Event report
2026.9.2
伊藤 遥 / Haruka Ito
FabCafe Nagoya コミュニティマネジャー、ディレクター
「涙が出そうになりました。」
第1部のワークショップが終わってすぐのシェアリングの際に、私が思わず切り出した言葉が、これでした。
「いかに日々幸せを取りこぼしてるんだろうか?っていう驚きと、この一瞬一瞬に、幸せがたくさん詰まってるじゃないかっていう喜びで、思わず涙が出そうになって。」
飲んでいたのは、たった一杯のコーヒー。
いつも飲んでいる、FabCafe Nagoyaの美味しいコーヒー。
それなのに、なぜいつも以上にこんなにも心が動いたのでしょうか。
2026年8月5日、FabCafe Nagoyaにて「呼吸する組織 〜〈わたし〉から始まる対話と組織づくり〜」というイベントを開催しました。
ゲストはマインドフルネス探究・実践者の竹中恭子さん、名古屋大学とCoIUの教授・社会学者の齊藤弘久さん、日本NVC研究所代表理事の今井麻希子さん。
参加者は、教員や教育関係者から、企業経営者、会社員、フリーランスまで。
さまざまな属性の方々が集まり、コーヒーを飲む瞑想から始まり、組織やチームのあり方をめぐる対話へと繋がっていきました。
このレポートでは、当日そこにいた人たちの言葉をできるだけそのまま拾いながら、交わされた対話の様子をお届けします。
「あなたは今、100%、ここにいますか」

第1部 Drinking Meditation Workshop(飲む瞑想体験ワークショップ)のなかで、ガイドを担当した竹中 恭子さんはそんな問いを来場者へ投げかけました。
「”100%”。これは、『あなたは今100%、ここにいますか?』という問いと共に、プラムヴィレッジの僧侶の方からいただいたカードです。今日はぜひ、たびたびこの問いを自身になげかけながら参加してみてください。」
竹中さんは普段、国内外の寺院等でマインドフルネスについて探究と実践を行っています。
多数の実践をもとに紡がれるその雰囲気や声から、普段のFabCafe Nagoyaとは少しだけ異なる、静寂で落ち着いた、けれどここちよい場が生まれていました。
ティンシャ(2つの小さな金属製円盤を革紐で繋いだ打楽器)による澄んだ高い音色と長引く余韻をきっかけに、暑さや慌ただしさから乱れがちな精神状態から、自分自身の身体感覚へと集中します。

普段無意識に絶え間なく行っている呼吸。その呼吸にフォーカスすることで、普段自分の身体がたくさんのサインを発信しているにも関わらず、拾えていないかに気づきます。
「まずはコーヒーの色をじっくり見てみましょう。その色、前に飲んだコーヒーと同じ色ですか。茶色一色でしょうか」
「次に、じっくり香りを味わいます。その香りを嗅ぐと、どんな考えが浮かんできますか。感情はどうですか。」
ふだんであればついすぐ飲んでしまいそうになるところを、まずは観察するところから始まりました。
息を吸って、吐いて。その合間に漂うコーヒーの香りに、自然と肩の力が抜けるのがわかります。
そして、ようやく一口。
「口の中でどんな味が広がったでしょうか。その味を舌のどこで感じているんでしょうか。」
普段なら数秒で終わってしまう「コーヒーを飲む」という行為。
それをひとつひとつ丁寧に、じっくりと向き合います。
「このコーヒーは今、どのようにして手元にあるでしょうか。スタッフの方が、時間に合わせて運んでくださいました。生豆を焙煎して、それを挽いて、お湯を注いでつくってくださいました。そして、この豆一粒一粒も、誰かが育ててくれている。太陽や土、水、風、空気、そして虫や微生物もいないとできません。数えきれないほどの人や生き物、地球上すべてのものが、たった1杯のコーヒーの中に詰まっています。」
「私たちもそうです。人は、一人で生きているみたいなんですけれども、本当に誰一人として、一人では生きられません。」
たった一杯のコーヒーの向こうに、これだけの手と時間が重なっている。そのことを頭と身体全体で理解した瞬間、自分自身にはすでにたくさんの愛と豊かさで満たされていることに気づく。そんな時間でした。

