Event report
2023.2.18
東 芽以子 / Meiko Higashi
FabCafe Nagoya PR
3D構造体の食感を文脈化するために…
人は、想定外の食べ物の組み合わせが大好きだ。例えば「プリン+醤油=ウニ」の食実験は、誰もが知ることろではないだろうか。新たな大陸発見を夢見るが如く、好奇心がアクションを誘う。そうした欲求は、世界トップクラスのシェフの手にかかると液体窒素や遠心分離機を使った分子ガストロノミー(美食学)として、アートやエンターメイトの域に昇華する。好奇心がイノベーションを生む良い例だ。
「Melt.(高次素材設計技術研究舎=Meta-level-material design-Engineering Learning Team)」(物質のみならず物理現象や思想までも素材化=マテリアライズすべく研究し、ものづくりの新たな設計手法を探求する団体)もまた、好奇心からイノベーションを生むべく、一つの仮説を立てている。“食感”と“文脈的言語”の関係性は「高次素材」へ発展するのでないかと。本イベント「食感ビュッフェ」は、その仮説証明の鍵を握る“文脈サンプル”を集めるため開催された。
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様々な所属の参加者が集まった
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主催者 右から浅井、若杉、市川、斎藤
「食感ビュッフェ」へようこそ!
Melt.の仮説を検証するため開かれた「3D構造体食感ビュッフェ」。東京・下北沢の会場 砂箱には、3Dフードプリンティングに興味のある方々のみならず、研究者や食品メーカー所属の好奇心旺盛な参加者が集まった。
そもそもMelt.は、“食感”をコンピュテーショナルにジェネレート(生成)することを目標に掲げ、研究を1年以上続けている。その挑戦は「オノマトペ表現から新たな食感を作り出せないか」という実験に始まり、これまで、食感という音印象から食感パラメーターへの主観的落とし込みを行い、12個のサンプルデータを得ている。しかし未知なる領域の実態把握には絶対的に多くの情報が欠けており、今後は「多種多様な新食感に対する、より多くの個人的表現」を集め「食感と感覚表現の規則性をアルゴリズム化する必要性がある」という見解に至っている。
…ということで、今回の「3D構造体食感ビュッフェ」は、参加者の好奇心とMelt.の研究を一度に叶える絶好の機会となったのだ。
3D構造体食感ビュッフェについて
https://fabcafe.com/jp/events/nagoya/230129_mxp/
食感あり〼
皆さま、食感楽しんでいますか?パリパリ、コリコリ、外カリ中ジュワなどなど……色々な食感がありますね。
そんな無限の食感を楽しむためにたくさんの食感を3Dフードプリンターでご用意した食感ビュッフェを開催いたします。
私達はコンピュテーショナルに食感を生み出すことを目指して、約一年かけて議論と実験を重ねてまいりました。その過程で生まれた様々な構造体たちを、3Dフードプリント技術を使い食べられる構造体としてみなさまにご提供いたします。私達の一年間の成果を食感のビュッフェとしてお楽しみください。
ビュッフェメニュー:左から「人工生命発酵」、「極小曲面構造体」、「負ポアソン比構造体」
用意されたビュッフェのメニューは、3Dフードプリンターで成形された、以下、3種類。素材はいずれも、味や硬さ、食感が自在につくり出せる「ライスジュレ」でできている。
- 人工生命発酵 生命活動を模した動きをするアルゴリズムが、CGモデルを削り取る過程で生成する構造を、生物の代謝によって利益を享受する発酵に見立てた食感をイメージ。
- 極小曲面構造体 面積を局所的に最小化した極小曲面を構造体化。見た目は大きいけど、食べた感じがしない食感の“ゼロカロリー”を目指す。
- 負ポアソン比構造体 材料を垂直方向に押すと、横に広がらず垂直に縮まる構造体。つまり、押しつぶすと薄くならず縮まる特性で、噛むことに連動し自ら縮まるので歯応えが追いついてこない。
食感は、いかに…?
