Project Case
2024.1.9
東 芽以子 / Meiko Higashi
FabCafe Nagoya PR
私たちの生活からどこかかけ離れて見えてしまう伝統工芸品を「歴史の重みが故…」と言い捨ててしまうのは簡単。でも、そう見えてしまうのは、もしかしたら私たちのバイアス(固定概念・思い込み)が原因かも…?
細かい模様をデザインするために、生地を糸で絞り、染色し、糸を抜く…気の遠くなるような作業の全工程をほぼ手仕事で行う名古屋の伝統工芸・有松絞り。江戸初期から続く伝統的な技法の継承に努める一方で、近年では、素材の特殊加工や他地域の染め技法とのコラボを手がけるなど大胆な“改革”にも着手し、担い手たちは、常に、新時代にあるべき伝統工芸の姿を追い続けています。
FabCafe Nagoya主催「組織のバイアスを破壊する人材開発プログラム」第二期では、参加する東海・4企業が有松地区を訪れ、決して“思い込み”からは生まれない、独自の進化術を学びました。
“何もない”ところに生まれた「特産品」
名鉄・名古屋駅から鉄道で30分。有松駅を降りるとすぐに、日本遺産である、この地区の伝統的建造物が建ち並ぶ街並みが目に入ってきます。
この日、集まったのは、「組織のバイアスを破壊する人材開発プログラム」第二期に参加するイビデン株式会社・株式会社 東知・岡村機工株式会社・株式会社デンソーの4社のメンバー。有松地区で遊休資源の利活用や地域振興の支援を行う「ありまつ中心家守会社」の浅野 翔さんと武馬 淑恵さんの案内で街を巡ると、早速、絞り染めの歴史が語られ始めました。
江戸と京都を結ぶ東海道の宿場町の“間”に位置する有松は、人々の往来や物資の輸送が安全に行われるよう、計画的に切り開かれた地域。もとは荒野だったため農作地が少なく茶屋集落としても成長の限界があったことから、生活に困った人々は名古屋へ出向き、同時期に行われていた名古屋城の築城を助けたそうです。そこで出会ったのが「絞り染め(現在の大分県で生まれた豊後絞り)」。これで商機をつかもうと、“くくり”と“染め”の技術を現地で学んで有松へ持ち帰り、お土産品として販売を始めたところ、旅人たちに大ヒット。あまりの売れように尾張藩が有松地区以外での生産を禁止したほどです。
写真 / 浅野 翔さん(左)と武馬 淑恵さん(右)
知多半島をあまねく繋いだ一大産業も、生産力低下…
貴重な資料が揃う「有松・鳴海絞会館」で参加者に説明を続ける浅野さんが、全員の注目を集めるべく指をさしたのが、有松より地理的に南部にあたる知多半島の古い地図。有松絞りは、歴史の中でも早い時期から生産されていた知多の木綿に、西尾市の藍を染料とし、常滑の土で焼かれた陶器・藍瓶(あいがめ)で染色してつくられていたと言います(諸説あり)。また、需要が増える中で生産量を増やそうと“くくり”を行うエリアが徐々に拡大していきました。有松周辺にとどまらず、閑散期に知多半島の農村・漁村に下請けに出されるネットワークが生まれたそうです。こうした、知多半島を繋ぐ地域をあげての連携は、現代も変わらず継承されているとのこと。名古屋や江戸・京都と通じ、地場産業や労働力がうまく結びつくような環境にあった有松だからこそ、400年以上も続く伝統工芸が栄えたのだと浅野さんは力説します。
しかし、全国の伝統工芸のほとんどがそうであるように、人件費の高騰や人手不足などにより、昭和をピークに生産力は低下してしまいました。
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職人による絞りの実演
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絵画のような細かい模様も絞りだけで表現できる
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「手蜘蛛絞り」が施され、染色された生地
絞り染めを“どこを見るか”が再興のカギに
100以上もの技法があり、和服の柄だけでなく、文字や絵画のようなタッチまで表現できる有松絞り。その特殊かつ高い技術が新時代へ向けて進化するのを後押しするかのように、転機が訪れたのは、世界の絞り技術の継承を目的に名古屋・有松で1992年に開催された「国際絞り会議」での出来事。メキシコや中国など世界にも現存する伝統的な絞り技術の中でも「染めのグラデーション」「陰影」「立体形状」が有松絞り独特の美しさだと定義されたこの会議で、立体形状について、さらなる“アート性”が追求できるのでは…と有松の担い手たちが進化へのヒントを自ら見出したのです。例えば、手蜘蛛絞り(写真)と呼ばれる工法。「一見すると中国の爆竹のよう(笑)」と浅野さんが表現するように、3cmほどの尖った絞りが綺麗に列を成す様子は、一枚の平な布地からできているとは想像できない面白さがあります。本来は染色の後ほどいてしまう絞りのこうした“形状”に着目した有松絞りの担い手たちは、布地に様々な形状を維持する方法を開発。この目新しい“デザイン”は、すぐにデザイナーなどの目に留まり、イッセイミヤケなど世界の名だたるアパレル・インテリアブランドの新たな表現方法として採用されることとなりました。
「当たり前」から離れて見る
有松絞りの現場にいると“当たり前”となってしまう技術力や、面白さ。それを俯瞰で捉えることで新しい価値を生んだ担い手たちは、今も、様々な挑戦を仕掛けています。その一つが、染めや絞りなどの体験型コンテンツの実施です。
簡単ににモノが手に入る時代。わざわざ伝統工芸を知る必要もなく、まるで“知らなくてもいい情報”のように扱われていると感じることもあります。一方で、近年、地域に目を向けようという意識の高まりなどから、染め体験などが教育コンテンツとして注目され直しはじめていることも肌身に感じています。職人の手作業を目の当たりにすると、伝統工芸の価値や歴史がダイレクトに伝わります。人間が手作業でできることの緻密さなどを、目の前の作品を通して直接感じることができる。多くの人にそうした体験をしてもらいたいです。(浅野さん)
この日、手拭いの染め体験に挑戦した参加者たち。布地を三角形に畳んでいき、角や辺をお好みで染色。最後に布地を広げると、雪の結晶のような規則的で可愛らしい模様がパッと広がる驚きには、思わず歓喜の声が。染色体験の貴重さや達成感がどのようなものかは、参加者全員の笑顔を見れば一目瞭然です。
コラボ、産地留学、そして…?
