Event report
2026.10.4
葉山 いつは
株式会社ロフトワーク, マーケティング
AIによりあらゆる非効率が自動的に解消されていく時代。都市開発の現場でも“効率化”が求められています。しかしその一方で、私たちの暮らしの中には「なんかいい」という感覚的な価値が確かに存在し続けています。人流や人口、売上といった従来の定量指標だけでは拾いきることが難しい主観的な感覚をどう可視化し、AI時代の新たな都市戦略として使いこなすことができるのでしょうか。
ロフトワークの渋谷オフィスで開催されたカンファレンス『Loftwork Conference 2026』。最適解を超えた先にある、まだ見ぬ可能性を探る出会いと対話のための3日間となりました。期間中は、計13のトークセッションが開催。そのうちの一つが「市民の感性が、都市の価値に変わるとき——『なんかいい』を戦略にする、まちづくりの新たな軸」です。
ゲストに迎えたのは、生活者のまちに対する誇り、愛着を発掘し社会に発信を続ける株式会社読売広告社(以下、YOMIKO)の小関美南さん。そして、データを活用して生活者とまちを繋ぐ株式会社大林組(以下、大林組)の船橋俊一さん。モデレーターは、FabCafe Osakaをフィールドに、感性を評価し使いこなすための実践を重ねる株式会社ロフトワーク プロデューサー/FabCafe Osaka事業責任者の小島和人が務めました。
曖昧な感情や愛着を都市の戦略として組み込んでいけるのか。3社がこれまでに積み重ねてきた実践、感性を評価・活用する現在地点、そして都市戦略という大きなスケールへの挑戦。本記事では、これらを軸に、3社の実践と共にこのセッションで繰り広げられた対話を振り返ります。

写真左から、株式会社ロフトワーク プロデューサー/FabCafe Osaka事業責任者の小島和人、株式会社大林組 理事 本社営業総本部 担任副本部長 スマートシティ推進室長/一級建築士の船橋俊一さん、株式会社読売広告社 コミュニティクリエイションビジネス局 都市生活研究所 CIVIC PRIDE®ポータルサイト編集長の小関美南さん。
イベント情報

今、まちの価値を測る軸が変わり始めている。人口・人流・売上では捉えきれない「また来たくなる感覚」「その場所への愛着」などの「感性」を指標化し使いこなすことが、都市の競争力を左右する。その時、多様な企業も、市民も、感性を扱う力があればまちの価値をつくる主体になるかもしれない。本セッションでは感性と都市をめぐる2つの実践から、都市の魅力を再発見し、ともに再創造するフレームワークを探る。
セッション前半では、YOMIKO・大林組・ロフトワークの3社が、これまで主観的な感覚をどう扱い、まちづくりに実装してきたかという実践が紹介されました。
小関さんははじめに、YOMIKOが発信を続ける概念である“シビックプライド”の考え方について紹介しました。この概念は、いわゆる郷土愛とは区別されるもの、と言います。
小関さん ただ“このまちが好き”という郷土愛にとどまらず、自分がまちに関わっている一員なのだ、まちをより良くする一員なんだという当事者意識を持って、何か働きかけようとする。そうした前向きな気持ち、あるいは感性のことを指すものだという風に考えています。
同社は2006年から『シビックプライド®』を商標として取得し、その発信活動を続けてきました。それは、市民のアイデンティティに関わる言葉だからこそ、みんなのものにしていくために責任を持って扱っていくためだと言います。小関さんは、全国の自治体を実際に訪ね、地域の実践者との対話を重ねてきた3年間を振り返り、こう語りました。
小関さん 現地の方々とお話しする中で印象的だったのが、シビックプライドの感覚は最初はご自身の中で腑に落ちているわけではない、ということです。でも、その言葉にならない感覚を紐解いていくことこそがこの活動の本質だったんだと振り返って感じています。

全国各地を飛び回り、実践者の活動を拾い発信を続ける小関さん。アプローチの起点にあるのは“体感すること”への強いこだわりだと言います。
まだ言葉にならない感覚を、自身の言葉や表現へと紐解いていく。それにこそ感性的なアプローチの本質があるのかもしれません。
同社は、全国に住む市民約5万人を対象にしたシビックプライド調査をベースに、2026年春『まちインサイト5指標』を発表しました。小関さんはこの新指標について、次のように語ります。
小関さん 全国を取材する中で、地域のプレイヤーが素晴らしい活動をしていても、その活動がどうして必要なのか、どんな価値をもたらすのかをロジカルに説明できないシーンにたくさん出会いました。その結果、予算がつかなかったり人員が続かなくなって辞めざるを得なくなる。それが本当に悔しくて、なんとか彼らの拠り所となるような指標を作りたかったんです。
価値を定量的に説明できず、ゆえに評価されづらいという課題は全国の現場に共通するものです。近年は、エリアマネジメント活動そのものを計画として位置づけ、評価指標の設計を伴わせることで活動の持続性を制度的に後押ししようとする動きも広がりつつあります。小関さんたちの指標づくりは、そうした感性をロジックに翻訳する実践の先駆けと言えるかもしれません。

