日本は国土のおよそ2/3が森林といわれており、それらが豊かな水源と生態系を保っています。しかし実は、日本を覆う山と森林は、里山の人口減少や山林の管理者不足、それに伴う生態系の変化など、さまざまな問題をかかえています。近年増加している野生動物によるトラブルや大雨による土砂災害などは、そうした「山の問題」の一部が表出した現象といえます。
他方、根強いアウトドアブームやSNS上で「自然界隈」がトレンドワードになるなど、癒し・リフレッシュのために山の自然を求める都市生活者は増えています。山と人との関係は、これからどうなっていくのでしょうか?

そんな中、2026年7月21日、渋谷のFabCafe Tokyoでは、トークイベント「山ともっと仲良くなるための渋谷熊鹿会議 〜我々は規格外を愛せるのか〜」を開催しました。
「(人が)山ともっと仲良くなるには?」をテーマに、長野の山と都市を狩猟の罠でつなぐ罠ブラザーズと、岐阜県飛騨市で広葉樹の森を拠点にものづくりに取り組む飛騨の森でクマは踊る(以下、ヒダクマ)が集合。さまざまな問題がある中で、「規格外」をキーワードに人と山との持続的な関係の糸口はどこにあるかを探りました。
山にまつわる問題の難しさは、その複雑さにあります。生態系、産業構造、経済システム、社会変化、気候変動といった大きな要因が絡み合っており、それらの複雑な問題系を紐解くだけで時間が過ぎてしまいそうです。
熊鹿会議では、こうした問題をロジカルに話し始めるのではなく、まず初めに身体感覚を通じて山の「規格外」を実感するプロセスとして、「五感をひらくミニワーク」を用意しました。

「いただきます」から始まるワーク
参加者のテーブルに配られたのは、上田市で捕獲された鹿肉のローストと、煮込み料理・カルニタス。その横には、飛騨の森から直送されたクロモジやタムシバの枝、そしてホオノキの葉、さらにフォークと紙皿が並べられました。

このワークの問いは、実にシンプルです。鹿肉を食べるためのカトラリーとして、木の枝と葉っぱを使うのか、それとも使い慣れたフォークと紙皿を使うのか。これは、「規格外」と「規格内」のもの、どちらを選択するのかという問いかけでもありました。
決して正解のある問いではありませんが、結果として参加した全員が規格外のカトラリーを選択。クロモジの枝を箸のように使いながら、その清涼な香りを確かめたり、葉をお皿に見立てて肉を乗せたりしながら、山からの恵みを身体で受け止めました。

最初のインプットトークでは、株式会社飛騨の森でクマは踊る 代表取締役 COOの松本剛さんが登壇。松本さんは、私たちが山の多様な魅力をどう受け止められるかについて、ツキノワグマの視点を例に紹介しました。

ヒダクマ COO 松本剛さん(写真左)
ヒダクマでは毎年、ツキノワグマの気持ちになって森を歩く体験ツアーを開催しています。クマといえば「どんぐりを食べる」イメージを持っている人が多いかもしれません。しかし、実際のクマの行動をよく観察してみると、どんぐりのみを食べているわけではなく、季節ごとにさまざまなものを食べて暮らしているのがわかります。

