶は昭和の初めに飛騨高山から塗師を呼んで教わったのがはじまりで、基本的に丸いもの(お盆や椀物など)を中心に製作することが特徴です。

 

飛騨の春慶塗 (飛騨春慶)とは

飛騨春慶は、自然のままの木目を生かした黄色や紅色をした漆器です。
その歴史は古く、慶長12年(1607年)から作られ、当時はお殿様が上等な茶器として使用していました。江戸時代になるとお盆や重箱など、庶民にも一般生活用品として使われるようになります。現在でも飛騨の人には馴染み深いもので、どの家庭にもひとつは飛騨春慶のお盆等があり、飛騨のお土産物としても親しまれています。
現在も各工房や塗師さんがそれぞれ創意工夫して、様々な春慶塗を製作されています。

 

漆のレイヤーが作る、上品に透ける木目と漆の艶

今回は特別に鈴木さんの製作途中の作品や試作品を見せてもらいました。

  • 鈴木さんの作品。

    鈴木さんの作品。

  • 鈴木さんの試作コレクション。

    鈴木さんの試作コレクション。

飛騨の森と職人の暮らしが生んだ「飛騨春慶

鈴木さんから春慶塗の製作工程をお聞きすると、現在も自然素材だけで作られていることや、丁寧でとても特徴的な作り方が面白かったので、その製作工程をご紹介します。

《木地》
木地とは漆器に使用される木の素地のことで、高山では指物、神岡では挽き物と呼ばれるものを中心に製作されてきました。挽き物とはろくろと呼ばれる木工旋盤で削り出された円い製品のことです。木地には基本的には乾いていればどんな木でも使えますが、飛騨ではトチの木が手に入りやすく、柔らかいため木工旋盤の加工に適していること、さらに磨いたり漆を塗り重ねる中で際立ってくる杢(もく)という光沢が大変美しいため、特に木地の材料に使用されることが多いそうです。

神岡には木地屋洞門(きじやどうもん)という地名もあり、昔は木地師(木地を作る専門の職人のこと)が器になる木を探して山の中を渡り住んでいたと言うお話もあります。

《下地》
春慶塗のつるんとした表面を作るため、また春慶塗の特徴でもある漆から透ける黄色や紅色の発色には下地作りも重要なポイントです。下地として大豆をつぶした豆汁(ごじる)を2~3回塗って木の導管を埋めるのが一般的だそうです。これを乾燥させた物をさらにやすりで研く作業を繰り返すことで、滑らかな表面を作ります。この下地剤に植物の煮汁などで着色することで、上塗り後、木の表情や塗膜が透けた部分に黄色や紅色が浮かび上がります。

《中塗り》
木から採取された漆を濾過した生の漆(生漆/きうるし)を何度も刷毛で擦りこみ、綿布で拭き取ります。薄く残った漆が幾層にも重なって木地を固め、またそれを何度も研ぎながらさらに滑らかな表面を作っていきます。

《上塗り》
仕上げの層を塗る際は、春慶漆(しゅんけいうるし)と呼ばれる精製された漆を使います。くろめという精製工程で生漆から水分を飛ばし、蜂蜜のような粘度の茶褐色で透明の漆が完成し、この工程を経た漆は、塗り上がりの艶が格段に上がります。
飛騨春慶では一般に透漆にさらに荏油(エゴマ油など)を混ぜることで、この粘度の高い透漆を塗りやすいように緩め、また薄く均一に伸びるようにするそうです。

漆はウルシの木から採取することができるのですが、実はとても大変な作業で、一本の木から2回まで、その生涯でたった200ccしか採ることができません。神岡には漆山(うるしやま)という地名もあるとおり漆が植樹されていたそうですが、漆をかく(漆を取る)職人さんが絶えてしまい採取できなくなってしまいました。
現在、飛騨高山では春慶塗に関わる有志の方々で、再び木を育てたり漆掻きをしたりといった活動をされ始めているそうです。

《乾燥》
鈴木さんのアトリエには神岡春慶を乾燥するための特別な部屋がありました。この中は漆が乾燥するために最適な温度(15~25℃)と湿度(65~75%)に設定されていて、その温度と湿度は森の中と同じくらいだそうです。この「森の中と同じ温度と湿度」に調整するという部分が私にとってはとても面白くて、森と人とが共に暮らしてきた長い歴史を感じた瞬間でした。