自分たちが主役になれる、主体性を持ってまちに関わることができる場や体験を求める気持ちを表す『主人公体験』。歴史や伝統、文化、スポーツなど、そのまち特有の物語やコンテンツに共感したい気持ちを表す『ストーリー性』など、合計5つの項目から住民が街に抱くニーズを可視化する指標です。
この指標の最大の特徴は、単に項目の数値を出すことではなく、住民が「住む街に求めること(ニーズ)」と「今の街に対するイメージ(評価)」の差であるニーズギャップを可視化できる点にあります。
小島 イノベーションの思考プロセスでも“目指すべき姿(To-Be)と現状(As-Is)のギャップを課題とする”というアプローチがありますが、まさにそれと同じですね。単に住民に「何が欲しいですか?」と直接的に聞いてしまうと、本当はそこまで求めていなかったものを作ってしまって、結果として「なんか作ったけど誰も使わない、違うんだよね」という不毛なことになりがちですが、この指標を使えばそうした事象を防げそうですね。
小島の発言を受けて、小関さんはこの指標を活用した先の展望についてこう語りました。
小関さん 住民の方に「何が欲しいですか」と直接聞いてしまうと、どうしても回答の解像度が荒くなります。そこで5つの指標それぞれに4つの設問を用意して、多面的に聞き取っています。例えば『主人公体験』を知りたいなら、“この街の活動に主体的に関われていると実感できるか”といった設問を使う。このフレームワークを挟むことで、住民が本当に求めているニーズの解像度を上げられるんです。
船橋さんは、1980年代から現代に至る都市開発コンセプトの変遷について、人中心・緑・ウェルビーイング・サステナブル・イノベーションを掲げる時代へと移り変わってきたと説明します。この背景に、生活者の価値観の変化があると指摘。モノや利便性が飽和した成熟社会において、人々の欲求は自己実現を超え、生活の質そのものを問い直す「ウェルビーイング」へと移行しているといいます。
船橋さん これまでは、「目的をどうやって達成するか」という思考が重視されていました。しかしこれからの時代に必要なのは、何が大切で、どうありたいかを決める価値観の在り方、言い換えると心のOSをアップデートすること。“効率”から“意味”の時代へのシフトとは、まさにOS自体の書き換えなのです。

船橋さんは、大阪・梅田の再開発において、先行開発である「グランフロント大阪」から、現在の「グラングリーン大阪」まで、約20年にわたり都市開発に携わってきました。
テクノロジーが時間や場所の制約を取り払ったことで、都市にはわざわざ訪れ、時間を過ごしたくなる引力が求められるようになっている、と船橋さんは続けます。大林組スマートシティ推進室が掲げるテーマは「滞在する意味をデザインする」ことです。
なぜゼネコンである大林組が、体験価値の領域にまで踏み込むのか。船橋さんは業界が直面する構造の変化を挙げました。建物を“建てて終わり”にする従来のビジネスモデルは限界を迎えています。一方で、ゼネコンの本来の業態は、多様なステークホルダーや技術、素材を束ね、一つの空間を創ることです。デジタルの力を借りながら「川上(構想)」から「川下(運営・体験)」まで、まち全体に長期的に関わり続け、付加価値をデザインしていくことこそが、これからのゼネコンのあり方だと船橋さんは語りました。
同社が取り組む『みんまち®プロジェクト』も、データを用いて主観と客観のギャップを捉えることで、生活者起点のスマートシティを実現しようとする取り組みです。従来のスマートシティは、効率化を重視したセンサーなどのハードウェア中心の設計でした。これに対し、みんまちプロジェクトは「すべての人をウェルビーイングに(Well-being for All)」をテーマに掲げ、生活者を中心に置いています。

