Event report

2024.10.28

“新しい関係性のデザイン“―素材と人の、愛ある関係性を探る

2021年からスタートした「crQlr Awards」は今回で3回目の開催となり、世界各地から約300もの応募が集まりました。アワードの目指すところは、優れたデザインを評価するだけでなく、サーキュラーデザインの実践者たちが業界や地域の垣根を超え、新たなクリエイティビティやビジョンを共有し、「未来の作り手」につなぐこと。世界中のアイディアに触れ、新たなきっかけを生み出す場として、「crQlr Awards Exhibition」が企画され、東京・京都・台湾を巡回したあと、最終地の名古屋で開催を迎えました。さらに、名古屋での展示にあたり、東海エリアを拠点に取り組むプロジェクトや製品も展示されました。

今回は、キュレーションを務めたFabCafe Nagoyaコミュニティマネジャー斎藤健太郎さんと、展示構成を手がけたアンビエントデザインズ主宰・建築家の石黒泰司さんが対談。「crQlr Awards Exhibition Nagoya」を通して二人が感じた、サーキュラーが描く景色、素材と人との“新しい関係性”を語ります。

斎藤:今回、展示の中心となるアワード特別賞受賞プロジェクトに加え、crQlr Awardsの受賞作品から名古屋で展示するべきだと思うものをピックアップしました。また、アワードは世界各地から集められたもので、多くが遠く離れた地域や、海外での取り組みでした。そのため、来場者が実際に話を聞いたり、活動を見に行きたいと思ったときに、よりつながりやすいよう、アワード受賞作品に加えて、東海エリアを拠点取り組むプロジェクトや製品も紹介しました。これにより、世界で広がる循環型社会のテーマがより身近に感じられるような企画を目指しました。
展示構成にあたっては、東京・名古屋を拠点に、建築からプロダクトや展示まで幅広くデザインを行うアンビエントデザインズの石黒さんにお願いしました。
アンビエントデザインズさんには、以前、別のプロジェクトでも関わっていただきましたが、これまでのお仕事を拝見してきて、「喫茶七番」や「一宮のストリートファニチャー」など、空間に溶け込みすぎないバランス感覚が印象的でした。特に、「その場所にそうあるべき」という見せ方が心に残っています。今回のcrQlr Awards Exhibitionでも、この東海という地域において「あるべくしてある」という取り組みに育っていってほしいという思いもあり、お声がけをしました。

石黒:私がこれまで手がけてきた仕事は、建築物に限らず、事務所の名前にもあるように「アンビエント=取り巻くもの・環境」を設計すること。人々が生きるなかで、「もっと新しい、素敵なあり方」や「本質的で根本的な形」があるのではないかと、常に考え続けています。

杜の舞台(アンビエントデザインズ設計2022)《一宮市ウォーカブル空間デザインプロジェクト》の一環として2022年秋に実施された、社会実験のための小さな公共建築 撮影:ToLoLo studio

石黒:これまでの仕事を一つ紹介すると、一宮市の駅前通りの道路上に家具のような建築物のようなストリートファニチャーを設計しました。公共空間を多様な活動の場へ転換するための社会実験であり、道路の再設計やエリアのビジョンを考え、設計した建築です。都市計画という大規模なプロジェクトから、住宅・店舗の設計、展示会の会場構成まで、プロジェクトの規模が毎回異なる仕事をしてきました。
ただ、どの仕事においても心がけていることは、その場所やそこに関わる人たちの一番個性的な部分を引き出し、形にすること。私たちの生活を取り巻くモノとコトを観察し、多様な環境のなかでそれぞれの「あたりまえ」を発見し、その価値を表現することを目指しています。

では、今回、斎藤さんと石黒さんの二人が出会うことで、どのような展示空間が生まれたのでしょうか。


Photo by 稲田匡孝

――展示会のコンセプトはどのように考えたのでしょうか?