  • 乾燥させるために漆を固めた物で器とツク棒(塗り〜乾燥のための持ち手)を接着している様子。

    乾燥させるために漆を固めた物で器と木の棒を接着している様子。

  • 森の中を再現した特別な乾燥室。

塗師として活動を始めたターニングポイントとは

鈴木さんは以前、旋盤で加工する車部品製造の仕事をしていました(現在もその仕事を塗師としてのお仕事と並行してされています)。車が動くための大事な部品なので、狂いなどは許されず、100点をとるのが当たり前の世界と言います。そんな世界の中で鈴木さんは「工業製品の中に民藝性は宿るのか」ということに興味を持ち、物が持つストーリーを汲み取り、伝えることをとても大切にしていらっしゃいました。

今後はご自身の作家活動をされながら、神岡春慶や漆のことを自分の作品を通して知っていただいたり、地元の人も意外に知らない春慶塗でできた製品の使い方やメンテナンス方法を通して、親しんでいただきたいとおっしゃっていました。(鈴木さんの作品について詳しくはこちら

  • メンテナンス不足で乾燥して割れたり、すり傷が入ってしまった器。

  • 鈴木さんの作品「文脈へと接続する媒体としての器」

お話を聞いた後は実際に鈴木さんの器でカフェオレをいただきます!

アトリエがある店内には御座敷のカフェスペースがあり、そこで早速カフェオレをいただきました。いただいたカフェオレには鈴木さんの漆の器と神岡春慶のカトラリーが使われています。カフェオレの器はコロンとていて丸みを帯びたフォルムがとても可愛らしく、両手で包み込むように器を持っていただきます。木と漆が何層にも重なっているからかカフェオレの心地よい暖かさが手にじわじわ広がりとても癒されました。

クマさんのラテアートも作っていただきました!

もの思いのお座敷コーヒースタンド 「ICHI MARU ICHI」

店内には広い御座敷の空間が広がり、大きな木のテーブルや、縁側など好きなところでまったりと寛ぐことができます。カフェメニューも豊富で、ドリンク以外にもトーストなどのちょっとした食べ物もありました。カフェスペースの隣にはセレクトショップがあり、鈴木さんの作品以外にも飛騨春慶のアクセサリーや本、器など素敵な品々が並びます。

セレクトショップ

  • 細い木を3つに並べたテーブルに座るFabCafe Hidaメンバー

  • 縁側の席からは降り積もる雪が見られました

鈴木隆司さんとICHI MARU ICHIオーナーの奥様

鈴木さんのお話や、「ICHI MARU ICHI」さんの空間から神岡春慶の魅力や、物と丁寧に向き合うことで生まれる生活の豊かさを感じ、とっても充実したひと時を過ごすことができました。

飛騨出身の私にとっては飛騨の家庭にはお盆やお椀など必ず見かける春慶はなんだか古いイメージがありましたが、鈴木さんの作品やお話を通して「たくさんの飛騨の森の恵と400年続く職人の技術を秘めたもの」であり、「とても粋な使い方ができる素敵なプロダクト」という印象に変わりました。これからは家にある春慶塗のお盆をもっと大切に使いたいという気持ちと、自分に合った漆の物を人生の中でひとつ手に入れて使い続けたいと思いました。


ICHI MARU ICHI
〒506-1147 岐阜県飛騨市神岡町東雲325番地2
Web: https://ichi-maru-ichi.business.site/


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Author

  • 堀之内 里奈

    FabCafe Hida ものづくりディレクター/マネージャー

    飛騨古川出身。小さな頃からものづくりが好き。学校を卒業後、美濃焼について学ぶ。その後、接客業に興味を持ち、奥飛騨温泉郷で1年間仲居として勤める。接客の経験を活かしながら飛騨のものづくりに関わる仕事がしたいと2016年11月にFabCafe Hidaにジョイン。仕事を通して木工やFabを経験。現在ものづくりディレクター/マネージャーとして、地域の人に寄り添いながら、飛騨の様々な魅力を楽しく、わかりやすく伝えることを目指しています。

    飛騨古川出身。小さな頃からものづくりが好き。学校を卒業後、美濃焼について学ぶ。その後、接客業に興味を持ち、奥飛騨温泉郷で1年間仲居として勤める。接客の経験を活かしながら飛騨のものづくりに関わる仕事がしたいと2016年11月にFabCafe Hidaにジョイン。仕事を通して木工やFabを経験。現在ものづくりディレクター/マネージャーとして、地域の人に寄り添いながら、飛騨の様々な魅力を楽しく、わかりやすく伝えることを目指しています。

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