ユーザーがその場で感じた感情や気づきを、独自の指標に基づいて言葉と写真で地図上に蓄積していく『みんまちDROP®』。近くのアクティビティとオフィスワーカーをマッチングする『みんまちSHOP®』。そして、エリアの特性を可視化するビッグデータという3軸から、スマートシティ推進室のソリューションは構成されています。
このサービスを提供する単位について、船橋さんは行政による行政区単位ではなく「ネイバーフッド(徒歩20分・1マイルほどの生活圏)」に設定していると説明します。
船橋さん ロイヤリティや愛着をKPIに設定したときには、自分たちの日常的な生活圏を軸に考えざるを得ません。普段新宿で暮らしている人が渋谷に来たときに感じるような、エリアに抱く感覚の違い。その土地固有の生活習慣や文化が宿る最小単位がネイバーフッドだと考えます。
船橋さんの発言を受けて、小関さんと小島はこの考え方を活用した新たな評価手法のアイデアについて、このように続けました。
小島 ネイバーフッドという生活者の実態に即した単位で捉え直す。あるいは、土地の共通資産で繋がる“流域”のような単位でエリアを捉えてみる。評価の仕方だけでなく、評価するエリアをどう区切るか、その境界線自体をデザインするというのは、これからの都市計画においてもさらに新しい広がりが作れそうな感じがしますよね。
小関さん 私がよく耳にするのは、同じ街の中に住んでいる人たちの間でもシビックプライドを感じる範囲が、人によって全然違うということです。生活者それぞれがなぜその主観的な広さで街を捉えているのか。そこをさらに深く掘り下げていけたらすごく面白いな、とお話を伺いながら思いました。さらに、生活者が主観的に感じている範囲と、船橋さんたちが計測するエリアデータを掛け合わせてギャップを分析してみると、また新しい発見が見えてくるのではないかとワクワクしています。
関連リンク
YOMIKOが提供する『まちインサイト5指標』と、大林組が『みんまち®プロジェクト』で構築するデータエコシステム。一見、アプローチは異なるように見えますが、両者の取り組みには共通の思想があります。それは、単に愛着や幸福度の高低を測定するのではなく、そこに生じるギャップを捉えるための補助線を引いているという点です。
セッション後半では、これまでの実践と現在の方法論を踏まえ、これからの都市開発・戦略へどう接続していくかという大きな視点へと話が展開しました。
小島は、まちづくりの現場に必ずと言っていいほど存在する、経済合理性と社会価値のジレンマを題材に挙げ、こう続けます。
小島 まちづくりの現場には、「生活者」「民間企業」「行政/自治体」という3つのプレイヤーが存在します。それぞれが目指す方向や時間軸、評価のものさしが異なるため、全員が「いい街にしたい」と考えていても対立が生まれる構造があります。従来の評価軸だけで議論を進めると、どうしても時間軸も数値も噛み合いません。だからこそ、あえて曖昧な主観的価値を包含する“感性”を間に置くことで、三者が同じテーブルで共通言語として使いこなせる新たなKPIになり得ます。

船橋さんは、これまで経済合理性が優先されていた都市開発の現場では、面積効率や時間効率などのいわば割り算のロジックが主流だったと重ねます。このアプローチは標準化や効率化に適している一方、行きすぎると都市の個性が失われ、どこも均一な“コモディティ空間”に陥りやすいという課題をはらんでいると言います。
船橋さん これからの時代において、都市のバリューは「積分」の論理で表されなければなりません。その場で過ごす時間の長さと、そこで得られる体験の深さを掛け合わせ蓄積していく。この積分の総量が、愛着やロイヤリティ、シビックプライドにつながり、ウェルビーイングを高めるのです。
船橋さんの発言に続き、小関さんが着目したのは“体験の深さ”という言葉でした。
小関さん 体験の深さをどのように定量化し測定するかという問いには、まだ明確な答えがあるわけではありません。私たちは、この言葉にならない感覚を『まちインサイト5指標』を用いて可視化し、シビックプライドや都市の付加価値、さらには企業や自治体の事業価値へと繋げるロジックを組み立て、実践を進めています。
ここで何より重要なのは、指標という安心感のあるツールにただ依存しないことです。大切なのは、データを扱う側の感性と想像力。自ら足を運び、そこで得られた感覚をどれだけ深く持った状態でデータを読み解けるか。結局、感性を扱う領域において、本当に試されているのは指標そのものではなく、それを使う私たち自身の感性の解像度なのだと思います。
言葉にならない曖昧な「なんかいい」という感覚は、そう簡単に都市戦略に落とし込める共通言語として紡ぎ出されるものではありません。だからこそ、問いの設計や、得られたデータからその背景を想像する力が重要になります。データという客観的な補助線を媒介にすることで、他者との比較を通じて自分自身の価値観に気づいたり、それを他者へひらいて語り合う対話を生み出すことに繋がります。
まち感性ラボ