真っ白いスナック菓子のようなビュッフェメニュー。素材の「ライスジュレ」とは、米に水を加えて高速で攪拌するなどの特殊な加工技術で製造された新素材。ゆるいゼリー状のテクスチャーからゴムのような弾力性まで表現できるため、狙った食感を作り出しやすく、再現性が高いのが特徴だ。
参加者はまず、3Dプリントする前のライスジュレの塊を食べ、基準値となる食感を自分なりに言葉にするところからスタートした。その後、それぞれのお好みで、① 焼く② 蒸す ③ 揚げるの調理方法を選択。参加者は、節分のこの日、炒った大豆の”カリッ”を箸休めに、塩胡椒やわさび、あんこなど、調味料やトッピングを加えながら、メニューをひたすら食べ比べた。
(写真/右下)今回のメニューを生成した3Dフードプリンターも会場に展示された
すると、どうだろう。“食感ソムリエ”と化した参加者は、こんなにも情景豊かな詩的文脈で食感を表現し始めた。
極小曲面構造体(焼き)
大学2年の正月、仕送りの餅を一人で焼いて食う。淋しさと表層的なハレの日を味わった。口の中がワンルーム
人工生命発酵(焼き)
ファーストバイトは砂場に足を踏み入れたような心地よい、サワっという軽やかさ。ミッドは強いもちもち感が主役の座を勝ち取るが、サクサク感も負けじと主張する。アフターは、歯に詰まった残骸のもちもち感を前に、人間は何も成すすべがない
負ポアソン比構造(焼き/茶漬けトッピング)
脇役だけが集められた。主役がいなくて困った。悪くはないが、やっぱ我々は脇役か…というちょっと気まずい空気が漂う
完走した感想
様々な心情や、個人的記憶が散りばめられた文脈としての表現と、今回の食感メニューとの関係性はどのようなものになるのか。充分なサンプルを集めた主催者は、今後、分析作業に入る。成果についてはオンライン報告会で深掘りするが、以下、今回得た主催者の手応えを掲載し、本レポートを終了とする。
コンピュテーショナル食感デザインプロジェクトは、食感の操作を目指した”食感ジェネレーター”の開発を通じて、我々が普段当たり前の様に無意識に活用している食感という感覚の正体の端部を掴もうという挑戦でもある。
人によって正解値の異なる”食感”という高次素材を取り扱える様にするためには、まだまだ表現と伝達の回数を試行する中で見えてくる事があるはずである。
我々は以前、なんとなく面白いと思い込んだオノマトペ表現から食感に反映させるという関連性も正しい指標も何も無い中でとにかく形を作る、伝える、という表現を通じてもしかしたら文脈的な言語の羅列と形状は同一化するという思考を深めるに至った。
今回のイベントでは、普段注目しない食感の文脈的表現に参加者の皆さんと我々は果敢に取り組み、結果はまだわからないが、妙な手応えとこれからの道筋がおぼろげにちらついているのである。私自身が感じているこのおぼろげな可能性の幻視をまた表現と思考を通じてみなさんと共に探索を続けたいと思う。そして、いつか食感ジェネレーターで思い思いの食感が作られる様になった際には、やはり遠くからその様子を写真に収め、粘度のある笑みを浮かべながらふっとその場をネットリとさりたいものである。(浅井)
いかに食感をデザインするかの方法を考えて1年が経ちました。オノマトペ、ソムリエなど様々な角度からの実践によって、食感ジャングルの奥地へ進んでるような気がしています。
また、今回のイベントでは調理を行うことで、参加者の方にも3Dフードプリンタがキッチンに置かれる未来の可能性をより実感していただけたかなと思います。食感デザインが実現された世界の料理では、調理・調味に加えて「調感」のような工程が生まれるかもしれません。そんな未来の食生活に思いを馳せながらこのプロジェクトは進んでいきます。(若杉)
食感は、核とした形を持っているようでいて、いざそれをその手で掴み取ろうとすると消えてしまう、雲のようなものだと感じる。今回の3D構造体食感ビュッフェは、多様な鑑賞者によって、「食感とは何か?」という、それこそ雲を掴むような問題を問うたイベントであった。我々がこのイベントから、食感について具体的に分かったことが何かあったか?といえば、多くのことを知ることはできなかったかも知れない。ただ、それ以上に我々が本イベントから得たことは、多様な眼差しを持つ参加者によって示された、食感のもつ意味の厚みだろう。食感は様々な要素が複雑に組み合わさってできている。味覚、形状、それを食べる人の記憶。そしてここに挙げたもの以上の要素が関連しあって構成されるのが食感であると思われ、その要素一つ一つを取り上げるだけでは、食感の内幕は窺い知れない。本イベントでは参加者一人一人が、食感のもつ意味を拡張させ、そしてそれを読んだ主催者を含む参加者が、新たな意味性を付与させていく、という創造的循環が見られた。要素還元できない一人一人のもつ食感が層をなし、朧げであった食感の姿が僅かであるが、明らかになっていく。コンピュテーショナル食感デザインの道は、まだ遠い。しかし、進み続けるに連れ、小さな雲は、大きくなり、やがてはっきりとした姿で持って、我々の手に届くような存在になるかも知れない。そしていつかは雲をも食感として味わう、そんな未来でありたい。(市川)