“当たり前”を打破する挑戦は、これだけではありません。旗などの型染めで有名な名古屋友禅と有松絞りの技法をコラボさせ、繊細かつ複雑な表現を探し求めるアーティストを実験的にサポートするなど、有松絞りが秘めるポテンシャルを開花させようと、担い手たちは日々試行錯誤しています。今後は、有松絞りに関心を寄せるアーティストやデザイナーとのコミュニケーションをこの地から生んでいくため、有松絞りのテキスタイルを見て触ることのできるギャラリーの設置や、有松絞りの技術を習得・継承できる産地留学などのプログラムも、地元有松に関わる方々により計画されているとのことです。“何もない”逆境から創造的に考えて行動し、地場産業や地域のコミュニケーションをつなぎ、世界に知れ渡った現代の伝統工芸が、新時代に何とどのように繋がっていくのか。今は想像がつかないさらなる進化の姿に、期待が膨らみます。
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浅野 翔(あさの・かける)
1987年兵庫県生まれ、名古屋育ち。2014年京都工芸繊維大学大学院デザイン経営工学専攻修了。同年から、名古屋を拠点にデザインリサーチャーとして活動を始める。
「デザインリサーチによる社会包摂の実現」を理念に掲げ、調査設計、ブランド・商品開発、経営戦略の立案まで、幅広いジャンルで一貫したデザイン活動を行っている。
「未知の課題と可能性を拓く、デザインリサーチ手法」を掲げ、文脈の理解〈コンテクスト〉と物語の構築〈ヴィジョン〉を通した、一貫性のある提案を行う。1987年兵庫県生まれ、名古屋育ち。2014年京都工芸繊維大学大学院デザイン経営工学専攻修了。同年から、名古屋を拠点にデザインリサーチャーとして活動を始める。
「デザインリサーチによる社会包摂の実現」を理念に掲げ、調査設計、ブランド・商品開発、経営戦略の立案まで、幅広いジャンルで一貫したデザイン活動を行っている。
「未知の課題と可能性を拓く、デザインリサーチ手法」を掲げ、文脈の理解〈コンテクスト〉と物語の構築〈ヴィジョン〉を通した、一貫性のある提案を行う。
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武馬 淑恵
有松地域デザイン委員会 事務局長/有松関人案内所 所長/合同会社ありまつ中心家守会社 共同代表
名古屋市役所に21年間勤務。産業振興部署では、有松・鳴海絞の職人とともに新商品開発や展示イベント等を開催。2018年8月に「有松関人案内所」を開業。有松にいる人と有松の外の人を繫ぐためのイベント等を展開。
また同時に、有松・鳴海絞の老舗絞会社社長と若手デザインリサーチャーとともに「合同会社ありまつ中心家守会社」を設立。有松を30年先も歩いて楽しいまちにするため、有松にある遊休不動産を活用し、“つくりながらくらす”という有松の特徴を活かしたまちづくりをすすめている。
名古屋市役所に21年間勤務。産業振興部署では、有松・鳴海絞の職人とともに新商品開発や展示イベント等を開催。2018年8月に「有松関人案内所」を開業。有松にいる人と有松の外の人を繫ぐためのイベント等を展開。
また同時に、有松・鳴海絞の老舗絞会社社長と若手デザインリサーチャーとともに「合同会社ありまつ中心家守会社」を設立。有松を30年先も歩いて楽しいまちにするため、有松にある遊休不動産を活用し、“つくりながらくらす”という有松の特徴を活かしたまちづくりをすすめている。
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東 芽以子 / Meiko Higashi
FabCafe Nagoya PR
新潟県出身、北海道育ち。仙台と名古屋のテレビ局でニュース番組の報道記者として働く。司法、行政、経済など幅広い分野で、取材、撮影、編集、リポートを担い、情報を「正しく」「迅速に」伝える技術を磨く。
「美しい宇宙」という言葉から名付けた愛娘を教育する中で、環境問題に自ら一歩踏み出す必要性を感じ、FabCafeNagoyaにジョイン。「本質的×クリエイティブ」をテーマに、情報をローカライズして正しく言語化することの付加価値を追求していく。
趣味はキャンプ、メディテーション、ボーダーコリーとの戯れ。
新潟県出身、北海道育ち。仙台と名古屋のテレビ局でニュース番組の報道記者として働く。司法、行政、経済など幅広い分野で、取材、撮影、編集、リポートを担い、情報を「正しく」「迅速に」伝える技術を磨く。
「美しい宇宙」という言葉から名付けた愛娘を教育する中で、環境問題に自ら一歩踏み出す必要性を感じ、FabCafeNagoyaにジョイン。「本質的×クリエイティブ」をテーマに、情報をローカライズして正しく言語化することの付加価値を追求していく。
趣味はキャンプ、メディテーション、ボーダーコリーとの戯れ。