Event report
2026.5.20
小島 和人(ハモ)
株式会社ロフトワーク, プロデューサー / FabCafe Osaka 事業責任者
対話は、FabCafe Osakaの、どこか飲みにくい一杯のドリンクから始まりました
少し苦くて、香りが強くて、どこか野生的で、すぐには言葉にできない味。

「空き地で遊んでいるような感じ」 「枯れた場所で棒を振り回している感じ」
そんな言葉が、ぽつぽつと出てきました。
「おいしいですね」では終わらない。これは何の味なのか。この香りは、どんな記憶につながっているのか。自分の中のどの景色が反応しているのか。
FabCafe Osakaで始まったサロン「Cultivated Appetite」の第1回は、そんな問いから動き出しました。

大阪・舟場にかつて存在した文人煎茶会の文化をリスペクトし、その精神を現代的に再解釈した小さな対話サロンです。FabCafe Osakaを舞台に、毎回テーマに合わせてつくられたオリジナルの「対話ドリンク」を用意し、都市や文化、人の感性について語り合います。
講義でも議論でもなく、飲みながら思考をひらく「対話型飲食」。
飲み物を媒介にして知性と感性を交換する場です。香り、温度、素材、余韻——それぞれに小さな意味を込めた一杯が、会話の速度をゆるめ、場の空気をやさしくひらいていきます。
このサロンが大切にしているのは、品格とは欲を抑え込むことで生まれるのではなく、健やかな欲が磨かれることでにじみ出るという考えです。
美しいものに触れていたい。丁寧な時間を味わいたい。この街を、少し誇りたい。
そういう静かな欲を持ち寄る場所として、Cultivated Appetiteは始まりました。

第1回のテーマは「都市と欲望」。
欲望というと、少し強い言葉に聞こえます。もっと欲しい。もっと便利に。もっと早く。都市は長いあいだ、そういう欲望によって形づくられてきたのかもしれません。
でも、このサロンで扱いたかったのはそうした強い欲ではありませんでした。強い欲ではなく、「少し良くありたい」という静かな欲に焦点を当てる回です。その仮説を、一杯のドリンクを手がかりに考える時間でした。
対話は自然とホテルの話へと広がっていきました。
ホテルは、ただ泊まる場所ではない。旅人がその街と最初に出会う場所であり、ときには最後に記憶を持ち帰る場所でもある。そう言葉にしながら、でも実際には、ホテルで働く自分たちが街の文化や歴史を語る機会を十分に持てていないという話になっていきました。
ホテルの館内に飾られている花。壁に使われている素材。近くにあるお寺や川。その土地で長く続いてきた営み。
お客さんに聞かれたとき、答えられない。答えられないことが悔しい。そして、自分が働く場所への誇りを持ちにくくなる。
これは接客スキルだけの問題ではないと思います。街とホテルのあいだにある物語が、現場の言葉として受け継がれていないということです。
ホテルスタッフが京都の歴史や文化、芸能を学びたいというニーズ、生け花体験のような文化研修の可能性も話題になりました。ホテルを地域文化の出口ではなく、入口にしていくこと。それは、これからの観光においてとても大切な視点だと思います。
観光情報は今やいくらでも検索できます。有名な店も、人気のスポットも、効率の良いルートも、すぐに見つかります。
でも、旅の記憶に残るのは、検索で見つけた正解だけではない。
たまたま聞いた話。土地の人が教えてくれた小道。なぜここにこのお寺があるのか。この川は、どう街を変えてきたのか。この味は、どんな風土から生まれたのか。
情報になりきらないものに、人は惹かれます。

今回の対話では京都の山崎の水の話、淀川のワンドの話、川辺を歩くアーバントレイルの構想、京都駅前の歴史、お寺とホテルの関係、ブラジルとの文化交流まで、さまざまな話がつながっていきました。どれも単独では小さな話かもしれません。でも、それらが重なると、街の見え方が変わっていく。
都市には、まだ語られていない層があります。観光パンフレットには載りきらない層。Googleマップでは見つけにくい層。でも、その場所で働く人や暮らす人の身体には、確かに残っている層。
この考え方は感性都市論の中で「都市ミルフィーユモデル」として整理しています。大地性、歴史文化、人の営みが折り重なって、街の体験が生まれるというフレームです。Cultivated Appetiteは、そうした層をゆっくり掘り起こす場でもあります。