「幸せな先生が、幸せなリーダーが、世界を変える」
第2部は、竹中さんの座る瞑想をした後、齊藤さんと今井さんによるお話とトークセッションを開催しました。
このイベントが企画されたきっかけは、齊藤さん、竹中さんが翻訳に携わった一冊の本でした。

邦題は『呼吸する学校』。その帯をめくると、こんな原題が現れます。
“Happy Teachers Change the World.”(「幸せな先生が、世界を変える。」)
齊藤さんはこの原題に触れ、次のように解説をしてくださいました。
「マインドフルネスの父であるティク・ナット・ハンさんがよく言っていたのは、マハトマ・ガンジーの言葉『平和に至る道はない、平和こそが道だ』ということです。もしも我々が平和な世界を目指したかったら、今ここで自分がその平和のエネルギーを体現しないと、結局何をやってもそこにはたどり着けない。もしも先生たちが、自分の組織が目指す理想を、その場で体現できていなかったら、やっぱりどんな取り組みをしても、その理想の実現にはたどり着かないということなのだと思います。」
つまり、「マインドフルネスをやりましょう」「よい組織をつくりましょう」「平和な社会を作りましょう」と誰かに教えることよりも先に、自分自身がどうあるか。ここに、このイベント全体を貫くメッセージがありました。

齊藤さんがマインドフルネスを学び始めた頃、「ぜひともマインドフルネスを学生たちにも教えたい」と考え、とある僧侶にその旨の相談をしました。その時の返答は、次の通りだったそうです。
「人に教えようとするのではなく、自分自身が実践すること。話し方や聞き方、歩き方といった日々の所作そのものに、マインドフルネスが宿るようになることが先だ」
何かを「教える」ことよりも先に、自分自身がそれを体現する。
この考え方は、学校だけでなく、組織づくりにもそのまま重なるように思います。
組織をより良くしたい、メンバーに変わってほしいと考えるとき、私たちはつい「どんな制度を入れるか」「どんな研修をするか」「どう働きかけるか」と、外側を変える方法を探しがちです。
けれども、その場にいるリーダー自身が焦りや不安を抱え、相手の声を聞く余裕を失っていたとしたら、その状態もまた、言葉以上に組織へと伝わっていきます。
齊藤さんは、組織にマインドフルネスを取り入れるのであれば、まずリーダーや意思決定を担う人たちが実践することが重要だと話します。
「たとえばすごくブラックな職場があったとして、そこで下の人たちに『マインドフルネスでストレスマネジメントをしましょう』と言っても、組織そのものの変容は起こりづらいと思います。まず上の人たちが実践することで、部下の話に耳を傾けたり、これまで見えていなかったものをもう一度見直したりできるようになる。そうすると、職場全体も変わりやすくなると思います」
組織文化は、掲げられた理念だけでつくられるものではありません。
リーダーがどのように人の話を聞くのか。対立が起きたときに、どのようにその場に留まるのか。自分自身が揺れていることに気づいたとき、一度立ち止まることができるのか。
そうした一つひとつの「あり方」が積み重なり、その組織で何が許され、何が大切にされるのかという文化になっていくように思います。
「べき」を手放したときに生まれる、自己共感と他者共感
もう一人のゲスト、今井麻希子さんが専門とするのは、NVC(非暴力コミュニケーション)です。
今井さんは、かつてNGOで「世の中を良くしたい」という思いが強すぎるあまり、周囲との関係にひびが入っていった経験を語ってくださいました。

