Column
2023.9.7
ケルシー スチュワート|Kelsie Stewart
FabCafe Tokyo CCO (チーフコミュニティオフィサー), Loftwork Sustainability Executive
植物由来レザーの人気の高まり
環境への負荷が少ないライフスタイルへ転換しようという認識が高まるなか、世界中で、日常生活で使用する製品の素材やブランドを再考する動きがあります。その一例が、ファッションや家具によく使われるレザーの使用です。レザーは動物由来なうえ、水を大量に消費する染色方法であるため、CO2排出量が多いのが課題です。そこで、持続可能な代替案として、バイオベースの素材から作られたヴィーガンレザーへの関心が高まっています。イギリスで行われたある調査では、回答者の35%がヴィーガンレザーの選択肢を増やしたいと回答しているとも言われています。
インドネシアのバイオベンチャー、Mycotech Lab
Mycotech Lab(以下、MYCL)は、インドネシアに拠点を置くキノコの菌糸体をベースにした素材ベンチャー企業です。MYCLは、マッシュルームレザーのMylea™をはじめ、キノコ菌糸ベースの素材を製造しています。より多くのコミュニティーと関わり、持続可能なバイオマテリアル市場を拡大すべく、2022年、長野県にMYCL Japan 株式会社を設立しました。この日本法人立ち上げに伴い、MYCLはFabCafe Tokyoと協力し、「未来とは何か」という一見シンプルな問いを投げかけることで、未来のテクノロジーとは何かを再定義することを目的とした展示会「WTF(We The Future)展」を、2022年9月24日から10月2日にかけて開催しました。
本記事は、MYCLの共同設立者兼チーフ・イノベーション・オフィサーであるロナルディアス・ハータンティオへのインタビュー記事です。FabCafeチーフ・コミュニティ・オフィサーのケルシー・スチュワートが、本展示にかけた想いや今後の展望を聞きました。
インタビュー:ケルシー・スチュワート
編集:FabCafeグローバル編集チーム
撮影:アヤ・クマサカ・バーグカンプ, MYCL
ヴァナキュラー建築が持続可能な革新へのヒント
ケルシー サステイナビリティに関するロナルディアスさんの仕事へのインスピレーションを教えていただけますか?
ロナルディアスさん(以下、アルディ) 私の元々の専門は建築で、特に持続可能な建築と自然保護建築です。サステナビリティに初めて触れたのは、「建築家のいない建築」であるヴァナキュラー建築(※)の実践について学んだときでした。
最初の仕事では、インドネシアの地方を訪れることが多かったのですが、そこでは、その土地のニーズに合った建物が建てられ、デザインはその土地で手に入る材料でできるものという制約がありました。地域のコミュニティや建築家を訪ねるときはいつも、私が専門家の立場から皆に指示を出すのではなく、地元のコミュニティから多くのことを学ぶことのほうがずっと多かったのです。
※ヴァナキュラー建築:気候や立地、そこに住む人々の活動といった風土に応じて造られる住居や施設のことで、「Vernacular」とは「土着の」あるいは「風土的」という意味である。1964年にバーナード・ルドフスキーが著した『建築家なしの建築(Architecture without Architects)』によってヴァナキュラー建築の概念は関心を集めた(Wikipedia, 布野 2015, pp. 52–56.)