松本さんのスライドより、ツキノワグマにとっての豊かな森を学ぶフィールドワークの様子
春はサクラの実や山菜の新芽を食べます。夏は食料が少ない季節。中には「クマハギ」といってスギの幹の皮を剥いで形成層の甘い水分を舐める個体もいるそうです。また、森の中で死んだ鹿もクマにとっては大事な栄養源になります。そして秋には、さまざまな木の実を食べて冬に備えます。
実は、クマは人間が手を入れた明るい林道や人工林もうまく使いこなしながら生きています。例えば、前述のクマハギは皮を剥がれたスギが枯れてしまい、木材として利用できなくなるため、林業従事者にとっては頭の痛い行為です。しかし一方で、その枯れた木にアリやハチなどの社会性昆虫が巣をつくり、クマにとっての夏の貴重な食料となります。結果として、クマにとっても過ごしやすい多様な生態系が存在する環境へと還元されていきます。こうした森を介した人間との関わりが、クマの生きやすい環境を支えている側面もあると、松本さんは説明します。
クマが森の変化に適応し、森の環境や資源をうまく使って生きているように、人も不確実で変動的な森とうまく関わることができないだろうか。そのような問題意識でヒダクマは森の活用に取り組んでいます。
飛騨の森の約7割を占める広葉樹は、一本ごとに太さも曲がり具合も異なります。市場の「規格」という狭い物差しにとらわれず、森全体のサイクルを俯瞰してみることで、従来の流通では価値がつきにくかった雑木や曲がり木の持つ多様な魅力が立ち現れてきます。ヒダクマでは、そうした不揃いな個性を活かした建築内装や家具づくりに取り組んでいます。
続いては、罠ブラザーズを運営する合同会社土とデジタル 共同代表 の橋香代子さんによるインプットトークです。この30年余りで生じた社会の変化を具体的な数字とともに振り返りながら、自分たちが現場で向き合っている課題を紹介しました。

土とデジタル 共同代表 橋香代子さん
日本では、1960年代には約2000万人いた農業従事者が、現在では約340万人にまで急減。これに伴い、耕作放棄地や荒廃農地が増加していきました。こうして人間が山から撤退し、かつて山と里の間に存在した「緩衝地帯(里山)」が姿を消したことが、近年シカやクマといった野生動物によるトラブルが増加した大きな要因のひとつだと考えられています。
こうした状況の中、長野県内だけでも毎年約3万頭のシカが捕獲されていますが、食肉として利用されるのは全体の約24%にとどまり、多くが山に放置・廃棄されている現状があります。

こうした課題に対し、罠ブラザーズは都市生活者が「罠のオーナー」となり、遠く離れた山の現場と繋がりながらジビエを美味しくいただく「罠シェアリング」の取り組みを展開しています。今秋からは月額制コミュニティへとリニューアルし、獲れる・獲れないといった自然の波も含めて、都市のユーザーが継続的に現場を見守り、関わり続けられる仕組みを目指しています。

熊鹿会議のハイライトとなったのは、参加者の皆さんを交えたオープンディスカッションです。ここからは、ヒダクマ 森のクリエイティブディレクター 門井慈子さん、土とデジタル 共同代表 小川大暉さんも参加。「山と関わるってどういうこと?」をテーマに掲げ、登壇者と会場の参加者が膝を突き合わせ、答えのない問いを巡って言葉を交わし合いました。

オープンディスカッションの前半では、「都市から山へアクセスすることの難しさ」について意見が交わされました。国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所が発表した調査によれば、東京23区に居住する人のうち、過去1年間に森林を訪問した人はわずか3人に1人にとどまります。近年、都市住民の山や森への関心が高まりを見せる一方で、実際に足を運べている人はまだまだ少ないのが実情です。
ディスカッションの中では、「この山に入ってみたいと思っても、日本の山林は所有者の境界が曖昧なため、気軽に入ることが難しい」との声が上がりました。中には、土地の所有者が都市部へ移住して連絡が取れなくなっており、地元住民であっても目の前の山に入ることが叶わないケースも少なくありません。
こうした課題に対し、ヒダクマの松本さんはある自治体の取り組み事例を紹介しました。自治体が境界を調査するためお金や時間もかかり、所有者が管理しきれないので、自治体が山林を買い取って公的な資源(コモンズ)として活用していこうとしているケースを挙げ、山の自然資源の利用を阻むハードルに対し、行政が役割を発揮できる可能性について語られました。

ヒダクマ 森を事業部 森のクリエイティブディレクター 門井慈子さん(写真左)
また、ヒダクマの門井さんは、山へアクセスするハードルを飛び越えるアプローチとして、山の資源の中にある「美味しさ」が持つパワーへの期待を語りました。ルールやロジックで説得する以上に、「美味しい」という直感的な感動体験に人は強く突き動かされます。山で美味しいジビエや山菜を食べて感激した参加者が、いずれ自分自身で次の人を山やその環境へと連れていく役割を果たしていくのではないでしょうか。
山の水域の生物多様性や自然の豊かさは、効率や単一の数値に還元しづらく、既存の経済システムの中で守ることの難しさがあります。そうした観点から、テクノロジーが山の多様性や豊かさを受け止める役割を果たせるかという議論が行われました。

