Column

2020.9.29

A.D.A.M2:知らない世界同士の交錯から生まれた飛躍

デザイナーたちとSF作家による共作から「未来のヨット」は出発する

矢代真也

SYYS LLC.

世界にまだないものをつくるには、何をしなければいけないのでしょう。誰も使い方も想像できないので、マーケットリサーチを実施するのは難しいかもしれません。ブレインストーミングをしようにも、とっかかりがなければ何を考えたらいいのかわからないでしょう。ゼロからイチを生みだすためには、方程式のような答えへの道は存在しません。

再生可能エネルギーを使った自動操船ヨットを実現し、地球温暖化の原因となる排出ガスを抑制することで、自然と共に歩む豊かな未来に繋げることをミッションとするスタートアップeverblue Technologiesは、まさに「世界にまだないものをつくる」企業といえます。

▲「A.D.A.M2」の1年前に実施された「A.D.A.M」から生まれたヨットのプロトタイプ。誰も見たことがない形状は、ヨットを知らない人の興味をも惹くことが多い。

 

同社はこれまでにも、Fabcafeと共同で新しいヨットのかたちを探るプロジェクト「A.D.A.M」を2019年から実施してきました。そこではジェネラティブデザインとよばれるAIを活用したアプローチを使い、ヨットの専門家やクルマのデザイナーなど様々な業種の人々と、プロトタイピングを行なってきました。そこで議論されたのは、無人ヨットで何ができるか。アメンボ型のヨットや、海にむかって射出されるヨットなど、形状の新しさからヨットの可能性を切り開いていきました。

第2弾となる「A.D.A.M2」で目指されたのは「旅客自動操船ヨット」。そこでは、どうしても形状から「世界にまだないもの」をつくることは困難でした。なぜなら既存のヨットだけを進化させるだけでは、彼らのミッションを達成するには十分ではないからです。それを使う人、乗る人、港を運営する人など、様々な人の体験の上に、ヨットによる旅が存在しているからです。

そこで、今回取り入れたのは「SFプロトタイピング」という手法。これまで参加してきたクリエイターと、未来のヨットを取り巻く世界と人間、そしてヨットそのものを自由な想像のなかで考える取り組みがスタートしました。

 

▲今回のプロジェクトで、議論の出発点となるSFを執筆した作家の樋口恭介。参加者から受けた刺激をもとに、海をテーマとした作品を執筆中だという。

 

SF作家がひろげた「風呂敷」

まず、プロジェクトにアサインされたのは、SF作家の樋口恭介さん。「物語を生み出す物語」をテーマにした『構造素子』で、ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞し、企業とSFプロトタイピングを実践していることでも知られています。「A.D.A.M2」では、まず樋口さんが「海と風を原理とする世界」をキーワードに、ヨットが発展した2020年代を舞台に、小説のサンプル「ヤバルとユバル」を執筆。

同作で描かれたのは、すべての陸地が海に沈み、海上都市と船上都市に別れた世界でした。それぞれの都市に属した少年と少女が主人公の物語です。樋口さんは、「対立構造がわかりやすくしつつ、これからの出来事については、多義的な解釈に開かれたビジョンを提示したかったんです。風呂敷を広げて、かなり自由に各自の考えを絡ませてもらえるといいなと思いました」と、作品の執筆の意図を振り返ります。

また樋口さんは、SFがもつ力をこう表現します。「フィクションというのは現実に先行して提示されるもの。何もないところから何よりも早くかつ具体的なビジョンを導出できるツールといえます。計画がなくとも、要件がなくとも、プロダクトのアイディアがなくとも、プロトタイプの素材すらなくとも、ひとまず物語だけはつくることができるのです」。1,500文字のなかに生み出されたヤバルとユバル、そして彼らが住む世界を出発点に、参加者は自身の想像力を展開していくことになりました。

 

▲ワークショップでは、オンラインボード「Miro」が活用された。チームは、物語の舞台となる海上都市と船上都市のいずれかに割り振られる。異なる空間のありかたについて平行して議論が進んでいった。

200年後を考えるための刺激

全3回開かれたワークショップでは、横浜国立大学で海洋工学を研究する村井基彦准教授と、樋口さん、そして「A.D.A.M」に参加したメンバーを中心にSFプロトタイピングに関心があるプロダクトデザイナー、プログラマーといった多様なバックグラウンドをもったメンバーが集まりました。村井教授が解説する海洋上にある建造物の構造や、ヨットのデザインを専門とする金井亮浩さんの帆船の推進力に関する原理をインプットしたあと、チームに別れてディスカッションを行なっていきます。

フィクションという点でいえば、ほぼ素人の参加者たちは自己紹介を重ねながら、それぞれが想像した物語の続きを描き出していきました。アイデアの出発点となるのは自身が好きなSF作品や「気になったテクノロジー」といった個人がもっている視点。そこから200年後の世界を考えることで、多様なバックグラウンドがあるからこそ、普段聞かない情報に参加者同士が刺激されていきます。

たとえば、「歴史上ずっと人間とともにあった猫がこの世界でどんな存在なのか?」という疑問と「地ビールならぬ、海中で発行させた海ビールがあるのでは?」という別々のアイデアが、他の参加者がもっていたイギリスでは「ウィスキーキャット」というウィスキーの蒸留所を守る猫がいるという知識とつながり、登場人物のペットが生まれたチームもありました。議論をしながら、手元でスケッチを続けるデザイナーの参加者も。