私達は生まれてから咀嚼するという行為、食事をするという営みを欠かさずコンスタントに続けてきている。にもかかわらず、2021年末から始まった本プロジェクトでは毎回膝を叩くような気付きがもたらされ続けている。どれだけ私が食べるという行為の中で噛み、飲み込むことへ意識を向けてこなかったかが思い知らされてきた1年だった。
3D構造体食感ビュッフェでは食事という行為の中の「食感」に紐づく語彙を拡張することを目指したオープンリサーチイベントとして企んだのだが、この設計が存外難しかった。私達はマンガ的表現としての食感の表現は多様に持っているが、オノマトペだからこそ寛容できる曖昧な部分に踏み込んでいき、言語化を強いるにはどうしたらいいのか……と5分ほど頭を悩ませ、ソムリエという選択をした。俳句という選択肢も合ったが、5・7・5の制約が強すぎ、ハイコンテキストなサンプルが量産されることを危惧し、やめた。(でも、いつかやってみたいネタではある。)
ソムリエというメタファとコンピュテーショナル食感デザインフードの組み合わせは、砂箱に内的な熱狂を巻き起こしていたように思える。あの空間のあの一瞬だけは、間違いなく全員が食感を楽しむことに熱意を注ぎ、更なる食感を求めて調理するというコンピュテーショナル食感デザインが社会に溶け込んだ未来の営みがおこなわれていたように思う。2023年1月29日、下北沢の砂箱には確かに未来がやってきていたんだ。
社会的な行動としての行為が確立することで、その行為を示す言葉が生まれてくる。コンピュテーショナル食感デザイン#8くらいで淡中☆圏氏が教えてくれた。あの瞬間の熱狂を同じ空間で見届けたひとりとして、これはきっと名付けられるだろうと確信している。(斎藤)
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浅井 睦 / あさい・むつし
Metalium llc代表
コンセプトデザイナー / Vibes研究者1991年大阪府生まれ。舞鶴工業高等専門学校機械工学科修了。IAMAS 博士課程前期在学中
メタ思考から捉えることのできる感覚を「Metalium」という素材として捉え、日常にそっと置きたくなる不思議な感覚の日用品と、特別な体験ができるイベントや体験会などの非日用品を制作する事業を展開するMetalium llcを創業。
代表的な事業として、メタ思考から発生する事象を素材として捉え、活用技術の探求を行うオープンラボ高次素材設計技術研究舎 Melt.の運営を行う。Metalium llc. https://scrapbox.io/metalium/
高次素材設計技術研究舎 -Melt. https://scrapbox.io/meltarchives/
1991年大阪府生まれ。舞鶴工業高等専門学校機械工学科修了。IAMAS 博士課程前期在学中
メタ思考から捉えることのできる感覚を「Metalium」という素材として捉え、日常にそっと置きたくなる不思議な感覚の日用品と、特別な体験ができるイベントや体験会などの非日用品を制作する事業を展開するMetalium llcを創業。
代表的な事業として、メタ思考から発生する事象を素材として捉え、活用技術の探求を行うオープンラボ高次素材設計技術研究舎 Melt.の運営を行う。Metalium llc. https://scrapbox.io/metalium/
高次素材設計技術研究舎 -Melt. https://scrapbox.io/meltarchives/
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若杉 亮介
Byte Bites株式会社 CEO
慶應義塾大学政策メディア研究科修士課程(デザイン)修了。看護や教育、食など、多領域分野でのデジタルファブリケーションツールを基軸としたデザイン実践を専門に研究。卒業後は、株式会社LITALICOにて、ITものづくり教育事業のサービス開発部門にてカリキュラム開発を担当。TOKTO STARTUP GATEWAY 2021 セミファイナリスト、第18回みたかビジネスプランコンテスト 優秀賞受賞などの経験を重ね、2021年10月にフード3Dプリンティングを基軸としたデジタル技術による食表現・食体験の拡張を目指すByte Bites株式会社を創業。
