Column

2025.4.17

Column : 床の隙間に素材を流し込む話 ―― FabCafe Kyoto、その建物と素材

FabCafe Kyotoを築く素材について、修繕しながら紐解くコラム

FabCafe Kyoto編集部

京都・五条にあるFabCafe Kyotoは築125年の歴史を持つ建物です。かつては印刷所や家具屋として栄えていました。現在は喫茶利用やデジタル工作機器の利用を目的とした人のほか、イベントや展示を目当てに様々な人々が出入りする場所として使われています。

1階の喫茶スペースのほか、2階の和室についてはご存知でしょうか?
入り口付近の階段を上がった先にある「和室レンタルスペース」は、どなたでもミーティングやワークショップの場として使うことができます。1階と違って予約制であり、1時間ごとに利用料金が決まっています。階下からの話し声や工作機械の音がほどよく聞こえてくるため、完全な密室ではありませんが、ほどほどに心地よく聞こえてくる環境音と和室という空間は、「今日は集中して作業したいな」という時こそ使っていただきたい場所です。

◼︎ 和室レンタルスペース:Meeting Space

左官仕上げの黒壁や、かつての面影を残す木造の柱や天井など。
古民家としての姿も残るFabCafe Kyotoですが、新旧問わず多くの素材が随所に散りばめられていることも、この建物の特徴の一つと言えるのではないのでしょうか。建築全体で伝統と革新が交錯する場所を体現しているようなこの場所、お立ち寄りの際には隅々まで見てまわると楽しいかもしれません。

さて、本記事ではそのような空間を築く一部分、「足元の素材」について綴ります。

FabCafe Kyoto、その足元の素材に目を凝らす

1階カフェの床はモルタル金鏝きんごて仕上げとなっています。毎日のように人や物がその上を行き交う部分ですが、気付けば複数箇所でクラック(ひび割れ)が見られるように。足元なので、じっくり目を凝らさなければ気が付かない場所ではあるのですが、電源タップ付近の欠けを見ると「これは直したほうがよさそう……」と思わずにはいられない状態でもありました。

そこで思ったことは、本格的な修繕依頼をする前に「お店で保管しているサンプル素材で直せないだろうか?」ということ。

FabCafe Kyoto店内の「マテリアル棚」と呼ばれる和箪笥はご存知でしょうか?樹脂や繊維、染料や金属といった多種多様なサンプル素材が集まっています。もしかしたら、床にできた隙間を埋めるのにちょうどいい素材も見つかりそう――。

そんな思いつきから、素材で床を繕う話は始まります。

    何で埋める?
    修繕のための素材をさがす

    どんな素材を使おうか。最初は「素材の特性」について考えました。
    まずはクラックを埋める素材として求められる特性を一通り書き出してみます。

    • つまずいたり滑ったりすることがない = 「平滑面」が作れる
    • 質量のあるものが接触しても簡単に摩耗・変形しない
    • いくらか耐水性がある
    • モルタルや黒壁をはじめとした現在のFabCafe Kyotoの内装に馴染むテクスチャであること

    箇条書きにしてみると具体的な素材像が見えてきました。パテのように隙間を埋める素材として、上記のような特性が求められそうです。反対に、ふわふわとした質感であったり水が浸透しやすい性質の素材は、今回はあまり向いていないようです。

    ということで、特性を考慮して選んだ素材は、以前FabCafe Kyoto Magazineでもご紹介した水溶性樹脂「ジェスモナイト」。何度でも紹介したくなる、大変素敵な素材です!

    ◼︎Interview:あの人、あの場所、あの素材 Vol.1 シィアンドビィ株式会社 訪問取材レポート


    余談ですが、ジェスモナイトは建築資材や装飾材としても幅広く使われています。確かな強度を持ちながら、質感や色の調整にも柔軟に応える特性を持つため、展示什器に用いられることもあるようです。
    なおさら今回の修繕に使わない手はありません……。早速、試作してみましょう!

    テストピースをつくる

    ジェスモナイトは質感表現が得意な素材です。
    粉末と液体という2種類の主剤に、着色剤や粉末材料を丁寧に調合することで、マットな質感や金属光沢を再現したり、砂岩調や大理石調に仕上げることも可能です。「フィラー」を加えて粘性を変えたらさらに表現の幅も広がって楽しそう……!ですが、今回はジェスモナイトの基本となる主剤「ベース」「リキッド」の2種をメインに使って進めていきます。


    店頭で保管しているサンプルは「AC100」、こちらを使いました。

    カフェの床はモルタルです。ざらっとした質感なので、小さな石や砂粒が含まれた「AC730」の方が馴染んでくれるかもしれませんが、それはまたの機会に。

    それでは、実際に主剤と着色剤を混ぜ合わせて、配合によってどんな表現や色合いが見られるのか確認します。
    「モルタルに擬態させても楽しそうだけど、せっかくならアクセントになり得る色と質感で遊んでみたい」

