Column

2020.2.12

『ベトナムコーヒー農園ツアー』レポート – 美味しい物語を読む

大西 陽

FabCafe Tokyo / MTRL

2020年3月22日(日)、19:30よりレポートイベントを開催します。
https://fabcafe.com/tokyo/events/coffeefarmtour_vietnam

美味しさの読み方

「お婆ちゃんの野菜が世界で一番美味しい」

お婆ちゃんでなくても、よく知る人が作ったものに感動するほど美味しさを感じたことはないだろうか?
味として美味しいのはもちろんだが、そこには舌で感じる以上の何か隠し味があるはずだ。

食に携わる人たちにとって『美味しい』は永遠のテーマだ。

美味しさを引き出すには様々な方法があり、それは必ずしも舌で感じる味だけではない。
料理や食材がもつ物語(ストーリー)も『美味しい』を感じさせる要素となる。

生産者の試み、バイヤーの旅路、シェフの発想── 食にも必ずストーリーがあり、
それらを感じることでより一層美味しさを感じるられる。

コーヒーにおいては『From Seed to Cup』を合言葉に生産地や生産者を舞台としてSeed(コーヒーの種)からCup(一杯のコーヒー)までの一連の流れがデザインされ、これまで苦いだけだったものが個性豊かなものへと変化した。

From Seed to Cupを辿るストーリーを感じながら味わうことができれば、これまでにないほど一杯のコーヒーは美味しく感じるはずだ。

ベトナム・ダラット を舞台としたツアー

K’Ho Coffeeが管理するコーヒー農園。 標高1600mからの農園では麓を一望できる。近年、花の栽培が高価格で取引されるようになり花農家へ転身する農家が増え、ランビアン山の麓では 花の農園のビニールハウスが広がっている。

2019年12月、ホーチミンから国内線に乗り換え北東方向に3時間程度の場所に位置するベトナム南部ダラットに到着した。これまでインドネシア、ラオスなどのコーヒー農園に視察や農業指導を目的に訪問し、FabCafe Tokyoとしてダラットは2度目の訪問となる。今回の目的はLIGHT UP COFFEEが主催する『ベトナムコーヒー農園ツアー』にガイドとして参加者を案内するためだ。

毎日のようにコーヒーを飲む人は多いが、コーヒー関係者でも農園を訪れる人は少ない。ましてや今回の参加者にはコーヒー関係者だけではなく、様々なバックグラウンドを持った人たちが集まった。このツアーはそれぐらい気軽に農園を訪れることができる。しかもここで作られるコーヒーは絶品だ。ツアーでは3日間の日程で全4回開催され、合計30名以上の方が参加した。

『コーヒー農園ツアー』では参加者がコーヒーチェリーの収穫から一杯のコーヒーに至るまでの収穫、精製、焙煎までの一連の流れ──スペシャルティコーヒーの概念を借りるならばFrom Seed to Cupのストーリーを体験することができる。


今回のツアースケジュール

DAY0:集合

20:00 ダラットのリエンクオン国際空港に集合。
21:00 宿泊 <市街>

DAY1:収穫・精製①

7:00 ランビアン山まで車で移動
9:00 拠点の施設の紹介。
10:00 コーヒーチェリー収穫。
12:30 ランチ
14:00 農園ツアー。
16:00 コーヒー精製(パルピング・発酵)
19:00 宿泊

DAY2:精製②・焙煎

9:00 朝食。
10:00 焙煎所や倉庫などのツアー。
11:00 コーヒーのテイスティング。品質や焙煎、彼らの仕事のお話など。
12:30 ランチ。
13:30 コーヒーの水洗、乾燥
16:00 焙煎
17:00 収穫期以外のコーヒー農園での仕事のお話

DAY3:抽出

9:00 朝食。
10:00 コーヒー抽出を体験。
12:30 ランチ。
14:30 ダラットの街へ移動
17:30 ダラットのリエンクオン国際空港に到着・解散。


150kgのコーヒーチェリーと10kgのコーヒー豆

農園のベースキャンプ

農園のベースキャンプ。中央には彼らが自分たちでデザインしたK’Ho Coffeeのロゴマークが付けられている。

「hái cà phê nhiều (ハイ・カフェ・ヌー)!」

ツアー中、最も発したベトナム語だ。
意味は「もっとコーヒーを摘むぞ!」だと思うが、確証はない。

ツアー初日はランビアン山の斜面に広がる日当たりの良いコーヒー農園で、この言葉を発すると同時に収穫がはじまる。ランビアン山は標高2167mにもなるベトナム南部では最高峰だ。
周辺は火山灰からなる肥沃な土壌と豊富な水資源から農業が盛んに行われている。実は世界のコーヒー名産地は火山灰からなる土壌が共通していることが多い。