石黒:展示会というのは期間が定められていて、展示を構成する什器などの背景にあたるものは、終了すれば解体・廃棄されることが一般的です。そのなかで、テーマであるサーキュラー・循環に沿った展示構成はどのようなものか、ということを考えました。
当初、斎藤さんとの話では、オリジナルの什器を設計しようかという案もありましたが、それでは展示終了後に解体され、展示会のテーマであるサーキュラーに逆行してしまいます。そこで、できる限り「つくらない」方法について考えました。
しかし、一方で、ファブカフェの空間にはマシンやマテリアルの展示があり、さまざまなモノや情報が集まっています。そのなかで「つくらず」物を置くだけでは、展示自体が溶け込んでしまい、展示会としての機能が失われる可能性がありました。そこで、「つくらないけど、きわ立たせる」ことができる方法を模索しました。

――実際に、どのようにしてそのコンセプトを具現化したのでしょう?

石黒:今回の展示構成のメインの素材として採用したのは、オレンジ色の「コンパネ」と呼ばれるパネルです。正式名称は「コンクリートパネル」で、コンクリートを流し込む型枠として使用され、全国のホームセンターで手軽に入手することができる建材です。


Photo by  稲田匡孝


  • Photo by 稲田匡孝


  • Photo by 稲田匡孝

石黒:コンパネは購入時のそのままの大きさを活用し、立体的な展示物はその上に配置しました。さらに、カッティングシートやマスキングテープを使って必要な情報を貼り付けることで、展示会が終了した後には簡単に元の状態に戻せるようになっています。その後、このコンパネは本来の用途としてコンクリートの打設の型枠として再利用もできますし、家具など別の用途にも活用可能です。パネルを改変しないことによって、その先に使い続けられるものになる。通常は使い捨てにされるコンクリートの型枠が、展示会で什器として主役を飾る台となり、その後も別の用途で使い続けられる仕組みが、サーキュラーをテーマとした展示会にふさわしいように思いました。


Photo by 稲田匡孝

斎藤:当初、石黒さんからこの案をいただいて、「床置きしましょう」と言われたとき、想定外の提案で、お客様に蹴られるのではないかと考えたのですが、そんなことは一度もありませんでしたね。笑
コンパネの色艶や黄色の発色の良さで、空間のなかで目線を惹きつけ、展示物を目立たせる存在になり、床置きするという発想が、かえって来場者の興味を惹きつけて、「覗き込んで見てみる」という行動を促すことができたような気がします。

石黒:会場に入ると、まず目につくのは、アワードの特別賞の3つの作品が直線上に並んでいます。そして、そこから目線を左の方に移すと、一段上がったところに、東海エリアのプロジェクトが並んでいます。


キャプションデザイン 和祐里

石黒:来場者は、コンパネの周りをぐるぐると回りながら、会場を回遊する。姿勢を低くしたり、かがんだり、見上げたりして展示物と向き合う。このように能動的な動きを促すことで、来場者自身が情報を積極的に受け取り、風景の中を歩き回って体感することを目指しました。ファブカフェのなかに、「ランドスケープ」をつくり出すこともキーワードとして考えました。カフェとしてのいつもの光景のなかに、展示物を見ている人たちの自由な動きがあり、それがおおらかな空間の中でひとつになっている景色をつくり出したいと思いました。


Photo by 稲田匡孝

石黒:さらに、今回の展示の特徴の一つとして、「アンカー」と呼んでいる、展示物に紐づいた、日常生活でよく使われている身近なものを陳列することを提案しました。アンカーは、船の錨(いかり)が語源で、建築では資材を固定するためのものを指します。来場者に、サーキュラーな取り組みを実感してもらうための結節点になるものとして考えました。
crQlr Awardsの受賞作品は技術やサービスについての説明が多く、説明文を読むだけでは印象に残りにくいものになってしまう。そこで、展示物に関連する日常品を一緒に展示することで、来場者がより能動的に作品を体感し、循環の仕組みを実感できるような展示を目指しました。 