広葉樹の3Dスキャンが面白いのは、それが単に作業効率化を目指すだけの技術ではない点です。実際にデータ化された曲がり木を加工・施工しようとすると、非常に多くの手間がかかります。しかし、建築家はその手間と向き合う中で、曲がり木に対して「この木目や節が可愛い」と愛着を感じていきます。
テクノロジーの活用をきっかけに、規格外の素材に対する「愛着」という情緒的な価値が立ち現れる。結果として、そうした体験が建築家のインスピレーションや創造性を駆動させていく点に大きな意味があるのです。
都市で暮らす人が山と関わろうとするとき、そこには何かしらの判断基準があるはずです。ディスカッションの後半では、そうした人それぞれが持つ「山と関わるための基準・規格」について語られました。

松本さんは「人にとっていい森」の基準は多様であると語ります。たとえば、野糞をする人にとっては、おしりをふくために山に柔らかい葉っぱがあるかどうかが重要な基準になります。また、庭木を探している人にとっては、スギやヒノキのような大木よりも、細く曲がった低木の種類が豊富な森の方が魅力的です。松本さんは次のように呼びかけました。
「人それぞれ山との仲良くなり方は違うんです。だからこそ、自分のわがままを山にぶつけてみたらいいんじゃないでしょうか」
門井さんは、「今回のワークで使ったような葉っぱや枝は、材木が製材され、規格化されていく過程で削ぎ落とされてしまうもの」と指摘します。ポテンシャルがあっても、既存の規格からはみ出ているために魅力が認知されにくい現状があります。
こうした規格化されていない山の資源の価値を伝えるため、門井さんは「それらがどのような面白いプロダクトや空間になるのか」ビジョンを情熱をもって語っているそうです。こうした自らの現場経験を共有しながら、地道なコミュニケーションが周囲の理解へと繋がっていくと話しました。

土とデジタル 共同代表 小川大暉さん
土とデジタルの小川さんは「誰かが作った規格をそのまま使おうとすると、山の魅力が見えづらくなる」と自らの視点を提示し、次のように語りました。
「一人ひとりが自分なりの基準や規格をもち、お互いの規格をぶつけ合うこと。そうして多様な山の見方を編み出していくのが、いい山の楽しみ方なんじゃないかと思います。山に入るたびに新しい発見があり、自分の中にいろんな経験や感覚が蓄積されていくんですね。別の言い方をすると、次に山に入るときは、前よりも新しい発見ができる自分になっている。山は、入れば入るほど楽しめる場所なんじゃないかと思っています。皆さんも山に入り、自分なりの山の見方を獲得していってもらいたいです。」

モデレーションを務めた橋さんは、ディスカッションの締めくくりとして、一人ひとりが山に対するビジョンを持つことの大切さを次のように語り、トークを締めくくりました。
「私たちの意識は、害獣対策や放置林問題といった今ある課題をどう解決するかに向きがちです。それも重要ではありますが、一方で『私はこんなふうに山を生かしていきたい』という個人の夢や願いを、もっと地域の人と語り合いたいと思いました。これからは、夢を共有できる仲間と山に入っていく機会を増やしていきたいです」