ローカルな堆肥が未来の素材になる
ケルシー MYCLのビジョンについて教えていただけますか。
アルディ MYCLを立ち上げたときの主な目的は、世界にインパクトを与えることでした。インドネシアには活用されていない可能性がたくさんあります。たとえば、インドネシアは農業が盛んな国ですから、農業廃棄物がたくさん出ますが、このうち堆肥に変換されているのはわずか1%程度です。つまり、残りの99%の廃棄物は埋立地行きということになります。私たちのビジョンは、この廃棄物を未来の素材を作るための持続可能な資源として利用することでした。
We The Future展@FabCafe Tokyo
ケルシー 今回開催した「WTF!(We The Future)」展のテーマのコンセプトとゴールについて教えてください。また、多くの人が気になっていると思うのですが、「WTF!」は私たちが思っているような意味なのでしょうか?(笑)
アルディ 「WTF」という頭文字は、おっしゃるように戦略的に選んだ言葉です。私たちの目標についてお話しすると、まず、私たちの現在のポジションは素材のイノベーター兼プロデューサーであり、そのため、ほとんどの場合、私たちの収益はB2Bからもたらされています。しかし、私たちの新しいビジネス戦略では、B2B2Cも目指し始めていて、私たちのブランド価値をエンドユーザーに直接広めていきたいと思っています。したがって、「WTF!」展でのゴールは私たちの価値観を広めることですね。展示会を通じて、私たちの価値観を生産工程全体に浸透させ、なぜ私たちの製品が特別なのかをこれまで以上に表現できることを願っています。
この展覧会を開催するもうひとつの理由は、「私たちの未来はどうなるのか?」ということをもっと人々に考えて欲しいという意図があります。人々が未来について考えるとき、SF映画や火星行き、人工知能のことを思い浮かべることが多いですよね。しかし、私は未来について考えるとき、持続可能性について考えます。もっと具体的に言えば、私たちが未来を手に入れるためには、もっともっと持続可能である必要があるということなんです。
今の世代はかつてないほど現実的で、将来を考えると悲観的になってしまいます。たとえ未来が暗いものであっても、次の世代の未来を確実に繋いでいくために、できる限りのことをしなければいけないと思っています。
私たちがFabCafeとのコラボレーションに興味を持ったのは、魅力的な方法で新素材を開発・探究することに重点を置いている団体に初めて出会ったからです。ほとんどの場合、私たちは大学のような研究機関と一緒に仕事をしているので、このように新素材を探究しているカフェと連携できるというのは、とても魅力的でした。また、FabCafe Tokyoのチームと話をしていると、素材の探究や製品について市場からフィードバックを得ることに関して、私たちと同じようなビジョンを持っていることもわかりました。
菌糸体が素材になるまでのプロセス
ケルシー 次に、キノコの菌糸体からMYCLの様々な素材になるまでのプロセスについて教えていただけますか?
アルディ 私たちの技術の基盤は、農業廃棄物から作られた基材で育つキノコの菌糸体です。現在、おがくずを使用していますが、これは私たちの拠点であるバンドンで最も一般的な農業廃棄物だからです。この基材に菌糸を入れると、おがくずが菌糸に栄養を与えることで菌糸が成長し、2週間ほどで完全に基材に定着します。丈夫なMylea™(Mycotechの開発したマッシュルームレザー)を作るには、5~6週間ほど成長させます。
Mylea™の製造工程はそれほど複雑ではありませんが、衛生状態、温度、湿度、光などの生育条件や基材組成の微調整は不可欠です。つまり、生産工程ごとに、マッシュルームレザーの品質を一定に保つために最適化されたレシピが必要で、実際、50種類の農業廃棄物に対して、すでに約50種類のレシピがあります。この細やかなレシピによって、異なる地域であっても、その場所で手に入る廃棄物に合わせてMylea™の製造工程を適応させることができるのです。
ケルシー インドネシアでは、どのような素材を基材として試したのですか?
アルディ トウモロコシ以外では、サトウキビ、米、ヤシの木、キャッサバ、コーヒーなどを試しています。全部で15種類のレシピを試しました。ヨーロッパや日本のような他の国に行くときは、そこでどんな素材が手に入るか探すだけで、その場所ならではのMylea™を作ることができます。
防水性、耐久性に優れるMylea™は牛革より優秀?
ケルシー Mylea™の寿命と耐久性について教えてください。水に濡れても大丈夫なのでしょうか?