    ということで、作ってみたテストピースがこちら。

    端材に直接塗ってみる。
    金属粉末も混ぜてみたが、研磨前なのでマットな質感をしている。



    ドリップ後のコーヒー粉末を主材に混ぜてみた。
    撹拌すると主剤に溶け込んでしまってテクスチャ感が薄れてしまった。
    使うなら、配合のタイミングと撹拌数を調節する必要がありそう。

    FabCafe Hidaの飛騨産広葉樹。
    一部を薄く削って木片チップを作り、主剤に混ぜてみる。

    白い着色剤を混ぜたことでジェスモナイト全体の色味が明るくなり、
    混合物(木片チップ)も鮮やかに感じられるようになった。

    素材×素材、FabCafe Hidaの飛騨木片

    今回は「FabCafe」に関連する廃材を主剤に混ぜて、複数のテストピースを作成しました。

    廃材のうちのひとつは、お店でカフェラテを作った時に出る廃棄予定のコーヒーの粉。完全な粉末状ではありません。
    ジェスモナイトと混ざることなく部分的にガサガサとしたテクスチャが得られるのでは……と思いましたが、実際は撹拌するにつれて主剤のなかに溶け出してしまい、あまり綺麗な結果にはなりませんでした。
    ジェスモナイトと一緒に混ぜてしまうことで、廃材そのものが持っている本来の質感(ゴワゴワ、ガサガサ、ツヤツヤ、ふわふわ、あるいは色味など)がジェスモナイトに覆われて見えづらくなってしまうようです。
    異素材を組み合わせて一つの素材を作りたいときは、異素材をどのタイミングで混ぜるのか(あるいは投入するのか)、制作プロセスを調整しながら作業を進めるとより上手くいくのかもしれませんね。

    もう一つの廃材は、FabCafe Hidaから貰うことがあった飛騨産広葉樹の木片です。廃材ではなくまだまだ活用できる素材ですが、この機会に使ってみることに。彫刻刀で薄く削いでチップ状にしたものをジェスモナイトの中に入れてみました。

    ざっくりと行ったテストでしたが、意外にも、白く着色されたジェスモナイトの中に紛れる木片は単体で見る時よりも鮮やかで、明るくポップなテクスチャになりました。床を覆うモルタルの無機質さに対して飛騨の木材との混合物は、柔らかなニュアンスをさりげなく足すことができそうです。

    これは良い感じ!

    ということで、ジェスモナイトと飛騨産木片チップを使って1階床のクラック(ひび割れ)の修繕に取り掛かります!

    水溶性樹脂「ジェスモナイト」を流し込む
    試行錯誤の修繕プロセス

    素材を流し込む前に、周辺のモルタルに目張りを行いました。よくあるマスキングテープを使っています。

    いよいよ主剤と白色着色剤を混ぜたジェスモナイト®︎を修繕箇所に流し込みます。

    ここで想定外の問題が。
    見かけ以上に床のひび割れは深かったようで、紙コップ半量ほどのジェスモナイトを注ぎましたが、クラックは半分ほどしか埋まりませんでした。注いでも注いでもジェスモナイトが床の奥深くに吸い込まれていくような状況に、一体どこに流れているのか……。

    ということで、修繕プロセスを見直しました。

    当初は、

    1. 6〜7割程までジェスモナイトを流し込む
    2. 木片チップを敷き詰める
    3. その上から追加のジェスモナイトを注いでクラックを埋める

    この順番で作業する予定でしたが、

    1. はじめから木片チップを使って「かさ増し」する
    2. 隙間を埋めるようにしてジェスモナイトを流し込む

    このような流れで修繕を進めました。
    そして木片チップでかさ増しした状態がこちら。

    「木工作業の過程で出た木くず」らしさを出すために、あえて緩やかなカーブを描くように木片チップを削ってもらっています。木片チップが「隙間なく堆積してしまうことがない形」になっているおかげで、細く狭いクラックに敷き詰めた時でもジェスモナイトが入り込むための空隙が自然と出来上がっていました。

    周囲のモルタルと同じ高さまで流し込んだ後はしばらく硬化させます。
    午後に作業を行い、カフェの閉店時間頃にあらためて様子を見に行ったところ、早くもサンドペーパーをかけて研磨できそうなほどにしっかり硬化が進んでいました。さすがの速さ!それに加えて屋内外や天候問わず作業できることも、この素材の特徴です。

    仕上げの話

    硬化後、予定では表面をサンドペーパーで軽く研磨することを考えていましたが、ジェスモナイトと木片チップでパテのように埋められた部分を触ってみると、ジェスモナイトの部分はつやつやとした質感で、少しひんやり。研磨の必要はなさそうです。

    一方ジェスモナイトに覆われた木片チップは、木くずの時に感じられたしなやかさはほとんどなくなり、チップの先端は造花の芝生のようなトゲトゲした感触に変わっていました。靴底で踏む分には問題ないけれど、うっかり床に手をつくことがあったら少し痛いかも……。そこで最後の仕上げとして、埋めたクラックから飛び出ている木片チップを園芸鋏で軽く刈り込みました。