このサロンは講義ではありません。マナーを学ぶ場でも、教養を競う場でもない。
いきなり意見を言わなくてもいい。正しいことを言わなくてもいい。まずは、感じたことを言葉にしてみる。
苦い。懐かしい。野生っぽい。なんだか街の裏側みたい。昔の空き地を思い出す。
そうした感覚の言葉が出てきたあとで、ようやく都市や文化や仕事の話が始まります。
身体から入ると人は少し正直になります。
いつもの会議では出てこない言葉が出てくる。
役職や立場の前に、その人自身の記憶や感性が場に現れる。
そこから生まれる対話には、少しだけ品があります。
大きな声ではなく深い声になる。結論を急がず、でも何かが残る。
第1回で生まれた話は、まだ完成された企画ではありません。でも、いくつもの種がありました。
ホテルスタッフが街を語れるようになる学び。ホテルとお寺、商店街、職人、アーティストが混ざる場。川辺や路地を歩く小さな観光体験。検索では出てこないローカルな物語を届ける仕組み。京都と大阪をまたいだ、都市文化の新しい編集。食や香りや身体感覚から始まる対話型のプログラム。
ここで出た言葉が、研修になり、街歩きになり、ホテルの体験になり、地域文化の企画になっていくかもしれない。その可能性を、急がず育てていきたいと思っています。
良い時間を過ごしたい。良い関係をつくりたい。良い街に関わりたい。
そんな欲は、決して派手ではありません。でも、都市にとって本当はとても大切な欲です。効率や消費だけでは、街は長く愛されない。そこにいる人が自分の言葉でその場所を語れること。働く人が、その街を少し誇れること。訪れる人が、ただ便利だっただけではない記憶を持ち帰れること。そこから、街の品格は立ち上がるのだと思います。
まだ何になるかは分からない。でも、何かが始まりそうな気配はありました。
次回もまた、飲み物を片手に、都市の奥にある欲と品格について話していきます。
このサロンは、定期的に開催していく予定です。
毎回テーマが変わり、それに合わせた対話ドリンクが変わり、集まる人も少しずつ変わっていきます。完成された場ではなく、回を重ねるごとに育っていく場として続けていきたいと思っています。
こんな人に来てほしいと思っています。
ホテルや観光に関わっていて、街との接点をもっと深めたい人。都市や文化について、会議室ではない場所で話したい人。良い時間と良い関係を、静かに欲している人。
次回の開催情報は FabCafe Osaka のウェブサイトおよびSNSでお知らせします。気になった方はフォローしておいてください。
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小島 和人(ハモ)
株式会社ロフトワーク, プロデューサー / FabCafe Osaka 事業責任者
都市と社会のあいだで「感性」を手がかりに、都市や組織の関わり方を探るプロデューサー/アーティスト。株式会社ロフトワーク所属、FabCafe Osaka事業責任者。
自身の思想である Harmonism(ハモニズム) を背景に、都市体験を感性から読み解く Sensibility Urbanism(感性都市論) を提唱。さらに、都市の体験価値を可視化する指標として まち感性指標(Machi Sensibility Index) の研究と実践を行っている。
企業・自治体・大学などと協働しながら、都市開発や文化プロジェクトを多数プロデュース。FabCafe Osakaを拠点に、都市と創造性の新しい関係を探る活動を続けている。都市と社会のあいだで「感性」を手がかりに、都市や組織の関わり方を探るプロデューサー/アーティスト。株式会社ロフトワーク所属、FabCafe Osaka事業責任者。
自身の思想である Harmonism(ハモニズム) を背景に、都市体験を感性から読み解く Sensibility Urbanism(感性都市論) を提唱。さらに、都市の体験価値を可視化する指標として まち感性指標(Machi Sensibility Index) の研究と実践を行っている。
企業・自治体・大学などと協働しながら、都市開発や文化プロジェクトを多数プロデュース。FabCafe Osakaを拠点に、都市と創造性の新しい関係を探る活動を続けている。