「何かいいことをしたい、世の中を変えたいと思う。そうすると自分の思いが強くなって、なんとか分かってもらおうとして、必死に説得しようとする。相手に『うん』と言ってもらおうとする。でも、世の中を良くしようと思えば思うほど、自分が消耗して、仲間との関係にもひびが入っていく。実際、そうやって疲弊して辞めていく人も多かったんです」
良いことをしたい。
社会をより良くしたい。
その願い自体は尊いものです。けれど、その思いが強くなりすぎると、いつの間にか「自分が正しい」「相手が間違っている」「だから、こうすべきだ」という構図に入り込んでしまうことがあります。
今井さんは、NVCの観点から、私たちが自分や他者に対して暴力的になっているとき、その背景にはこうした「べき」が潜んでいることが多いと話します。
「誰かに対してムカついたり、『なんだよ』と思ったりするとき、セットになっているのが『こうすべきなのに』という考え方だったりします。私が正しい、この人は間違っている、だからこうすべきなんだ、という状態です」
そんなとき、私たちは相手の話を聞くよりも、自分の正しさを伝えることに必死になってしまいます。対立する場面では、お互いが耳を傾けるのではなく、言いたいことをぶつけ合う状態にもなりやすい。
NVCが大切にしているのは、そこで一度立ち止まり、「今、自分の内側では何が起きているのだろう」と気づくことです。
自分は今、どんな気持ちなのか。
何を大切にしたいから、こんなにも反応しているのか。
本当は何を求めているのか。
今井さんは、このように自分の内側に起きていることに気づくことを「自己共感」と説明します。
そして、自分の中に少し落ち着きや余白が生まれてはじめて、相手の中では何が起きているのだろう、と無理なく関心を向けられるようになる。それが「他者共感」です。
「自分が呼吸できるような落ち着いた状態がないときに、『相手のことを分かってあげなきゃ』と思うと、やせ我慢して相手を理解しているような状態になってしまうんです」
つまり、他者への共感よりも前に、自分自身の状態に気づくことが必要なのです。
相手を理解できない自分。
余裕がない自分。
本当は話を聞きたくない自分。
そんな自分を否定するのではなく、「今、私は無理をしているんだな」と気づけることも、NVCにおいては大切な力だといいます。
「相手を理解しようとして、無理している自分に気づけることも、とても大事なスキルなんです」
これは、組織の中で起きるコミュニケーションにもそのまま重なります。
意見がぶつかったとき。
新しい取り組みに反対されたとき。
「どうして分かってくれないんだ」と感じたとき。
私たちはつい、相手を変えようとしたり、正しさを証明しようとしたりします。
けれど、今井さんは、新しいものに対して抵抗や違和感が生まれること自体も「正常な反応」だと話していました。その反応を「古い組織だから」「分かってくれない人たちだから」とジャッジするのではなく、「今、この場ではこういう反応が起きているんだ」と見ていく。
相手の抵抗も、自分の苛立ちも、まずはそこにあるものとして扱う。
そうすることで、対話のできる余白が少しずつ生まれていくのかもしれません。
組織の中で豊かな対話を生み出していくためにも、その出発点はやはり、自分自身の内側に気づくことなのだと感じました。