https://byte-bites.com/慶應義塾大学政策メディア研究科修士課程(デザイン)修了。看護や教育、食など、多領域分野でのデジタルファブリケーションツールを基軸としたデザイン実践を専門に研究。卒業後は、株式会社LITALICOにて、ITものづくり教育事業のサービス開発部門にてカリキュラム開発を担当。TOKTO STARTUP GATEWAY 2021 セミファイナリスト、第18回みたかビジネスプランコンテスト 優秀賞受賞などの経験を重ね、2021年10月にフード3Dプリンティングを基軸としたデジタル技術による食表現・食体験の拡張を目指すByte Bites株式会社を創業。
https://byte-bites.com/
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斎藤 健太郎 / Kentaro Saito
FabCafe Nagoyaプログラム・マネジャー、サービス開発 / 東山動物園くらぶ 理事 / Prime numbers syndicate Fiction implementor
名古屋における人ベースのクリエイティブの土壌を育むためにコミュニティマネージャーとしてFabCafe Nagoyaに立ち上げから携わる。
電子工学をバックボーンに持ち科学技術への造詣が深い他、デジタルテクノロジー、UXデザインや舞台設計、楽器制作、伝統工芸、果ては動物の生態まで幅広い知見で枠にとらわれない「真面目に遊ぶ」体験づくりを軸とした多様なプロジェクトに携わる。
インドカレーと猫が好き。アンラーニングを大切にして生きています。
「コンピュテーショナル食感デザインプロジェクト」にて第1回 Tech Direction Awards R&D / Prototype Bronze受賞
https://award.tech-director.org/winner01名古屋における人ベースのクリエイティブの土壌を育むためにコミュニティマネージャーとしてFabCafe Nagoyaに立ち上げから携わる。
電子工学をバックボーンに持ち科学技術への造詣が深い他、デジタルテクノロジー、UXデザインや舞台設計、楽器制作、伝統工芸、果ては動物の生態まで幅広い知見で枠にとらわれない「真面目に遊ぶ」体験づくりを軸とした多様なプロジェクトに携わる。
インドカレーと猫が好き。アンラーニングを大切にして生きています。
「コンピュテーショナル食感デザインプロジェクト」にて第1回 Tech Direction Awards R&D / Prototype Bronze受賞
https://award.tech-director.org/winner01
主催
高次素材設計技術研究舎 -Melt.[Meta-material design-Engineering Learning Team]
共催
協力
Photo by Shuhei Matsuoka
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東 芽以子 / Meiko Higashi
FabCafe Nagoya PR
新潟県出身、北海道育ち。仙台と名古屋のテレビ局でニュース番組の報道記者として働く。司法、行政、経済など幅広い分野で、取材、撮影、編集、リポートを担い、情報を「正しく」「迅速に」伝える技術を磨く。
「美しい宇宙」という言葉から名付けた愛娘を教育する中で、環境問題に自ら一歩踏み出す必要性を感じ、FabCafeNagoyaにジョイン。「本質的×クリエイティブ」をテーマに、情報をローカライズして正しく言語化することの付加価値を追求していく。
趣味はキャンプ、メディテーション、ボーダーコリーとの戯れ。
新潟県出身、北海道育ち。仙台と名古屋のテレビ局でニュース番組の報道記者として働く。司法、行政、経済など幅広い分野で、取材、撮影、編集、リポートを担い、情報を「正しく」「迅速に」伝える技術を磨く。
「美しい宇宙」という言葉から名付けた愛娘を教育する中で、環境問題に自ら一歩踏み出す必要性を感じ、FabCafeNagoyaにジョイン。「本質的×クリエイティブ」をテーマに、情報をローカライズして正しく言語化することの付加価値を追求していく。
趣味はキャンプ、メディテーション、ボーダーコリーとの戯れ。