アルディ 寿命に関しては、MYCLチームが各々の日常生活でさまざまなMylea™製品を使うことで、自ら検証しています。たとえば、Mylea™で作られた私の腕時計のストラップはもうすぐ4年になりますが、毎日身に着けているにもかかわらず、まだ良い状態を保っています。Mylea™の寿命を長くしている理由のひとつに、防水性があります。また、ラボテストを行った結果、Mylea™はレザーの引張強度の範囲内であり、レザーよりも熱や湿気に強いことがわかりました。
耐久性と生分解性の間には微妙な境界線があり、私たちは両方を求めています。だからこそ、私たちは継続的にテストし、改良していく必要があるのです。そうでなければ、また新たなプラスチックを作ることと同じで、それは避けたいです。
インドネシア企業として初のBコープ認証を取得
ケルシー マイコテック・ラボはインドネシアで最初にBコーポレーション(以下、Bコープ)に認定された企業のひとつですね。なぜBコープを取得しようと思ったのですか?
アルディ 創業以来、サステナビリティは私たちの主要なコアバリューだったので、ガイドラインや枠組みを持って、持続可能かつ責任ある方法で成長を測定できるようにしたかったのです。認証を取得できたときは嬉しかったですが、認証自体が目的ではなく、私たちの働き方について責任あるガイドラインを得ることが主な目的です。嬉しいことに申請提出1回目で合格でき、現在、Bコープの認証を取得して4年になります。
ブランドとともに廃棄物問題を解決する
ケルシー Hijack SandalsとApakabarと一緒に素晴らしいサンダルを作られていますが、これらのコラボレーターとはどうやって知り合ったのですか?また、彼らはこの新しい素材をどう見ていましたか?
アルディ 最適なコラボレーターを見つけるのは、とても難しいことです。でも、今のところ我々がウェアラブル製品の生産者ではないというのは重要なポイントですね。みなさんが、常に私たちをサプライヤーとして見ています。私たちは常に、私たちとともに成長したいと思ってくれるコラボレーターを探しています。コラボレーションをする際はいつも、ラピッドプロトタイピングをしたうえで、共創相手が私たちの素材で試作するのに最も適したプロセスを考えるので、双方向のイノベーション・プロセスなんです。
ケルシー 日本でコラボレーションしたい方は見つかりましたか?
アルディ 今現在、様々なブランドとコラボレーションを始めるためにコンタクトを取っています。WSGCやBonprixとのコラボレーションの話も進めていて、とても楽しみです。
日本市場への参入
ケルシー なぜ日本でビジネスを展開しようと思ったのですか?
アルディ 日本に進出しようと思った理由は主に2つあります。1つ目は、日本市場の特性が世界のトレンドに大きな影響を与えていて、とても興味深いと感じたからです。大手ブランドは、常にトレンドセッターとして日本を見ています。それに伴って市場も成熟しているため、より多くのサステイナブルブランドが日本に進出してくることが予想されるので、日本に進出することは興味深いことだと考えています。
私たちが日本進出を決めたもうひとつの理由は、生産と研究開発に関する専門知識があるからです。これによってより大きなインパクトを生み出すことができます。というのも、現在の私たちの主な目的は、スケーラブルな生産ラインを作り、MYCLの素材でより高いスケールメリットを得られるようにすることだからです。その点で、日本は機械、特に農業機械に関して本当に進んでいるので、私たちにとっては日本が最適だと考えています。
ケルシー 新しい研究施設に長野を選んだ理由はありますか?
アルディ 長野のパートナーとは、パンデミック(世界的大流行)の最中、最初はオンラインで知り合いました。当初は、彼らの機械を買いたいということで話を進めていました。しかし、私たちが必要としている機械は、実はまだ発明されていないんです。だから、一緒にやろうということになりました。私たちが必要とする資源は長野に広く存在していたので、長野に工場を構えることは理にかなっていました。
さらに、私たちには共通の目標がたくさんあり、お互いにメリットがあると考えました。このことが、MYCLジャパンの設立に役立ち、機械の研究開発におけるこのコラボレーションを通じてさらに前進することができました。そもそも、私たち人間が生み出すすべての廃棄物の問題は、自分たちだけで解決するにはあまりにも大きすぎるので、コラボレーションが必要なんです。
ケルシー 日本で仕事をしていて、一番苦労したことは何ですか?