各人の体験と物語を混ぜることで、SF世界のなかでの都市の様子や登場人物のバックグラウンド、感情が生まれていったのです。さらに、ワークショップとワークショップの間ではおのおのが物語のなかの様子についてラフスケッチやメモを準備。自身の考えを深めるなかで、より濃度の高いアウトプットが生まれていきます。

ヨットや海上都市という構造物の設計を詰めていくなかで、その周りに存在している人間以外の生き物についても議論が深まっていったことも印象的でした。漁をするために魚を飲み込むクジラのようなヨットのデザインが上がったかと思えば、ヨットと並走するイルカと会話ができるVRゴーグルの使い方に妄想を膨らませる……。そんなプロセスのなかで、多くのアイデアはサステナブルな未来を目指すeverblue Technologiesのビジョンとも重なっていったのです。

 

▲参加者から生まれたヨットのアイデアスケッチ。SFに関する議論を起点に、クジラや胃袋といった生物的なモチーフから発想が生まれている。

 

多様性から生まれたアイデア

参加者たちからも、他の参加者とのディスカッションが議論を加速させたという意見が多く寄せられました。「参加されている方々の専門性が高く、ありきたりと思えるようなアイデアがほぼなかった」、「各分野の専門家のアウトプットを聴いている時が一番楽しく、スケッチを描いてみたくなった」。それぞれがもつクリエィティビティが、相互的に刺激されていたことが今回のプロジェクトの大きな特徴でした。

樋口さんは、「A.D.A.M2」を振り返りながら、そこの化学反応が通常のSFプロトタイピングとは異なっていたと指摘します。「クライアントとSF作家の1:1コミュニケーションになってしまうと、どこか閉鎖性を感じてしまう場合も少なくありません。多様な参加者によるグループワークはn:nのコミュニケーションを生み、突飛ながらも合理的に思えるアイデアと出会えたことが印象的でした」

また、今回のプログラムをディレクションしたFabcafe Tokyoの藤田健介さんは、多様なバックグラウンドが集まった背景について、こう語ります。「もともとFabCafeには、ものづくりにまつわる様々なコミュニティーとの繋がりがあります。身体拡張を通して新しいスポーツ『超人スポーツ』を考えるコミュニティ、先端技術をつかってミニ四駆を改造するチームのメンバー、さらにFabCafeで働いていた建築関係の学生など、できるだけ異なる分野の人たちが集まるようにお声掛けをしました」

デザインとものづくりに特化したFabcafeにおいてSFプロトタイピングが行なわれることで、SFプロトタイピング自体が拡張されたともいえます。参加者からは今回の取り組みで生まれたのは「形をつくるための言葉」だったという発言は、SFプロトタイピングがデザインにもたらす価値を再確認させてくれました。

 

▲参加者がスケッチに加えて実際に制作したヨットのプロトタイプ。デザイナーが参加することで、通常のSFプロトタイピングでは考察されにくい、メカニカルな構造に関しても解像度の高いイメージを得ることができる。

 

デザインはSFプロトタイピングを拡張する

Fabcafeの藤田さんにとって、そもそもSFプロトタイピングは初めての取り組み。ただ、当初考えたワークショップの設計が予想よりもうまくはまったといいます。「A.D.A.M 2が必要とするアウトプットは、スケッチやモックアップ。SFプロトタイピングによる飛躍を生み出すためには、小説のもつ力をデザインの側面から引き出すことが必要になります。もちろん参加するメンバーは、あまり文章を書くことに慣れてはいませんが、クリエイターであることは同じです。だから、樋口さんのサンプルの続きをつくるという立て付けがはまったのだと思います」

これまで、未来のパワードスーツや未来の食品、COVID-19以降の生活や文化を考えるプロジェクトなどに関わってきたという樋口さんも、今回のプロジェクトで新たに得たものが多かったといいます。「SFプロトタイピングの価値は、テクノロジーの突然変異を人為的かつ強制的に起こすことができる点にあると思っています。異なるバックグラウンドのメンバーのおかげで、前提や制約事項や、いわゆる『落とし所』みたいなものを一旦無視し、純粋に『これおもしろくない?』というビジョンを出すことができた。普段よりも、自分もふくめた一人ひとりの想像力の幅が広がり、前例に縛られない『変なもの』が突然生まれた手応えがあります」

おりしも、COVID-19の感染のなか、実施された今回のプロジェクトは、「当たり前のことを考えない」ことの価値を改めて教えてくれたような気がします。想像もつかないことが起きる世界のなかで、新しい価値をつくっていくためには、さらに想像しえない世界に飛び込む必要があります。異なるバックグラウンドが重なりあうことで、「世界にまだないもの」の種は生まれるのかもしれません。

 

Author

  • 矢代真也

    SYYS LLC.

    1990年、京都生まれ。株式会社コルク、『WIRED』日本版編集部を経て、2017年に独立。国際マンガ・アニメ祭 REIWA TOSHIMAで開催されたマンガミライハッカソンにて、編集を担当した「Her Tastes」が大賞・太田垣康男賞をW受賞。(写真:西田香織)

    1990年、京都生まれ。株式会社コルク、『WIRED』日本版編集部を経て、2017年に独立。国際マンガ・アニメ祭 REIWA TOSHIMAで開催されたマンガミライハッカソンにて、編集を担当した「Her Tastes」が大賞・太田垣康男賞をW受賞。(写真:西田香織)

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