そんなランビアン山の中腹で栽培・収穫・出荷までを行っている『K’Ho Coffee(コホコーヒー)』が今回のツアーの舞台だ。

K’HO(コホ)とはベトナムの少数民族の1つであるコホ族から由来しており、彼らは100年以上前からランビアン山の周辺でコーヒーで生計を立てている。ローランは4代目の女性農家だ。彼女の夫であるアメリカ出身のジョシュは、ダンサーとして踊っていたローランに一目惚れし、現在はビジネスパートナーとしてもコーヒーに携わっている。ローランとジョシュのラブストーリーは多くのメディアで取り上げられるほど素敵なストーリーだ。

ローラン (左) / ジョシュ (右) 

ローラン (左) / ジョシュ (右) 今回のコーヒー農園ツアーでお世話になった100年以上続くコーヒー農園の4代目のローランとその夫のジョシュ。

美味しいコーヒー作りはコーヒーチェリーの収穫から始まる。
収穫時の重要なポイントは真っ赤に熟した実だけを収穫することだ。シンプルだが、この方針が生産者にとっては大きな手間であり収穫効率をガクッと下げる。同時に農園のモチベーションは顕著にここで現れる。チーム全体としてコーヒーに対してプライドを持っていないと、なかなかこの『熟した実だけ』は続かず、未成熟の実も収穫してしまう。

ツアー初日は現地の農園の方々と同様にコーヒーチェリーの収穫を行った。
ルールはもちろん赤く熟したコーヒーチェリーを収穫すること。

カティモール種

ほっそりとした伸びた形が特徴的な『カティモール種』。 サビ病などに耐性があるロブスタ種の特性と、味や風味に関して品質の高いアラビカ種の特性を持ち合わせいる。高地のダラットは、収穫量が多い温暖な気候で育ちやすいロブスタ種ではなく、収穫量は少ないが風味特性に秀でているアラビカ種、特に病気にも強いカティモール種を多く栽培している。

11月下旬から12月下旬頃までの1ヶ月間はK’Ho Coffeeにとって1年で最も忙しい時期となり、毎日2tほどのコーヒーチェリーを目標に収穫する。収穫されたコーヒーチェリーは傷みやすく、できるだけその日のうちに精製を行わなければならない。そのためこの時期は1人でも多くの従業員が必要としており、今回のツアーは農園側から歓迎された。参加者は外国から来たゲストだが、同時に”仲間”なのだ。結果的に他では経験できないリアルな体験が、このツアーの特徴となった。

参加者は丸1日かけ7、8名で150kgほど収穫する。収穫が終わる頃には全員ヘトヘトだ。しかし、この150kgの収穫されたコーヒーチェリーは後に選別や精製が行われると10kgほどしか残らない。ここから乾燥や焙煎を行うとさらに減る。

日頃気軽にコーヒーを飲んでいるが、その背景にある作業を知ると一杯のコーヒーの有り難みが分かる。収穫中、バリスタとして働く参加者も日頃のエスプレッソの調整で費やしている豆の量を収穫量に換算し、驚愕していた。

精製が生み出す個性

農園の麓から車で15分ほど走らせた村にK’Ho Coffeeが運営する精製所がには、収穫されたほとんどのコーヒーチェリーは精製を行うためにここに集められ、様々な工程を経て生豆となる。

コーヒーの精製には大きく水洗式(ウォッシュト)と非水洗式(ナチュラル)に分けられる。K’Ho Coffeeでは、それらに加えて半水洗式(ハニープロセス)の3種類の精製方法を取り入れている。またバイオエネルギー関係の仕事をしていたジョシュは、その経験を生かして新しい発酵方法の開発や科学的な視点からアプローチを行っていた。

ツアー2日目では麓の村にある精製所で各種精製設備の見学やパルピング、水洗、乾燥まで全ての工程を体験した。

各精製工程は想像以上に繊細だ。

発酵や乾燥のタイミングを間違えると、それまで丁寧に行った収穫や選別したコーヒーもB級として出荷される。またそれぞれの工程において、その日の天候や湿度により進行が変化するため予測が立てづらい。手触りや匂い、Ph計や水分量計なども用いながら豆の状態を確認する。時には夜中に発酵が終わる可能性があるため、収穫時期の作業は日夜問わず行われる。