アルディ まず、日本進出に際して、インドネシアと日本の距離がかなり大変です。もちろん、遠くまで行かなければならないので、調整も大変ですし、インドネシアと日本ではビジネススタイルが異なるため、日本進出のプロセスを通じて日本文化への適応方法を学んでいるところです。
生産面においても、現在もうひとつの課題に直面しています。長野の気候や使用する廃棄物に合わせて生産工程を調整していて、知識の伝達をスムーズにするため、現在、MYCLの社員3人が長野に駐在しています。インドネシアと同じような木材を使っても、日本の木材の種類は本当に違うので、組成を調整する必要があるのです。
ケルシー 今はどんなパートナーを探していますか?
アルディ 私たちと同じような価値観を持っているブランドを探しています。必ずしも特定の製品を作っているブランドを探しているわけではありません。たとえば、フライタークやオールドバーズ、パタゴニアのような企業は、環境への影響を少なくするためにベストを尽くしています。そういうブランドと仕事がしたいですね。なぜなら、どのような企業と仕事をするかが会社を定義することにもなるからです。
さらにいうと、私たちとともに成長したいと願うパートナーを探しています。私たちは単なる素材供給者ではありません。プロトタイピングをしたり、その結果を我々にフィードバックしてくれることで、素材の製造プロセスを調整するといったことを厭わないブランドと一緒に仕事をしたいですね。なぜなら、Mylea™は100%レザーとは比較できない新しい素材なので、このような進め方が不可欠なのです。
FabCafeのサーキュラーエコノミーへの取り組み
今回、MYCLと共同で開催した「WTF!」展とワークショップをはじめ、FabCafeは素材の新たな可能性を追求することに取り組んでいます。そのひとつが、FabCafeとロフトワークが主催するcrQlrアワードです。crQlr Awards 2022は、循環経済とリジェネラティブデザイン(環境再生型デザイン)におけるアイデアを紹介する国際アワードで、私たちの未来に社会的、生態学的、経済的な新しい可能性を開くべく開催しています。
・Interview by: Kelsie Stewart
・Edited by: FabCafe Global Editorial Team
・Photography: Aya Kumasaka-Bergkamp and MYCL
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ケルシー スチュワート|Kelsie Stewart
FabCafe Tokyo CCO (チーフコミュニティオフィサー), Loftwork Sustainability Executive
入社以来、バリスタ、カフェアドバイザー、FabCafeグローバルネットワークのコミュニケーションコーディネーター、FabCafe ウェブサイトライター、デザイン思考ワークショップのファシリテーターと幅広く、業務を務める。また、FabCafe CCOとして、FabCafe Global Networkのまとめ役を務め、世界各地のFabCafeのローカルクリエイティブコミュニティの育成と、それらのコミュニティとグローバルネットワークを繋ぐことを行っている。 加えて、持続可能な開発目標の短期的な解決策を作成することを目的とした2日間のデザインソンであるGlobal Goals Jam(GGJ)の東京開催の主催者でもあり、本イベントを過去に東京、バンコク、香港の複数都市で企画・実施した。
入社以来、バリスタ、カフェアドバイザー、FabCafeグローバルネットワークのコミュニケーションコーディネーター、FabCafe ウェブサイトライター、デザイン思考ワークショップのファシリテーターと幅広く、業務を務める。また、FabCafe CCOとして、FabCafe Global Networkのまとめ役を務め、世界各地のFabCafeのローカルクリエイティブコミュニティの育成と、それらのコミュニティとグローバルネットワークを繋ぐことを行っている。 加えて、持続可能な開発目標の短期的な解決策を作成することを目的とした2日間のデザインソンであるGlobal Goals Jam(GGJ)の東京開催の主催者でもあり、本イベントを過去に東京、バンコク、香港の複数都市で企画・実施した。