山と関わるにはどうしたらいいのか? 正解のない問いにみんなで向き合った熊鹿会議。印象的だったのは、参加した皆さんが自身の身体で考え、まとまらない言葉を口にしてみながら、ゆっくりと対話していく姿でした。そこには、共通する想いを持って集まった一人ひとりに対して、お互いに耳を傾け、真摯に言葉を交わそうとする温かい空気がありました。
ヒダクマと罠ブラザーズの皆さんは、山の問題と向き合いながら仕事をする中で、多くの課題やハードルに対峙しています。しかし同時に、山に入るたびに新しい発見や楽しみがあると目を輝かせながら語っていました。
今、私たちが山と深く関わるということは、まとまらない言葉や分からなさを抱えたまま、山へ足を踏み入れることなのかもしれません。ままならない・不揃いな自然に対して、正しく整った答えを求めるのではなく、むしろ、自らの身体感覚と感性を信じて偏愛をぶつけてみること。その試行錯誤の先に、私たちが山とともに生きていくための、新しくもしなやかな関係が編み直されていくのではないでしょうか。
執筆:岩崎 諒子 / FabCafe Tokyo
編集協力:後閑 裕太朗、宮崎 真衣 / Loftwork Inc.
写真提供:キルタワタル / 合同会社 土とデジタル
本格ジビエをカジュアルに「鹿肉のカルニタスブリトー」
罠ブラザーズとFabCafe Tokyoのコラボレーションで、山の命をいただく新メニューが誕生。
甘みとコクのある鹿肉をホロホロになるまで煮込むメキシコの料理「カルニタス」をたっぷりと包みました。濃厚な肉の旨みに爽やかな辛さのサルサソースをピリッと効かせた一品です。ぜひ、ブリトーを食べながら、山と人との持続的な関係に想いを馳せてみてください。

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罠ブラザーズ
「罠ブラザーズ」は単にジビエ肉を購入できるサービスではなく、罠シェアリングによって狩猟からジビエ肉を“いただく” までの過程を追体験できるサービスです。2022年に「グッドデザイン賞」(主催:公益財団法人日本デザイン振興会)を受賞いたしました。狩猟が減った近年、野生の鹿は個体数の増加や分布の拡大が一層強まり、生態系や農林業に及ぼす被害が深刻化しています。罠ブラザーズは、狩猟を行う人達の活動支援と、この課題について共に考える機会の提供に繋がる事を目指しています。
「罠ブラザーズ」は単にジビエ肉を購入できるサービスではなく、罠シェアリングによって狩猟からジビエ肉を“いただく” までの過程を追体験できるサービスです。2022年に「グッドデザイン賞」(主催:公益財団法人日本デザイン振興会)を受賞いたしました。狩猟が減った近年、野生の鹿は個体数の増加や分布の拡大が一層強まり、生態系や農林業に及ぼす被害が深刻化しています。罠ブラザーズは、狩猟を行う人達の活動支援と、この課題について共に考える機会の提供に繋がる事を目指しています。
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飛騨の森でクマは踊る
森や伝統文化といった地域資源とテクノロジーを融合させながら、循環型のものづくりや空間づくり等のプロジェクトデザインを行っている。
https://hidakuma.com/
森や伝統文化といった地域資源とテクノロジーを融合させながら、循環型のものづくりや空間づくり等のプロジェクトデザインを行っている。
https://hidakuma.com/
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岩崎 諒子
FabCafe Tokyo
株式会社ロフトワークで、クリエイターコミュニティLoftwork.com(現AWRD)の企画・編集・コミュニティ運営を担当。クリエイターと企業、自治体などとの共創プロジェクトの設計と事務局業務に従事した。2019年より、同社マーケティングDivで、組織体制変更に伴うリーダーインタビューシリーズをはじめ、マーケティングとブランディングを横断するコンテンツの企画・編集に携わる。2024年から地域共創に特化したマーケティング・PRに従事。2025年10月より、FabCafe Tokyoでコミュニティ運営を担当。二児の母。
株式会社ロフトワークで、クリエイターコミュニティLoftwork.com(現AWRD)の企画・編集・コミュニティ運営を担当。クリエイターと企業、自治体などとの共創プロジェクトの設計と事務局業務に従事した。2019年より、同社マーケティングDivで、組織体制変更に伴うリーダーインタビューシリーズをはじめ、マーケティングとブランディングを横断するコンテンツの企画・編集に携わる。2024年から地域共創に特化したマーケティング・PRに従事。2025年10月より、FabCafe Tokyoでコミュニティ運営を担当。二児の母。