    こうして修繕作業は完了。
    カフェ空間の一角に、素材で修繕された床が誕生しました。

    コーヒーの粉や、より細かく削った飛騨の木をかさ増し用のパテとして使ったら、また一味印象は変わったのではと思います。
    今回、修繕のために使った素材サンプル「ジェスモナイト」は、店内設置のマテリアル棚の中に保管されています。修繕箇所も、その近く。サンプルと一緒に、足元にも目を凝らしていただけたらと思います。

    店内に流れるバックグラウンドミュージックから一杯のコーヒーまで、FabCafe Kyotoは居心地の良い空間にするための方法を日々模索しています。そして新たな発見や体験を提供するために、さまざまなジャンルのイベントや展示も開催しています。なんでもない日も、特別な日も、いつでもFabCafe Kyotoまでお越しください。


    参考文献:
    『商店建築 第61巻12号』 株式会社 商店建築社(2016)
    『新建築2016年 10月号 オフィス特集』 株式会社 新建築社(2016)

    ジェスモナイト / JESMONITE®
    新しい立体表現を可能にする、次世代の水性造形素材。

    「ジェスモナイト(JESMONITE®)」は、1984年に英国で開発され、ヨーロッパを始め世界中で用いられている造形素材。有機溶剤が一切使われておらず、健康・環境への負荷が小さい先進的な素材としても注目されています。彫刻、建築、内装、家具など、幅広い用途の立体物制作に使用可能。着色剤や金属、石砂等のフィラー添加により、幅広い質感、テクスチャを表現することができます。また、従来の一般的な油性樹脂とは質感が異なり、プラスチック特有のテカリ感がほとんどなく、石のような落ち着いた風合いを特徴としています。

    FabCafe Kyoto / MTRL Kyoto 素材紹介ページ
    「ジェスモナイト」

    シィアンドビィ株式会社 / C&B Limited
    ジェスモナイト日本総代理店 / Jesmonite® Japan Distributor

    2016年創業、2019年法人設立。樹脂・シリコン・塗料・接着剤など、造形素材の販売を行う。目的に合わせた最適な材料選定・提案を行う素材のスぺシャリストであり、制作で技術面からのサポートを積極的に行っている。

    ジェスモナイト日本公式Webサイト
    「Jesmonite Japan Distribution」

    FabCafe Kyoto のスペースを使う

    FabCafe Kyotoの1階カフェスペースは、個人利用・企業利用に関わらず、研修・イベント等の貸切イベント、また展示会場としてもご利用可能です。2階の和室レンタルスペースも、会議やワークショップ等どなたでもご利用いただけます。利用可能人数や設備など、詳細は下記リンクをご覧ください。

    ◼︎ Rental Space:スペースを予約利用する


    2025年4月29日(火)、大阪の天満に「FabCafe Osaka(ファブカフェ オオサカ)」がオープンします。水都大阪に由来を持つFabCafe Osakaでは、蒸留器によって「香りを抽出する」ことを軸とした新たな飲料体験を提供。土地の風土や自然の恵みを活かした素材選びを大切にし、四季の移ろいを感じられるドリンクを展開します。そしてFabCafe Osakaは、FabCafe Kyotoとも異なる空間コンセプトを持っています。

    FabCafe Osakaの空間づくりにおいて、壁の吹き付け仕上げの材料として、淀川の土(浄水発生土*)を活用します。自然の素材がもたらす独自の質感により、都市の記憶を感じさせる「アンフォルム」な仕上がりを実現し、大阪の文化や歴史を体現する新たなクリエイティブスペースを創出します。

    FabCafe Osakaがオープンするのは、自動車整備工場の跡地です。そのため、鉄骨のブレースや、増改築の繰り返しによる壁の凹凸、露出したスイッチプレートなどの特徴的な設備が残されていました。私たちは、これらの要素を活かしながら、新たなFabCafe Osakaの空間として生まれ変わらせることを目指しました。そのため、従来の左官技術とは異なる吹き付け技法を採用し、元自動車整備工場の面影を残しつつ新旧が重なり合うデザインを実現しました。

    引用:「FabCafe Osaka」が、大阪・天満に4月29日(火)にグランドオープン――形を持たない「感性」や「情緒」をテーマに、新しいカルチャーを創造する

    空間が出来上がるまで、その過程やバックグラウンドについては下記リンクにて紹介しています。
    京都と大阪、どちらの店舗もお近くまでお越しの際はいつでもお立ち寄りくださいね。

    「つくる」より先に「みる」 ──森と土から生まれたFabCafe Osakaの空間づくり

    執筆:筒井みのり(FabCafe Kyoto / 株式会社ロフトワーク)

    Author

    • FabCafe Kyoto編集部

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