  • Photo by 稲田匡孝


  • Photo by 稲田匡孝

石黒:例えば、使い捨ての卵のケースは、プラスチックのゴミを利用した日除けの網の作品(写真右: Tejiendo la calle)、パイナップルは、その葉を使って繊維をつくるプロジェクト(写真下:Anam PALF®)に紐づけられている。こうした展示を通して、普段見慣れたものが、視点を変えることで新たな資源や経済的な可能性を持つことに気づいてもらえればと考えました。


Photo by 稲田匡孝

斎藤:サーキュラーなものは、いつまでも特別なものであってはいけないと思います。ともすれば高尚なイメージにとらえられがちなサーキュラーですが、実はそれが私たちの日常と地続きであることを感じてもらう必要があると考えています。
今回の展示でも、カフェの常連のお客様がいつものようにお茶をしている目の前で、サーキュラーの展示がある。さまざまな視点からのサーキュラー”が展示されていますが、社会課題の解決は日常に根ざしていて、みんなが「これって当たり前だよね」と自然に感じられることが大切だと感じています。日常とサーキュラーを掲げる様々なプロジェクトが同じ地平に立っているという点で、良い風景を生み出しているなと感じました。


Photo by  稲田匡孝

――今回の展示で、印象に残っていることはなんでしょうか?

斎藤:今回の展示で大きな発見だったのは、「コンパネ」の新しい可能性を見つけられたことですね。普段身近にありながらその魅力に気がつけていなかった素材が、輝きを放つように見えて、新しい世界が目の前に広がったように感じます。石黒さんとも相談しながら、この先、このコンパネを使った新しい店舗什器をつくろうと考えています。

――お二人の話から、コンパネに対する深い愛着が感じられますね。

斎藤:サーキュラーの考え方には、愛着が重要な要素だと思っています。システムとしての考え方と、それに対する人間の姿勢―たとえば、リスペクトや愛着といったポジティブな感情、あるいは、後ろめたさのようなネガティブな感情―が、サーキュラーな取り組みを進める原動力になると思うんです。何らかの感情が動かなければ、サーキュラーな取り組みを進めることはできない。今、人が無関心すぎるから社会のあちこちでひずみが生まれてしまっている。サーキュラーを実践する人たちを見ていると、「裏を返せば、愛だよね」というふうに思える行動がたくさん見られるんです。

石黒:今回展示されている作品はすべて、こうした感情や思いから生まれたものです。12の展示は、素材を眺め、考え続けた結果、新たな可能性が花開いたものたち。そういった作品を展示するときに、「つくらないでつくる」ということを考えた結果、それを設えるために最適な素材として導き出されたものがコンパネでした。

――まさに、コンパネが13番目の作品のように、人と素材の新たな関係性を象徴していますね。

石黒:13番目の作品、確かにそうかもしれませんね!素材と人との新たな関係性をつくることができれば、私たちの日常に、より魅力的で意味を持ったものが広がっていく。日常に溢れている、ありふれたものからでも、その本質的な意味を考えることで、新しい価値が生まれ、生きたものになる。展示されたすべての作品が生かされていると感じるのは、それぞれに込められた人々の思いがあり、それが伝わってくるからだと思います。
使い捨てにされるもの、プラスチックやゴミとなるもの、そのもの自体が悪いわけではありません。そこに人間がもう一度どのような意味を見出すかで、世の中の景色は少しずつ変わっていくような気がします。

斎藤:展示空間をつくる際に浮かんだ「つくらないけど、きわ立たせる」という一見難解なテーマに、コンパネが結びついたことで、その特性を生かしながら新しい役割を発見することができたことは、まさに“新しい関係性”を生み出した瞬間だと感じました。crQlr Awards 受賞作品は、それぞれが“新しい関係性”を私たちに提示してくれています。人ともの、人と自然、ものと自然、自然同士といった関係性を構築するには、長い時間と努力が必要です。今回の展示では、今の社会を見つめながら、未来の社会との関係を考えさせるような仕掛けをつくりました。そのなかでも、30日間にわたり12の作品を支え続けたコンパネは、目立たない存在ですが、サーキュラーな営みを社会に広げるうえで、私たちが持つべき姿勢を象徴しているように感じました。
crQlr Awardsも私たちの活動もこれからも続いていきます。これからの社会づくりにおいて、人それぞれが身の周りの環境やものの価値に気づき、広く受け入れる寛容さや、支え合う心を持つことで、より柔らかな社会へと変わっていくのではないかと思います。