呼吸している組織と、息苦しい組織のあいだにあるもの
セッションの終盤、参加者はテーブルごとに、次のようなテーマで対話を行いました。
「これまでの経験の中で、呼吸している組織と息苦しい組織、どんな違いがあると感じていますか。」
会場には、学校の先生も、企業の経営者も、フリーランスの人も混ざっていました。私立中高一貫校で教員をしている参加者は、こう振り返ります。
「うちの職場は、昔からやっていることをきちんと守っていこうっていう、どちらかというとやや息苦しい組織ですね。我々やっぱり教員がハッピーにならなきゃいけないなと、つくづく思うんですけれども。」
一方で、製造業の経営者として登壇した参加者は、自身の経験をもとにどうマインドフルネスの大切さに気づいていったのかについて、語ってくれました。
「8年前、私はマインドフルとは対極の位置にいました。従業員に息をつかせまいと、必死になって。製造業あるあるというか。スピード、効率、生産性の極みといったような状態にあったように思います。そこで、社内で働きがい改革というものに取り組んだのですが、今思うと、それって社員を変えたんじゃなくて、“自分改革”だったんです。結果、組織が生まれ変わったという体験をしました。」
「経営者って、“業績を上げなければならない”というプレッシャーの世界に思いきり浸っていて、だからこそ息がつけない。それがそのまま、従業員にも伝播していく。今は自分自身を感じ対話できるようになったことで、とても呼吸がしやすい。自分が呼吸しているっていう感覚をもっています。」
どちらの声にも共通していたのは、「組織を変える」という話が、いつのまにか「自分がどうあるか」という話に戻ってきていたということです。
「私を想う、そのやさしさがチカラになる」
当日は、『呼吸する学校』の出版に携わった英治出版の関連書籍販売会も行われ、多くの人たちが手に取って帰りました。
また同時に、「私を想う、そのやさしさがチカラになる」というキャッチコピーで展開しているタンパクキューブ「Dear me」(梅花堂紙業株式会社)のプロダクト紹介も行われました。
開発担当の方からは、忙しい日々の中で自分をいたわること大切さに向き合う商品として、「“親愛なる私へ”というメッセージを込めた」という開発の背景が語られました。
一杯のコーヒーから見えたもの
「今のこの日本では、子どもの人数は減っているのに、子どもの自殺数は過去最高。先生が休職する数も増えている。私たちは一体、目の前にある一つ一つの小さな幸せのかけらを、どれだけ取りこぼしているんだろうか?」
このイベントを経て私が感じたことは、こんな問いでした。
平和は、目指して作られるものではなく、一人一人の内側に平和がある時に初めて起こるものなのだと。外から与えられることが幸せなのではなく、自分の幸せ、中にある幸せに気づいていくことが豊かなことなのだと。そんなことを、一杯のコーヒーから感じました。
マインドフルネスということをわざわざ言わなくても、まずは自分自身がそうあろうとしている。私自身がマインドフルな状態でいる。美味しいねって味わってお弁当を食べている。ただそれだけで、その空気が連鎖し、私たちが普段「問題解決」したいことが、時間をかけて変容していく。そういうことを体感して気づいた時に、実はすごくシンプルなことなんだろうなと思います。
このことは会場にて、ゲストの竹中さんも同じことを違う言葉で語っています。
「マインドフルになりましょうよ、と言っちゃうと、相手に今のあなたは間違っているっていうことをメッセージとして受け取られてしまいかねないので……何かをしようとか、こうしてくれと言わなくても、ただ、自分から自分が心から幸せを味わって過ごしているだけで、十分伝わるのだと思います。たとえば職場で、美味しそうに一口一口味わってお弁当を食べてるとか、それだけのことかもしれませんが、実は長期的に見たらその一人一人の積み重ねがとても大きな影響を与えていくのではないかなって。」
心の中に敵のいない組織のリーダーやメンバー、先生や親が増えていった先に、本当の意味で組織や学校、国同士の平和が訪れるのかもしれません。

FabCafe Nagoyaでは、表層的ではなく、本質に踏み込んだ組織・事業開発の研修およびプロジェクト支援を行っています。ご相談やご希望の方は、遠慮なくお問い合わせください。
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伊藤 遥 / Haruka Ito
FabCafe Nagoya コミュニティマネジャー、ディレクター
大学卒業後、ReFaやSIXPADで知られる株式会社MTGで新卒採用・組織開発を担当。多くの学生との出会いを通して「早期に多様な大人・経験に触れる必要性」を感じ、2020年より約5年間、名古屋市キャリア・サポート事業に参画。高校に常駐するキャリアコンサルタントとして、外部人材を活かした探究プログラムの開発・運営や、課外活動の伴走を行う。現在はFabCafe Nagoya、東海国立大学機構CommonNexus(ComoNe)のコミュニティマネジャーとして人・場・経験をつなぎ、子どもから大人までの好奇心を起点とした探究活動支援や、産学官をまたいだコミュニティ作りを行う。また、小中高校へのSEL(Social Emotional Learning /社会性と情動の学び)導入支援、SELを元にしたキャリア教育支援にも取り組む。国家資格キャリアコンサルタント、キャリア教育コーディネーター、SELアドバイザー。愛知教育大学非常勤講師。1児の母。
大学卒業後、ReFaやSIXPADで知られる株式会社MTGで新卒採用・組織開発を担当。多くの学生との出会いを通して「早期に多様な大人・経験に触れる必要性」を感じ、2020年より約5年間、名古屋市キャリア・サポート事業に参画。高校に常駐するキャリアコンサルタントとして、外部人材を活かした探究プログラムの開発・運営や、課外活動の伴走を行う。現在はFabCafe Nagoya、東海国立大学機構CommonNexus(ComoNe)のコミュニティマネジャーとして人・場・経験をつなぎ、子どもから大人までの好奇心を起点とした探究活動支援や、産学官をまたいだコミュニティ作りを行う。また、小中高校へのSEL(Social Emotional Learning /社会性と情動の学び)導入支援、SELを元にしたキャリア教育支援にも取り組む。国家資格キャリアコンサルタント、キャリア教育コーディネーター、SELアドバイザー。愛知教育大学非常勤講師。1児の母。