天候の影響を最小限に抑えるために作られたビニールハウスの中には乾燥させるためのアフリカンベッドが並び、ウォッシュト、ナチュラル、ハニープロセスの3種類の豆を乾燥させている。均一な乾燥状態にするために1日に何度か豆の拡散を行う。また乾燥中でも選別は行われる。

体験がもたらす美味しさを感じる

美味しさを定義することはとても難しい。
酸味特性をもつコーヒーを「酸っぱい」と表現する人もいれば、「フルーティ」と表現する人もいる。
コクのあるコーヒーを「チョコレート」と表現する人もいれば、「苦い」と表現する人もいる。

それぞれが焙煎した豆のカッピングが行われた。 「評価の点数より、皆さんの素直な感想を聞きたい。」参加者が語る感想を細かくメモしながらローランはそう語った。

「僕はベトナム北部のフエに住んでいてコーヒーではない仕事をしています。でもローランとジョシュが大好きで、そしてコーヒーが堪らなく好きです。」

今回のツアーのパートナーであり、現地のコーディネートを担当したシーはツアー最終日に参加者に語った。

「帰国後、コーヒーを飲む時にここでの体験を思い出してください。きっとコーヒーがもっと美味しく感じるはずです。そしてまたここに堪らなく来たくなるはずです。」

現在、多くのコーヒーの美味しさはスペシャルティーコーヒーにおける厳密な評価を基準に『品質』として決まることが多いが、『美味しい』が必ずしも評価基準における『品質』とは限らない。とはいえ、品質を定量化することは指標として美味しさを分かりやすくすることも大切だ。

ただコーヒーに限らず、全てのものにはストーリーがあり、それらを感じることでより深く楽しめることができる。

『ベトナムコーヒー農園ツアー』で体験した『From Seed to Cup』で得られたものは、知識や思い出だけではなく、コーヒーの新しい楽しみ方、そしてこれまで味わったことがないような美味しさへと広げるのではないだろうか。

FabCafe 大西 陽

 

ガイド:
川野優馬 (左)
2014年慶應義塾大学在学中に東京吉祥寺にLIGHT UP COFFEEをオープン。東南アジアのコーヒー生産地をまわり、生産の改善や流通のサポートをする。「美味しさ」を軸にした、消費と生産の正の循環をつくり、農園の営みを持続可能にし、美味しいコーヒーを増やすことに尽力している。コーヒー農園ツアーの企画・運営を行う。

大西 陽 (右)
FabCafe Tokyoでリードバリスタ、カフェマネージャー、コミュニティマネージャー、プランナーとして幅広く活動後、2019年退社。同年FabCafe LLP外部プロデューサーとして就任。今回のベトナムコーヒー農園ツアーにガイドとして参加。

ガイド:
三井 優紀 (中央)
Light Up Coffeeバリスタ。大学では地理学を専攻し、研究の一環としてダラットのコーヒー農園で滞在する。バリスタとしてはコーヒーの生産の現場を消費国の日本に伝えるべく活動中。


ベトナムコーヒー農園ツアー
https://lightupcoffee.com/magazine/4770/

LIGHT UP COFFEE
https://lightupcoffee.com/

K’Ho Coffee
http://www.khocoffee.com/

flickr
https://www.flickr.com/photos/fabcafe/albums/72157712334471448

Author

  • 大西 陽

    FabCafe Tokyo / MTRL

    ヨーロッパを中心にファッションデザイナーとして活動後、2012年帰国。
    複眼的な視点を持ったデザインを行いたいという想いから、分野の垣根を超えた接点を持つ食の分野に興味を抱く。2014年よりFabCafe Tokyoでディレクター、リードバリスタ、コミュニティマネジャーとして勤務し、FabCafeに集まる多種多様なコミュニティと多くの企画やプロジェクトを立ち上げる。

    担当プロジェクト
    bugology Space Mongology fruitful BUGOLOGY  beyond cacao  THE OYATSU  OLFACTORY DESIGN LAB

    ヨーロッパを中心にファッションデザイナーとして活動後、2012年帰国。
    複眼的な視点を持ったデザインを行いたいという想いから、分野の垣根を超えた接点を持つ食の分野に興味を抱く。2014年よりFabCafe Tokyoでディレクター、リードバリスタ、コミュニティマネジャーとして勤務し、FabCafeに集まる多種多様なコミュニティと多くの企画やプロジェクトを立ち上げる。

    担当プロジェクト
    bugology Space Mongology fruitful BUGOLOGY  beyond cacao  THE OYATSU  OLFACTORY DESIGN LAB

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