  • 石黒 泰司 | TAIJI ISHIGURO

    建築家/アンビエントデザインズ代表

    1988年愛知県生まれ。2013-2016年株式会社久米設計。2017年ambientdesigns設立。現在、愛知県立芸術大学、名城大学、大同大学において非常勤講師。主な受賞歴に、一宮市ウォーカブル空間デザインプロジェクト(基本構想)プロポーザル、第30回愛知まちなみ建築賞、ウッドデザイン賞2022、第53回日本サインデザイン賞、第11回建築コンクール、日本空間デザイン賞2021、ソトノバ・アワード2022 大賞など。

    1988年愛知県生まれ。2013-2016年株式会社久米設計。2017年ambientdesigns設立。現在、愛知県立芸術大学、名城大学、大同大学において非常勤講師。主な受賞歴に、一宮市ウォーカブル空間デザインプロジェクト(基本構想)プロポーザル、第30回愛知まちなみ建築賞、ウッドデザイン賞2022、第53回日本サインデザイン賞、第11回建築コンクール、日本空間デザイン賞2021、ソトノバ・アワード2022 大賞など。

  • 斎藤 健太郎

    FabCafe Nagoya コミュニティマネージャー

    名古屋における人ベースの土壌を育むためにコミュニティマネージャーとしてFabCafe Nagoyaに立ち上げから携わる。電子工学をバックボーンに持ち科学技術への造詣が深い他、デジタルテクノロジー、UXデザインや舞台設計、楽器制作、伝統工芸、果ては動物の生態まで幅広い知見で枠にとらわれない「真面目に遊ぶ」体験づくりを軸とした多様なプロジェクトに携わる。インドカレーと猫が好き。

    名古屋における人ベースの土壌を育むためにコミュニティマネージャーとしてFabCafe Nagoyaに立ち上げから携わる。電子工学をバックボーンに持ち科学技術への造詣が深い他、デジタルテクノロジー、UXデザインや舞台設計、楽器制作、伝統工芸、果ては動物の生態まで幅広い知見で枠にとらわれない「真面目に遊ぶ」体験づくりを軸とした多様なプロジェクトに携わる。インドカレーと猫が好き。


Author

  • さとう未知子

    PR communication/Writer

    早稲田大学第一文学部卒業
    大学卒業後、10余年の舞台俳優活動を経て、デザイン業界へ飛び込む。インテリア・建築デザイン事務所の秘書・広報を経て独立。デザイン・建築・伝統工芸やものづくりに関わるライティング・企業PRを、「ストーリー」を伝えながら行うことを生業とする。
    JCD(一社日本商環境デザイン協会)の広報オブザーバー・商店建築コラム執筆・淺沼組GOOD CYCLE PROJECT広報担当。
    奈良県吉野が自身のルーツであり、吉野材の木材PR・林業の執筆・地域コーディネータを行う。

    早稲田大学第一文学部卒業
    大学卒業後、10余年の舞台俳優活動を経て、デザイン業界へ飛び込む。インテリア・建築デザイン事務所の秘書・広報を経て独立。デザイン・建築・伝統工芸やものづくりに関わるライティング・企業PRを、「ストーリー」を伝えながら行うことを生業とする。
    JCD(一社日本商環境デザイン協会)の広報オブザーバー・商店建築コラム執筆・淺沼組GOOD CYCLE PROJECT広報担当。
    奈良県吉野が自身のルーツであり、吉野材の木材PR・林業の執筆・地域コーディネータを行う。

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