ロフトワークと読売広告社が共同で立ち上げる、まちに暮らす人・訪れる人・働く人が感じる「このまち“なんか”いいな/好きだな」といった主観的な感覚の有用性に着目し、都市や公共空間の魅力を再発見するプロジェクト。
セッション終盤、「国のまちづくりや都市計画にも“余白”という言葉が使われるようになっているが、“KPIに沿ったマネジメントや開発”と“余白”という本来まったく相容れないものを、これまでの取り組みの中でどのように捉えているのか」という質問が会場から投げかけられました。
船橋さん AIがインフラを自動的に最適化していく時代。では、人間は作業から解放され、獲得した時間や心のゆとりを何に使うか。そこにどういう余白を当て込んでいくのか。これこそが、これからの都市開発のテーマだと思っています。それが、ウェルビーイングになるための多種多様な取り組みであり、言い換えれば、自由にアクセスできるような余白を残しておくということです。これを具体化するために注目したいのが、パブリック空間です。歩道や広場といった公的な空間、そして『都市の活性化が一番見える場所』を公民連携によってもっと柔軟に使いこなしていかなければなりません。パブリック空間のなかに市民のアクティビティをちゃんと受け入れる仕組みを作っていかなければならないと考えています。それは、都市のバイタリティを示していくうえでも重要なことです。
小関さん 余白という言葉には、きっと皆さん同時多発的に気づき始めていたんだと思うんです。ただ、気づいた人たちがそれぞれの感覚で使っていた初期の段階と、この言葉が広く流通するようになった今とでは、言葉の扱い方を少し変えなければいけないのかな、と個人的に感じています。“余白が大事だ”というメッセージだけが一人歩きしてしまうと、頭のなかに“なんかいいな”というぼんやりとしたイメージだけが残り、中身の議論がすっぽり抜けてしまいがちです。大切なのは、そのイメージを徹底的に深めること。「それはどういう余白なのか」「どのくらいの大きさで、誰の隣にあり、どことどこの間にあるのか」そうした解像度の高い問いを立てる必要があります。曖昧な感性の話だからこそ、ただ曖昧なまま終わらせるのではなく、同時に理性的に、論理的に紐解いていくプロセスが絶対にあった方がいいなと強く感じます。
このセッションは、3社の実践それぞれの現在地から始まり、議論はやがて「これらを都市戦略という大きなスケールにどう接続するか」という視点へと展開しました。住民のニーズと評価の間に生まれるギャップを捉えることで見えてくる、生活者・企業・行政という三者の間の共通言語としての感性。効率を測る「割り算」から、体験の深さを積み重ねる「積分」へという評価軸の転換。そして、KPIによる管理と、パブリック空間に代表される「余白」という一見相反する概念をどう両立させるか。全国のまちづくりの現場でエリアマネジメントの評価や公民連携のあり方が問い直されつつある今、いずれも簡単に結論の出る問いではありません。
曖昧で、言葉にならないけれど、私たちの暮らしにとって確かに大切な「なんかいい」という感覚。感性を翻訳し、まちの持続的な経営に組み込んでいく。そうした動きは、全国のまちづくりの現場でこれから本格化していくテーマかもしれません。このセッションが辿った道筋は、その探求のための一つの見取り図を示すものでした。

執筆・編集:葉山 いつは(Loftwork.com編集部)
撮影:川島彩水
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葉山 いつは
株式会社ロフトワーク, マーケティング
2001年奈良県生まれ。立命館大学経営学部経営学科を卒業後、2024年よりロフトワークに新卒入社。
社会と個人の「ジレンマ」を解きほぐすため、ロフトワークのマーケティングを通して、領域や業種が異なる人達を巻き込み、繋げ、新たな対話が生まれる場のデザインを日々実践している。京都と大阪を往復し、呼ばれた場所には大概行く。半年に1回、アメリカンなクッキーを大量に焼く。2001年奈良県生まれ。立命館大学経営学部経営学科を卒業後、2024年よりロフトワークに新卒入社。
社会と個人の「ジレンマ」を解きほぐすため、ロフトワークのマーケティングを通して、領域や業種が異なる人達を巻き込み、繋げ、新たな対話が生まれる場のデザインを日々実践している。京都と大阪を往復し、呼ばれた場所には大概行く。半年に1回、アメリカンなクッキーを大量に焼く。
